過去に起きた類似の事件
19世紀末にも、ペスト・パンデミックで今回と似たような流れが起きている。
19世紀末、香港でペストが発生する。ペスト患者が船に乗って、日本、インドへ送り込まれる。
中国:清が植民地化に抵抗。陸路でペストが広まる。
日本:非白人で近代化に成功。横浜、広島、門司に患者を乗せた船が入港。
インド:民族独立運動が始まる。患者を乗せた船が抵抗運動の起きた場所に近い場所へ入港。
中国、インドにペストが広まり、1200万人の犠牲者が出た。
だが、日本は感染を完全に封じ込めて国内での人人感染は起きてない。
1894年(明治27年)、日本政府の要請で北里柴三郎率いる医療団が香港へ派遣される。
北里柴三郎は香港到着のわずか2日後に腺ペストの病原菌を発見。日本医師団は公衆衛生の徹底を指導し、一気に世界的なパンデミックを収束させた。その後、北里柴三郎は第1回ノーベル賞医学賞の候補になるが、なぜか受賞前に反対意見が出て取り消された。