超純愛小説「長老と北川景子」
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亜佐美先生は「婚前交渉や不道徳については、時代や国や文化、最後に宗教によって違うって事だよね、だから多分永遠のテーマ
なんじゃないかな。違うかな?」確かに我が国においては「源氏物語」なんてほぼ官能小説、江戸時代の姫達は処女性が重要事項だったし、
明治時代の上流家庭の女性も同じくだ。昭和初期頃に産まれた女性達は、現代より乱れていて婚前交渉は若かったと聞いた事がある。
国によっても婚前交渉の是非は別れ法律で禁じている国もあるらしい。逆にタイに行った時には、ニューハーフが
堂々とバスに乗っていていて驚いたが、タイは決して悪い国ではない。不道徳に満ち滅茶苦茶でバラバラなように思えるが、
そこが表裏一体で国家として非常に統一性がある素晴らしい国だ。
要するに婚前交渉の是非は永遠のテーマである。但し、宗教上の問題では違うと亜佐美に語った。
「さすが兄弟、素晴らしい考察だよ。でも、面白くない?同じ人間なのに時代や国や文化によって婚前交渉の是非が異なるなんて。」、
「言われてみれば、そうだね。非常に興味深いね。でも、宗教上の問題が一番俺にとっては大きい訳であってさ。」
「そう、ここからが本題なんだけど、聖書にどこまで忠実でなければならず、聖書では性をどう扱っているという事かな。
つまりね、隼人兄弟は聖書に忠実に生きていると思ってるんだろうけど、どこまで忠実なのかなってこと。」
「うーんどうかな?」「どうかな、じゃなくて聖書に一字一句忠実に生きてるのかな?」
この投げかけには「それは、統治体が決めている出版物から何を守るべきか決めているわけじゃない?そもそも聖書には性の
不道徳に関しては、いたる所で厳密に禁じている訳だし。」「いや、論点が違うんだよ。聖書に完全に忠実に生きたいなら
髭を生やしたユダヤ教徒みたいな違う宗教に入信しなきゃならないでしょ?
つまり聖書の全てに忠実に生きるなんて不可能だと私は主張したいの」