<17日付の「中日新聞」朝刊コラム「中日春秋」>

 武勇で知られる源義家。自身への恨みを残す安倍宗任(むねとう)と連れ立ち、キツネを見つけるとまず矢の腕前で周囲を驚かせる。
さらに、放った矢を宗任が返そうとすると、背の矢入れに戻させた。説話集『古今著聞集』は、かたきと思っている敵に無防備で背中を向ける豪胆さを伝えている

▼後ろから襲う卑怯(ひきょう)はない。そう信じ、武器を手にする男に背中を許した。武人の度量をたたえる説話だ

▼背後から無防備な敵にタックルするアメリカンフットボールの映像を目にする。卑怯というより悪質だ。仕掛けた名門、日大の選手は力を抜いた敵に、見えにくい位置から突っ込んでいる。選手生命も日常生活も損なう大事を想像できるはずが、ためらいが見えない

▼監督として、このチームの黄金時代を築いた故篠竹幹夫さんは、独自の理論と厳しい指導で知られ、カリスマなどといわれた。「サムライフットボール」を掲げて、若者の人格形成に力を入れた人でもあった。こんなタックルは許さなかっただろう

▼危険なプレーを現監督が指示していたかもしれないと聞いて、さらに驚いてしまう。篠竹さんの教えは、どこかでねじ曲がったのか

▼格闘技同様、接触プレーのある競技には人を傷つける技術がつきものだ。この分野に度量や情の指導者が多いのと表裏の関係だろう。背を向ける敵へのタックルに競技の倫理の揺れを見るようだ。

http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2018051702000123.html