分岐点というのは、天理教構成員数や財政の数値として天理教が政治的・社会的に
現影響力を保持したままの組織として維持できるか、
あるいはこのまま沈没して社会にとって「いてもいなくてもどうでもいい存在」として
更に下降するかのどちらかである。
具体的に言えば、毎年の天理市への10億円を超える寄付金や、大学への30億円、
病院への10億円、一れつ会への10億円の回付金が運転できなくなったとき、
天理教の存在価値は低下することは言うまでもない。