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☆★☆【夢】思春期の何でも語るスレ11【恋】☆★☆
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0001Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 06:27:35.860
           
       ,,;⊂⊃;,、 。” カッパッパー♪
       (,,,・∀・)/》
      【(つ #)o 巛 しぬこと以外はかすり傷☆
     (( (ノ ヽ)
            
0002Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 09:59:48.000
『行人』夏目漱石

 女はしばらく間をおいて、ただ「結構でございます」と一口云って後は淋さびしく笑った。しかしその笑い方が、父には泣かれるよりも怒られるよりも変な感じを与えたと云った。
 父は○○の宿所を明らさまに告げて、「ちと暇な時に遊びがてら御嬢さんでも連れて行って御覧なさい。ちょっと好い家うちですよ。○○も夜ならたいてい御目にかかれると云っていましたから」と云った。すると女はたちまち眉まゆを曇らして、「そんな立派な御屋敷へ我々風情ふぜいがとても御出入おでいりはできませんが」と云ったまましばらく考えていたが、たちまち抑え切れないように真剣な声を出して、「御出入は致しません。先様さきさまで来いとおっしゃってもこっちで御遠慮しなければなりません。しかしただ一つ一生の御願に伺っておきたい事がございます。こうして御目にかかれるのももう二度とない御縁だろうと思いますから、どうぞそれだけ聞かして頂いた上心持よく御別れが致したいと存じます」と云った。
0003Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 09:59:59.230
        十八

 父は年の割に度胸の悪い男なので、女からこう云われた時は、どんな凄すさまじい文句を並べられるかと思って、少からず心配したそうである。
「幸い相手の眼が見えないので、自分の周章あわてさ加減を覚さとられずにすんだ」と彼はことさらにつけ加えた。その時女はこう云ったそうである。
0004Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:00:08.370
「私は御覧の通り眼を煩わずらって以来、色という色は皆目かいもく見えません。世の中で一番明るい御天道様おてんとさまさえもう拝む事はできなくなりました。ちょっと表へ出るにも娘の厄介やっかいにならなければ用事は足せません。いくら年を取っても一人で不自由なく歩く事のできる人間が幾人いくたりあるかと思うと、何の因果いんがでこんな業病ごうびょうに罹かかったのかと、つくづく辛い心持が致します。けれどもこの眼は潰つぶれてもさほど苦しいとは存じません。ただ両方の眼が満足に開いている癖に、他ひとの料簡方りょうけんがたが解らないのが一番苦しゅうございます」
 父は「なるほど」と答えた。「ごもっとも」とも答えた。けれども女のいう意味はいっこう通じなかった。彼にはそういう経験がまるでなかったと彼は明言した。女は瞹眛あいまいな父の言葉を聞いて、「ねえあなたそうではございませんか」と念を押した。
0005Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:00:16.800
「そりゃそんな場合は無論有るでしょう」と父が云った。
「有るでしょうでは、あなたもわざわざ○○さんに御頼まれになって、ここまでいらしって下すった甲斐かいがないではございませんか」と女が云った。父はますます窮した。
0006Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:00:26.240
 自分はこの時偶然兄の顔を見た。そうして彼の神経的に緊張した眼の色と、少し冷笑を洩もらしているような嫂あによめの唇くちびるとの対照を比較して、突然彼らの間にこの間から蟠わだかまっている妙な関係に気がついた。その蟠まりの中に、自分も引きずり込まれているという、一種厭いとうべき空気の匂においも容赦なく自分の鼻を衝ついた。自分は父がなぜ座興とは云いながら、択よりに択って、こんな話をするのだろうと、ようやく不安の念が起った。けれども万事はすでに遅かった。父は知らぬ顔をして勝手次第に話頭を進めて行った。
「おれはそれでも解らないから、淡泊たんぱくにその女に聞いて見た。せっかく○○に頼まれてわざわざここまで来て、肝心かんじんな要領を伺わないで引き取っては、あなたに対してはもちろん○○から云っても定めし不本意だろうから、どうかあなたの胸を存分私に打明けて下さいませんか。それでないと私も帰ってから○○に話がし悪にくいからって」
0007Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:00:36.410
 その時女は始めて思い切った決断の色を面おもてに見せて、「では申し上げます。あなたも○○さんの代理にわざわざ尋ねて来て下さるくらいでいらっしゃるから、定めし関係の深い御方には違いございませんでしょう」という冒頭まえおきをおいて、彼女の腹を父に打明けた。
 ○○が結婚の約束をしながら一週間経たつか経たないのに、それを取り消す気になったのは、周囲の事情から圧迫を受けてやむをえず断ったのか、あるいは別に何か気に入らないところでもできて、その気に入らないところを、結婚の約束後急に見つけたため断ったのか、その有体ありていの本当が聞きたいのだと云うのが、女の何より知りたいところであった。
0008Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:00:45.080
 女は二十年以上○○の胸の底に隠れているこの秘密を掘り出したくってたまらなかったのである。彼女には天下の人がことごとく持っている二つの眼を失って、ほとんど他ひとから片輪かたわ扱いにされるよりも、いったん契ちぎった人の心を確実に手に握れない方が遥はるかに苦痛なのであった。
「御父さんはどういう返事をしておやりでしたか」とその時兄が突然聞いた。その顔には普通の興味というよりも、異状の同情が籠こもっているらしかった。
「おれも仕方がないから、そりゃ大丈夫、僕が受け合う。本人に軽薄なところはちっともないと答えた」と父は好い加減な答えをかえって自慢らしく兄に話した。
0009Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:00:53.550
        十九

「女はそんな事で満足したんですか」と兄が聞いた。自分から見ると、兄のこの問には冒おかすべからざる強味が籠こもっていた。それが一種の念力ねんりきのように自分には響いた。
 父は気がついたのか、気がつかなかったのか、平気でこんな答をした。
0010Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:01:02.470
「始はじめは満足しかねた様子だった。もちろんこっちの云う事がそらそれほど根のある訳でもないんだからね。本当を云えば、先刻さっきお前達に話した通り男の方はまるで坊ちゃんなんで、前後の分別も何もないんだから、真面目まじめな挨拶あいさつはとてもできないのさ。けれどもそいつがいったん女と関係した後で止せば好かったと後悔したのは、どうも事実に違なかろうよ」
 兄は苦々しい顔をして父を見ていた。父は何という意味か、両手で長い頬を二度ほど撫なでた。
0011Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:01:11.670
「この席でこんな御話をするのは少し憚はばかりがあるが」と兄が云った。自分はどんな議論が彼の口から出るか、次第によっては途中からその鉾先ほこさきを、一座の迷惑にならない方角へ向易むけかえようと思って聞いていた。すると彼はこう続けた。
「男は情慾を満足させるまでは、女よりも烈はげしい愛を相手に捧ささげるが、いったん事が成就じょうじゅするとその愛がだんだん下り坂になるに反して、女の方は関係がつくとそれからその男をますます慕したうようになる。これが進化論から見ても、世間の事実から見ても、実際じゃなかろうかと思うのです。それでその男もこの原則に支配されて後から女に気がなくなった結果結婚を断ったんじゃないでしょうか」
0012Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:01:23.300
「妙な御話ね。妾あたし女だからそんなむずかしい理窟りくつは知らないけれども、始めて伺ったわ。ずいぶん面白い事があるのね」
 嫂あによめがこう云った時、自分は客に見せたくないような厭いやな表情を兄の顔に見出したので、すぐそれをごまかすため何か云って見ようとした。すると父が自分より早く口を開いた。
0013Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:01:34.810
「そりゃ学理から云えばいろいろ解釈がつくかも知れないけれども、まあ何だね、実際はその女が厭になったに相違ないとしたところで、当人面喰めんくらったんだね、まず第一に。その上小胆しょうたんで無分別で正直と来ているから、それほど厭でなくっても断りかねないのさ」
 父はそう云ったなり洒然しゃぜんとしていた。
0014Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/29(水) 10:01:45.840
 床とこの前に謡本を置いていた一人の客が、その時父の方を向いてこう云った。
「しかし女というものはとにかく執念深しゅうねんぶかいものですね。二十何年もその事を胸の中に畳込んでおくんですからね。全くのところあなたは好い功徳くどくをなすった。そう云って安心させてやればその眼の見えない女のためにどのくらい嬉うれしかったか解りゃしません」
0015Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/29(水) 10:01:55.570
「そこがすべての懸合事かけあいごとの気転ですな。万事そうやれば双方のためにどのくらい都合が好いか知れんです」
 他の客が続いてこう云った時、父は「いやどうも」と頭を掻かいて「実は今云った通り最初はね、そのくらいな事じゃなかなか疑うたぐりが解けないんで、私も少々弱らせられました。それをいろいろに光沢つやをつけたり、出鱈目でたらめを拵こしらえたりして、とうとう女を納得させちまったんですが、ずいぶん骨が折れましたよ」と少し得意気であった。
 やがて客は謡本を風呂敷に包んで露つゆに濡ぬれた門を潜くぐって出た。皆みんな後あとで世間話をしているなかに、兄だけはむずかしい顔をして一人書斎に入った。自分は例のごとく冷ひややかに重い音をさせる上草履スリッパーの音を一つずつ聞いて、最後にどんと締まる扉ドアの響に耳を傾けた。
0016Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/29(水) 10:02:04.220
        二十

 二三週間はそれなり過ぎた。そのうち秋がだんだん深くなった。葉鶏頭はげいとうの濃い色が庭を覗のぞくたびに自分の眼に映った。
 兄は俥くるまで学校へ出た。学校から帰るとたいていは書斎へ這入はいって何かしていた。家族のものでも滅多めったに顔を合わす機会はなかった。用があるとこっちから二階に上のぼって、わざわざ扉を開けるのが常になっていた。兄はいつでも大きな書物の上に眼を向けていた。それでなければ何か万年筆で細かい字を書いていた。一番我々の眼についたのは、彼の茫然ぼうぜんとして洋机テーブルの上に頬杖ほおづえを突いている時であった。
0017Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:02:12.810
 彼は一心に何か考えているらしかった。彼は学者でかつ思索家であるから、黙って考えるのは当然の事のようにも思われたが、扉を開けてその様子を見た者は、いかにも寒い気がすると云って、用を済ますのを待ち兼ねて外へ出た。最も関係の深い母ですら、書斎へ行くのをあまりありがたいとは思っていなかったらしい。
「二郎、学者ってものは皆みんなあんな偏屈へんくつなものかね」
0018Ms.名無しさん
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2021/12/29(水) 10:02:23.830
 この問を聞いた時、自分は学者でないのを不思議な幸福のように感じた。それでただえへへと笑っていた。すると母は真面目まじめな顔をして、「二郎、御前がいなくなると、宅うちは淋さむしい上にも淋しくなるが、早く好い御嫁さんでも貰って別になる工面くめんを御為おしよ」と云った。自分には母の言葉の裏に、自分さえ新しい家庭を作って独立すれば、兄の機嫌きげんが少しはよくなるだろうという意味が明らさまに読まれた。自分は今でも兄がそんな妙な事を考えているのだろうかと疑うたぐっても見た。しかし自分もすでに一家を成してしかるべき年輩だし、また小さい一軒の竈かまどぐらいは、現在の収入でどうかこうか維持して行かれる地位なのだから、かねてから、そういう考えはちらちらと無頓着むとんじゃくな自分の頭をさえ横切ったのである。
 自分は母に対して、「ええ外へ出る事なんか訳はありません。明日あしたからでも出ろとおっしゃれば出ます。しかし嫁の方はそうちんころのように、何でも構わないから、ただ路に落ちてさえいれば拾って来るというような遣口やりくちじゃ僕には不向ふむきですから」と云った。その時母は、「そりゃ無論……」と答えようとするのを自分はわざと遮さえぎった。
0019Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/29(水) 18:10:59.620
           
このハゲーー!!ちーがーうーだーろー!

  ノノ ハ ∩           ちがうだろー!
 川*`ω´) ☆パーン
  ⊂彡〆⌒ヽ
     (。・_・。) < コロナで禿げま
0020Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 01:36:45.640
ジャニーズとかエグザエルとかのかっこいい人も好きだけど、こういうかわいい?人も好きなんだけどわかる人いませんか(๑´ڡ`๑)
https://youtu.be/kbm8DlSK53I
0021Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:15:45.770
「御母さんの前ですが、兄さんと姉さんの間ですね。あれにはいろいろ複雑な事情もあり、また僕が固もとから少し姉さんと知り合だったので、御母さんにも御心配をかけてすまないようですけれども、大根おおねをいうとね。兄さんが学問以外の事に時間を費ついやすのが惜おしいんで、万事人任ひとまかせにしておいて、何事にも手を出さずに華族然と澄ましていたのが悪いんですよ。いくら研究の時間が大切だって、学校の講義が大事だって、一生同じ所で同じ生活をしなくっちゃならない吾わが妻じゃありませんか。兄さんに云わしたらまた学者相応の意見もありましょうけれども学者以下の我々にはとてもあんな真似はできませんからね」
 自分がこんな下らない理窟りくつを云い募つのっているうちに、母の眼にはいつの間にか涙らしい光の影が、だんだん溜たまって来たので、自分は驚いてやめてしまった。
 自分は面つらの皮が厚いというのか、遠慮がなさ過ぎると云うのか、それほど宅うちのものが気兼きがねをして、云わば敬して遠ざけているような兄の書斎の扉ドアを他ひとよりもしばしば叩たたいて話をした。中へ這入はいった当分の感じは、さすがの自分にも少し応こたえた。けれども十分ぐらい経たつと彼はまるで別人のように快活になった。自分は苦にがい兄の心機をこう一転させる自分の手際てぎわに重きをおいて、あたかも己おのれの虚栄心を満足させるための手段らしい態度をもって、わざわざ彼の書斎へ出入でいりした事さえあった。自白すると、突然兄から捕つらまって危く死地に陥おとしいれられそうになったのも、実はこういう得意の瞬間であった。
0022Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:15:55.290
        二十一

 その折自分は何を話ていたか今たしかに覚えていない。何でも兄から玉突たまつきの歴史を聞いた上、ルイ十四世頃の銅版の玉突台をわざわざ見せられたような気がする。
 兄の室へやへ這入っては、こんな問題を種に、彼の新しく得た知識を、はいはい聞いているのが一番安全であった。もっとも自分も御饒舌おしゃべりだから、兄と違った方面で、ルネサンスとかゴシックとかいう言葉を心得顔にふり廻す事も多かった。しかしたいていは世間離れのしたこう云う談話だけで書斎を出るのが例であったが、その折は何かの拍子ひょうしで兄の得意とする遺伝とか進化とかについての学説が、銅版の後で出て来た。自分は多分云う事がないため、黙って聞いていたものと見える。その時兄が「二郎お前はお父さんの子だね」と突然云った。自分はそれがどうしたと云わぬばかりの顔をして、「そうです」と答えた。
0023Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:16:04.340
「おれはお前だから話すが、実はうちのお父さんには、一種妙におっちょこちょいのところがあるじゃないか」
 兄から父を評すれば正にそうであるという事を自分は以前から呑込のみこんでいた。けれども兄に対してこの場合何と挨拶あいさつすべきものか自分には解らなかった。
「そりゃあなたのいう遺伝とか性質とかいうものじゃおそらくないでしょう。今の日本の社会があれでなくっちゃ、通させないから、やむをえないのじゃないですか。世の中にゃお父さんどころかまだまだたまらないおっちょこがありますよ。兄さんは書斎と学校で高尚に日を暮しているから解らないかも知れないけれども」
0024Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:16:14.210
「そりゃおれも知ってる。お前の云う通りだ。今の日本の社会は――ことによったら西洋もそうかも知れないけれども――皆みんな上滑うわすべりの御上手ものだけが存在し得るように出来上がっているんだから仕方がない」
 兄はこう云ってしばらく沈黙の裡うちに頭を埋うずめていた。それから怠だるそうな眼を上げた。
0025Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:16:22.790
「しかし二郎、お父さんのは、お気の毒だけれども、持って生れた性質なんだよ。どんな社会に生きていても、ああよりほかに存在の仕方はお父さんに取ってむずかしいんだね」
 自分はこの学問をして、高尚になり、かつ迂濶うかつになり過ぎた兄が、家中うちじゅうから変人扱いにされるのみならず、親身の親からさえも、日に日に離れて行くのを眼前に見て、思わず顔を下げて自分の膝頭ひざがしらを見つめた。
0026Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:16:31.490
「二郎お前もやっぱりお父さん流だよ。少しも摯実しじつの気質がない」と兄が云った。
 自分は癇癪かんしゃくの不意に起る野蛮な気質を兄と同様に持っていたが、この場合兄の言葉を聞いたとき、毫ごうも憤怒の念が萌きざさなかった。
0027Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:16:38.910
「そりゃひどい。僕はとにかく、お父さんまで世間の軽薄ものといっしょに見做みなすのは。兄さんは独ひとりぼっちで書斎にばかり籠こもっているから、それでそういう僻ひがんだ観察ばかりなさるんですよ」
「じゃ例を挙あげて見せようか」
0028Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:16:47.480
 兄の眼は急に光を放った。自分は思わず口を閉じた。
「この間謡うたいの客のあった時に、盲女めくらおんなの話をお父さんがしたろう。あのときお父さんは何とかいう人を立派に代表して行きながら、その女が二十何年も解らずに煩悶はんもんしていた事を、ただ一口にごまかしている。おれはあの時、その女のために腹の中で泣いた。女は知らない女だからそれほど同情は起らなかったけれども、実をいうとお父さんの軽薄なのに泣いたのだ。本当に情ないと思った。……」
0029Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:16:57.040
「そう女みたように解釈すれば、何だって軽薄に見えるでしょうけれども……」
「そんな事を云うところが、つまりお父さんの悪いところを受け継ついでいる証拠しょうこになるだけさ。おれは直なおの事をお前に頼んで、その報告をいつまでも待っていた。ところがお前はいつまでも言葉を左右に託して、空恍そらとぼけている……」
0030Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:17:08.350
        二十二

「空恍けてると云われちゃちっと可哀かわいそうですね。話す機会もなし、また話す必要がないんですもの」
「機会は毎日ある。必要はお前になくてもおれの方にあるから、わざわざ頼んだのだ」
0031Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:17:17.440
 自分はその時ぐっと行きつまった。実はあの事件以後、嫂あによめについて兄の前へ一人出て、真面目に彼女を論ずるのがいかにも苦痛だったのである。自分は話頭を無理に横へ向けようとした。
「兄さんはすでにお父さんを信用なさらず。僕もそのお父さんの子だという訳で、信用なさらないようだが、和歌の浦でおっしゃった事とはまるで矛盾していますね」
0032Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:17:25.780
「何が」と兄は少し怒気を帯びて反問した。
「何がって、あの時、あなたはおっしゃったじゃありませんか。お前は正直なお父さんの血を受けているから、信用ができる、だからこんな事を打ち明けて頼むんだって」
0033Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:17:37.420
 自分がこう云うと、今度は兄の方がぐっと行きつまったような形迹けいせきを見せた。自分はここだと思って、わざと普通以上の力を、言葉の裡うちへ籠こめながらこう云った。
「そりゃ御約束した事ですから、嫂ねえさんについて、あの時の一部始終いちぶしじゅうを今ここで御話してもいっこう差支さしつかえありません。固もとより僕はあまり下らない事だから、機会が来なければ口を開く考えもなし、また口を開いたって、ただ一言いちごんで済んでしまう事だから、兄さんが気にかけない以上、何も云う必要を認めないので、今日こんにちまで控えていたんですから。――しかし是非何とか報告をしろと、官命で出張した属官流に逼せまられれば、仕方がない。今即刻すぐでも僕の見た通りをお話します。けれどもあらかじめ断っておきますが、僕の報告から、あなたの予期しているような変な幻まぼろしはけっして出て来ませんよ。元々あなたの頭にある幻なんで、客観的にはどこにも存在していないんだから」
0034Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:17:47.750
 兄は自分の言葉を聞いた時、平生と違って、顔の筋肉をほとんど一つも動かさなかった。ただ洋卓テーブルの前に肱ひじを突いたなり、じっとしていた。眼さえ伏せていたから、自分には彼の表情がちっとも解らなかった。兄は理に明らかなようで、またその理にころりと抛なげられる癖があった。自分はただ彼の顔色が少し蒼あおくなったのを見て、これは必竟ひっきょう彼が自分の強い言語に叩たたかれたのだと判断した。
 自分はそこにあった巻莨入まきたばこいれから煙草たばこを一本取り出して燐寸マッチの火を擦すった。そうして自分の鼻から出る青い煙と兄の顔とを等分に眺めていた。
0035Ms.名無しさん
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2021/12/30(木) 06:17:58.800
「二郎」と兄がようやく云った。その声には力も張はりもなかった。
「何です」と自分は答えた。自分の声はむしろ驕おごっていた。
0037Ms.名無しさん
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2021/12/31(金) 07:05:12.010
【統計改ざん】統計書き換え問題 二重計上による差額「月当たり1.2兆円(年間約15兆円)」 山際大臣「非常に軽微なもの」 [スペル魔★]
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1640007808/
0038Ms.名無しさん
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2021/12/31(金) 13:53:17.840
「もうおれはお前に直なおの事について何も聞かないよ」
「そうですか。その方が兄さんのためにも嫂さんのためにも、また御父さんのためにも好いでしょう。善良な夫になって御上げなさい。そうすれば嫂さんだって善良な夫人でさあ」と自分は嫂あによめを弁護するように、また兄を戒めるように云った。
0039Ms.名無しさん
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2021/12/31(金) 13:53:25.700
「この馬鹿野郎」と兄は突然大きな声を出した。その声はおそらく下まで聞えたろうが、すぐ傍そばに坐っている自分には、ほとんど予想外の驚きを心臓に打ち込んだ。
「お前はお父さんの子だけあって、世渡りはおれより旨うまいかも知れないが、士人の交わりはできない男だ。なんで今になって直の事をお前の口などから聞こうとするものか。軽薄児けいはくじめ」
0040Ms.名無しさん
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2021/12/31(金) 13:53:34.480
 自分の腰は思わず坐っている椅子いすからふらりと離れた。自分はそのまま扉ドアの方へ歩いて行った。
「お父さんのような虚偽な自白を聞いた後あと、何で貴様の報告なんか宛あてにするものか」
 自分はこういう烈はげしい言葉を背中に受けつつ扉ドアを閉めて、暗い階段の上に出た。
0041Ms.名無しさん
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2021/12/31(金) 13:53:44.580
        二十三

 自分はそれから約一週間ほどというもの、夕食以外には兄と顔を合した事がなかった。平生食卓を賑にぎやかにする義務をもっているとまで、皆みんなから思われていた自分が、急に黙ってしまったので、テーブルは変に淋さみしくなった。どこかで鳴く※(「虫+車」、第3水準1-91-55)こおろぎの音ねさえ、併ならんでいる人の耳に肌寒はださむの象徴シンボルのごとく響いた。
 こういう寂寞せきばくたる団欒だんらんの中に、お貞さんは日ごとに近づいて来る我結婚の日限にちげんを考えるよりほかに、何の天地もないごとくに、盆を膝ひざの上へ載のせて御給仕をしていた。陽気な父は周囲に頓着とんじゃくなく、己おのれに特有な勝手な話ばかりした。しかしその反響はいつものようにどこからも起らなかった。父の方でもまるでそれを予期する気色けしきは見えなかった。
0042Ms.名無しさん
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2021/12/31(金) 13:53:52.610
 時々席に列つらなったものが、一度に声を出して笑う種になったのはただ芳江ばかりであった。母などは話が途切とぎれておのずと不安になるたびに、「芳江お前は……」とか何とか無理に問題を拵こしらえて、一時を糊塗ことするのを例にした。するとそのわざとらしさが、すぐ兄の神経に触った。
 自分は食卓を退しりぞいて自分の室へやに帰るたびに、ほっと一息吐ひといきつくように煙草たばこを呑んだ。
0043Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 13:54:01.420
「つまらない。一面識いちめんしきのないものが寄って会食するよりなおつまらない。他ひとの家庭もみんなこんな不愉快なものかしら」
 自分は時々こう考えて、早く家うちを出てしまおうと決心した事もあった。あまり食卓の空気が冷やかな折は、お重が自分の後を恋したって、追いかけるように、自分の室へ這入はいって来た。彼女は何にも云わずにそこで泣き出したりした。ある時はなぜ兄さんに早く詫あやまらないのだと詰問するように自分を悪にくらしそうに睨にらめたりした。
0044Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 13:54:09.460
 自分は宅うちにいるのがいよいよ厭いやになった。元来性急せっかちのくせに決断に乏しい自分だけれども、今度こそは下宿なり間借りなりして、当分気を抜こうと思い定さだめた。自分は三沢の所へ相談に行った。その時自分は彼に、「君が大阪などで、ああ長く煩わずらうから悪いんだ」と云った。彼は「君がお直なおさんなどの傍そばに長くくっついているから悪いんだ」と答えた。
 自分は上方かみがたから帰って以来、彼に会う機会は何度となくあったが、嫂あによめについては、いまだかつて一言も彼に告げた例ためしがなかった。彼もまた自分の嫂に関しては、いっさい口を閉じて何事をも云わなかった。
0045Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 13:54:18.140
 自分は始めて彼の咽喉のどを洩もれる嫂の名を聞いた。またその嫂と自分との間に横よこたわる、深くも浅くも取れる相互関係をあらわした彼の言葉を聞いた。そうして驚きと疑うたがいの眼を三沢の上に注そそいだ。その中に怒いかりを含んでいると解釈した彼は、「怒おこるなよ」と云った。その後あとで「気狂きちがいになった女に、しかも死んだ女に惚ほれられたと思って、己惚おのぼれているおれの方が、まあ安全だろう。その代り心細いには違ない。しかし面倒は起らないから、いくら惚れても、惚れられてもいっこう差支さしつかえない」と云った。自分は黙っていた。彼は笑いながら「どうだ」と自分の肩を捕つかまえて小突いた。自分には彼の態度が真面目まじめなのか、また冗談なのか、少しも解らなかった。真面目にせよ、冗談にせよ、自分は彼に向って何事をも説明したり、弁明したりする気は起らなかった。
 自分はそれでも三沢に適当な宿を一二軒教わって、帰りがけに、自分の室へやまで見て帰った。家うちへ戻るや否や誰より先に、まずお重を呼んで、「兄さんもお前の忠告してくれた通り、いよいよ家を出る事にした」と告げた。お重は案外なようなまた予期していたような表情を眉間みけんにあつめて、じっと自分の顔を眺めた。
0046Ms.名無しさん
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2021/12/31(金) 13:54:28.260
       二十四

 兄妹きょうだいとして云えば、自分とお重とは余り仲の善いい方ではなかった。自分が外へ出る事を、まず第一に彼女に話したのは、愛情のためというよりは、むしろ面当つらあての気分に打勝たれていた。すると見る見るうちにお重の両方の眼に涙がいっぱい溜たまって来た。
「早く出て上げて下さい。その代り妾あたしもどんな所でも構わない、一日も早くお嫁に行きますから」と云った。
0047Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 13:54:58.450
 自分は黙っていた。
「兄さんはいったん外へ出たら、それなり家へ帰らずに、すぐ奥さんを貰って独立なさるつもりでしょう」と彼女がまた聞いた。
0048Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 13:55:07.010
 自分は彼女の手前「もちろんさ」と答えた。その時お重は今まで持ち応こたえていた涙をぽろりぽろりと膝の上に落した。
「何だって、そんなに泣くんだ」と自分は急に優しい声を出して聞いた。実際自分はこの事件についてお重の眼から一滴の涙さえ予期していなかったのである。
0049Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 13:55:15.230
「だって妾ばかり後あとへ残って……」
 自分に判切はっきり聞こえたのはただこれだけであった。その他は彼女のむやみに引泣上しゃくりあげる声が邪魔をしてほとんど崩くずれたまま自分の鼓膜こまくを打った。
 自分は例のごとく煙草を呑のみ始めた。そうしておとなしく彼女の泣き止むのを待っていた。彼女はやがて袖そでで眼を拭いて立ち上った。自分はその後姿を見たとき、急に可哀かわいそうになった。
0050Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 13:55:24.330
「お重、お前とは好く喧嘩けんかばかりしたが、もう今まで通り啀いがみ合う機会も滅多めったにあるまい。さあ仲直りだ。握手しよう」
 自分はこう云って手を出した。お重はかえってきまり悪気わるげに躊躇ちゅうちょした。
0051Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 13:55:32.990
 自分はこれからだんだんに父や母に自分の外へ出る決心を打ち明けて、彼らの許諾を一々求めなければならないと思った。ただ最後に兄の所へ行って、同じ決心を是非共繰返す必要があるので、それだけが苦くになった。
 母に打ち明けたのはたしかその明くる日であった。母はこの唐突とうとつな自分の決心に驚いたように、「どうせ出るならお嫁でもきまってからと思っていたのだが。――まあ仕方があるまいよ」と云った後あと、憮然ぶぜんとして自分の顔を見た。自分はすぐその足で、父の居間へ行こうとした。母は急に後から呼び留めた。
0052Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 13:55:41.540
「二郎たとい、お前が家うちを出たってね……」
 母の言葉はそれだけで支つかえてしまった。自分は「何ですか」と聞き返したため、元の場所に立っていなければならなかった。
0053Ms.名無しさん
垢版 |
2021/12/31(金) 17:10:50.340
現在、日本政府やワクチン接種を推奨してきたメディアは、
「無益で危険な致死的ワクチンを注射させた」
と糾弾されることを恐れて一切都合の悪い事実を報道していない。

新型コロナウイルスの直接の死者よりも、
ワクチンが原因となった死亡者の方が多いという疑いまで出てきている。

政府関係者は、フクイチ事故の被害を隠蔽したように、犯罪的な行為である。

日本政府やメディアは、 感染しても風邪程度の有害性しかない疫病に対し、
「例え感染してもワクチンは重症化を防ぐ効果がある」と大宣伝している。
彼らが反省することなどありえないが、責任は取らせるべきだ。

ワクチン後遺症
今の状況。また病院へ今から行きます。
https://twitter.com/0bXuqvZH1qmvXQL/status/1465541202317479937?s=20

https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
0055Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:49:00.040
「兄さんにはもう御話しかい」と母は急に即つかぬ事を云い出した。
「いいえ」と自分は答えた。
0056Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:49:10.310
「兄さんにはかえってお前から直下じかに話した方が好いかも知れないよ。なまじ、御父さんや御母さんから取次ぐと、かえって感情を害するかも知れないからね」
「ええ僕もそう思っています。なるたけ綺麗きれいにして出るつもりですから」
0057Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:49:23.800
 自分はこう断って、すぐ父の居間に這入はいった。父は長い手紙を書いていた。
「大阪の岡田からお貞の結婚について、この間また問い合せが来たので、その返事を書こう書こうと思いながら、とうとう今日まで放っておいたから、今日は是非一つその義務を果そうと思って、今書いているところだ。ついでだからそう云っとくが、御前の書く拝啓の啓の字は間違っている。崩くずすならそこにあるように崩すものだ」
 長い手紙の一端がちょうど自分の坐った膝ひざの前に出ていた。自分は啓の字を横に見たが、どこが間違っているのかまるで解らなかった。自分は父が筆を動かす間、床とこに活けた黄菊だのその後うしろにある懸物かけものだのを心のうちで品評していた。
0058Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:49:34.230
        二十五

 父は長い手紙を裾すその方から巻き返しながら、「何か用かね、また金じゃないか。金ならないよ」と云って、封筒に上書うわがきを認したためた。
 自分はきわめて簡略に自分の決意を述べた上、「永々御厄介になりましたが……」というような形式の言葉をちょっと後あとへ付け加えた。父はただ「うんそうか」と答えた。やがて切手を状袋の角かどへ貼はり付けて、「ちょっとそのベルを押してくれ」と自分に頼んだ。自分は「僕が出させましょう」と云って手紙を受け取った。父は「お前の下宿の番地を書いて、御母さんに渡しておきな」と注意した。それから床の幅ふくについていろいろな説明をした。
0059Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:49:43.670
 自分はそれだけ聞いて父の室へやを出た。これで挨拶あいさつの残っているものはいよいよ兄と嫂あによめだけになった。兄にはこの間の事件以来ほとんど親しい言葉を換かわさなかった。自分は彼に対して怒おこり得るほどの勇気を持っていなかった。怒り得るならば、この間罵ののしられて彼の書斎を出るとき、すでに激昂げっこうしていなければならなかった。自分は後うしろから小さな石膏像せっこうぞうの飛んでくるぐらいに恐れを抱く人間ではなかった。けれどもあの時に限って、怒るべき勇気の源がすでに枯れていたような気がする。自分は室に入いった幽霊が、ふうとまた室を出るごとくに力なく退却した。その後も彼の書斎の扉ドアを叩たたいて、快く詫あやまるだけの度胸は、どこからも出て来なかった。かくして自分は毎日苦にがい顔をしている彼の顔を、晩餐ばんさんの食卓に見るだけであった。
 嫂あによめとも自分は近頃滅多めったに口を利きかなかった。近頃というよりもむしろ大阪から帰って後のちという方が適当かも知れない。彼女は単独に自分の箪笥たんすなどを置いた小ちさい部屋の所有主であった。しかしながら彼女と芳江が二人ぎりそこに遊んでいる事は、一日中で時間につもるといくらもなかった。彼女はたいてい母と共に裁縫その他の手伝をして日を暮していた。
0060Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:49:53.240
 父や母に自分の未来を打ち明けた明あくる朝、便所から風呂場へ通う縁側えんがわで、自分はこの嫂にぱたりと出会った。
「二郎さん、あなた下宿なさるんですってね。宅うちが厭いやなの」と彼女は突然聞いた。彼女は自分の云った通りを、いつの間にか母から伝えられたらしい言葉遣ことばづかいをした。自分は何気なく「ええしばらく出る事にしました」と答えた。
0061Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:50:03.080
「その方が面倒でなくって好いでしょう」
 彼女は自分が何か云うかと思って、じっと自分の顔を見ていた。しかし自分は何とも云わなかった。
0062Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:50:14.280
「そうして早く奥さんをお貰いなさい」と彼女の方からまた云った。自分はそれでも黙っていた。
「早い方が好いわよあなた。妾あたし探して上げましょうか」とまた聞いた。
0063Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:50:27.230
「どうぞ願います」と自分は始めて口を開いた。
 嫂は自分を見下みさげたようなまた自分を調戯からかうような薄笑いを薄い唇くちびるの両端に見せつつ、わざと足音を高くして、茶の間の方へ去った。
 自分は黙って、風呂場と便所の境にある三和土たたきの隅すみに寄せ掛けられた大きな銅の金盥かなだらいを見つめた。この金盥は直径二尺以上もあって自分の力で持上げるのも困難なくらい、重くてかつ大きなものであった。自分は子供の時分からこの金盥を見て、きっと大人おとなの行水ぎょうずいを使うものだとばかり想像して、一人嬉うれしがっていた。金盥は今塵ちりで佗わびしく汚れていた。低い硝子戸越ガラスどごしには、これも自分の子供時代から忘れ得ない秋海棠しゅうかいどうが、変らぬ年ごとの色を淋さみしく見せていた。自分はこれらの前に立って、よく秋先あきさきに玄関前の棗なつめを、兄と共に叩たたき落して食った事を思い出した。自分はまだ青年だけれども、自分の背後にはすでにこれだけ無邪気な過去がずっと続いている事を発見した時、今昔の比較が自おのずから胸に溢あふれた。そうしてこれからこの餓鬼大将がきだいしょうであった兄と不愉快な言葉を交換して、わが家を出なければならないという変化に想おもい及んだ。
0064Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:50:38.140
        二十六

 その日自分が事務所から帰ってお重に「兄さんは」と聞くと、「まだよ」という返事を得た。
「今日はどこかへ廻る日なのかね」と重かさねて尋ねた時、お重は「どうだか知らないわ。書斎へ行って壁に貼はりつけてある時間表を見て来て上げましょうか」と云った。
0065Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:50:46.860
 自分はただ兄が帰ったら教えてくれるように頼んで、誰にも会わずに室へやへ這入はいった。洋服を脱ぬぎ替えるのも面倒なので、そのまま横になって寝ているうち、いつの間にか本当の眠りに落ちた。そうして他人に説明も何もできないような複雑に変化する不安な夢に襲われていると、急にお重から起された。
「大兄おおにいさんがお帰りよ」
0066Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:50:55.660
 こういう彼女の言葉が耳に這入った時、自分はすぐ起ち上がった。けれども意識は朦朧もうろうとして、夢のつづきを歩いていた。お重は後うしろから「まあ顔でも洗っていらっしゃい」と注意した。判然はっきりしない自分の意識は、それすらあえてする勇気を必要と感ぜしめなかった。
 自分はそのまま兄の書斎に這入った。兄もまだ洋服のままであった。彼は扉ドアの音を聞いて、急に入口に眼を転じた。その光のうちにはある予期を明かに示していた。彼が外出して帰ると、嫂あによめが芳江を連れて、不断の和服を持って上がって来るのが、その頃の習慣であった。自分は母が嫂に「こういう風におしよ」と云いつけたのを傍そばにいて聞いていた事がある。自分はぼんやりしながらも、兄のこの眼附によって、和服の不断着より、嫂と芳江とを彼は待ち設けていたのだと覚さとった。
0067Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:51:04.690
 自分は寝惚ねぼけた心持が有ったればこそ、平気で彼の室を突然開けたのだが、彼は自分の姿を敷居の前に見て、少しも怒いかりの影を現さなかった。しかしただ黙って自分の背広姿せびろすがたを打ち守るだけで、急に言葉を出す気色けしきはなかった。
「兄さん、ちょっと御話がありますが……」
0068Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:51:14.690
と、自分はついにこっちから切り出した。
「こっちへ御這入り」
 彼の言語は落ちついていた。かつこの間の事について何の介意かいいをも含んでいないらしく自分の耳に響いた。彼は自分のために、わざわざ一脚の椅子を己れの前へ据すえて、自分を麾さしまねいた。
 自分はわざと腰をかけずに、椅子の背に手を載せたまま、父や母に云ったとほぼ同様の挨拶あいさつを述べた。兄は尊敬すべき学者の態度で、それを静かに聞いていた。自分の単簡たんかんの説明が終ると、彼は嬉うれしくも悲しくもない常の来客に応接するような態度で「まあそこへおかけ」と云った。
0069Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 08:51:25.860
 彼は黒いモーニングを着て、あまり好い香においのしない葉巻を燻くゆらしていた。
「出るなら出るさ。お前ももう一人前いちにんまえの人間だから」と云ってしばらく煙ばかり吐いていた。それから「しかしおれがお前を出したように皆みんなから思われては迷惑だよ」と続けた。「そんな事はありません。ただ自分の都合で出るんですから」と自分は答えた。
0070Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/01(土) 11:23:47.170
信長「若い頃は毎晩利家を抱いた」利家「…///」家臣「…羨ましい…」

https://ddnavi.com/news/81890/a/

信長が実際に関係を持ち、可愛がっていたという記録も残っているのが前田利家である。
なんと信長は宴の席で「若い頃は毎晩利家を抱いたものだ」なんてカミングアウトしていたというのだ!
それを聞いた家臣たちは利家を羨み、利家も照れながら、祝の席でよく出されるという鶴の汁を飲んで喜んだそう。
このことは、加賀藩の言行録である『亜相公御夜話』にも記されている。
0072Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 08:01:11.130
日本が経済成長しない理由

1. 税制が厳しい
2. 優秀な企業や人は海外へ
3. 人口減少の対策しない
4. 若者より高齢者優先
5. 外国人にも手厚い
6. 労働量上げて賃金上げない
7. 研究と教育に投資しない
0073Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:42:22.100
 自分の寝惚ねぼけた頭はこの時しだいに冴さえて来た。できるだけ早く兄の前から退しりぞきたくなった結果、ふり返って室の入口を見た。
「直なおも芳江も今湯に這入っているようだから、誰も上がって来やしない。そんなにそわそわしないでゆっくり話すが好い、電灯でも点つけて」
0074Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:42:32.600
 自分は立ち上がって、室へやの内を明るくした。それから、兄の吹かしている葉巻を一本取って火を点つけた。
「一本八銭だ。ずいぶん悪い煙草だろう」と彼が云った。
0075Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:42:43.370
       二十七

「いつ出るつもりかね」と兄がまた聞いた。
「今度の土曜あたりにしようかと思ってます」と自分は答えた。
0076Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:42:53.440
「一人出るのかい」と兄がまた聞いた。
 この奇異な質問を受けた時、自分はしばらく茫然ぼうぜんとして兄の顔を打ち守っていた。彼がわざとこう云う失礼な皮肉を云うのか、そうでなければ彼の頭に少し変調を来きたしたのか、どっちだか解らないうちは、自分にもどの見当けんとうへ打って出て好いものか、料簡りょうけんが定まらなかった。
0077Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:43:02.180
 彼の言葉は平生から皮肉ひにくたくさんに自分の耳を襲った。しかしそれは彼の智力が我々よりも鋭敏に働き過ぎる結果で、その他に悪気のない事は、自分によく呑み込めていた。ただこの一言いちごんだけは鼓膜こまくに響いたなり、いつまでもそこでじんじん熱く鳴っていた。
 兄は自分の顔を見て、えへへと笑った。自分はその笑いの影にさえ歇斯的里性ヒステリせいの稲妻いなずまを認めた。
0078Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:43:10.700
「無論一人で出る気だろう。誰も連れて行く必要はないんだから」
「もちろんです。ただ一人になって、少し新しい空気を吸いたいだけです」
0079Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:43:20.580
「新しい空気はおれも吸いたい。しかし新しい空気を吸わしてくれる所は、この広い東京に一カ所もない」
 自分は半なかばこの好んで孤立している兄を憐あわれんだ。そうして半ば彼の過敏な神経を悲しんだ。
0080Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:43:44.170
「ちっと旅行でもなすったらどうです。少しは晴々せいせいするかも知れません」
 自分がこう云った時、兄はチョッキの隠袋かくしから時計を出した。
0081Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:43:54.360
「まだ食事の時間には少し間があるね」と云いながら、彼は再び椅子いすに腰を落ちつけた。そうして「おい二郎もうそうたびたび話す機会もなくなるから、飯ができるまでここで話そうじゃないか」と自分の顔を見た。
 自分は「ええ」と答えたが、少しも尻しりは坐すわらなかった。その上何も話す種がなかった。すると兄が突然「お前パオロとフランチェスカの恋を知ってるだろう」と聞いた。自分は聞いたような、聞かないような気がするので、すぐとは返事もできなかった。
0082Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:44:03.450
 兄の説明によると、パオロと云うのはフランチェスカの夫の弟で、その二人が夫の眼を忍んで、互に慕したい合った結果、とうとう夫に見つかって殺されるという悲しい物語りで、ダンテの神曲の中とかに書いてあるそうであった。自分はその憐れな物語に対する同情よりも、こんな話をことさらにする兄の心持について、一種厭いやな疑念を挟さしはさんだ。兄は臭くさい煙草の煙の間から、始終しじゅう自分の顔を見つめつつ、十三世紀だか十四世紀だか解らない遠い昔の以太利イタリーの物語をした。自分はその間やっとの事で、不愉快の念を抑えていた。ところが物語が一応済むと、彼は急に思いも寄らない質問を自分に掛けた。
「二郎、なぜ肝心かんじんな夫の名を世間が忘れてパオロとフランチェスカだけ覚えているのか。その訳を知ってるか」
0083Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:44:14.320
 自分は仕方がないから「やっぱり三勝半七さんかつはんしち見たようなものでしょう」と答えた。兄は意外な返事にちょっと驚いたようであったが、「おれはこう解釈する」としまいに云い出した。
「おれはこう解釈する。人間の作った夫婦という関係よりも、自然が醸かもした恋愛の方が、実際神聖だから、それで時を経ふるに従がって、狭い社会の作った窮屈な道徳を脱ぎ棄すてて、大きな自然の法則を嘆美する声だけが、我々の耳を刺戟しげきするように残るのではなかろうか。もっともその当時はみんな道徳に加勢する。二人のような関係を不義だと云って咎とがめる。しかしそれはその事情の起った瞬間を治めるための道義に駆かられた云わば通り雨のようなもので、あとへ残るのはどうしても青天と白日、すなわちパオロとフランチェスカさ。どうだそうは思わんかね」
0084Ms.名無しさん
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2022/01/02(日) 09:46:17.750
        二十八

 自分は年輩から云っても性格から云っても、平生なら兄の説に手を挙あげて賛成するはずであった。けれどもこの場合、彼がなぜわざわざパオロとフランチェスカを問題にするのか、またなぜ彼ら二人が永久に残る理由いわれを、物々しく解説するのか、その主意が分らなかったので、自然の興味は全く不快と不安の念に打ち消されてしまった。自分は奥歯に物の挟はさまったような兄の説明を聞いて、必竟ひっきょうそれがどうしたのだという気を起した。
「二郎、だから道徳に加勢するものは一時の勝利者には違ないが、永久の敗北者だ。自然に従うものは、一時の敗北者だけれども永久の勝利者だ……」
0085Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:46:28.280
 自分は何とも云わなかった。
「ところがおれは一時の勝利者にさえなれない。永久には無論敗北者だ」
0086Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/02(日) 09:46:38.550
 自分はそれでも返事をしなかった。
「相撲すもうの手を習っても、実際力のないものは駄目だろう。そんな形式に拘泥こうでいしないでも、実力さえたしかに持っていればその方がきっと勝つ。勝つのは当り前さ。四十八手は人間の小刀細工だ。膂力りょりょくは自然の賜物たまものだ。……」
0087Ms.名無しさん
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2022/01/02(日) 09:46:47.290
 兄はこういう風に、影を踏んで力りきんでいるような哲学をしきりに論じた。そうして彼の前に坐すわっている自分を、気味の悪い霧で、一面に鎖とざしてしまった。自分にはこの朦朧もうろうたるものを払い退のけるのが、太い麻縄あさなわを噛かみ切るよりも苦しかった。
「二郎、お前は現在も未来も永久に、勝利者として存在しようとするつもりだろう」と彼は最後に云った。
0089Ms.名無しさん
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2022/01/02(日) 10:46:44.800
【コロナワクチン】抗体価4カ月で9割近く低下 また抗体価が高い患者でも重症化「抗体価高くてもブレークスルー感染し、重症化する」
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1641081481/
0090Ms.名無しさん
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2022/01/02(日) 10:48:41.630
藤原直哉
@naoyafujiwara
米海兵隊、現役兵の5%、予備役14%、期限を過ぎてもワクチン打たず
0091Ms.名無しさん
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2022/01/02(日) 12:20:20.910
日本のGDP成長率の国際順位(IMFエコノミック・アウトルック予測)

2020年 105位
2021年 116位
2022年 169位
2023年 189位
2024年 190位
2025年 191位
2026年 192位
0095Ms.名無しさん
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2022/01/03(月) 11:04:24.190
 自分は癇癪持かんしゃくもちだけれども兄ほど露骨に突進はしない性質であった。ことさらこの時は、相手が全然正気なのか、または少し昂奮こうふんし過ぎた結果、精神に尋常でない一種の状態を引き起したのか、第一その方を懸念けねんしなければならなかった。その上兄の精神状態をそこに導いた原因として、どうしても自分が責任者と目指されているという事実を、なおさら苛つらく感じなければならなかった。
 自分はとうとうしまいまで一言いちごんも云わずに兄の言葉を聞くだけ聞いていた。そうしてそれほど疑ぐるならいっそ嫂あによめを離別したら、晴々せいせいして好かろうにと考えたりした。
0096Ms.名無しさん
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2022/01/03(月) 11:04:31.980
 ところへその嫂が兄の平生着ふだんぎを持って、芳江の手を引いて、例のごとく階段を上あがって来た。
 扉ドアの敷居に姿を現した彼女は、風呂から上りたてと見えて、蒼味あおみの注さした常の頬に、心持の好いほど、薄赤い血を引き寄せて、肌理きめの細かい皮膚に手触てざわりを挑いどむような柔らかさを見せていた。
0097Ms.名無しさん
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2022/01/03(月) 11:04:40.220
 彼女は自分の顔を見た。けれども一言ひとことも自分には云わなかった。
「大変遅くなりました。さぞ御窮屈でしたろう。あいにく御湯へ這入はいっていたものだから、すぐ御召おめしを持って来る事ができなくって」
 嫂はこう云いながら兄に挨拶あいさつした。そうして傍そばに立っていた芳江に、「さあお父さんに御帰り遊ばせとおっしゃい」と注意した。芳江は母の命令いいつけ通り「御帰り」と頭を下げた。
0098Ms.名無しさん
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2022/01/03(月) 11:04:48.290
 自分は永らくの間、嫂が兄に対してこれほど家庭の夫人らしい愛嬌あいきょうを見せた例ためしを知らなかった。自分はまたこの愛嬌に対して柔やわらげられた兄の気分が、彼の眼に強く集まった例も知らなかった。兄は人の手前極きわめて自尊心の強い男であった。けれども、子供のうちから兄といっしょに育った自分には、彼の脳天を動きつつある雲の往来ゆききがよく解った。
 自分は助け船が不意に来た嬉うれしさを胸に蔵かくして兄の室へやを出た。出る時嫂は一面識もない眼下のものに挨拶でもするように、ちょっと頭を下げて自分に黙礼をした。自分が彼女からこんな冷淡な挨拶を受けたのもまた珍らしい例であった。
0099Ms.名無しさん
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2022/01/03(月) 11:04:57.790
        二十九

 二三日してから自分はとうとう家を出た。父や母や兄弟の住む、古い歴史をもった家を出た。出る時はほとんど何事をも感じなかった。母とお重が別れを惜おしむように浮かない顔をするのが、かえって厭いやであった。彼らは自分の自由行動をわざと妨げるように感ぜられた。
 嫂あによめだけは淋さみしいながら笑ってくれた。
0100Ms.名無しさん
垢版 |
2022/01/03(月) 11:05:08.190
「もう御出掛。では御機嫌ごきげんよう。またちょくちょく遊びにいらっしゃい」
 自分は母やお重の曇った顔を見た後あとで、この一口の愛嬌を聞いた時、多少の愉快を覚えた。
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