金の亡者、とか、歯をむき出しに叫んでいる者のほうが、
金に執着しているようにみえますが。

音楽をきく。演劇をみる。スポーツをみる。サーカスをみる。
ヒップポップダンスをみる。チアリーディング(競技チア)を見る・・・。
御金を出してみる。
そのおかねの価値しかない、と、思う人います?
いま、進化のときをむかえた。
修行僧のような人たちの、たたずまいを、いきかたを、見る。
おかね以上の、それをはるかに超える意味がある。
そう思えないのは、やはり、じぶんがしはらう、おかねに執着しているからでは?