仮にA君と呼ぶとしよう。
当時の俺は高校生で、小学生の弟がA君の友達だったんだ。
家にも遊びに来てて、礼儀正しい子だったから好感度も高かった。
どれくらい好感度が高かったかというと、実の弟と交換してほしいくらいには高かった。
8割本気で2割冗談の口調になるが、許してくれ。
なかば身内のことだから、いまでもA君のことを思い出すとツライんだよ。

そんなA君が、急に遊びに来なくなった。
弟と喧嘩でもしたのかなと思っていたんだけど、小学校にも来ていないらしい。
1週間や2週間ならわかるけど、月単位になると、さすがにおかしいと弟も気がついた。
弟は弟で、なにかやってたらしいけど、小学生のやることだから無駄に終わったらしい。
そこで普段はあまり頼りにされていない、おにーちゃんの出番だ。
俺だ。

最初は、イジメかなと思っていた。
田舎の子供は心がキレイだからイジメがない、なんてことはない。普通にあるさ。
都会から移り住んできたA君だからこそ、逆に標的にされるこだってもあるだろう。
格闘技を習っていない俺だけど、さすがに小学生を腕力で脅すくらいはできるはずだ。
そういうわけで、イジメっ子の名前を聞き出そうとしたのだけど要領を得なかった。
聞けるには聞けたのだけど、まったくの意味不明だった。
なにせ敵の正体は、A君いわく「顔のオバケ」で、弟いわく「死ねしね様」だったからだ。

俺は弟とふたりでA君の家にお見舞いに向かった。
そこで目にしたのは、やつれ果てたという形容詞がぴったりな、A君の母親だった。
小学生の息子が月単位で不登校していれば、そうなるだろうなという表情をしてて、思い出すだけでも胸にキツイものがある。
疲れた果てた男は薄汚いだけだが、疲れ果てた女性というのは、なにか得体の知れない恐ろしさをまとっているものだ。

たぶん、なんだけれど、A君の不登校を起点にして家族関係が壊れだしていたのだと思う。
お見舞いに来た、という俺と弟を前にして口ではお礼を言ってくれるのだけど、家には上げたがらない様子だった。
その時点で俺は迷惑やら面倒やらになりそうだからお暇しようと思ったんだけど、弟はそうはいかなかった。
兄という強い味方を手に入れて強気になっていたらしい。
あまり、この兄を買いかぶってくれるな、弟よ。