老人の間延びした喋り方に堪えかねて、Bは言った。
「あんた、Aのことは知ってるのか」
老人はびくりとしてBの顔を見た。そして何か考え込むように黙り込んでしまう。部屋の窓には分厚いカーテンがかかっていて外の様子は分からない。
「知ってるのかって聞いてんだよ!」
沈黙がいたたまれなくってBは怒鳴った。老人はすっと目を細める。
「お前さんは人を殺したことがあるね」
言い当てられてBは固まった。Bは業界の友人とつるんで遊びで人を殺したことがあった。だが、それをこのジジイが知っているはずがない。
「あの子もそうだった。Aといったか。まだ二十そこそこだろうに、何人も何人も手にかけていた。慣れてすらいた。いいか、あんた、罪悪感がまだ残っているならすぐにそんなことはやめなさい」
口封じをすべきか否か。Bの心はその二択で揺れていた。だが、武器はどうする? ランタンの光が老人の周囲を明るく、穴を挟んで向かいのBを淡く照らしている。
老人は沈黙を埋めるかのようにぶつぶつとつぶやき始めた。
「私の息子は君やあの子のような輩に殺された。きっかけは、道でぶつかって難癖をつけられたことだった。財布を盗られたくらいなら問題はなかった。幸い、我が家はある程度裕福な生活をしていたから」
老人は穴を囲う柵から棒を一本引き抜いた。途端に、場の空気が冷えた。
「しかし、それが災いした。息子の身なりから金のにおいを嗅ぎ取ったんだろう。その男たちは息子を脅し、家を特定し、継続的に強請ることにした。財布から金が減っていることには気づいていた。だが、そこまで深刻な事態になっているとは知らず、仕事に多忙だった私は問い詰めることすら怠った。どうせパチンコか競馬にでも使っているのだろうと甘く見たんだな。私が息子を取り巻くそうした事情を知ったのは、息子が自殺した後のことだった」
また一本、柵から棒を引き抜く。背すじが冷える。窓枠が、ドアが、カタカタと振動する。暗い穴の底から声が聞こえてくる。音量は大きくないが、それは叫び声や泣き声、怨嗟の声が混じった、絶叫だった。想像を絶する人数の声がひとつのうねりとなって鼓膜を震わす。
加えて、Bは気づいた。ここは二階だ。二階の床の穴は一階に通じているはず。それなのにこの暗い穴には底が見えない。