1966年 9月24日(土)

皆で話し合い、助けを待つことにした。不審に思った家族が警察に知らせてくれるはずである。
万が一救助が来なかった時のために、全員この手帳の最後に遺書を書いた。
牧田が紙袋に入れて持っていたクッキーを皆に分けてくれた。奥さんが作ってくれたものらしかった。社長以外は各々飲み物を持っていた。私の水筒は大きいので社長にお茶を分けた。
排泄は隣の部屋に直接した。
硬い床は寝心地が悪い。部屋には小さな蛍光灯があるが、スイッチが壊れていてつきっぱなしだ。地下なので昼夜の感覚が無い。時計だけが頼りだ。