Sさんは貧乏旅行者を装って、あらゆることを値切ったりして、
悪いやつにマークされないようにしてたんです。
それと、2日か3日かでホテルも変えていました。
さらにベッドの下には、知人宅に預けてあった、その国では非常に珍しい、
(野球をやる人は超希少)ケース入りの金属バットを転がしておきまして。
何かあったらそれでぶん殴ろうというわけです。
鍵をかけた上に、ドアの前に旅行バックを置いて、12時過ぎに寝たんですが、
夜中に目が覚めて、そしたら体が動かなかったそうです。最初に考えたのは、
縛りあげられたとか、クスリを飲まされたってことですが、
そのわりには体は痛くない。薄目が開いて、電気はつけっぱなしに
してたので自分の体が見えましたが、おかしな様子はない。

それで、「これは金縛りというやつか?」と初めて考えがいきました。
それまで経験したことはなかったそうです。とにかく指先に少しずつ力を入れて、
なんとか脱出しようとしていると、
足元のほうのクローゼットの中がカタカタいい始めました。
それでも、「幽霊だったら怖くはない。何にもできねえからな」と言ってました。
むしろ、隣の部屋とかから穴を開けて侵入されることを怖れてたそうです。
ま、そのくらいでないと東南アジアを渡り歩くのはできませんが。
やがて、両開きのクローゼットがバーンと開いて、
中にはSさんの上着しかかかっていないのが見えました。
扉はバタンバタン、バタンバタン、何度も何度も強く開閉して、
Sさんのほうに風が漂ってきたそうです。生臭い血のニオイがしました。