>>256
なので、光秀が「月さびよ 明智が妻の 咄せむ」と歌った時、お付きの者が、
「気を確かにしてください! 下の句を! ちゃんと下の句を言わないと辞世の句になりません!」と言うんです。

 しかし、明智光秀はここで、「下の句など蛇足だ」って言うんですよ。
あらゆる無駄を削ぎ取っていった先の美しさを目指す侘び数寄の原則からすると、
実は和歌の五七五七七の、七七もいらないんじゃないかという、ものすごいことを言って、ガクッと死に絶えるんですね。

 後に、この話を知った千利休が「確かに、言われてみれば五七五七七ではなく、五七五だけでも世界は作れる!
そんな人を謀略に掛けるなんて、私はなんという間違いを犯してしまったんだ!」って、大後悔するシーンがあるんですけども。

 こういうふうに、戦国の歴史というストーリーラインに、侘びのコンセプトや考え方というのを上手く乗せて、
ザーッと語っていくんです。俺、本当の歴史よりも、絶対にこっちの方が面白いと思うんですけどもですね。
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 まあ、これで一応、千利休の野望は叶ったわけですね。邪魔な織田信長を殺し、派手な世界というのを終わらせて、
千利休の提唱する黒の世界というのが好まれるようになります。

 漫画の中では、4巻あたりで、京都中の町の商店が、どんどん軒先を黒く塗るようになるんですね。
 この間まで、みんな、派手な色とか、綺麗な布で飾っていたのに、店の前を黒く塗って、
ちょっと錆びたものとか朽ちたものを置くだけで、ちょっと高い値段をつけても物が飛ぶように売れるようになった。
「これからはこういう世の中になるんだな」と、流行が徐々に黒の世界へ移り変わる。
 千利休の思惑が当たっていく様子が描かれるんです。
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 まあ、こういう描写だけを紹介すると、そうだったかもしれない歴史モノ漫画みたいに見えるんですけども。
『へうげもの』ですから、当然、“悪ふざけ”も多く入っています。

 劇中にある悪ふざけとして僕が好きなのが、信長公が殺された時に、
その死を悼む部隊をまとめることになった古田織部が作った旗なんですね。

 信長が殺された後、「光秀側に付くか、秀吉側に付くか?」で、織田の部下たちが割れるわけです。

 光秀側についたヤツにとっては、「織田信長っていうのは天下の大悪党なんだから、
これを殺したのは良いことなんだ!」という理由で戦いに望みます。

それに対して、まあ、今は大雑把に秀吉側と言っちゃいますけど、秀吉側に付く者にとっては、
「信長公が死んだ! 悲しい! 弔い合戦だ!」という理屈になるわけです。

 そんな中で、古田織部は「“弔い合戦”ということが誰から見てもすぐにわかるような旗を作れ」というふうに言われたんですね。
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