哲学者のスラヴォイ・ジジェクは、現在のような事態は、これまでハリウッド映画が描いてきたいずれのディストピアとも異なると主張し、「COVID−19パンデミックに関する真に奇妙な点」は「その非終末的な$ォ質」であり、「世界の完全な破滅という通常の意味での終末でもなく、ましてや、これまで隠されていた真実の暴露という本来の意味での終末もない」と注意を促した。

そう、我々の世界はバラバラに崩れようとしているが、この崩壊のプロセスはダラダラと続いて終わりが見えないのだ。感染者と死亡者の数字が増えているときにも、メディアはピークがいつ来るかの憶測ばかり。すでに今がピークじゃないかとか、あと一、二週間はどうかとか。皆がパンデミックのピークが来るのを見守り心待ちにしていて、まるでその後は徐々に平常を取り戻せるかのように思っている。が、危機はいつまでも続くのだ。おそらく、たとえCOVID−19のワクチンが開発されたとしても、今後も感染発生や環境変動に脅かされ続けるヴァイラルワールド≠ゥら逃れられないーーということを受け入れる勇気を持つべきだろう。

決定的な終末はやって来ない。「感染爆発による日本の崩壊」もありえない。崩壊するのは個々の現場の医療、個々の現場の家族であり、ずさんな支援体制の下、最前線で職務に当たっている医師や看護師、保健所の職員などが疲弊し、健康リスクの高い人々とその家族が重症化と死の恐怖に怯え、改善できたはずの構造的欠陥の犠牲者としてカウントされていくのである。このような終わりなき悪夢がいつまでも繰り返され、わたしたちは自分の身に降り掛かってから初めて、その悪夢の実相に触れて驚愕することになるのだろう。