中国では、この両金印が与えられた時期は国内が混乱し、人口崩壊が起こっていた時期に当たっているのです。新の王莽によって乗っ取られた漢王朝が光武帝によって再興された時期と、後漢が崩壊してようやく魏の新皇帝が即位した時期にあたっています。人々の暮らしや国そのものが安定していない時期に与えられているのです。

すなわち、与えた側の中国王朝にも金印を与える必要がある時代だったと言えます。いずれにしても、文字のない時代の日本であり、日本の中にはいろいろな民族がいたのでしょう。