それにしても、8年も経って、なぜ自分の体験を語ろうと思ったのだろう。

  長丁場になりそうなので、私はリュックからICレコーダーを取り出した。すると彼女
は、「録音しても音が入れ変わったり消えたりするので、何台かで録音したほうがいい
ですよ」と笑う。

 「はぁ?」とため息を押し殺した私は、慌ててもう1台の録音機を取り出すという
ドタバタで取材が始まった。

 東日本大震災を取材中、憑依されたという方に何人も会ったが、いずれも憑いた霊
は1人である。30人もの“大量憑依”など聞いたこともない。

 「たくさんの死者に体の中に入られるという体験は普通じゃないですよね。わたし
も、本当は病気なんじゃないか、精神病なんじゃないかと、ずっと悩んできました。
でも住職さんは、そうじゃないと言います。人助けだと言われる方もいます。

 でも、こう言うと驚かれるかもしれませんが……、死者に入られる体験はわたしに
とってレイプと一緒なんです。約1年間の間に30人近い人(霊)に憑かれ、わたしの体の
中で暴れたり怒鳴ったり、この体をよこせ、生きかえらせろ、俺は死んでないとか……。

 みんな好き勝手をしていました。わたしにすれば、あれはわたしの人権や尊厳を根こ
そぎ奪う行為でした。

 わたしに入る人たちは、苦しいからわたしに助けを求めているのはわかります。でも、
わたしにすれば彼らは加害者であり、わたしは被害者なんです。

 でも、同時に死んだはずのあの人たちを再び死なすのですから、わたしは加害者でも
あったのです。その罪悪感でずっと苦しんできました。それがはっきりとわかったのは
5歳の男の子に入られたときでした」

 5歳の男の子は、自分の体験を語るきっかけになったわけではないが、30人近くの憑
依してきた霊の中でも、強烈な印象はないのに今もはっきり覚えているという。