>>689(続き)
当時の私は、睡眠数時間で、働いていた。日曜も働いていた。
ほとんど残業代はなかった(そのようなことを請求することが許されない感じかな)。

私は、確かに、価値ある時間を生きていたと思う(今、思うと、あのときの
自分がなければ、今はない。私の実力は、もっと低かった。確変できなかった、
と核心(いえ、確信)するのです。

その貴重な、若い一時期。私は、日曜も深夜3時ごろまで、働いて、働いて。
で、近くの、会社の寮にもどって(相部屋で、同僚が一人いた。タバコ吸いで、
どうにもならなかったが)。そして、仮眠して、あさ、8時におきて、
工場の作業着をきて(当時は、工場につとめるときは、工場長でも作業着着用だった。
これはいまも多いよ、日本の工場では。なかには、創業者の社訓を垂れ流して、
一種の洗脳教育みたいなのをしているものもあるが)。