そもそも兵庫と大阪では公立高校に関する考え方が根本的に異なるからね

浜学園講師のしろくまさんブログより

関西の中学入試の歴史の流れを兵庫県と大阪府を例に話しますと…

 兵庫県には、灘・甲陽・六甲を3つの山の頂とする一つの「山」がありました。兵庫県では昔々はこの3つをめざして中学入試が展開されたものです。
 しかも、これに関学や甲南、といった、上に大学がついているエスカレーター校がありました。色々なニーズに応えられる背景がありました。
 また、高校入試のシステムも中学入試を後押しする背景がありました。総合選抜制度をきらう人たちが、中学のうちに大学実績のある私立へ、
あるいは大学附属のエスカレーター校へと流れたのです。
 入試科目はこれらはすべて「3教科」校…
 女子校も豊富にありました。神戸女学院・神戸海星・親和・甲南女子… これらは社会が加わって4教科校… 

 この兵庫県の中学受験文化、というのは、とくに大阪の人間はなかなか理解できないところ… 
たとえば大阪出身で公立高校から京大や阪大、神戸大に合格してアルバイトでしろくまのいた塾の講師に来た学生たちは、いろいろ「無知」から衝撃を受けていました。
 え? 入試に社会が無いんですか??(高校受験でも灘・甲陽には社会はありません)
 え? 甲陽ってそんなに京大に合格しているんですか?

 おもしろいでしょう。甲陽の実績を知らない大阪人、昔はたくさんいたんですよ。大阪は公立高校が大学実績をしっかり出していましたから、
他県の私立高校、というのに目が向かなかったのでしょうね。

 大阪府は昔は公立高校全盛の時代。公立中学、公立高校、そうして大学へ、というのが一般的な世界…

 では中学受験はなかったのか、というとそんなことはありません。
 大阪教育大学の附属中学が3地域に存在し(池田・天王寺・平野)、中学受験、といえば大阪の場合は「附属への受験」とほぼ同義の時代がありました。
 また、男子中、女子中では、星光・明星の「2星」と清風・清風南海の「2風」、大谷・四天王寺・大阪女学院・プールの「4女」は中学受験もありましたが、
このうち高校入試がない純粋の6年一貫校は「大谷」のみ… 高校からの入学者が多数の時代があった私立がほとんどでした。