■偶然を味わって謙虚になる
ところが実は、勝者たちもまた絶えず競争に駆り立てられ、ボロボロに傷ついている。
冒頭で紹介した若者の精神的危機は、裕福な家庭の子弟の方がより深刻だという。

サンデル教授は、大学入試の「くじ引き化」という奇策を提言する。
勉強についていけない者、仲間の学びに貢献できないものを除外したら、あとはくじで選別するのだ。
能力は基準の一つとして扱うが、それが全てではない。

選ばれた者は、自分の運命が偶然の産物であること、努力できる家庭環境や生まれ持った資質もまた、偶然の幸運だったことに気がつく。
その謙虚さは、能力主義にさらされ続けた者を精神的に解放するだけでなく
社会の分断を修復し、寛容な社会をもたらすはずだとサンデル教授は主張する。

平等を誇った日本社会も、いまや格差問題に直面している。
私たちの中にも、今の地位や成功は自分の努力の成果だという、おごりがないだろうか。
公平な社会を子ども世代に伝えていくために、本書の説く謙虚さを意識すべきときが来ているように思われる。
https://style.nikkei.com/article/DGXZZO73130110S1A620C2000000/