まどかは「遍在する」存在だから
菩薩で言えば
普賢菩薩辺りが一番近いかな
普賢菩薩は女人救済の仏と見做されることも多いし
十羅刹女という10人の魔女を眷属にしている点もまどかっぽいと言える
あと普賢菩薩は象に乗ってる
まどかも眷属であるさやかとなぎさを象が引く馬車に乗せているが……まあ関係ないなw
ただまどかのような「遍在する形而上的な概念神(ロゴスなる神)」というのは
仏教だけに限らないとても普遍的な神仏的実在のイメージだよ

『叛逆の物語』では仏教色よりもグノーシス色の方が強くなっているけど
「悪神による神性の“囲い込み”」というグノーシス的な思想は
スタニスラフ・グロフが向精神性の薬物を用いた
数千人の被験者に対する膨大なセッションで明らかにした
>被験者は世界を被害妄想的に解釈する傾向が強い。〔中略〕
>きわめて特徴的なのは被験者を容赦なくその中心へと吸い込む
>三次元の螺旋、じょうご、あるいは渦巻きの体験である。〔中略〕
>怪物じみたクモやタコに襲われる体験も同様に頻繁に起こる。〔中略〕
>関連する宗教的テーマは天使の失墜と楽園喪失である。〔中略〕
>渦巻きは水に自由に浮いている有機体にとって深刻な危険を表わしており、
>有機体に危険な単一方向への動きを押しつける。
>同様に呑み込まれる状況は、自由を、生命を脅かす監禁状況に変えてしまう。〔中略〕
>タコは海の環境に生息する有機体を巻き込み、拘束し、脅かす。
>クモはこれまで妨げのない世界を自由に飛んでいた昆虫を捕らえて監禁し、
>その生命を重大な危険にさらす。
(スタニスラフ・グロフ著『脳を超えて』 P153)
というような人類が無意識の深層に共通して保有している
「元型的イメージ」に基づく思想だ。オルペウス教の教義などもそうだろう
釈迦もまた無意識の元型的イメージの影響を受けて世界を被害妄想的に捉えていた、
と言えるかもしれない。だから脱出(解脱)したいと考えたのだろう
まだ劇場版を観ていないなら何を言っているのか「わけがわからないよ」状態だろうけど