けどね、それをそのまま使うわけにもいかないから、取り壊して更地にしたんです。
ええ、教祖様は工事の最中に何度も足を運びましたよ。
だから運転手だった僕もいっしょに行ってるんです。でね、
屋敷のまわりを囲んでた、立派な日本庭園も同時につぶしてしまいました。
で、何回目かに解体作業を見に行ったとき、横手の竹やぶの中で、
小さなお堂が見つかったんです。1m四方よりちょっと大きいくらいの。
うーん、神道のものに見えましたね。まわりが赤く塗られてたんで、
お稲荷さんかもしれません。キツネの像とかはなかったですけど。
工事の現場監督が教祖様のとこにやってきて、このお堂どうしましょうって聞いて、
そしたら教祖様は一言、「つぶしてしまえばいいよ」って。監督が、
「それでもお祀りしてたものだから、いちおう神主を呼んで・・・」って言ったら、

教祖様はカラカラと笑って、「いまここに私の教会が建つんだぞ。
 こんなさびれた社なんぞ、わたしの神のご威光でたちまちにかき消えてしまうわ」
こんなことをおっしゃって、そのままお堂は重機でつぶされちゃったんですよ。
そんときは何もなかったけど、僕は内心、まずいんじゃないかな、とは思ってました。
でね、更地にしてすぐ、教会、本部、宿舎などを建てたんですけど、
これがコンクリ造りで、あちこちに金箔を貼った、見た目はたしかに豪勢だけど、
なんとなく下品な感じのする建物だったんです。
ま、これは新興宗教にはありがちなことかもしれませんけど。
で、4ヶ月近くかかって完成しまして、主だった信者を集めて、
教会建立記念のミサを大々的にやることになったんです。ええ、礼拝堂は
千人以上入れる造りでしたから。当日はオーケストラも呼んだんです。