長年スイス国営テレビドイツ語放送局の文化部門を率いたヨゼフ・ブリ氏は、同局が
「アルプスの少女ハイジ」を放映しなかった理由の一つを次のように説明する。
「スイスの原作 ( 書籍や映画 ) はとても親しまれていました。一方、日本アニメでは
現実が美化されており、スイスの視聴者が持つイメージや習慣、体験からずいぶん
かけ離れていたため、このシリーズは拒否されるかもしれないと考えたのです」

 具体的には、例えば原作には出てこないセントバーナード犬がアニメに登場する
ことを指摘する。
「おそらく当時、日本ではスイスのアルプにはセントバーナード犬がつきものだと
考えられていたのでしょう」
 前出のルチュマン氏も同じ意見で
「セントバーナード犬はスイスの典型的なイメージというだけで使われたのでは
ないでしょうか」
 と言う。これがスイスの文化人の癇 ( かん ) に障ったようだ。
「また、大きな目をした、いつも同じ表情のハイジも批判の対象となっていました」

 アニメ「アルプスの少女ハイジ」の世界的な成功はもちろんスイスでもよく知られており、
「この大ヒットに対する敬意はあった」と両者とも口をそろえる。しかし、スイスの関係者に
とっては原作の持つ重要性の方がはるかに大きいようだ。ブリ氏は
「スイス人作家のヨハンナ・シュピリが描いた現実からかけ離れた、神聖化された世界を
巧みに作り上げて原作を台無しにし、過小評価していたという理由で、このアニメは
われわれにとってかなり耐えがたい作品でした。ねばねばしてどうしようもなく甘い、
腹痛を起こさせる模造品だったのです」
 と手厳しい当時の評価を述懐する。