私は蔵から逃げるように飛び出して、神社の構造を改めて見渡しました。
存在しない参道と、前後逆向きの紙垂と、辺りをびっしりと覆うヒイラギが、とても怖かったのを覚えています。

「あら、もういいの」

ちょうど様子を見に来ようとしていた奥さんが、赤子でも抱くかのように、腕に小さな地蔵を抱えながら、私にそう尋ねました。

その地蔵には覚えがあります。
おそらくはNが本殿へ入った時に目にし、神主さんから「御神体」と説明されていたものでしょう。

今なら分かります。
あんな風に「地蔵の顔面に人の名前を彫り付ける」なんて、普通の信仰じゃない。

そもそも神社は「神道」です。
地蔵を扱うのは「仏教」の領域のはず。
そんな混沌が許されるとしたら、そんなのは絶対にまともじゃない。

次の瞬間、その地蔵の顔面が一瞬見えました。
そこに彫られていたのは、私の名前の一文字目のような気がしました。

私は極力冷静に、裏返りそうな声を必死で抑えながら言いました。

「思い違いでした。僕の勘違いで、不快な思いをさせてしまったようで……すみません」
「そう?まあ誰にだって勘違いはあるものね。でもまた帰ってきたら、いつでも遊びに来てもいいわよ」

私は手早く挨拶を済ませると、逃げるようにその神社を去りました。二度とあの周辺に近寄りたくありません。

このような事があり、私は帰省するのが本気で嫌になりました。