で、明治後期に何が起こったか?

1889年(明治22年)新橋〜神戸間の国鉄(今のJR)東海道線の全線が開通。
東海道線は、津島を通らなかったため、津島は徐々に没落(まだ創立の1900年前後にはそこまでは没落はしていない)。
津島の代わりに、東海道線が通る一宮が勃興。

高校も、津島高校(三中)はどんどん下がり、一宮(六中)が相対的に上がりました。
これが現代まで続きました。ナンバースクールの入試偏差値が、その所在地の経済力とも関係があるのは興味深いですね。
「上部構造は下部構想に」なんとやら、とも言えるかもしれません。

というのが、歴史に学ぶ態度だと思います。
ナンバースクールを語ることは、そのまま日本の近代史を語ることになります。

ところで、中学生の諸君、
私はSランクの大学で学んでいますので、上記のように歴史学アプローチから津島高校の盛衰を分析できました。

しかし、高校や大学できちんと学んでいないと思われる人(いわゆる馬●)は、
平気で上記のようなトンチンカンな書き込みをすることになります(しかし、表現の自由を行使できる日本の社会は素晴らしいですね)。

なので、勉強はしなくて良いのですが、
是非、学問はしっかりしてくださいね。

前途有望な皆さんが、このスレの住民のように●鹿にはなってはいけません。
応援しております。