ビッグボスもセフェランも、それぞれの神に通じている。セフェランは言うまでもなくアスタルテの意思に従っているし、ビッグボスもゼロの理想の世界のために協力している。
ビッグボスとゼロは不仲だ。互いに互いをまるきり信用していない。しかし、ゼロが自ら犯した愚を再び犯そうと考えるとはビッグボスも思っていない。そう確信できるくらいには、ビッグボスはゼロの人柄を理解していた。

要するに、彼女が信用できる者は、神と通じていないと確信できるマルクただ一人だけだったのだ。
「……正直、私ならこんな環境耐えられませんね。自分よりも大切な者を人質にとられ、情報のほとんどがただ一人の者からしか与えられない。それがどれほど不安なものか。頭の良い者であればあるほど、底なしの恐怖に襲われ続ける。
情報を得ようと思えば、ただ一人の者に頼るしかない。それはつまり、裏を取る術がないということで、その者が敵ならば自分は思うように動かされるしかない。
……そんな地獄のような環境の中、よくあれだけ平静でいられたものです。その精神には、私も感服します」
聞けば聞くほど、永琳はイザナミに絡め取られている。誰かを助けようという願いさえも、イザナミによって操られている。
ビッグボスは、血が出るかと思うほどに手を握りしめた。
「彼女はもはや放ってはおけません。殺し合いを妨害する以上、彼女はこちらで排除しなければいけない」
思わず、ビッグボスはセフェランを睨みつけた。
「ふざけるな! そんな不条理な話があるか! それに、お前の言ったことはイザナミの目的に加担することになる。それだけはあってはならない!」
イザナミの目的が何かはわからない。しかしこちらにその意図を隠す以上、確実に自分達にとってデメリットの生じる目的なのだ。
「わざわざ彼女を消す必要はない。事実を伝えれば、それで済む話だ」
「私達を敵だと認識している彼女が、それを信じると思いますか? 考えてもみてください。今までの人生で最悪の窮地を迎えていた。それが実は何でもなかったなんて、逆に誰も考えられません。それが長寿で、しかも人並み外れた知能を持つ者なら尚更」
「……俺は認めない」
「ボス! 今はそんなことを言っている場合ではありません! 我々の真の敵はイザナミです。それを忘れては──」
「忘れているのはお前だ、セフェラン。仲間は多い方がいい。彼女をこちらに引き入れる」
「下手なことをすればこちらの優位が崩れかねません! 我々がここまで情報を掴んでいることを、イザナミは知らないんですよ!
もしも八意永琳が裏切れば、もしくはイザナミに勘付かれたら、それでまた振り出しに戻ってしまう。思い出して下さい! あなたは、大義のためにこの殺し合いを終わらせなければならないのですよ!」
殺し合いの完遂。それが世界創世の要。
ザ・ボスの考える理想の世界を創る、これが最後のチャンス。そんなことは、ビッグボスにだってわかっている。
だが、ボスの脳裏にちらついて仕方がないのだ。先程の、嘆願する永琳の必死な姿が。
「……俺は、時代や世界のために戦っていた。それこそ政府や誰かの道具のようにな。間違いも多く犯した。何人もの罪なき人を死に追いやった。今思えば、正義も何もないただの殺戮だ。だけどな。……俺はいつも、自分の意思で戦ってきた」
何が正しいのか。そんなことは、今のボスにはどうでもよかった。
自分の意思。自分が何をしたいと思うか。それに従うことが、ボスにとっての正義だった。