「銭湯はどこか知りませんか?」
70歳は超えていそうな老人だった。しかもジジイ。だが特に変な感じは見受けられない。
「知らねぇよ、他の人に聞け」
不機嫌にBは言った。だが老人は食い下がる。
「あなたから聞きたいんです」
「ああ?」
ドスを利かせた声でうなった。しかし。
「銭湯はどこですかな?」
老人は全く動じていなかった。このやり取りをあと3回ほど繰り返し、とうとう根負けしたBはスマホで銭湯の場所を調べてやったそうだ。
「はあ、なんてジジイだ……」
老人を銭湯まで送り届けたころには日が傾いていた。だが、収穫もあった。探していた変なジジイはあいつに間違いない。Bは銭湯の前で数時間張り込み、出てきたジジイを尾行した。
時刻は午後8時を回り、とうに日は暮れている。よぼよぼと歩く背中を20メートルほど離れてついていく。大通りをそれ、わき道に入ったジジイを追いかけて角を曲がったところで、Bは目を丸くした。
老人はあの幽霊屋敷に入っていったのだ。
ここに住んでいるのか? 深夜に聞こえるうめき声はジジイのもの? いや散歩で寄っただけか? そんな疑問が頭をよぎる。
だが、追わないという選択肢はなかった。垣根の隙間からジジイが玄関扉を閉めたのを確認してから、木々や雑草の生い茂る庭へと足を踏みいれる。扉に耳を当てると、階段を上る音が聞こえた。二階に上っていったらしい。窓をのぞき一階に人がいないのを確認してから、そっと玄関のノブをひねった。