小原秀雄「猛獣もし戦わば」P49より

とは言えこのヒグマがトラとの戦いでは別の経過を辿るようである。
若いヒグマはむろんの事、成長した雄もトラに会っては獲物にされる可能性がある。
ヒグマは体重において最大のトラすら及ばない肥大漢で、単純な腕力でならヒケをとるまいが、
牙の力は比較にならないのである。さらにスピードが違う。
トラはヒグマのほぼ4分の3の体重を持ち、さらに咬む力という主戦力において決定的に勝り、
さらに速攻力もバカにならない。
トラはスイギュウやガウアを殺す。彼等の体重ははヒグマの倍もある。
インドゾウさえも殺しかねない。
こんな相手では得意の張り手も通じない訳で、いうなれば減量に失敗したライト・ヘビー級の選手が
軽量級並のフットワークを持ち、ライト・ヘビー級のパンチ力を持つミドル級の選手と
グローブならぬ素手の決闘を強いられたようなもので、ヒグマの勝ち目は極めて薄いのである。
とはいえ、成長しきった雄の大ヒグマをトラのようなプロハンターが常食にしてはいない。
プロなればこそ、必ず勝てる弱い獲物を安全且つ確実にとって食っているのであり、
トラがヒグマを襲うなど、余程の事が無ければ有り得ないだろう。
しかし、ソ連のエイブラモフの1962年の報告によると、極東でのトラの食物統計表の中で、
ヒグマが5〜8.4%を占めている。明らかに、ヒグマはトラの餌食の一部なのである。