ゲバラが広島で発した「悲痛な言葉」

キューバ革命の伝説的英雄、チェ・ゲバラは半世紀以上も前に訪れていました。

革命政権が成立した直後の1959年7月に来日し、池田勇人通産相(当時)と会見した後、予定になかった広島訪問を強く希望したといいます。
1泊して慰霊碑に献花、資料館や原爆病院を訪れました。

「君たちはアメリカにこんなひどい目に遭わされて、怒らないのか」と言い残したことが有名です。

カメラ好きで知られ、本人が爆心地近くで撮影したモノクロ写真が見つかっています。
広島行きを強行したのは、多数の人びとを一瞬で殺傷した原爆の残虐性に関心をもっていたからではないかといわれています。

また、その足取りを追って、長女アレイダ・ゲバラさんも2008年に来日、広島で講演しました。
ゲバラの死後、母親から「平和のために闘うためにはここを訪れるべきだ」と記した(広島訪問時の)絵はがきを見せられたそうです。

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(左)2008年にチェ・ゲバラのスライドを前に講演する娘のアレイダさん
(右)2003年、慰霊碑に献花するキューバのカストロ議長。ゲバラとは革命の同志で、広島訪問は長年の夢だったという

【チェ・ゲバラ】
「痛ましいのは原爆が投下されて14年たった今年も後遺症で多くの人が亡くなっていることだ」
「資料館では、胸が引き裂かれるような場面を見た」
(帰国後キューバの新聞に寄稿)

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