2018年09月06日07:00
『トトロ』は24時間テレビ用のアニメだった・3 「もし『トトロ』が10年前に作られていたら?」
http://blog.livedoor.jp/okada_toshio/archives/51550294.html

 さて、実はこの『海底超特急マリン・エクスプレス』という作品が生まれたのとほぼ同時期に、
宮崎駿はある企画書を提出しているんです。
 これは都市伝説ではなく、東宝という会社で、僕がこの目で見た事実です。
 それが、宮崎駿が東宝に提出した『海底世界一周』という企画書なんですね。

 ガイナックスにいた頃、僕は「この『海底世界一周』という企画書をベースにして、
オリジナルのアニメの企画を考えてくれ」と言われたんですよ。

 その結果、僕らが作ったのが『ふしぎの海のナディア』なんです。
 なので、どれがオリジナルで、どれが先にあるかはわからないんですけど、1979年という時代に、
太平洋の海底を走る『海底超特急マリン・エクスプレス』という作品が生まれたのと同時期に、
宮崎駿は『海底世界一周』という企画書を確かに出していることを知っているんです。

 そして、この『海底世界一周』という企画はコンペに負けて使えなくなり、さらにその10年後に、
東宝がNHKのアニメ企画として、これを通した。で、僕らガイナックスに「これを直してくれ」という話が来て、
『ふしぎの海のナディア』が生まれた。

 こういう縁があるから、僕はこの件に関して「ああ、そうなんだ」って、わかるんです。
・・・
 じゃあ、なぜ、宮崎駿が企画書を出す流れになったのか?
 だって、第1回目の『バンダーブック』は視聴率がものすごく良かったんですよ。
 まあ、第5回目は、流石の日テレも「手塚治虫に渡すのはマズい」と思ったのか、光瀬龍原作、竹宮惠子作画の
『アンドロメダ・ストーリーズ』を、別のプロダクションが作ることになるんですけど。
それでも、虫プロで6回もスペシャルアニメを作ってるんですよ。

 これはなぜかというと、ポイントは「この当時、鈴木敏夫が『アニメージュ』の編集者であると同時に、
手塚治虫の漫画連載の担当をやっていた」ということなんです。

 すでに、この時期から宮崎駿に肩入れしていた鈴木敏夫です。
彼が、東宝に企画書を持ち込ませたんじゃないかと、僕は考えたんですよ。

 そう考えると、最初に紹介した『風に吹かれて』の140ページでの発言が、ピンと来るんですよね。
「ああなるほど。だから、宮崎駿は、当時、縁もゆかりもなかった東宝に持ち込んだのか」と。

(ヒ?ンとくる)  http://livedoor.blogimg.jp/okada_toshio/imgs/a/c/ac2d1fca.png