易占勉強スレ【二十五変】 2
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>>325
ありがとうございます。
まだ12日経ってないですが、未だに見つかりません。
因みに12日というのはどこから得たのでしょうか? >>350
復の卦が12かあるいはその倍の24を指すからです
6個ある爻を往復するのが由来かと思いますが
ただ変爻後が地で「地に復る」につながるので
行方不明者を占うとかなり危険な状況かと
自分としてもできれば見つかっていただきたいです 合わない職に就いてしまい悩んでいて出したら 山地剥4
少し経ってから再び 山風蠱4
ネット上の無料診断だけど、当たってる気がする。
仕事は結局辞めました >>352
合わないような感じがしているのは自分だけで、
客観的には認められていたでしょ?
プライドから従うことができなかっただけじゃない? 剥の4と蠱の4なら早く逃げろとしか読めないわー
職種にもよるけど 職場が常温だったのと、仕事自体は嫌いでなかったけど
ミスが自分的には多く居たたまれなくてという感じですね
上司からは大人しくて使いやすいな、だったかもしれませんが。
でもネット診断でも当たるって凄い。
ホラリーなども勉強してるけど易もなかなか。 パートナーがいないので向こう半年間の自分の恋愛運を
見て沢山咸を得た。
二・五・上爻がそれぞれ変爻になったので之卦が天水訟
となったんだけど、これは変爻が起きた月にチャンスが
あるよってことか、訟だからろくな出会いはないと
読むべきか… >>351
ありがとうございます。
趣味で易を勉強してる者です。
12を表すとは知りませんでした。奥が深いですね。
応爻が空亡で相旺なので、冲起暗動と言えるか分かりませんが
家出の噂もあり、無事なら良いと思ってます。
しかし上爻にある応爻が用神の墓となっており、
心配でもあります。 間違えました。
「しかし応爻が上爻にある用神の墓となっており、」
です。 実は心配なのでスレチですがホラリーで
行方を探ってみました
もしかしてですがまだ無事でいらっしゃるようです
それと元来た道を引き返してるのか自宅に向かおうと
してるのかとにかく「戻る」暗示がありました
今はまだ動けるかもしれませんが水分が取れなくて
困っているようです
あと居場所ですが周囲の予想より高い場所にいるみたいです
降るのが怖いから登っていったんでしょうか?
早く無事に見つかってほしいです >>356
本卦というのは「そのように悩んでいると自分で思っている、間違って理解しているあなたの姿」が出る。
感「人との繋がりや感応の中で思う」状態だというのが自身の思い込んでいる自分であり、かつそれは間違い。
之卦とは「自分は気づいていない本当の自分の心」であり、訟「争いや孤立の中で行う」ことを欲し、かつそれが自然な行為である。
今の整理できない自身の心の中で貫く、争いをものともせず貫く、という本当の自分の心に気づくと、悩みは悩みでなくなっていく。
変爻とは何か、というのは構造的によく考えるべき。間違っても、爻辞を読むなんて言うことではない。今回の場合は、特に内卦の艮ではなく坎だということと、主爻が3爻から2爻に降りていることに厳に留意すべき。
内卦のじこから見た場合、外卦の達成に入る直前ではなく、準備を固めようとしているのが自己の真相。外卦の行き過ぎたところに自身の飛躍したおかしな考え(上爻)がある。そこが癌。 >>356
>>360
横から。肝心なことの確認だけれど
ニ、五、上の変爻でそもそも天水訟になるんだっけ?それ >>361
改めて確認したら二・三・上爻変爻でした。
表記ミスすみません。
>>360
ありがとうございました。中筮法の解釈は初学者には
難しかったです。
仰っていただいたことに思い当たるふしがあるので
考えてみたいと思います。 >>363
爻卦を教えてください。天卦・地卦・人卦の賓主法でさらに言及できるところがあるはずです。
これは、私が継承している、真勢流松井羅州派の見方です。
真勢流というと加藤大岳がよく知らないくせに卦の形の連想ゲームだという風にしてしまいましたが、
全然そうではなく、卦体への心の置き方がその要諦です。
心学これ易学という風に言われています。 >>320
これは六合卦に応爻日破で暗動ではあるけれども合処逢冲と見るんじゃないだろか。
>>356
咸之訟は精神的に男性に批判的なところがあるからそれはよしなさいという感じに見える。 >>365
>咸之訟は精神的に男性に批判的なところがあるからそれはよしなさいという感じに見える。
そんな連想ゲームで易をやっているの
「〜という感じに見える」なんていう言及をしろと、繋辞伝に書いてあるか?
繋辞上伝1・2・3章を熟読し、易とは何のためのものかをよく考えなさいよ。
内卦の艮が本卦で、それが本来は坎であると変卦され、主爻が3から2の内側に下がっている
ことをどう見るのか。
外卦の上爻一陰が消えていることをどう見るのか。
卦体の意味合いとその変化、筮者の現在の心がどこにあるかを見ないと易なんてわからないよ。 ばかじゃねえのお前(笑)
爻卦なんて易経のどこにも書いてねえぞ
ローカルなでっちあげ技法を持ち出して得意になってんじゃねーって
天地人文なんか見てるの真勢だけ
艮が本卦?
なにいってるかさっぱりわかんないんですけど(笑)
基本からやり直したほうがいいと思いますよ なにを指して連想といってて、なにをもって連想を駄目というのか知らんけど
易から象を推す(つまり連想)を否定したらどうやって占うのよ?
技法的には定三と大して違わんと思うが、
定三てことを言ってるのはたしか真勢自身じゃなかったか?
羅州なんて実占力のないただの理論家で、しかも真勢自身の理論を
そうとうでっちあげたという見方をしている者もいる
自分の独善性にはやく気づいたほうがいいよ 大岳信者も真勢信者も独善的なクソって点ではなにも違わないな
周易の本流は春秋戦国の占例にある
それしっかり検討したうえで真勢易の信者を続けたいならそうすれば?
でもそれを唯一絶対の正義だと思ってると道を間違うよ いや、真勢自身は天地人文見るどころか、そのスタイルは白蛾に近かった
松井羅州以降の真勢流は実質松井易だろ
てか真勢流を名乗るなら生卦を論じろよ
生卦より先にナニ爻変とか言うものなの?
初めて知ったわ ほんと周易っておかしくなっちゃったよなあ
真勢や松井を標ぼうするやつが、生卦より変爻や爻卦ばっかり云々してるんだもの
真勢派のまともなテキストちゃんと読んでる? >羅州なんて実占力のないただの理論家で、しかも真勢自身の理論を
そうとうでっちあげたという見方をしている者もいる
易学研究とかいうまるで研究になっていない馬鹿本で、こういうでたらめを
書いている馬鹿がいるのは見た
それを何も他に見ずに頭から信じ込んで、何を言っているの >真勢や松井を標ぼうするやつが、生卦より変爻や爻卦ばっかり云々
だからこれが加藤大岳が勝手に決めつけてることだろ
範囲図説なんか素人のために書いたお遊び
易占揆法とか、知らないでしょう
加藤大岳は難しくて読めなかっただけ
あなたはさらにその決めつけを信じている人 真勢自身の占例を検討してそれでもそう思うんならそうなんだろな
おまえのなかでは(笑)
>だからこれが加藤大岳が勝手に決めつけてることだろ
>範囲図説なんか素人のために書いたお遊び
だからその根拠はなによ?
おまえの持論だろ?
持論を界隈の常識みたいに言うのが信者の特徴
これ豆な(笑) >なにを指して連想といってて、なにをもって連想を駄目というのか知らんけど
>易から象を推す(つまり連想)を否定したらどうやって占う
この発想がおかしい
本卦が咸だったら「咸ぽい何かが起こっている」「咸で注意されている何かが起こりそう」
とか発想するから連想だって言っている。根本的に違う。
本卦は「筮者がそうだと思っている物事と問題の姿」を現す。易が問題にしているのは現象ではない。
それと、爻卦は明確に繋辞伝に記載がある。下伝の三極の道の記載を読め。 >>374
この374の返答の中で、何かあなたは主張をしていますか?反論をしていますか?
ただ相手をあげつらうだけの内容のない書き込みを、一生恥ずかしく思うがいい。 真勢の師匠だった白蛾の易なんか八卦を推す連想ゲームだからな?
爻卦なんてのは易の伝統に反するものだし、易経を勝手に改変して48本で卦を立てるなんて
言い張ってるのも(自称)真勢派だけ
>内卦の艮が本卦で、それが本来は坎であると変卦され、主爻が3から2の内側に下がっている
なにいってんだかさっぱりわかんねえよ
おまえの流派だけがすべてと思うなよ? 訳のわからないことを言ってるから根拠をもとめたら
>>376
この返しか(笑)
おまえほんとうにばかなんじゃないの? >本卦が咸だったら「咸ぽい何かが起こっている」「咸で注意されている何かが起こりそう」
>とか発想するから連想だって言っている。根本的に違う。
言ってもないことを勝手に言ったみたいに決めつけられても困るんだがな
とにかくおまえがひとの発言を正確に処理するだけの知能がないことは
よくわかった ほんと、周易やってていろいろな持論に凝り固まっちゃう奴の
地雷率って半端ないな >>378
根拠も書名もしっかり書いてやっているだろう
根拠が根拠になっていないと自分が未熟だから思っているだけだということを知るがいい
丁寧に根拠を書いてやっているぞ、何様か知らないが、失礼な馬鹿だなと思いながらな 言っとくけど絡んできたのおまえだよ?
おまえが先だよ?
で、なんで>>374にキレるの?
そういうこと言われるのが厭なら2chで他人に絡むなって
礼儀正しくレス返して欲しいなら上からレスするのやめたらいいのに
そういうの平気な人なんだと思っちゃったよ(笑) >>379
言ってもないことを言ったと決めつけるというなら、
なぜ咸が訟だったらこれこれみたいな感じだ、なんていう言葉が出てくる
じゃあその推論過程を書いてみろ。必ず連想しかしていないから
しっかり判断してやる
書かなくて馬鹿としか言わず逃げるんだろうな
一生逃げて、連想ゲーム易を易と思って、真勢易は生卦法だと信じているがいい >>381
易占揆法の何ページになんて書いてあるんだよ
たぶん国会図書ライブラリーにあるだろうから頁数言えよ
読んでみるから >>383
お、言ったな。絶対逃げるなよ。
>>384
よろしく。 易占揆法には易は生卦でも連想ゲームでもないとはっきり書いてあるんだな?
真勢流では生卦は見ないで天地人文を最優先で見るんだな?
易占揆法が真勢派の正統のテキストで他はインチキなんだな?
それがはっきりと書いてあるんだな?
それは初耳だ、ぜひ読ませてもらおう♪ わかった
こいつ多分真実流じゃなく真勢「易」だな
まぎらわしいからそこごっちゃにするなよ(笑) 真勢易は大岳易界隈からほとんど無視されてたからな
キレるのもわかるが他人に絡むなよ
いちおう言っとくとおれは真勢「易」のほうには興味ないし
べつにおまえに逃げてるだのなんだの言われても真勢流についての
認識を変える気はないよ
それで充分間に合ってるから(笑) 私は松井稀星を継ぐものだ
加藤大岳などこの名の正しい読み方も知らなかったはずだ
易占揆法には允恭読みという秘伝かある おまえ、おまえ自身が憎む大岳易とおなじことしてるぞ?
まずは易経と春秋戦国の占例に基づくスタンダードの易を認めろよ
そのうえで自分がやってる占い方はローカルなものだと理解しろよ
他人にうえからモノ言って絡むのもよせって
べつにおれはおまえの占い方を否定する気はないぞ
ハナクソみてえなローカルの真勢「易」を絶対正義みたいに振りかざさなきゃな とにかく俺が言いたいのは、いくら流派に自信があってもそれ以外のやつも易を
やるんだから上からモノを言って絡むみたいなことはよせってことだよ
対等な立場でおれはこう思うって言い方すれば喧嘩にはならないんだから
ここで遊ぶつもりならそれくらい気をつけろって
そんだけだ 真勢易はすべて春秋左伝占例にもとづいている
さっきおまえは分からないなどと言っていたが、左伝易占例
のほとんどすべてがまず大成卦の読みから入っていないのは
原文を読めば当然わかっているはずだ
内卦と外卦の八卦の生起から意味を取ってそのうえで
心を卦体にとどめ、一気に心を変えている あのな、真勢流では爻辞はとらんだろ?
でも春秋戦国の易ではしっかり爻辞を取ってるぞ?
爻辞はすべて大成卦の文脈のうえにある
だって爻辞は大成卦の局面のひとつなんだから
だからおまえが言ってるのは単に真勢流の解釈のひとつです おれが上のように判断した根拠を言ってやるが、
咸は初二上の坤に三四五の乾を包む象だよ
包卦って習っただろ、妊娠を占えば男の子だよ
坤は腹で、つまり腹のなかで思っていることが「乾」なんだろうな
咸は泰から来たと真勢のテキストにも書いてあったと思う
その互体乾が之卦では外卦に出ている
天水訟は下(内、我)が上(外)を訴える象
これを単純に訟の卦義にあてはめて解釈するのは安易だとおまえは
言いたいんだろうが、この場合は本卦包卦で乾が取れるんだからいいんだよ
定三てやつだよ
咸が恋愛希望の相談者、訟はその帰結だ
こういうシンプルな判断をなんでもかんでも否定するのは大間違い
そりゃなんでもかんでもシンプルに推したら間違うだろうけどな
そこは応・不応を見るんだよ
応爻のことじゃなく、占事にどうあてはめるか、つまり定三だ
そこを真勢派を名乗るやつが否定してきたからびっくりしたわけだ しかも咸は恋愛の卦でありながら内外そむきあう形もある
之卦に訟が来たならこれはまあ背きあう形と見るべきだよ
本人は消極的で、相手も及び腰という感じ
これは恋愛に発展する形じゃないし、咸は大坎の似象でもある
特定の相手がいて恋に落ちたという状況でもない
とすれば大坎はその意味ではとれない
まさに之卦訟の内卦・坎だよ こんなんいちいち面倒くさくて書き込んでられないし
言ったところで初心者さんとかにはまったく分からんだろ あの話の腰を折るようですみませんが、私は男ですが・・・
皆さんに注目頂いてありがたいのですが、
360さんの言うことが一番当たっていると思いました。 >>356>>363です。
私の書き込みが元で荒れてしまったようで大変申し訳
ありませんでした。
卦を出したのは4月で、失恋したばかりの時に、上でも
書かれていた易占いアプリを使って出したものです。
なので中筮法とはいえ詳細はお答えできなくて…
スレ汚しすみませんでした。 いやいや、荒れているなんてそんなことはないですよ
連想する易は易じゃないことがしっかり示せてよかったです
包卦だか爻辞だか知りませんが、どういう象の要素を使うかなんてことは
どうでもいい。卦の捉え方を言っている。
筮者がどういう心のありようであるかの真相が卦に示されているし、それ以外のものではない。
本卦が誤解された視界、変卦が本来の心である。このように、易占揆法にも書いてある。
包卦がどうとか言って何かの形を連想しているからなんだかわからなくなるし一致しない。
筮者の目から見えている世界、さらにその見えている世界の中にある誤解と、本当に見ている
世界しか易には示されていない。言葉を尽くして言ってあげているが、わからないとしたら悲しいことだ。 てっきり女だと思ってたわ
それはスマンカッタ
半年間の恋愛運を占ったものだと思っていたが、
それが当たっているっていうならそうなんだろうな
わかった、おれはもう口出すのはやめるよ
それでは ここの人は、繋辞伝を読まないのかな。たとえば今回のように「恋愛の状態に対してどうすればいいか」という
ことを問いを立てた時に、その人の状況・未来・判断軸なんかは一切示されないぞ。
ましてや包卦だか何だか知らないが、この形は子供だなんていうことは何も示されていない。
では何が示されるのかどう受け取ればいいのか。繋辞伝第二章を貼ろう。
(繋辞上電第二章)聖人卦を設けて象を観し、辞を繋けて吉凶を明らかにす。剛柔相推して変化生ず。
この故に吉凶とは失得の象なり。悔吝とは憂虞の象なり。変化とは進退の象なり。
剛柔とは昼夜の象なり。六爻の動くは、三極の道なり。 ここの訳は、初代 松井稀星の伝承をさらに現代にかみ砕くと、次のようになる。
易を創った聖人は、陰陽・八卦などからなる易の象徴の仕組みを創造し、そこに名前や説明を
付して易経を作成した。こうして陰陽の変化の様子が把握できるようになった。
易における判断原則は次のようなものがある。
行動の良し悪しは、今持っていない認識と誤っている認識に気づくことで把握できる。
気づきを得ることによって、今の自分への反省点や囚われを見出すことができる。
こうして得た気づきをもとにして行動することの詳細が、物事の変化や行動の方針として、
また自然界や社会の現象の表れとして、易経に記載されている。
易の構造として大成卦の六爻とその動きを把握し、天人地の3つの卦でさらに把握を究極まで
深めることができる。 卦とは、形を見るのではなく、心の仕組みを見るものだ。
その易を立てた人の心しか表されていない。
その人がどう思っているのか。しかし人間は本当は悩むものではなく、
悩みと共にある時は間違った思いである。これが本卦。
本来の心が変卦に現れ、事象の流れが三位に現れる。ただそれだけだ。 連想する易を易だと思ってしまっている者は、何が何だかわからない
人も多いだろう。
わからないことは質問しなさいよ。 それくらい普通に読んでるがべつにおまえの持論を裏付けるような
ことをことさら書いてある訳じゃないぞ
恋人と別れたばかりで咸之訟が出ているならまさに現状まんまじゃないの
バーナム効果易がんばってくださいとしか言いようがないわ
まあいいや、じゃ こころの仕組みだけを見るものだったら世事、人事百般はまったく占えないな
だって「こころ」が出るんだろ? 現状や結果は出ないんだろ?
それって周易なの?
まあいいや、じゃ 何度言ってもわからないようだな
>恋人と別れたばかりで咸之訟が出ているならまさに現状まんまじゃないの
現状まんまだって、まんまじゃなくたってどうでもいい
事象を易の卦と結び付けて何になる、何の意味がある
そんな易の使い方、易経のどこに書いてある
上の捉え方の根本がおかしいの
それを連想だって言ってる
易の意味がない 自分で引用したばかりじゃないの
>この故に吉凶とは失得の象なり。
得失とは現実の損得のことですよ? >こころの仕組みだけを見るものだったら世事、人事百般はまったく占えないな
>だって「こころ」が出るんだろ? 現状や結果は出ないんだろ?
いやいや「事象を連想で結びつけたら何かが分かるのが易だ」という前提があるから
おかしなことを言っている。
こころの真相に引き戻せれば、人間は全てのことが分かる。
それが易経に書いてあるだろう。繋辞伝、特に上伝の前半をよく読め。
易の使い方は、事象を連想で当てて、それをあたかも何か意味があるように誇示することじゃない。
そうではなく、心は本当は全てを知っているが「悩んでいる自分」にくらまされている。
それを元に戻すためのものだ。それが人事百般森羅万象を把握するということ。
捉え方が全然顚倒している。 真勢は脇差占なんかもあったけれど現実的な問題ばかり占ってたぞ
だれの心がどうこうなんて話はたぶんほとんどしてない
松井羅州以下の易者もそうだったんじゃないの
病占は病気が治る治らないを具体的に見たし、商売もそう
おまえは真勢易でもない、それ以外のなにかだよ
易版タロット占いって言ったほうがいいと思う じゃなんで易卦にこころが出て現象だの現実は出ないの?
現実、現象を捉える力がないならこころも出るわけないじゃん
破綻してるぞそれ そんなことはない。
頭から理解しようとしていない者には伝えようがない。
そんなことをそういう角度から分かろうとして易を使ったって、
一切何もわからない。保証する。 繋辞上伝第4章を読め。
易における真実への迫り方は、易によって自分が神になっていくところにあるので
あって、卦から連想したら何かが分かるということではない。 その考え方でいくなら真勢易の流れを汲むみたいなこと言うのはよせよ
卑怯かつインチキな権威付けだぞそれ
江戸の易者は具体的なことを当てないと食えなかった
心理分析をしてお説教すれば食えるなんて甘いもんじゃなかった
真勢は人事百般当てまくったら食えたんだし
古代中国だって実際当たったから権威付けされた
少なくともそういうものだ、そういうものでなければならないというのが
易の伝統的な考えだよ おまえがどう思おうが勝手だけど、その考えで真勢の流れを汲むと言えば
インチキ、偽看板になると思うよ
易は当て物ではないというのは結構だし、それ堂々と言ってひとに教えたり
客を占ったりするなら誠実だとも思うが、それは周易ではないね
易経の考えにも反していると思う >心理分析をしてお説教すれば食えるなんて甘いもんじゃなかった
まず、上の話は心理分析をしてお説教をする話ではない
正しく見れる視点に易で近づくことができ、お前が言っている
人事百般全てが自然に分かると言っている
それが易だと言っている
>江戸の易者は具体的なことを当てないと食えなかった
>真勢は人事百般当てまくったら食えたんだし
>古代中国だって実際当たったから権威付けされた
少なくともおまえが言っている「具体性」は確度が違う
そういうことではない
加藤大岳とかのおかしな折衷主義、本質無視の影響が伺われる
占例の捉え方が本質的におかしい いやーおれはおまえが言っていることはまったく分からないね
しかもその考え方で義理ではなく象数の真勢易にゆくというのが分からない
こころを占って現実の帰結が分かるんだったら現実のことも占えるわけだろ?
それはちがうの? そもそも八卦だって大成卦だって成り立ちは連想(象)だぞ?
白蛾も真勢も射覆で鳴らしたが、あれは心なんてまったく問題にしてない
連想だよ
それを否定するなら真勢、羅州の系譜も否定されるべきでな
こころを現実と結び付けて重視するって持論はそれはそれで否定しないし
おれにも思うところは無論あるが、それを唯一無二の正しい解釈と言い張るなら
やっぱりおまえは真勢の系譜を名乗るのはやめるべきだと思うよ 360の人
心が神に近づいたら全てが判るならさ、
今部屋のテーブルに赤いカップ用のコースターがある
その上に3つ赤いものが乗ってるけど当ててみてよ
筮前の審事もなしにこれが
当たるならあなたが正しい
当たらないならあなたのは単に宗教じゃないかな >>421
射覆はスレ違いって言われるぞw
360の人じゃないが
唐辛子、キャッシュカード、朱肉で >>424
もう一度言いますがそれ天水訟にはなりません
沢→火 山→風 で火風鼎です >>427
>>428
得卦の情報を正しく書いたニ、三、上なら之卦は天水訟であってるんじゃないかな
最初書いたときが、ニ、五、上とのことだったからそれは火風鼎になるけれど >>426
そうでしたw
なんだか360の人は何も答えられないみたいだね
でも答えてくれるのかもうちょっと待つから
射覆の正解をかくのも待っててくださいね >>421
自演だって言われそうだけど、360の書いてることよく読んでみなよ。
卦を見るのではなく心の仕組みを見るんだって書いてあるよ、あなたは、その結果として
の神の心で当てろとか言ってるけど、話がずれているよね。
360は呆れて返事しないだけじゃない?面白い話だったのに、レベル低い突っ込み入れないでよ。
ただ批判しようとしている人に話す人はいないよ。
自演ではないけど、自演だと言いたいなら勝手に言いなね。 >>365
ご指摘ありがとうございます。
世爻と合になってるところに日建から冲を受けてますね。
これは、簡単に見つかりそうだったのに、なかなか見つからないことに通じてる気がします。 >>432
間違えました、日辰です。紛らわしくてすみません 五行易なんか京房が勝手に妄想しただけだろ
易経よんだことねえのか京房の妄想なんか関係ないとすぐわかるはず
漢代の讖緯説の流行に合わせて京房が組み合わせただけだとすぐわかるはず
やってるやつは、どういう哲学的基盤に基づいてやっているんだ
ばかばかしい あほじゃない すぐやめろ でも、おまえの大好きな大岳先生も晩年断易を研究してたぞ
薮田ナントカ先生がその辺の話してるんじゃね
易学研究あたってみたら? >>426
360さんから反応ないので答え書いておきます。
梅干しの種
付箋紙(赤)
DAISOのキャンペーンシール(赤と白)
でした
心の仕組みとやらが解って此方が「赤」と認識したものが
本当に当たるかは興味があったんだけどまあこうなるよね。
江戸時代の後期に
心の剣って感じに精神修養側にも開眼した達人(剣も強い)が居るんだけど
その人のお弟子で開祖の技術体系や心の修養の技法を習得できた人は居なかった。
強いお弟子はいたけれどそれらの人は師の教える体系でなく「その人」が強かった、ってのあるんでね
お二人の議論は
まさにこれを思い出しました。 >>399
あんたは360とグルなの?
それとも360本人? >>426
根本にはこちらへの礼儀があることが分かったので返答する。
まず、射覆なんていうものは易の本質に反しており、そんなことやっても卦の連想を
弄んで、当たった外れたという妄想の世界に入るだけで、当たったとしても、真正の
意味の偶然であり、むしろ易の完成から遠ざかる。徹底的に、成立しない。
そんなことは本質的に易ではできない。ここで、真勢だの高島だの、他の人たちを持ち出して反論
するなら勝手にすればいい。
そんな馬鹿げた、易に対する不敬的なことはやり方も知らなければ、やる気もない。
では、それはなぜか、かつ、あなたに対して私は易で何ができるのか、ということを次に書く。 失礼しました。 >>421 でした。
繋辞上伝第2章8節からの意訳を再掲する。
>易における判断原則は次のようなものがある。
行動の良し悪しは、今持っていない認識と誤っている認識に気づくことで把握できる。
気づきを得ることによって、今の自分への反省点や囚われを見出すことができる。
こうして得た気づきをもとにして行動することの詳細が、物事の変化や行動の方針
として、また自然界や社会の現象の表れとして、易経に記載されている。
このようにあるように、易では「悩んでいる自分の心と、本当はその下にある悩んでいない
自分の心」が卦によって示され、その違いから気づきをもたらすことができるのであって、
また、それだけでしかない。
そのためには真摯誠実で自然な、自身の心の気になること・悩みをそのままに問うだけであって、
外部の事象の行く末を易で予測機のように示すなどということは、そもそも易を作成した聖人が予定していない。 >>421
よって、ただあなたが、何かを客観的に試すだけのために置いた赤いものを易で当てるなどということは
やり方も知らなければやる気もないが、
>心の仕組みとやらが解って此方が「赤」と認識したものが
本当に当たるかは興味があったんだけどまあこうなるよね。
ここには、明らかに、真摯に易に対して探求する心と、不明感があり、自身が易に対して
どうすればいいかという問いがある。
この問いに対してあなたが自身の悩む心と本当のありようを問うて示されたものを一緒に
読み解いて、気づきの機会に共に向かうことは私にはわずかながらできる。
また、あなたが自身で易に問うことを、繋辞上伝第5章末節に言う「陰陽測られざる~」
に、私が卦を示して頂く儀礼だけは代わりに行い、共に真摯に向かうことはできる。
問い自体は他のことでもいいが、検証のために未来を予測する、わからないものを射覆で見る
などという心持ちそのものが易の使用方法への違背であって、私があなたにできることは
あなたの、正直で、人格に基づいた、真正誠実な問いに寄り添うことだけだ。
以上です。真摯な対話が返信されたら返事するが、よく咀嚼されていない、表層的な意味のない
批判が来たら、すみませんが以後無視します。 じゃなんで白蛾や真勢は射覆を成立させたんだ?
それはかれらが真摯に易に問うたからではないのか?
自分の考えで易をやってるなら最初からそう言えばいいのに
なんで真勢や松井の名前を出したんだ?
ここの連中を見下してへんな持論を押し付けてやろうって料簡だったんだろ?
射覆、当てモノ、現実的な問題を占うと誠を欠きやすいから注意すべきだというなら分かるが
そういう行為の一切を冒涜として退けるのはたんにお前が根本から誠意を欠いているからだよ
自分にも他人にも易にも、だ
それが分からんうちは自分の世界に閉じこもって狭い易を正義と思い違いをして
スレで独善的な持論をぶちまけて、インチキ易をやっていくしかないだろう
まあ頑張れ 当たり外れのはっきりしない心の問題ばかり占いの対象にしてるのは逃げだわ
ようするに誤占を直視するのがいやなんだろ?
そうやってどんどん「スピリチュアル」にはまっていくんだよ、人間は
最後には毒を撒くだけのキチ○イになるぞ、せいぜい気をつけろ ありったけの誠意を込めて現実的な問題を占って
脳漿を絞って占考して
外れたら外れたでそれでいいじゃねえか
心の占いに逃げてんじゃねえよバーカ
義理もろくにやらずテメエ勝手の読みを展開して
おまえほど恥ずかしい奴はなかなか見ないよ 表層的で読むにも値しない反論だが、最後にひとつだけ質問してあげます。
>射覆、当てモノ、現実的な問題を占うと誠を欠きやすいから注意すべきだというなら分かるが
あなたがそんなに易でやりたくて仕方がなくて、そんなに怒ってしまう、射覆・当てモノ・現実的
な問題(現実的な問題?別に悩みとして現実的な問題を含めて直面することは否定していないし、
現実含めて示されると言っているよ?否定していないよ?よく理解せずに反論するのはやめてね)
特に「射覆・当てモノ」が、易で行うものだ、というのは易経のどこに書いてあるのかな?
私にはそんなこと見つけられないんだけどね。易経から引用してみなよ。
易は聖人の徳を崇くし業を広むる所以である「だけ」だとしか書いていないよ。 おまえの持論なんか丸ごと書いてねえじゃねえか
で、現実的な問題はどうなんだよ
春秋戦国の占いはほとんどすべて人事や戦争だぞ
戦争なんかまさに当てモノじゃないの
それから昔の卜占家は射覆で腕を磨くのが習わしだった
だいたい説卦伝にあれだけの意味が充てられているのは
当てモノに対応するために決まってるだろ
>易は聖人の徳を崇くし業を広むる所以である「だけ」だとしか書いていないよ。
おまえほんとうに易経読んでるのか? それとも日本語に不自由してるのか?
どっちだよ? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています