そのクルマは、闇夜に浮かぶ月のようだったーー

それは昨夜、近くの高台にあった
今日キャンバスで見た時、ドライバーは気弱そうな後輩の男のコだと知った
そして今夜、サークルのコンパでカレとお友達になった
何を話しても自信無さ気で頼りな気だけど…
ルナシルバー・メタリックのN-WGNを語る時は、熱っぽくて、キラキラして見えた
「ねぇ、夜風に当たりたいな、そのオキニでどっか連れてって」
夜の陰影に浮かぶ暗銀に印象的な丸目のライト、デザインは好みだけど
「まぁ、軽自動車よね」
照笑いのカレに勧められ助手席に…あら、シートは、軽じゃない?
ドアを閉めてもらうと、唐突に訪れる室内の静寂に驚く
何これ、外の喧騒、完全にシャットアウト…!
残暑で蒸し暑かった外に比べ、やけに涼しくて気持ちいい
リモコンエンジンスターターで予めエアコンONしてあったことには気づいても
エンジン音、気づかなかったわ…
「じゃ、いくよ!」
夜の帳の降りた街道に、一条の銀の光が駆け抜ける
よほど運転に自信があるのか、それともこのクルマの性能が卓越してるのか
カレは運転を意識させないトークで、終始わたしを楽しませてくれた
このクルマ、まるで意志を持ってるかのように、自分で止まって自分で走り出すようにも見えてしまうから不思議
カレはこのクルマで行ったアチコチを、楽し気に活きいきと話す
わたしにとってそれは意外にも、新鮮な体験と、深い感動に満たされて
通り慣れた路も、深夜の高速も、夜明け前の海岸線も
この静粛で、安楽で、開けた視界の中からだと
すべてが熱を帯び、キラキラと輝いて見えて…なんでかなぁ、涙出てるね
N-WGNって言ったかな、このクルマ まるで夜の河を渡る銀の方舟ね
わたしたちは河を越えて、はじまりの高台まで帰って来た
N-WGNの魔法は解けたけど、カレは精一杯の想いでわたしにコクってくれた
「ここで初めて、あなたを見て、一目惚れ、でした…これからもずっと、一緒に、走りたい、です…」

わたしはーー