「荻野さん、どうぞお入りください。」
稲岡の声がする。まさかこんなことになるとは思ってもみなかったが、何かを得るため
には何かを失う。私は自分の夢を叶えるためなら、躊躇しない。
「はい、稲岡さん。初めてですがよろしくお願いします。」
それは、覚悟を決めた笑顔。自らの負い目を自ら昇華させるべく、この人を愛そうという
笑顔。ゆえに誠心。
手練手管で、今まで多くのアイドルを自らの供物として散らせてきた稲岡も驚く。
「なぜ、そんな顔をしてくれるのですか?俺は、俺は最低の男ですよ」
なぜ自分でこんな言葉を発したのか、稲岡にもわからない。嫌がる獲物を無理矢理
服従させるのは自分には容易いこと。なのに、なぜ。
荻野は稲岡の手を握り、白磁のような顔に美しく映える唇を動かす。
「あなたは、優しい人なんですね。」
稲岡は泣いていた。泣きながら荻野を抱いた。何度も何度も。自分自身の変化に
自分自身が驚きながら。