その歴史を隠すためには常用の作業員が必要となり、そこに暴力団がゼネコン内部にまで浸透した。

暴力団は金があるため、資金源から、その息子達が東京大学や慶應大学へどんどん進学し、経済界と暴力団は大学派閥という形で抗争事件を企業無いで繰り返した昭和時代があった。