「コンコン」
突然のノックの音に知世はハッとした。
「はい」
「知世様、夕食の準備ができております」
「……すぐ参りますわ」
お待ちしております、という声と離れていく足音に知世はホッと胸をなでおろすと同時に、自分がハンカチから頬を離してしまったことに気がついた。
一度だけと、決めたのですもの……。
正直、名残惜しかった。しかし、約束は約束だ。意を決してハンカチを机に置いて部屋出ようとした時、何かがキラリとハンカチの上で光るのが見えた。
それは、薄い茶色をした一本の短い髪の毛だった。
知世は一瞬迷ったのちそっとそれをつまみ上げた。
そして裁縫箱から美しい緑の絹布を探し出すと、その髪を優しく包みあげ、そしてーーー、ひとつ、口付けを落とした。

知世は照れ臭そうに笑うと、絹に包まれた髪を小箱にしまい、小声で歌を口ずさみながらダイニングへと駆けていった。


『やがて芽を出し 蕾はほころぶ
 美しい場所を心に持つなら

 いつかは誰もが澄んだ青空を
 思い切り高く自由に羽ばたける

 自由に羽ばたける その胸に花を咲かせて…』