部屋の真ん中に巨大な穴が開いていた。底が見えない黒々とした穴。大勢の人の叫び声が小さく、穴の奥から聞こえている。その周りはちゃちな柵で囲われていて、穴の向こうには照明代わりのランタンが置かれている。
そしてその横に、あの老人が腰かけていた。
「なぜ自分からここへ?」
ただでさえ目の前の光景に呆気に取られているところにいきなり話しかけられ、Bは狼狽した。
「あんたがここへ入っていったから……。あと、俺の知り合いがあんたに話しかけられてから行方不明なんだよ」
しどろもどろに答えると、にわかに老人は顔をほころばせた。
「なんだ。恐喝でもするつもりなのかと思った。それなら今は、閉じよう」
そう言うと、老人はランタンの近くに転がっていた短い棒を手に取り、穴を囲む柵の空いた部分にぷすりと刺した。
すると、途端にあたりが静かになった。声も止んだ。屋敷中が振動するような気配も消えた。不吉な雰囲気もだいぶましになっている。
「なあ、今何を」
「信じられないかもしれないがね」
Bをさえぎるように老人は言った。
「この穴は地の底へ通じている。そう、いわゆる“地獄”に。これは私が管理している。不用意に近寄るもんじゃない。引き込まれてしまう。この穴のせいで街に悪い気が充満している。それに引き寄せられて悪い気をもった者が街に集まる」