20世紀の聖痕者聖ピオ神父
−−ー
1911年、自身に1年間続いた経験についてこう書いている。
”昨晩、私には説明することも理解することもできない、何かが起こりました。
私の両手の掌の中央に、1チェンテシモ(1ペニー)ほどの大きさの赤い印が現れました。
そしてその赤い印の真中は激痛を伴いました。その痛みは左手のまん中の方がより強烈で、
未だにそれを感じるほどです。また、足の裏に若干の痛みがあります。”
聖ファン・デ・ラ・クルスは、霊的穿刺現象を以下のように解説している。
−−ー
”熾天使によって火矢で貫かれるという内面的な攻撃を受けた者の魂は、神の愛によって燃えあがる。
これは霊的な傷を残し、あふれ出る神の愛によって苦悩をもたらす。
”(アビラの聖テレサの体験を元にした彫刻「聖テレジアの法悦」が有名)
−−ー
その後、8月5日から8月7日までの間、ピオ神父は、キリストが現れ、神父のわき腹を突き抜ける幻視を見た。
この経験の結果、ピオ神父のわき腹には実際に傷ができた。
この出来事は神の愛との結合を示す心臓への霊的穿刺と見なされている。
−−ー
霊的穿刺は、ピオ神父にさらなる7週間の長い精神的な動揺をもたらした。
カプチン修道会士の仲間の1人は、その間の神父の状況をこのように語った。

”その時、ピオ神父の全身の様相はまるで死んだように変わってしまい、絶えず泣いてため息をついては、
神が自分を見捨てたと言っていました。”

1918年8月21日付のピオ神父からベネデット神父へあてた手紙では、霊的穿刺の間に起きた体験についてこう書かれている。

”8月5日の夕方に男の子の懺悔を聞く間、突如として私の心眼に天上の人物が見え、恐怖を覚えました。
その人物は手に、炎を放っているように見える非常に長い鋭くとがった鋼の刃を備えた一種の武器を持っていました。
私がそれを見たまさしくその瞬間、その人物が力一杯その武器を私の魂に投げ付けるのが見えたのです。
私はやっとのことで叫び声をあげ、このまま死んでしまうと思いました。
具合が悪く、懺悔を続ける力がもはやなかったので、私は男の子に帰ってもらうよう頼みました。

続く