黄遵憲 - Wikipedia
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この考えを朝鮮側に伝えるため、第二回 修信使として日本に来ていた金弘集と黄遵憲は面会し説得につとめ、さらに『朝鮮策略』を手渡した。その外交論は以下のような骨子を持つものであった。
清朝と朝鮮との宗属関係の強化。
日本やアメリカと連携すべき事。そのためにアメリカと早くに条約を締結すること。
通商を拡大し、西欧から軍事や工業技術を学び、富国強兵を図るべき事。
これを金弘集が祖国に持ち帰り、朝鮮の外交を鎖国論から開国論へと転回させるきっかけとなったのである。