日銀の孤独(下)忍び寄る「動かぬリスク」―脱デフレ、弱まる一体感。
2017/10/13 日本経済新聞 朝刊

 「木内さんの案に似てきたな」。今の金融政策について、日銀内でこんな声が増えている。前審議委員の木内登英氏は異次元緩和の副
作用を懸念し、年約80兆円の国債買い入れペースを約45兆円に減らす独自案を金融政策決定会合で提案していた。案は否決され続け
たが、足元で日銀の国債買い入れは50兆〜60兆円の規模まで縮小している。
「こっそり」縮小
 ステルス・テーパリング(こっそり行う資産購入額の漸減)。2016年9月に金融緩和の主軸を量から金利に移す長短金利操作を導入して
以降、日銀の資産拡張ペースが鈍っていく姿を市場関係者はこう呼んでいる。
 日銀幹部は「狙ってやっているわけではない」と話す。世界的に金利が下がり、結果的に国債をたくさん買わなくてもすんだだけという。だ
が日銀は16年9月の時点で、国債購入ペースが数十兆円規模で鈍ることも想定していた。
 短期決戦を狙った異次元緩和は不発に終わった。金融緩和を続けつつも、資産の拡大を緩めるのは自然な流れだ。急な政策変更は金融
引き締めと受け止められかねず、円高のリスクとなる。そこで日銀は「年80兆円のメド」という方針を残しつつ、こっそり軌道修正をしている。
 緩和策を微修正しつつ、日銀の黒田東彦総裁は半年後に任期を終える。市場関係者が見るこれからのシナリオは3つある。
 1つ目はテーパリングを続け、軟着陸を目指すというものだ。金利を0%程度に誘導する対象を5年債などに移し、長期金利の上昇を容認
する案などがとりざたされる。ただ「日銀が2%の物価安定目標をあきらめて緩和縮小に向かった」と海外投資家などが受け止めると、円高
は避けられない。
 2つ目は逆に、追加緩和だ。片岡剛士審議委員が主張しており、10月にも独自提案を出す可能性がある。追加緩和が物価上昇につなが
れば、その後は金融緩和を縮小して正常化に向かえる。だが金融機関への影響や、緩和縮小への「出口戦略」の難しさが増すことを考える
と、日銀幹部は「これ以上の緩和は理解が得られにくい」と見る。
有力な第3の案
 いずれも副作用がある2案を有力と見る市場関係者は少ない。最も有力とされるのは第3の案。「動かない」だ。
 「日銀にはこのまま何もせず、円安・株高を支えてもらいたい」。日銀幹部は企業関係者からよくこんな話をされるという。しかし日銀が動け
ないままだと、米欧が次の景気後退期に金融緩和をすると、為替が円高に振れる。動かないことにもリスクはある。
 「短期的な痛みなら我慢する。日銀を孤立させてはならない」。マイナス金利を導入した直後、メガバンクの首脳はこう語った。怖いのは政
府や企業に脱デフレに向けた一体感がなくなり、緩和が際限なく長びいてしまう事態だ。日銀の孤独。この不安はいま現実のものとなりつ
つある。