指導霊というのがいるからして霊人たちは人間たちにどうこうなってほしいと思っている
恐らく多様な生態系を守るため持続可能な生活様式を構築することと魂の権能を思い出し肉体の奴隷となるのをやめるようになってほしいと願っている
しかし次元が違うのだから霊の言葉で働きかけてもその通りに伝わらない
そして同じ次元で同じ言葉を介してもまともなコミュニケーションすら取れない

そう言う人間がごろごろいるのが地上という場所であるから
地上で死ぬたび記憶を消して痛い目を見て自分で学べという霊の諦めに近いものが地上は修行の場であるということ
死んで治るバカはまだマシで、死んでも治らないバカにつける薬はいまだないらしい
霊人がコレだけ地上に霊的知識を雑多としながら降ろしている
そして人間はいつでもそれを入手して学ぶことができる
それでも人間はそれを手に取ろうとしない
手にとっても全く理解が及んでいない
理解していないという自覚があればまだましだが、わかった気になって誤解と停滞にハマってしまった人間は不幸である
人間を何とかしたいと思う神霊の視点からすればこの現実は頭が痛いでしょうね

省みることも自戒することも謙虚になることも忘れてしまった人間は不幸である
なぜなら間違いから学ぶことができないから

他人を許せず罪を許せず共存共栄の道から外れてしまった人間は不幸である
なぜなら彼らが死後いく宇宙は他人を許さず罪をゆるさず共存を許さず共栄を許さない場所であるから

自分の姿を鏡で見ることができない人間は不幸である
鏡で見ても乱れがあることに気づけない人間は不幸である
なぜならその乱れた姿にふさわしい宇宙でしか生活できないから