ランチセットは食事800円分なので、樹海で750円のラーメンを頼む時、50円分を捨てるか、追加料金を出してもう一品頼むか・・・。
ふと我に帰ると、そんな些細な事で悩む自分を、卑しく、小さく思え悲しくなった。
私は、いつもの味噌ラーメンをオーダーした。しかし、余計な事を考えたせいか、美味しく感じられない。食べた後、ラビットに乗って山頂に上がった。
見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。辺りには誰もいない。人が少ない野麦でも、これは珍しい。
普段は、そそくさと滑り出すのだが、久しぶりに、ただ、なんと無く、鐘を鳴らしたくなった。
ガラーン
澄み渡る空に大きな音が鳴り響く。
鉢盛山とゲレンデは、それを優しく包み込んだ。
鐘を叩く前も、響く時も、鳴り終わった後も、日の光が燦々と降り注ぐ。
何千年も、何万年も、何億年も、人が生まれる以前から繰り返している。ちっぽけな鐘の音の、有る、無し、関わらずに。
毎年雪が積もる。時には人に試練を与える事もあるが、それを恵みと受け止めた人々は、こうしてスキー場で余暇を楽しめる。
そう、「何かをして貰う」のが大切なんじゃない。「どうやって楽しむか」とが重要なんだ。
小走りにゲレンデに戻り、ブーツの紐を締め直し、バインディングにセットした。
少し鐘の方を振り返った後、エキスパート、チャンピオンにカービングを刻んだ。
再びラビットに乗る。呼吸を整える。そして思った。
次、800円チケットで味噌ラーメン頼んだらラーメンと向き合おう。麺の小麦も、味噌の大豆も、太陽の恵みや大地の力で育ち、こうして樹海にやってきたのだ。すなわちラーメンを食べるとは、自然と一体化することなんだ。
私が、私の為に出来る事。それはラーメンを美味しく食べる事なんだ。
ひとりニヤニヤしながらラビットで運ばれる私を、太陽は優しく見守っていた。

民明書房刊 「麦と大豆と私」より