それは自分を鼓舞するための、理屈ではない挑戦だった。羽生のすごさは、他者だけではなく、自分自身に対しても本気の物語を紡げるところだ。誰よりも自分を応援したい自分でいられるように、挑戦を繰り返す。
だから、逆境でも自分を奮い立たせて、立ち上がることができる。
 選んだ道は険しい。自分に嘘はつけない。自分に向けられた物語は、脚色することができない。羽生は練習でも試合と同じようなテンションでリンクに向かう。イヤホンで音楽を聴いて気持ちを高め、エッジカバーを額に当てて集中力を高める。
高難度のジャンプも表現の一部と考え、音楽と調和させて美しく跳ぶことにこだわり続ける。それがどんなに困難でも、自分の理想を追うことをやめない。
 しんどいだろうな、と思う。でも、自分に誠実だからこそ、彼の氷上での所作は、すべてが透き通っていて美しい。だからこそ、彼の言葉は真っ直ぐ心に届く。
ぼくがフィギュアスケートを本格的に撮り始めて、まだ1年に満たない。正直に言えば、今だって分からないことばかりだ。でも、ぼくが羽生を好きになるのに時間はかからなかった。