1997年1月16日、東京大学木曽観測所に在籍していた長谷川隆が、105cmシュミット式望遠鏡で系外銀河を観測していた際に偶然発見した[3]。当時木曽観測所に在籍していたイギリスの天文学者デイヴィッド・アッシャーの協力を得て小惑星電子回報 (MPEC, Minor Planet Electronic Circular) に報告、古川麒一郎らの軌道計算により新たな地球近傍小惑星として認められた[3]。発見者の長谷川隆は一時親の名前を付けようと考えていたが、認められる可能性が低いため命名を諦めた[3]。1997年の発見から10年が経過して発見者による命名権が消滅、その後も命名されないままであったが、古川麒一郎の妻鈴子による提案が認められ[5]、2021年5月、日本銀行本店や東京駅などを設計した明治・大正期の建築家辰野金吾にちなんで命名された[2][6]。
家族ぐるみで付き合いのあった知人女性が体を弱らせていると聞いた鈴子は、「彼女の夫で天文学者であった長谷川が発見した小惑星にその名前が付けば彼女に元気を出してもらえるのではないか」と考え、この小惑星に命名を提案しようとした[5]。詳しく調べてみると発見者は同姓で別人の長谷川隆であることがわかったが、これも何かの縁と考え、歴史好きだった麒一郎が尊敬していた辰野金吾にちなんで命名を提案した[5]