天理教だからこそ言えることはもっと沢山あると思うのだけれど、
テレビの適当な解説者と同じ事を言っているようでは、
今後の社会における天理教の存在意義が心配である。
ということを考えていたら、6月号を読む気をなくしてしまった。
個人的には5月号の「災害とジェンダー」という論評も、
上野千鶴子と同じバランス感覚の乏しい倦怠感を覚える一面的なものである。
これはまた今度にしたい。この研究所は天理教的に大丈夫なのだろうか?