口先だけで、さも何かがわかったかの如く振る舞うのは訳もない。
また、実際にそうした心境に至ることも、さほど難事ではない。
最も難しいのは、黙ってそこに居るだけで、それと判る「姿」を作り上げることである。
ただ居るだけで、有能な運動選手であると判り、偉大な指導者であると判り、
天才的な学者であると判る、それこそが「本物であり、即ち「個性」なのである。