ある年の初夏の頃、帽子にループタイをした老人が汗を拭いつつメモを見ながら何かを探している風な姿が目に留まりました。

しばし眺めてから思い切って何かをお探しかと声を掛けてみるとビルの所有者であるK氏を訪ねてきたという事だった。

簡単に所有者であるK氏の近況などをお話ししてみると、
何でもこの御老人は少し前に奥様を亡くされて自分も年を取り老い先も短いだろうからこうして旧友や戦友を訪ねてみたりしているのだと仰る。
暑い中、電車を乗り継ぎ駅から暫く歩いてここまで来られただろう事も分かり身なりもきちんとしていらしたので、
私は所有者の娘婿さんに連絡を取ってみる事にした。

事情を説明すると娘婿さんは少しいぶかしがり「父はもう痴呆が始まり人を見ても誰だか分かりませんし、現在はもうホームに入っておりますので。」とお断りされてしまった。
あちこちにビルを所有しお金もあるとそれだけで様々な人が寄ってくる事も想像がつきそれも当然の対応で仕方ないかと、
第三者である私も少し残念に思いながらもそのままのお返事を老人にお伝えした。