>>964
若干小難しいことを。
基本ね、人間個人の自由ってのは、その行動原理ってのは、「肉の欲求」に連結されてるのね。
で、人間のひも付けとしての極として「生」と「死」。「陰」と「陽」。「是」と「非」とか、
要するに建設と破壊(それは人間の器(体)含め、せめぎ合いの摂理にあるのな。

それは、愛欲なんかも、肉の欲求に入るし、それは人間として肉体を持つ以上は
肉の欲求は否定できないものなのな。それは競争原理でもあり生存でもある。

つまり肉体ってのは細胞レベルで建設と破壊というせめぎ合いにあり、生死であり
それは一種の競争原理でもあるわけさ。

もう一つは、魂な。人は肉か?魂か?ってね。
魂側から見れば、人が欲に迷うのは、基本「モノ」に執着する心の揺れであり、
それらは肉体の生理的な原理から立ち上がる本能的な欲求であり
これによって魂は簡単に足下をすくわれるのさ。

だから肉体というのは無常であり、万物が生滅変化し,常住でない訳で
存在の実相ってのは魂の方にあるって事さ。

つまり、自身の外側にばかり目が移り、それに執着して愛着や愛欲を感じ
肉の本能的に言えば、それ自体闘争本能や保存本能に直結してるのさ。
ここに依存執着が生まれるのな。広く言えば肉の本能は戦争なんかも含むのさ。
例えば酔っ払い君は、この肉に依存する執着の寄り幅が大きいのね。わかるかな?(笑)