《東北のある大きな町の役場では、震災後、ある部署に設置されている電話が、
決まった時間に鳴るようになった。しかし、その電話を取ろうとする者は誰もいない。

その部署の電話機には、発信先を知らせる液晶のディスプレーがついている。
そして、定刻に電話が鳴った際には、必ず「ある場所の電話番号」が表示されている。

番号は、この町にある公共施設のものである。もっとも、その施設は津波にのまれて全壊
しており、現在は更地になっている。つまり、電話線はおろか建物自体がないのである。

ならば、一体、誰がどこから電話をかけているというのか。
気にはなるものの、とても確かめる気にはなれない。
そんなわけで、職員は誰も電話を取らなかった。

震災から1年ほどが過ぎても「定刻の電話」はやむ気配を見せなかった。
「電話の鳴る時刻が何時か」を聞いた。時間は決まって午後3時過ぎ。
ちょうど津波の来た時刻であるという。》