ちょうど一ヶ月くらい前の話になるのですが、その頃から奇妙な体験をするようになりました。
その日は週の半ばくらいで、天気の良い日でした。
私はいつものように働いているオフィス近くの公園で、ちょうど木陰になっているベンチに座り、ハンカチを膝に広げてパンを齧っていました。
8月の初めということでかなり暑い日だったのですが、仕事がデスクワーク中心ということもあり、出不精をしていると日光を浴びる機会が著しく減ってしまいますので、
いまのオフィスに移ってからは雨天でもない限り決まって公園で食事を摂るようにしていました。
ちょうどパンを食べ終わり、ウエットティッシュで指先を磨いていた頃でした。
いつの間にやら目の前に柔和そうな中年の男性がいて、私を見てニコニコ微笑んでいました。
その方の笑い方がとても素敵なんですよ。決してニヤニヤ笑いなどではなく、紳士的というほど格式張った印象でもない。
とにかく人好きのするような微笑みでした。私も頬が緩んで、「何か御用ですか?」と声をかけました。
するとその方は「申し訳ありませんが、火を貸していただけませんか?」と恭しく訊ねてきました。
その方のおっしゃる意図を私はすぐに理解しました。ですが、私は煙草を嗜みません。よって、ライターを持ち歩く習慣などないのです。
「すみません、煙草は吸わないもので」と最後まで言いかけたところで、ふと思い当たる節があって持参していた鞄を漁りました。