【第5話】

『狸』

うちのじいさんの話。畑もやっていたが、
1年のうちの何ヶ月かは山暮らしだったんだよ。
生計が半分、趣味が半分って感じでね。あちこちの山に簡易的な小屋を建てて、
そこを泊まって歩く。その間、食料はむろん山の中で調達するんだ。
いやいや、冬場でなければ山は豊かだ。今の植林した杉林ではどうにもならんが、雑木が濃い山なら、
木の実、山菜、キノコに獣肉・・・じいさんは鉄砲持って歩いてたからね。
だが職業的な猟師ってわけじゃなかった。
兎や山鳥を撃って自分で食べるくらいで、炭焼きが主だったな。あとは薪の切り出し。
どこも国有林の今とは違って、じいさんの当時は山の奥の奥に分け入れば、
誰のもんでもない場所だったんだ。

ある山に入った晩のことだ。当然、夜間に行動なんて厳禁なんだが、
そのときは、どういうわけだか行程の計算を間違えてね、
次の拠点小屋に入るのが遅れちまったんだ。それでもまだ8時過ぎだった。
雨でも降ってれば適当な場所で野宿したんだろうが、
空は晴れてたし、小屋まであと1時間足らずってとこだったから、松明を灯して先を急いだんだ。
で、林の中を抜けて尾根に出たとき、妙に空が明るいことに気づいた。
見ると、桃の実のような大きな満月が向こうの山の端にかかってた。
赤っぽい色の見事な月でね、しばらく見とれてたんだが、
そのうちにその日が二十夜過ぎだってことに思いあたった。