一部で大和型のデザインの元と言われている(この話題もっと紛糾してた気がするけど変化後は減ってる…)
※変化前のデザインなら私は大和級とダンケルク級は別物デザインと言えますが、変化後のスリムな大和型は変化前よりもダンケルク級に似ていますね…

フランスのダンケルク級戦艦達も艦の運命も記憶と異なりおかしな事になってます。
変化認知前の記憶ではパリ陥落後、アフリカへ移動中、連合国の爆撃くらって沈められましたが、変化後は何度も執拗に攻撃されて沈められてますね。

フランス戦艦はリシュリュー級も、前の記憶ではリシュリューと2番艦が完成していて、中立宣言してカサブランカにいたのを連合国に一方的に沈められた記憶でした。
3番艦は建造途中であり、ドイツによる摂取を恐れてアメリカに行っていて戦後完成されて、4番艦はドックに放棄されていて、技術の高さから進駐して来たドイツの海軍関係者に衝撃を与えてました。戦後フランスに戻って来た3番艦と共に完成し、フランス海軍の誇りだったはずですが…
しかし、リシュリュー級の2艦が残ったのは同じですね。

私は少年学生時代から第二次世界大戦の戦史も戦国時代も好きでいろいろ資料あたってましたので
いわゆる、フランス戦艦について初めて知った。という事でも、覚え違い勘違いという事でも無いです。特にUボートとポケット戦艦についてよく資料あたってました。

そのせいで、フランスのビスケー湾の形が変化前は綺麗な三日月型の湾で、三日月型の湾の典型でフランスビスケー湾が例に出されるほどだった事もスペインとフランス国境沿いにいくつか小国があった事も覚えていましたし、ノルマンディー地方や英仏海峡地域の変化等にも気付けました。