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【TRPG】下天の勇者達【クロスオーバー】
0001創る名無しに見る名無し垢版2019/05/04(土) 20:25:36.10ID:i73bodOw
【ストーリー】
魔族が支配する国家[ゲヘナ帝国]
人族が築いた国家[タルタロス王国]
世界有数の力をもつ二国は、信仰する宗教と人種の違いから数十年に渡り戦争を続けていた
両国の力は拮抗しており、一進一退の攻防を繰り広げていたのだが……10年前、タルタロス王国が発見した一つの術式によって、その均衡は打ち崩される

[崩壊聖術 バベル]

空間から魔力を消失させる事であらゆる生命を崩壊へと導く破壊の術式は、タルタロス王国へと圧倒的な勝利を齎した
領土の8割が荒野と化した結果、ゲヘナ帝国は降伏。タルタロス王国は勝利の名の下に魔族を隷属させ、この世の春を謳歌する事となった

けれど、その血に濡れた春は直ぐに終わりを迎える事となる
外敵の襲来――バベルの強大過ぎる破壊の力が世界の境界を歪め、招かれざるモノを呼び込んだのだ

白色の体に、奇妙な模様が描かれた黒い仮面を被った怪物。通称[ナナシ]
ある日、バベルの発動地点から空間を割る様にして現れたこの怪物は、地上に降り立つと同時に無差別の殺戮を開始した
その身体能力は軽く拳を振るうだけで多数の命を刈り取る程に強く、更に恐ろしい事に、ナナシは命を奪った存在を自身と同じナナシの怪物と変貌させる能力も有していた

この事態を前にして、王国や帝国はあらゆる手段を用いてナナシの排除を試みたが――結果は失敗
ナナシにはこの世界の魔術や聖術が一切通じず、増え続ける怪物を前にして人類は打つ手無くその生存領域を減らしていった
そして、人族と魔族が協力し合わなければ生きることすらままならぬ程に人類が衰退した頃
ナナシ対策の研究を行っていた一人の魔術師が、こう提言した

『この世界の者が[ナナシ]を倒せないのであれば、異世界の人間に倒させればいいのではないか』と

妄言としか思えぬ言葉。けれど、追い詰められた人類は狂気的とも思えるその言葉に賭けた――賭けてしまった
遥か昔に存在した[勇者召喚]の術式。それを掘り起し、復元し、改造し、彼等は力持つ異世界人を呼び出す事に成功する

そうして身勝手な期待と絶望的な運命を背負わされ、勇者は――――[あなた]は、終わりゆくこの世界に召喚される。
0002創る名無しに見る名無し垢版2019/05/04(土) 20:26:47.44ID:i73bodOw
【テンプレート】

名前:
種族:
年齢:
性別:
身長:
体重:
性格:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:

【属性】
真/偽/人

[真]…異世界の勇者本人
[偽]…異世界の勇者の姿と力を手にした現代日本人
[人]…現地人

【所属世界】:[スレッド名+URL]or[オリジナル設定]

参考資料:なな板TRPG広辞苑
ttps://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/56.html
0004ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/05/04(土) 20:40:35.81ID:i73bodOw
「主よ、我らの主よ、あなたの名は地にあまねく、いかに尊いことでしょう……」
今、すでに打ち捨てられたとある城の地下室にて、その男は聖書の詩篇を暗誦していた。
男の名はソロモン、年老いた魔法使いである。
魔法の世界で彼の名前を知らないとすれば、よほどの愚か者である。
彼ほど古今の魔法に精通している魔法使いはこの世界に何人もいない。
そして、崩壊聖術バベルを発動させ、タルタロス王国に勝利をもたらした魔法使い達の一人が彼であり、
その結果としてナナシが世界に蔓延る原因を生み出したのも彼なのだ。
ソロモンは精神を集中させ、今贖罪の儀式を行おうとしている。

(贖罪……?)
はたしてそうだろうか?ソロモンは自身の長い白髭を撫でて考える。
(何の関係も無い異世界の者に全てを託すことが……?)
しかし、これは王立魔法協会の決定事項である。
すでに他の魔法使い達もこの儀式を執り行っているはずだ。
異世界から勇者を召喚する儀式を……

ソロモンは床に描かれた魔方陣へと近づき、そして詠唱を始めた。
「われは汝を呼び起こさん!至高の名にかけて!われ汝に命ず!」
「あらゆるものの造り主!その下にあらゆる生が跪く方の名にかけて!万物の主の威光にかけて!」
「いと高き方の姿によって生まれし、わが命に応じよ!」
「神によって生まれ、神の意志をなすわが命に従い、現れよ!」
「いと高き万能の主にかけて!勇者よ!しかるべき姿で現れよ!」
さらにソロモンは聞きなれない呪文を何度か詠唱すると、魔法の大杖でズンと床を突いた。
ソロモンの前にある魔方陣から徐々に光があふれる。
はたしてどんな勇者が召喚されるのであろうか?
0005ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/05/04(土) 20:41:03.14ID:i73bodOw
名前: ソロモン
種族:人間
年齢: 88歳
性別: 男
身長: 175cm
体重: 62kg
性格: 厳格
所持品: 魔法使いの大杖
容姿の特徴・風貌: 白いローブに長い白髪と長い白髭
簡単なキャラ解説:
崩壊聖術バベルを発動させた魔法使い達の一人。
回復魔法を始め、古今の魔法を極め尽くしたが、
ナナシに通用しないことを悟り、
今自分の命にかけても異世界から勇者を召喚しようとしている。

【属性】


【所属世界】:オリジナル
0010ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/05/06(月) 00:24:50.81ID:tTlErd/A
ソロモンが呪文の詠唱を終え、この世界に勇者を齎す召喚陣が光輝を増したその時である。
打ち捨てられた城の広大な地下室。その天井の一部が轟音と共に崩壊し、床に墜ちた瓦礫が砂埃を撒き上げた。
天井に穿たれた穴は外光を取り込み、室内に場違いに美しい光の柱を作り出していたが……不意に、その光柱に照らされた瓦礫の中から何かが起き上った。

「……全く、度し難い程に詰んでいるなこの国は」

それは青年であった。
烏の濡れ羽色の黒髪に、鮮血を思わせる紅の瞳。寒気がする程に整った容貌は見る者を厭がおうにも見る者を引きつけ、黒色の生地に銀糸や宝石が縫いこまれた衣裳は、見る者に青年が高貴な生まれの人間である事を思わせる。
青年は片手で口の端に流れる血と服に付いた砂埃を払うと、召喚陣に杖を突き付けたソロモンへとその視線を向けた。

「魔術師ソロモンよ。貴様達の願い通りに時を稼いだが、その様子を見るにどうやらまだ儀式を終えていない様だな」

吐き出した言葉から感情の色を察する事は出来ないが、その瞳には僅かな失望の色が宿っている。
瓦礫から立ち上がり、崩落した天井に空いた穴に視線を移すと、その腰に下げた剣を抜く。

「ナナシの群れ共は直ぐそこまで来ている。危急ゆえ迅速に決断せよ。召喚を諦めて退避するか――――或いは諦めずに死ぬかを」

直後、青年が視線を向けた天井の穴を影が覆い、次いで巨大な白い何かが落ちて来た。
青年に倍する程の白色の巨躯に、不可思議な模様の描かれた黒色の仮面の怪物――――『ナナシ』。
青年は即座に怪物相手に剣を振るい、二度三度と斬撃を刻んでいくが、ナナシは痛みを感じた様子も無く拳を振るう。
空気を震わせる程の剛腕は、直撃すれば青年を血の花へと変えてしまう事だろう。
それを紙一重で回避していく青年であるが、その体裁きは剣に覚えがある事こそ感じさせるものの、剣で生きる戦士のソレではない。
剣を振るい、拳を回避する度に徐々に劣勢へと追い込まれていき……

「ッ!?」

やがて、ナナシの拳が青年を掠めた。
直撃でないにも関わらず、それだけで青年の体は宙を舞い、地下室の壁へと叩きつけられる。
そうして青年を排除したナナシは、その仮面の付いた顔を召喚陣へと向けると緩慢な動作で一歩づつ距離を詰めていく。
此のままではソロモンは犠牲となり、儀式は失敗に終わるだろう

だが、ナナシがあと数歩の距離まで近づいたその瞬間。召喚陣は一際強い輝きを放ち――――
0011ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/05/06(月) 00:25:30.09ID:tTlErd/A
名前:ノイン
種族:人間
年齢:21歳
性別:男
身長:178cm
体重:68kg
性格:冷静沈着
所持品:魔剣、指輪、皇族の証
容姿の特徴・風貌:真紅の瞳に闇色の髪をした、寒気が奔る程に美しい容貌
簡単なキャラ解説:

この世界とは異なる国における第九王子
勇者召喚の実験段階の儀式で呼び出された数少ない成功例の一人
元の世界に戻る手段を捜している

【属性】真
0012ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/05/06(月) 00:40:12.13ID:tTlErd/A
【所属世界】
ヘヴィファンタジー:ttps://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/132.html
0013創る名無しに見る名無し垢版2019/05/07(火) 12:25:24.94ID:JZ5u9VY4
そこに紛れ込むウンコ


もれなく現わる!!
0014創る名無しに見る名無し垢版2019/05/07(火) 19:43:55.50ID:jKlqX2fy
ゲテモノってやっぱり
糞のことだったのか
がっかし
0015橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/05/08(水) 21:27:31.99ID:/A4fwRrS
名前: 橘川 鐘(きっかわ しょう)/妖精美少女『ベル』
種族: 人間(異能者)
年齢: 45
性別: 基本は男/能力発動時は女
身長: 165〜170ぐらい
体重: メタボ/スリム
性格: 純粋な乙女の心を持ったまま歳をとっておっさんになったオトメン
所持品: 童話『ピーターパン』の本(能力発動の鍵なので常に身に付けている)
容姿の特徴・風貌: メタボのおっさん/妖精美少女
簡単なキャラ解説:
普段はメタボのおっさん。
能力を発動すると二対四枚の翼を持つ妖精美少女『ベル』に変身し、本に出てくる妖精の魔法が使えるようになる。
具体的には飛行能力と、かかると空を飛べるようになる粉を振りまく能力である。
物体にかけた場合は、その物を念動力のように操れる。
人間にかけた場合は、かけられた側が空を飛べると信じる事によって、一定時間空を飛べるようになる。
元いた世界では能力者が集められた隔離都市にて玩具屋の店主をしており、
ひとたび事件が起これば美少女妖精戦士『ベル』となり 街の人々の夢を守るために日夜戦っていた。
街を守ろうとする仲間達と共に、暴力的な手段も厭わず隔離都市解放を目指す過激派勢力と戦いを繰り広げていた最中、気付いたらこの世界に召喚されていた。

【属性】 真

【所属世界】:BOOKS〜童話系異能者TRPG〜ttps://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/712.html
0016橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/05/08(水) 21:31:29.76ID:/A4fwRrS
>だが、ナナシがあと数歩の距離まで近づいたその瞬間。召喚陣は一際強い輝きを放ち――――
メ タ ボ の お っ さ ん が 現 れ た。

まず聞こえてきたのは、“もうお終いか””儀式は失敗だ”等の落胆を通り越した絶望の声。
周りを見渡してみると、人間離れしたほどの美形の青年が黒面の異形の怪物に壁に叩きつけられ、
一方では白髪と白髭をたくわえた年配の男性が何らかの儀式をしている真っ最中。
ここはどこ? 私は橘川鐘。またの名を妖精美少女戦士ティンカーベル。
能力者の隔離都市にて過激派と戦いを繰り広げていた最中、眩い光に包まれたかと思うと突然ここにいた。
そうなると、年配の男性が行っているのはいわゆる召喚の儀式、というものだろうか。
異世界に召喚された? 私が? 近頃流行りのラノベじゃあるまいし、いや、まさか、そんなことが……
青年を再起不能と見なしたのであろう怪物は、今度は年配の男性へ向かっていき、その距離はあと数歩まで迫っている。
そのことに気付き、私は我に返った。
考えるのは後、目の前で傷つけられようとしている者を放ってはおけない。
何故なら私は美少女妖精戦士『ティンカー・ベル』なのだから! 私は叫んだ。

「変・身!」
0017ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/05/08(水) 21:33:28.35ID:/A4fwRrS
極めて単純明快なる掛け声とともに、私はメタボのおっさんから二対四枚の翼をもつ妖精美少女へと姿を変え、宙に舞い上がる。
同時に金の粉が舞い、近くにある瓦礫へかかった。

「こっちだ、化け物!」

剣士らしき青年をやすやすと吹っ飛ばした化け物の力は絶大、かなりの強敵だと思われるが、動きが緩慢なのがせめてもの救いだろうか。
まずは大き目の瓦礫を一つぶつけて気を引き、その隙にそこらじゅうの瓦礫に金の粉を散布する。
この粉がかかった物体は、念動力のように自在に操れるようになるのだ。
たとえ小さな破片だろうと、猛スピードでぶつければ弾丸のごとき威力になる。
大小様々な瓦礫を浮遊させ、四方八方から最大射出速度で一斉にぶつけた。

「これで……どうだ!!」
0018創る名無しに見る名無し垢版2019/05/09(木) 17:56:25.61ID:AEUjrsAD
肥満が酷いな
ウンコサドンデス入るかい?
0019 ◆YJfoeYWkts 垢版2019/05/13(月) 04:14:32.29ID:Xw/hzE4/
終わったはずの物語。
許されなかったはずの救い。
もしも願いが叶うなら。

夢の続きを、少しだけ。
0020 ◆YJfoeYWkts 垢版2019/05/13(月) 04:15:38.14ID:Xw/hzE4/
……何か夢を見ていた気がする。
というか、意識がふわふわして色々とハッキリしない。

「んー」

ぺち、ぺち、と顔を両手で挟み込むようにはたいてみる。

「痛い」

なるほど、今は夢ではないらしい。
では次。あたしはだーれだ。3文字以内で答えよ。

「……いとり」

……短い。7文字で。

「おおあえ、いとり」

そう。舌が回ってないようにも聞こえるこの名前が、あたしの本名。
性は大饗(おおあえ)、名はいとり。
二つつなげて大饗いとり。
……母さんにつけてもらった、大切な名前。
それを認識した瞬間、視界が一気に開けるのを感じる。


天井の崩れた部分から降り注ぐ光の梯子。
足元で光り輝く複雑な形状の幾何学模様。
中世風の衣装に身を包んだ周囲の人々。
白い巨躯に黒い仮面の謎の怪物。
壁に半分めり込んだ状態の青年。
空を飛ぶ妖精のような姿の少女。

……。

「……夢?」

思わず声に出した私につっこんでくれる人は、残念ながら周囲にはいなかった。
0021大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/05/13(月) 04:16:29.67ID:Xw/hzE4/
ぺちーん(あたしが自分の頬を割と全力で張った音)

「……痛い」

よし、残念ながら夢じゃない。
現実逃避の道を防がれたあたしは、一先ず周囲の状況を再び確認する。

空を飛ぶ妖精のような姿の少女。
周囲の瓦礫がいくつか浮かび上がっているのは、どうやら彼女の仕業のようだ。
魔法少女のようにも見えるけど、魔力は感知できない。うーん?

壁に半分めり込んだ状態の青年。
死んでいると確証はないが、生きている保証もない。
目覚めが悪いので生きていてほしい。でも、生死を確かめる時間があるかどうか。

白い巨躯に黒い仮面の謎の怪物。
こちらも瓦礫に半分埋もれているが、まだ動いている。
埋もれているのは多分空中の少女の仕業だろう。見た感じ悪玉だけど、さて。

中世風の衣装に身を包んだ周囲の人々。
ざわざわしている。というか、大半は恐慌状態に見える。
比較的落ち着いて見える魔法使い風のお爺さんも、割と浮足立っている。

足元で光り輝く複雑な形状の幾何学模様。
いわゆる魔法陣、という奴だろうか。
だとすると、これはひょっとして、アレなのでは?

一先ず、瓦礫を操る少女に任せればあの怪物は足止めできそうだ。
となると、まずは状況把握からするべきか。
あたしは、魔法使い風のお爺さんに話しかける。

「ええと、その……状況を、説明して下さわーっ!?」

叫び声みたいになったのは、お爺さんを驚かせようとしたからではない。
事実、叫び声であり、むしろあたしが驚いていたからだ。

天井の崩れた部分から降り注ぐ光の梯子。
その光を遮るかのように、もう一体、今表れているのと同系の怪物が顔をのぞかせたのである。
幸いというべきか、まだこちらに降りてきてはいないが、それも持って数秒、といったところだろう。

「……あれ、あたしが対処しなきゃなんですか……!?」

……見た目通りの脳筋怪物なら、あたしでも対処できるが、まずここがどこかすら分かっていない状況だ。
できる限り情報は引き出したい……という考えから、あたしはお爺さんに詰め寄っていった。
0022大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/05/13(月) 04:17:40.04ID:Xw/hzE4/
名前:大饗いとり(おおあえ・−)
種族:人間(魔法少女)
年齢:15
性別:女
身長:151cm
体重:45kg
性格:シニカルで嗜虐的。 女性らしさがなくならない程度にはざっくばらん。
所持品:魔法核(魔法少女の魔力の源にして魂。基本的には体内に格納されている)
容姿の特徴・風貌:
 金髪(地毛)にシャギーをかけたショートヘアと、口元に浮かぶ皮肉げな笑みが特徴的な少女。
 衣装は、召喚時点では長袖のTシャツにジーンズ。 発育状況は聞いてはいけない。
 魔法少女に変身すると、金色を基調としたドレスを纏った上に、毛皮のマント、王冠、錫杖を身に着けた、
 戯画化された「王女」とでも言うべき服装をとる。服をまとう彼女の体自体は変化しない。
簡単なキャラ解説:
 日本で有数の名家、大饗家の唯一の後継者として、帝王学を一身に叩き込まれて育った少女。
 金銭的にも愛情的にも何不自由なく育てられた……はずなのだが、その心は満たされないもので満ちていた。
 元の世界は、悪魔との契約で『魔法少女』が生み出され、戦いあっていた現代日本(に近い世界)。
 彼女はその世界で暗躍し、自らの願いをかなえようとしていたが……?

【属性】


【所属世界】:ブラック魔法少女TRPG
ttps://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/248.html
ttps://wikiwiki.jp/blackmagical/
0024Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/05/17(金) 19:12:43.31ID:dAw/FTdu
【ユースレス・キャスト(T)】

――――天の裁きが実在するのなら。それはきっと、こんな空から下されるのだろう。


見上げた蒼穹の中に、私は不思議な光景を幻視していた。

「あれって、結界の祠の方向かしら」

臆病な森の精霊が、ざわざわと騒いでいる。
少し遅れて、森に棲む動物達の気配が一斉に動き出した。
呼吸を止めて一秒。濃密な霊気と希薄な霧を含んだ大気を震撼させる轟音。

「もしも幻覚じゃなかったとしたら、ぶっちゃけ、嫌な予感しかしないわね……!」

久し振りの……本当に久しぶりの仕事の予感だ。
風の精霊力を行使して空に舞った。これはチャンスでもある。
払いの渋い神殿の連中に対して、そろそろ私の有用性を分からせてやらないと。

「……この案件が片付いたら、宮廷占術師にでも転職しようかしら」

結果フェイズ―――結界の祠は、きれいさっぱり消え去っていた。
代わりに元・パワースポットに出現した謎のクレーターが私を出迎える。
中心部に先客があった。こうして遭遇するのは初めてだが、此処の神獣だ。
森の守護者が出張って来ている。この事実が示すのは外敵の侵入に他ならない。
神獣は、全身甲冑(フルプレート)らしき人型を美味しくなさそうに"がぶがぶ"している。

「まさか人族の侵攻? どうなってんのよ休戦協定はっ!」

遠目からは判らなかったが、人と魔どちらの文明の産物とも付かない、白が基調の意匠。
それは金属甲冑と言うには生物的で、甲殻類の外骨格なのか判別が困難だった。
機械的なフォルムに見えるし、有機的なシルエットである様にも感じられる。
あんな特殊な装備、現物はおろか、どんな資料でも目にしたことがない。
前腕の工具の様な装置(あるいは器官)と、両肩の形状が目を引く。
仮面を纏った様な頭部の鍬形も、立物なのか触角なのか。

「魔族だとしたら、こんな手の込んだ自殺をする動機が不明だわ」

神獣の戦いは無慈悲だった。ほぼ無抵抗の相手に対して一方的な攻撃が続く。
鋭い鉤爪を剥き出しにした前脚を振り上げて、終わりとばかりに敵を宙に放り出す。
全身甲冑は重い音、それでも外観の印象に比べれば幾分軽い衝撃音と共に地に落ちた。

「あれの材質も気になるわね。どうしたモノかしら……気は進まないけれど」

越権行為だが、現場裁量で神獣との超法規的な接触を試みる。
幸いなことに、一般的な乙女の嗜みとして古代言語の心得ならあった。
ついでに、"突撃"と"殺せ"の二単語だけは大抵の言語で発話できたりもする。
0025Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/05/17(金) 19:14:05.21ID:dAw/FTdu
【ユースレス・キャスト(U)】

「"獣よ 森を護るあなたよ! 私は 所持するします 問うを 何かですか それは?"」

――"わからぬ。我が知識には無いモノだ。されど、危険な存在である事は確かだ"

「"私は 思うします 調べるを. そしては するしたい 神殿に運ぶ それを."」

――"ならぬ。コレは森の秩序の破壊者だ。我が父祖と精霊神との盟約により、滅する"

「"私は 見るでした 光を大きく. それは ありでした 空に.
形は 輪でありでした それの似ています. そして 早い 消えるでした.
もしもすると それは 壊しでした 木の 土の そしては 石の 森を 神は 座ります."」

――"我は見ておらぬ。光の円環とやらが消えたのであれば、同様にコレも消すだけだ"

全身甲冑に噛み付いた神獣が、首を反らして持ち上げ、顎に力を込める。
鋭牙と装甲は相互に軋みを上げて、ブレスト・プレートに罅が入った。
その亀裂から、極細粒砂の様な銀色の何かが止め処なく零れる。

「"獣よ 森を護るあなたよ! 形は 所持するします もしもすると 人族を 似ています."」

――"人族であったとて変わらぬ。我は、古き盟約の下に秩序と静寂を守護する者なり"

罅割れた装甲板が、ついに砕けた。痛みに呻くかの様に頭部の水晶体が明滅している。
不意に、全身甲冑の両肩の装甲上部が跳ね上がった。やはり何かの装置なのか。
断面に配置されたレンズ機構から、烈光と轟風が同時に爆ぜて照射される。

『こりゃあ不味いのう! 伏せるんじゃ、お嬢さん!』

帝国軍の旗艦が健在だった頃、観艦式のフィナーレで見た魔導粒子砲と良く似ていた。
咄嗟に身を伏せた守護獣の背中を僅かに掠めて、二本の射線が天空へと注がれていく。

――――永い咆哮。これが断末魔というものなのだろうか。

その間、充分に蓄えた後脚の発条を解き放ち、神獣は俊敏に標的の首筋へと喰らい付く。
仰け反った全身甲冑の頭部で水晶体が光を失う。頭を垂れて、今度こそ動かなくなった。

「くっ……! 一体、何だったのよ。あの無駄な殺意の高さは」

『知らんがな。さっきも言ったじゃろう。ワシの方が聞きたいわい』

「……って、あんた共通語しゃべれたんなら最初から使いなさいよっ!」

『いや、お嬢さんがヘッタクソな下位古代語なんぞで話しかけてくるからじゃよ?』

「下手で悪かったわねっ! そんなコトより、説明してもらえるかしら。
この怪奇現象に関して手掛かりとか心当たりとか、本当に無いの?」
0026Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/05/17(金) 19:15:08.89ID:dAw/FTdu
【ユースレス・キャスト(V)】

先程、地面に流れ落ちた銀色の何かが変質していた。
銀色の砂粒なんかじゃない。紅い液体―――血液だ。

『この"血"の魔力、何処かで……いや、そんな筈もなかろうて。
 再会を望むには、いささか時が経ち過ぎたのう、フィーザル』

「やっぱり人族……だったの?」

『人族如きが、こうもワシの毛皮を傷付けられると思うてか。牙先も欠けおったわ』

「それはそうだけど…。連中にだって、たまに無体な強さの魔術師がいるじゃない」

『彼奴等が使える魔術の程度なんぞ、たかが知れておるわい。
 おまけに、コレにはワシの魔力の通りがすこぶる悪かった』

「私は元々人間やってた身だから複雑な心境になるけれど、
 確かに一般的な人族だとしたら、もっと繊弱なはずだわ。
 この森の霊気も"瘴気"だなんて疎んでいるくらいだもの」

『ワシなぞ"魔獣"呼ばわりじゃぞい。異信仰に対する理解と歩み寄りの精神が足らん』

『まあよい。ワシが守らにゃならん盟約は"森の脅威を排除する"ところまでじゃ。
ねぐらに戻るから、その亡骸は好きにするがよい。神殿に運ぶなら止めもせん』

「―――何も見なかったコトにして、この森に適当に埋めるわ。こんなの私の調査対象外よ。
 推定人族の遺骸なんて厄物、下手に神殿に引き渡したら事情聴取だけで日が暮れるもの』

『然り。忘れるがよい。森の循環の輪に入れば、此度の罪も時の流れに浄化されよう。
じゃが、ワシのシマの祠が壊れたままでは格好が付かん。そっちだけは頼んだぞい』

無慈悲なのか寛容なのか良く判らなくない裁定だが、私とっては好都合だ。
おそらくは無関心なのだ。己の果たすべき盟約以外の全ての事象に対して。

「オーケー。隕石が墜ちたってコトにでもしておくわ。
 こんなわけのわからない厄介者と関わってる暇なんてないんだから。
 そうでなくても最近は、何処も彼処もナナシ対策でバタバタしてるっていう…のに――」

――最後まで言い切れなかったのは、それを待たずして神獣が姿を消したせいだけではない。
気付いたからだ。私が切って捨てようとした言葉には、途方も無い矛盾が含まれていた事に。

白色の鎧に、奇妙な模様。そして仮面。
歪んだ世界の境界から襲来し、魔術が一切通じない怪物。
死を契機にして、対象を自己と同質の存在へと変貌させる、魔性の侵略者。

「嘘……でしょ? まさか、コレがそうだって言うの?」

"Nameless Necromantic Assimilative Satanic Invader"――――不確定名称・NaNASIだ。
見れば、推定ナナシの甲殻は静かに復元を始めていた……この場で私が、やるしかない。
0027Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/05/17(金) 19:17:06.29ID:dAw/FTdu
【ユースレス・キャスト(W)】

"静寂なりし墓所の王よ/静謐なりし凍土の主よ"
"冷血を以ちて彼の爪に/冷酷を以ちて彼の牙に"

魔方陣はおろか、魔術式を用意しておく時間も無かった。
けれど、インプロヴィゼイションの詠唱は専門外。
畢竟、在りモノのフレーズに頼る事になる。

"氷の戒め与え賜わん!/氷柱よ我が敵を穿て!/凍壁よ我が敵を鎖せ!"

去年の"声に出して詠みたい魔術式コンクール"の入賞作だ。
具体的には、一瞬で相手の周囲の大気ごと氷結させる。相手は死ぬ。
フッ、いくらナナシと言えど、この至近距離からの精霊魔術ではひとたまりも……

――――"久遠の冷霧よ、我が敵を緘する氷棺となれ!!"

私の術式は完成し、発動し、直撃した。そして、推定ナナシは……ただ、遠くを見ていた。

「なん…ですって…?」

氷結の魔術が契機となって、白き魔人にささやかな変化をもたらしたとすれば、
何かを思い出した様な気配を見せた事くらいだ。その一方で、私も思い出した。

「ああああぁっ!? そうだったああぁっ!?
 だから、ナナシには魔術なんて効かないんじゃない!
 私のバカバカ! ゴミ術師! クズ美少女! どうして肝心な時に……」

《親…父……》

父親を呼んでいるの? 断片的に得た材料を分析し、総合し、状況と照らし合わせて推測する。
導き出される答えは……"冷え切ったお父さん"。複雑な家庭環境で育ったナナシなのか。
大渓谷の方角へと向けられた仮面。その先から、新たなナナシが数体、飛来していた。
――――推定・ナナシのお父さんかっ!? 最悪の場合、お母さんと兄弟まである。

「……あの。ナナシ君、聞こえてる?
 私たち出会ったばかりだし、そういうのはちょっと早いかなーって。
 お父さんに御挨拶する心の準備とドレスの注文と殲滅部隊の手配をする時間をくれない?」

《俺は……うおおおおおおおっ!》

突然の飛翔。叫びを上げて飛び去るナナシを、他のナナシ達が追いかけて行く地獄絵図。
連中は超高速で遠ざかりながら、私の理解の範疇を越えた人外魔境の空中戦を開始した。

「仲間割れ? まさか本当に家族のいざこざ? 本当に何だっていうのよ、もう……!」

何も出来ないまま、危機は去った。ほっとすれば良いのか悔しがれば良いのか、わからない。
まるで、世界の意志(おとなのじじょう)から存在理由を剥奪されてしまった気分になる。
確かなのは、この面妖な仮面舞踏会で、もう私の出る幕は終わったという事だ。
0028 ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/05/17(金) 19:18:47.32ID:dAw/FTdu
名前:ブレイヴ
種族:人/ネームレス
年齢:19/数十分前に現界
性別:♂/−
身長:180cm/2m(頭部ブレードアンテナを含む)
体重:75kg/−kg(現界する装備質量により不定)
性格:記憶喪失
所持品:ブレイヴクリスタル
容姿の特徴・風貌:人類/魔導強化外骨格
簡単なキャラ解説:不特定多数の異界の勇者達の力を統合し身に纏う

【属性】異世界の勇者の姿と力を手にした直後、不完全な汚染を受けた現地人
【所属世界】下天の勇者達
0029ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/05/17(金) 19:20:32.88ID:dAw/FTdu
【ネームレス・ブレイヴ】

奴等が戦闘中に進路を変えた場合、それは退却を意味しない。標的の変更だ。
廃城の最下層、目標地点である地下室を2m級のネームレスが覗き込んでいる。

《――――やらせるか!!》

その背後へと、両手持ちにした双身剣を押し込んで身体ごと激突した。
装甲強度に任せ、フロアを破砕しながら地下室へと雪崩れ込んで行く。
石床に叩き落とした衝撃に合わせて刃を振り抜き、2m級を斬り落とす。

《うおおおおおおっ!》

崩落する天井の瓦礫と粉塵で煙る空間は、すでに戦場だった。
魔方陣の光輝を囲んだ魔術師達の一人が、3m級に弾岩を放つ。

《ネームレス……!!》

3m級の正面の壁に打ち付けられた剣士がダメージを負っている。
その姿は、知っている筈の誰かに似ている気がした。
髪の長さも瞳の色も声すらも思い出せない。
だが、失ってはならない誰かだった。

ネームレスによる細胞の汚染と脳神経の侵蝕を免れ、自身に最後に残された唯一の領域。
"人間"の部分が白騎士を突き動かした――――これ以上、あいつを傷付けさせはしない。

《許しはしない……! 貴様等が……貴様等がっ! 消え失せろおおぉっ!!》

しかし、白騎士の意志と精神は直ぐに塗り潰された。白き魔人たる闘争本能と激しい怒りに。
背部メインスラスターを焚く/巻き起こる暴風を置き去りにした急加速/理性の欠如した突撃。
右袈裟の斬撃/火花を散らして胴体の半ばに食い込む/左のバーニアを噴射/即座に反転。
双身剣を二振りのロングソードに分割/上下段同時の横薙ぎ/……そこで限界が訪れた。
崩れ落ちた白き魔人は、剣を支えに膝を地に着き、裁断した宿敵の霧散を見届ける。

《俺は…死なない……まだ…死ねないんだ……》

糸が切れたかの様に倒れ伏す異形の白騎士が、翠色の力場に包まれ、その姿を変えた。
正確には、失った意識と引き換えに本来の姿を取り戻した――――満身創痍の人体だ。
0030ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/05/17(金) 21:50:36.27ID:8H3Xnad9
召喚の儀式がクライマックスを迎えようとしているまさにその時、
地下室の天井が崩落し、一人の青年が落ちてきた。
>「……全く、度し難い程に詰んでいるなこの国は」
「ノインか……」
青年と老人の視線が交錯する。
彼はいち早くこの世界に召喚された勇者の一人だ。
>「魔術師ソロモンよ。貴様達の願い通りに時を稼いだが、その様子を見るにどうやらまだ儀式を終えていない様だな」
「ノイン、どうやらナナシどもがこちらの魔力を嗅ぎつけたようじゃな」
>「ナナシの群れ共は直ぐそこまで来ている。危急ゆえ迅速に決断せよ。召喚を諦めて退避するか――――或いは諦めずに死ぬかを」
「無論、死ぬまで……!」
この儀式には、月の満ち欠けをはじめとする天体の動き、方位、場所まで計算されている。
わざわざ打ち捨てられた城で儀式を行うのもそのためなのだ。
もしも今召喚を諦めたら、次はいつ可能になるか見当がつかない。
それゆえ、今この場で召喚を成功させる必要がある。
例えその結果、命を落とすことになろうとも……

ソロモンの思いとは裏腹に、ナナシは何の遠慮もなく地下室へと侵入してきた。
その体躯はノインの倍はあり、まるで大人と子供のようである。
ノインは果敢に剣で立ち向かったが、ナナシの拳が彼をかすめ、地下室の壁へ叩きつけられた。
「ノイン!!」
ソロモンはすぐにノインへ回復魔法をかけたいが、今は動くことができない。
術を完成させなければならない。
ソロモンは自分の意識からノインのことも、そして迫り来るナナシのことも締め出して、
魔方陣へ意識を集中させた。
0031ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/05/17(金) 21:51:29.55ID:8H3Xnad9
魔方陣が光を増し今まさに勇者が召喚された。
それは……
>メ タ ボ の お っ さ ん が 現 れ た。
「…………?」
ソロモンは一瞬、自分は商人を召喚したのかと疑った。
ソロモンの世界で太っている人間は貴族か商人のどちらかと相場は決まっているが、
目の前の人物は、失礼ながら、貴族には見えなかったからだ。
実は当たらずしも遠からずだったことは、この時のソロモンには知る由もない。
ソロモンの背後には巨体のナナシが迫っている。
>「変・身!」
目の前の男性はそう叫ぶと二対四枚の翼をもつ妖精美少女へと姿を変えた。
ソロモンは魔法使いにとって基本中の基本を自分が忘れていたことを自覚した。
すなわち、見た目と真実は時に一致しない、ということを。

>「これで……どうだ!!」
妖精の少女は周りの瓦礫に金の粉をふり撒くと、それを浮遊させて次々と巨体のナナシに浴びせた。
「……効いている!」
ソロモンは思わずそう口に出していた。
やはりこの世界の魔法使いとは違って、ナナシにダメージを与えられる存在『勇者』なのだ。

ソロモンの背後で、突如頰を張る音が聞こえる。
振り向くと一人の少女が立っていた。
状況から察するに、彼女は魔方陣から現れた二人目の勇者に違いない。
しかし……
(若すぎる……)
もしかしたら先ほどの男性(橘川)と同じように、見た目と真実が一致していないのかもしれない。
しかしそうでなくても異世界の者達を戦わせるのに罪悪感を感じるソロモンなのだ。
子供を巻き込んでしまうことは心苦しい限りだった。
>「ええと、その……状況を、説明して下さわーっ!?」
突如叫んだ彼女の視線を追うと、もう一体の巨体のナナシが天井に空いた穴からこちらをうかがっている。
「あれはナナシ!この世界の敵じゃ!」
>「……あれ、あたしが対処しなきゃなんですか……!?」
ソロモンはそう聞かれて、答えに詰まった。
本当に彼女を戦わせるのか?
ソロモンはまず、自分が出せる最善策を試みることにした。
「これでもくらえ!!」
ソロモンの大杖から、炎と雷の複合魔法が天井のナナシに向けて放たれた。
並みの魔物であれば、簡単に灰になる威力の魔法である。
しかし、それはナナシに対して何の効果も示さなかった。
わかりきった結果だった。しかし、試さずにはいられなかった。
魔力を大幅に使ったソロモンはその場で膝をついた。
0032ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/05/17(金) 21:52:24.05ID:8H3Xnad9
その後に起こったことは、全て突然の出来事だった。
>《うおおおおおおっ!》
突如現れた白騎士が、2体いたナナシを瞬時に斬り伏せてしまったのだ。
誰なのだろうか?今彼は人間の姿となって床に倒れている。
「いや、わしはこの者を知らぬ。ノインの知り合いか?」
ソロモンは白騎士がノインを見ていたことを思い出して、そう尋ねる。
「いずれにせよ、ナナシを倒せるのなら『勇者』に違いあるまい」
しかし、戦っている時の姿はナナシのようでもあった。
ソロモンはそのことに一抹の不安を感じつつも、自分の務めを思い出し、魔力回復薬を飲んだ。
「ノイン、大事はないか?他に怪我をしている者は?回復魔法をかけよう」

どこか遠くでナナシのものと思われる叫び声が聞こえてくる。
ここは安全な場所ではない。
「じきに他のナナシがやってくるはずじゃ。すぐにここを離れなければならん」
「この城には、城主が包囲された際に秘密裏に脱出するための地下道がある」
「そこから城の外へ脱出する。だれかその男(ブレイヴ)を運べるか?」

ソロモンは地下道への入り口へと一行を誘った。
地下道へ入ると、ソロモンは説明を始めるだろう。
この世界で起こった戦争、そしてバベルとナナシ。
そしてナナシを倒すために『勇者』を召喚する儀式を行ったことを……
「わしの名はソロモン。この世界にいる魔法使いの一人じゃよ」
「……さて、今度はお主らのことをわしに聞かせてくれんかのう?」
0033 ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/05/17(金) 21:53:05.39ID:8H3Xnad9
地下道の奥で、ドンドンと太鼓を鳴らすような軽快なリズムが聞こえてくる。
それは巨大な蜘蛛の足音であった。
蜘蛛の王、そうよばれた存在がナナシと化した成れの果てである。
0034ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/05/18(土) 19:37:40.97ID:YHBXBtkc
攻撃の余波で壁に叩きつけられた事により、青年の肺からは空気が失われ、僅かの間その意識が失われた。
それは時間にして1分にも満たない事であったが、しかしその1分こそが肝要であった。

(不味い……!)

目が覚めた瞬間、青年の脳裏に走った感情は焦燥。
伝え聞く限りでは、召喚の儀を執り行う魔術師ソロモンは優秀な魔術師であるらしい。
並みの存在が相手であれば、目を瞑っていても危なげない勝利を得る事が出来るとの事だ。
けれど……今回の相手は「ナナシ」である。
青年は、ナナシにはこの世界のあらゆる魔術が通用しないという事は聞き及んでおり、それを目にしてもいる。
その原則に則って言うのであれば、ナナシを前にしたソロモンは無力な老人に過ぎない。

本職の戦士ではないとはいえ、武芸を嗜んでいる青年ですら脅威を覚えるナナシという怪物。
その脅威に1分も晒されていれば、ソロモンがどのような状態になるかは想像に難くない。
現状を打破すべく軋む体を動かし、最悪の自体すらも想定しつつ視線を前へ向ける青年。
だが、しかし。その目に飛び込んできた光景は最悪からも、或いは最良からも大きく異なるものであった。

>「変・身!」

召喚陣の放つ光の中から現れた、年の頃は40を超えているであろう肥満体系の男性。
その男性が、瞬きよりも早く姿を少女めいたものへと変貌させ、果敢にナナシへと立ち向かっていく。
如何なる原理かその身は宙を舞い、その身体から落とす金粉は瓦礫を隷属させ、さながら戦場の槍襖の如くナナシに痛撃を与えていく。

(狼男〈ライカンスロープ〉の様な変身能力を持った魔物……いや、違うな。奴の奇妙な術式は、ナナシに打撃を与えている。であれば、アレが――――アレこそが、召喚されし勇者という訳か)

勇者。勇気ある者。人類の最後の救い手。
この世界に危機が迫るその度に人々を救ってきたという、御伽話の救世主。
埃を被った絵巻物に描かれた伝説が、此処に再演される。

そして、此度の危機に呼び出される勇者は一人だけでは無い。

>「ええと、その……状況を、説明して下さわーっ!?」

再度召喚陣が光を放てば、其処には金色の髪を短く纏めた、十代中頃であろう少女の姿。
一見すれば、この場には似つかわしくない力なき者に見えるが

(……この世界の技術では製造困難であろう服装。混乱している様だが、恐怖している様には見えぬ態度。ならば、あの女もまた勇者なのだろう)

思考を整理し、剣を杖代わりにして立ち上がる青年。
幸いな事に、意識が飛びはしたがダメージ自体はそれ程大きく無かったようで、一歩前に出した脚はよろめく事も無く確りと大地を踏みしめた。
それを確認すると、青年は更に歩を進める。その目的は――当然の事ながら、勇者等の援護。
いかな異界からの勇者とはいえ、混乱の最中に強襲を受けては不覚を取る事もあろう。
強者が弱者に不意を撃たれ命を落とす事等、古今どこの国の戦記にも有る事だ。
ならばこそ、青年はそれを防ぐ為に動く決断をしなければならない。
ソロモンが爆轟の如き魔術をナナシに向けて放ったのを視界に捕えつつ、右手に嵌めた指輪……この世界の其れとは異なる意味を持つ『勇者』に掛かる遺物に、一瞬視線を落とす。
0035ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/05/18(土) 19:38:31.35ID:YHBXBtkc
けれど――――急転直下。
青年が自身の手札を切る事を思考し始めた、まさしくその瞬間。
《うおおおおおおっ!》
元々崩れていた地下室の天井を更に大きく破砕しながら、彼はやって来た。『白亜の騎士』がやって来た。

(っ、アレは『どちら側』だ……!)

見た事も無い奇怪な外装に、暴風を友とし空を駆けるその姿は、ナナシには見えない。されど、人間にも見えないのだ。
青年は猜疑と共に、手に持つ魔剣の切っ先を白騎士に向けかけ……けれど、それが成される前に白騎士が答えを出した。
切り裂かれるのはナナシの体。頑強で痛みなど感じてすらいないようなその肉体は、白騎士の双剣に寄って切って捨てられた。

(何たる暴威か、何たる猛威か。だがそれでも、あの怒りの様相と流れ出る血液……ああ、そうだ。アレは人間だ。少なくとも人間だ。ならば――――何も問題は無い)

自分たちの怨敵たるナナシを敵とした白騎士は、ナナシが消え果るのを確認すると負傷した人の姿を取り、倒れ伏す。
それを見届けた青年は、魔剣を鞘へとしまうとソロモンの近くへと歩み寄る。

>「いや、わしはこの者を知らぬ。ノインの知り合いか?」
「少なくとも私の知己ではない。お前の言う通り、異界の存在であろうとは思うがな」

勇者達の前で自身の名前を呼ばれた事に内心で舌打ちしつつも、それを表情に出す事も無く、青年――ノインは、ソロモンの推測に同意をして見せる。

>「じきに他のナナシがやってくるはずじゃ。すぐにここを離れなければならん」
>「この城には、城主が包囲された際に秘密裏に脱出するための地下道がある」
>「そこから城の外へ脱出する。だれかその男(ブレイヴ)を運べるか?」

そして、遠く響く地鳴りのような音を確認すると、地下道へと進まんとするソロモンの後に続き……けれど、その前に一度だけ勇者達へと振り返り口を開いた。

「異界の戦士達よ、各々が置かれた状況に疑問はあろう。だが、死ぬ事を良しとせぬのであれば、今はあの翁の後に続いておけ」
「半時もすれば、此処には先の怪物の『群れ』がやってくる……互いに、怪物の餌になる事は望まないだろう?」

ノインの声に感情の色は無く、淡々と事実のみを語っているように見える。
そして、不親切な事にそれ以上の言葉を重ねる事無く、ノインは地下道へ向けて歩き出すのであった。
0036ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/05/18(土) 19:41:48.30ID:YHBXBtkc
道中ソロモンの口から語られる、この世界の歴史と勇者召喚についての説明。
それについて、ノインは口を挿む事無く沈黙を保ち続けた。
沈黙の理由は、語られる内容の大半がノインにとって既知のものであったという事と……そして、語るソロモンと勇者達の人間性を見定める為であった。
何を語り、何を騙り、何を話し、何を隠し、何をさせようとするのか。
ノインは、それを見極める為に寡黙に徹する事にしたのである。

「私はノイン。お前たちよりも随分前に、異界より呼ばれた者だ」

故に、ノインの口から語られた情報はただこれだけ。
随分な対応であるが、少なくとも名前とこの世界の人間では無い事実は勇者達に伝わった事だろう。
そして、各々が語るべきことを語り、地下道も半ばまで進んだ頃の事。

「……?」

不意に、馬蹄が土を踏みしめたかの様な音が、石壁に反響し鳴り響いた。
地下道とはいえ、その上――地上部は道。馬車が走っていてもおかしくは無いのだが……しかし、奇妙な点が二つ。
一つは、鳴り響く馬蹄の如き音の数が明らかに8つ有るという事。そしてもう一つは、音は一行が進むその先から聞こえて来るという事だ。

「――――!」

そして、音が響いてから僅かの後に、突如として振り返ったノインが抜剣する。
その行為に対して勇者達が警戒を見せるだろうが、意に反す事も無く、ノインは眼前の鐘といとり、両名の居る方へと向けて剣を振りおろした。

『ヂ、ギィィィ……!』
「虫ケラが、不敬であろう」

床に何かが落ちる音。そちらを見れば、其処には空間から滲み出る様にして現れた、白い蜘蛛の脚が一つ。
そう。ノインの剣は、あと数歩で鐘といとりへ届かんとしていた不可視の襲撃者の脚を、見事に切り落としていたのだ。
そして脚が切り落とされると同時に、何も無かった筈の空間から現れたのは、蜘蛛の王――――『スカーレットスパイダー』と呼ばれた個体の成れの果て。
巨大な白い体の蜘蛛が黒い仮面を被った姿……一見してナナシである事が判る姿と化した蜘蛛の王は、異形の口を開き威嚇の姿勢を見せる。

「音響を操作する事で正面からの襲撃を装い、姿を隠しつつ奇襲する……暗殺向けの種族特性の様だが、生憎と闇討ちには慣れていてな」

強大で凶悪な敵。だが、かつて何度も暗殺者からの襲撃を受けた経験値がものを言い、ノインはその襲撃に対処して見せた。
そして、敵が居るという事が判れば――――今此処に居る、多数の勇者達が後れを取る事はないであろう。

問題があるとすれば、ソロモンからこの世界や自身の境遇についてを知らされた勇者達が、どの様な反応を見せるかだが……
0037ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/05/19(日) 16:39:08.43ID:FIDO3r2E
召喚されたのは私だけではなかったようで、少し遅れて現れた少女が老人に何かを問いかけようとするが、それは驚愕の叫びにとってかわる。
天上からもう一体の化け物が顔をのぞかせていたのだ。
私が相手をしている方も、ダメージは受けているもののとどめを刺すには至っていない。
その時だった。

>《うおおおおおおっ!》

突然現れた白騎士のような何者かが2体の化け物を切り伏せたかと思うと、人間の姿になって倒れてしまった。

>「いや、わしはこの者を知らぬ。ノインの知り合いか?」
>「少なくとも私の知己ではない。お前の言う通り、異界の存在であろうとは思うがな」
>「いずれにせよ、ナナシを倒せるのなら『勇者』に違いあるまい」
>「ノイン、大事はないか?他に怪我をしている者は?回復魔法をかけよう」

老人の護衛を務めていたと思われる青年はノインというらしく、あの仮面の化け物はナナシと呼ばれているらしい。
ノインはこの世界の者なのだろうか、それとも異界の者なのだろうか。
ナナシを倒せるのなら『勇者』に違いあるまいとはどういうことだろうか。
分からないことだらけだが、考えている暇は無かった。

>「じきに他のナナシがやってくるはずじゃ。すぐにここを離れなければならん」
>「この城には、城主が包囲された際に秘密裏に脱出するための地下道がある」
>「そこから城の外へ脱出する。だれかその男(ブレイヴ)を運べるか?」

「そういうことなら私に任せろ」

意識を失っている男性に魔法の粉をかけ、宙に浮かせて一緒に連れて行くこととする。
ノインが老人に続いて脱出を促した。

>「異界の戦士達よ、各々が置かれた状況に疑問はあろう。だが、死ぬ事を良しとせぬのであれば、今はあの翁の後に続いておけ」
>「半時もすれば、此処には先の怪物の『群れ』がやってくる……互いに、怪物の餌になる事は望まないだろう?」
0038橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/05/19(日) 16:40:30.20ID:FIDO3r2E
地下道に入り、老人が解説モードに入ったのでいったん変身を解除する。
(ちなみに変身を解いても魔法の粉の効果は一定時間継続するので意識不明の男性が墜落することはない)

「この世界の者には倒せぬ化け物か、難儀な話だ……ところで貴方方はこの世界の者なのか?」

>「わしの名はソロモン。この世界にいる魔法使いの一人じゃよ」

>「私はノイン。お前たちよりも随分前に、異界より呼ばれた者だ」

>「……さて、今度はお主らのことをわしに聞かせてくれんかのう?」

「橘川鐘だ。職業は……玩具屋店主兼妖精戦士と言うべきだろうか。変身した姿の名はティンカー・ベルという。
ああ、あれは異能といってそちらで言うところの魔法のようなものだと思って貰えればいい。
元いた世界は元々は魔法など無いはずの世界だったのだが……ある時を境に異能と呼ばれる能力に目覚める者が出始めた。
超常の力を持つ異能者は恐れられ壁に囲まれた都市に隔離されることになった。私はそんな隔離都市の住人のうちの一人だ。
しかし……久々に出た壁の外がまさか異世界だとはな」

このような感じで各々が自己紹介等をし終えた頃。ノインが並々ならぬ様子で突然抜剣した。

>『ヂ、ギィィィ……!』
>「虫ケラが、不敬であろう」

目の前に何かが落ちる。それは巨大な白い蜘蛛の足。
見るからに刺々しく、直撃すればかなりのダメージは免れなかっただろう。
私はすんでのところでノインに救われたことを理解した。

>「音響を操作する事で正面からの襲撃を装い、姿を隠しつつ奇襲する……暗殺向けの種族特性の様だが、生憎と闇討ちには慣れていてな」

「危ない所だった……礼を言うぞ」
0039ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/05/19(日) 16:42:23.29ID:FIDO3r2E
私は再びティンカー・ベルに変身し、臨戦態勢に入る。
たった今切り落とされた蜘蛛の足を中に浮かせ――

「――食らえ!」

蜘蛛型のナナシが威嚇のために大口を開けている隙に、その脚を口の中に撃ち込む。
これこそ文字通りの食らえである。うまく奥まではまれば結構なダメージになるはずだ。
0040創る名無しに見る名無し垢版2019/05/20(月) 18:10:36.68ID:d/iOaHoZ
すんげえ肥満臭い
0042創る名無しに見る名無し垢版2019/05/23(木) 22:52:49.92ID:BzFCrRvY
米軍からの支援

中止
0043大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/05/28(火) 07:49:25.39ID:E3MlSWvY
あたしの叫び声に、お爺さんは即座に反応し、答えてくれた。

>「あれはナナシ!この世界の敵じゃ!」

あ、日本語!? こんな世界でも言葉は普通に通じるんだ、便利……。
でも、どういう仕組みなんだろう。単に言語体系が同じ? それとも翻訳魔法的なやつがあるとか?
……いや、そこを深掘りしてどうするあたし。そんな余裕はないでしょ。
一定程度『そういうもの』は『そういうもの』としてスルーしていかないとキャパオーバーする。あたしは悟った。

と、あたしが下手の考えを巡らせてる間にもお爺さんは動いてくれる。

>「これでもくらえ!!」

お爺さんの持ってる杖から、炎とか雷とかがものすごい勢いで生み出され、仮面の怪物に飛んでいく。
うわ、このお爺さんすごい。きっと名のある魔法使いとかそんな感じの人だ。
……その割には、魔力を感知できるあたしの目(あたしが持つ魔法のうちの一つ、『我が名は魔女(コールドウィッチ)』の効果だ)には、特に何も映らないんだけど。
魔法の体系が違うとかなのかなあ……と、のんきに分析している間にも、炎と雷は怪物を一気に飲み込んだ。
やったか!?

>しかし、それはナナシに対して何の効果も示さなかった。

「……え、ええー……」

いや、ノーダメってあーた。基本鷹揚なあたしもこれにはドン引きである。
別にお爺さんの魔法がハッタリだったわけじゃないはずだ。その証拠に、魔法が着弾した周囲の瓦礫は吹き飛ばされたり焦げたり溶けたり(!)している。
なのに、あの怪物……お爺さんが言うところのナナシには傷一つない。
ゲームとかなら 0 の数字がぴこーんと飛び出てきそうなぐらい無傷だ。
これが意味するのは……。

「魔法への耐性みたいなやつ? でもあの妖精さんの瓦礫は下の奴には効いてるし……」

妖精さんの瓦礫操作(仮称)とお爺さんの魔法。
そこにあんまり違いはないように見えるけど、何か違うのだろうか? うーん。
……いやいや、悩んでる場合じゃない。あの怪物は今にもこちらに飛び降りてきかねないのだ。
そうなったらあたしも高みの見物とはいかなくなる。
何か対処を考えないと……。
0044大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/05/28(火) 07:50:16.09ID:E3MlSWvY
……と思っていた時期があたしにもありました。
あたしの目の前には、突如なます切りにされたナナシが2体分。
それをやってのけたのは、謎の白い騎士……のような何かだ。
すごいスピードとパワー。あたしでなきゃ見逃しちゃうね。
いや、ごめん、嘘。結構途中の過程は追いきれなかった。

その白い騎士さんはというと、倒れ伏すと人型の何かから人に変貌した。
……変身が解けた、という感じだろうか。どっちが本当の姿か、あたしには分からないけれど。

「……少なくとも敵の敵ではある、って事かなあ。
 とりあえずは味方って考えちゃっていいよね、たぶん」

あたしがそうつぶやいた直後、お爺さんが気になる一言を放つ。

>「いずれにせよ、ナナシを倒せるのなら『勇者』に違いあるまい」

……勇者? ブレイブなんちゃら的な意味合いで?
つまりこれはやっぱり……。

「異世界召喚……的な、奴……? えー、マジかー……」

あたし、召喚時にチートとかもらってないんだけどなあ。
元々がだいぶチートだって噂はないではないけども。
才色兼備で富も権力も……まあ、召喚だと後半は意味ないけどさ。
むむむ、これはピンチ。あたしの力が半減では?

などとあたしが無駄な一人語りをしている間にも、お爺さんと他の人たちの話は進んでいく。

>「じきに他のナナシがやってくるはずじゃ。すぐにここを離れなければならん」
>「この城には、城主が包囲された際に秘密裏に脱出するための地下道がある」
>「そこから城の外へ脱出する。だれかその男(ブレイヴ)を運べるか?」

魔法使いのお爺ちゃんと、

>「そういうことなら私に任せろ」

喋りが妙にりりしい妖精風の女の子、

>「異界の戦士達よ、各々が置かれた状況に疑問はあろう。だが、死ぬ事を良しとせぬのであれば、今はあの翁の後に続いておけ」
>「半時もすれば、此処には先の怪物の『群れ』がやってくる……互いに、怪物の餌になる事は望まないだろう?」

コーディネートや髪の色まで黒で統一した青年剣士、

>《俺は…死なない……まだ…死ねないんだ……》

怪我はお爺ちゃんに治してもらったみたいだけど、まだ意識を取り戻さない、白騎士だった人、

そして、

「あれの群れ……うう、割とぞっとしないなー。
 とりあえずついていくしかないみたいだけど、状況はちゃんと説明してくださいねー?」

半分素、半分演技で『あんまり戦いなれてない女の子』風にふるまうあたし。

奇妙な一団での道中は、こうして始まったのでした。
0045大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/05/28(火) 07:50:43.99ID:E3MlSWvY
お詫び。
先ほどの奇妙な一団メンバーリストに一部誤植がありました。

誤:喋りが妙にりりしい妖精風の女の子
正:なぜか能力で妖精風の女の子に変身するメタボのおじさん。

お詫びして訂正させていただきます。


「なんでさっっっ!?」

思わず突っ込んでしまうあたしである。
いや、どういう経緯で身に着けたのか知らないけど能力的に業が深すぎるでしょこのおじさん……。
この能力とおじさんの組み合わせをデザインした誰かがいるなら小一時間問い詰めたい。そんなお気持ちでした。


さておき。
お爺さん……ソロモンが状況を説明してくれて、大体のことは分かった。
二つの国の戦争。
戦争を終わらせた一つの大魔法。
その魔法が原因で発生した仮面の怪物、ナナシ。
そして、ナナシを倒すために召喚された『勇者』達……。

……。

「えーと……一つだけ言わせてもらっていいかな」

おずおずと手を上げて、発言を申し出る。

「……いや、まあ、この世界の人達としても、余裕がなくてしょうがないのは分かるけどさ。
 なんかこう……あたし達への配慮が足りないよね……」

このセリフは半分本音、半分演技だ。今後、あたし達への対応に気を使ってもらうための布石である。
こういうセリフは「率直だが思慮が足りず、しかし時々ハッとさせられる事を言う小娘」ポジションのあたしからじゃないと言えないので、
今のうちに積極的に言っておくのが吉だ。
ソロモンがあたし達を完全に使い捨てるつもりだったら無駄なあがきだけど……今のこの人はそこまで非道には走れないタイプ、そんな気がした。
とはいえ、言いすぎて機嫌を損ねても困るのでほどほどにしつつ、他の人たちの自己紹介を聞く。

>「わしの名はソロモン。この世界にいる魔法使いの一人じゃよ」
>「私はノイン。お前たちよりも随分前に、異界より呼ばれた者だ」
>「橘川鐘だ。職業は……玩具屋店主兼妖精戦士と言うべきだろうか。変身した姿の名はティンカー・ベルという。

「あたしは大饗いとり。名前の雰囲気からして、橘川さんとは似た世界の出身になるのかな?
 職業は学生……兼、魔法少女。あたしのいた世界だと女の子が魔法の力で変身して戦いあう、って事が秘密裏に行われててね。あたしはその一人。
 ソロモンさんの魔法とは名前は同じでも似て非なる感じかな……形式が違う、みたいな?
 あたしも変身できるんだけど、変身しなくてもそれなりの魔法は使えるよ。たぶん、ソロモンさんほど万能じゃないけ……」

自己紹介というのは、これでなかなか神経を使う作業である。
だから、気づくのが一瞬遅れた。
ノインがこちらを向いて抜剣し、剣を振り下ろそうとしている事に。

「どぉぉぉぉっ!?」
>『ヂ、ギィィィ……!』
>「虫ケラが、不敬であろう」

もちろん、その剣はあたしたちに向けられたものではない。
不埒な襲撃者がいたのだ……そういえば、先ほど前の方から何か大きな生き物が歩む音が聞こえた気がする。

>「音響を操作する事で正面からの襲撃を装い、姿を隠しつつ奇襲する……暗殺向けの種族特性の様だが、生憎と闇討ちには慣れていてな」
「あ、あっぶな……ありがと!」
0046大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/05/28(火) 07:52:25.17ID:E3MlSWvY
さて、試しておきたいこともあるし、ここは札の切りどころだろう。
あたしは胸に手を当てると、一瞬目を閉じる。そして、唱えた。

「I know I have the body but of a weak and feeble girl……(あたしはか弱く脆い肉体の少女だ……)」

黄金色の炎があたしを包む。炎は燃え広がるとともにドレスへと変じ、あたしの全身を覆っていく。

「But I have the heart and stomach of a king!!(だけど、私は王の心臓と胃を持っている!)」

右手を覆った炎は錫杖に。
背中を覆った炎は毛皮のマントに。
そして、頭を覆った炎は王冠に。

女王の似姿。あたしが求めた偶像がそこにあった。
これがあたしの魔装。めったなことではお目に掛けない貴重な格好だ。SNSへのアップはご遠慮ください。

さあ、戦闘だ。変身と同時、あたしは魔法を二つ連続起動する。
『即席英雄(インスタントマスタリー):筋力』
『即席英雄(インスタントマスタリー):瞬発力』
単純な白兵戦能力強化。この蜘蛛の怪物相手ならこれで十分、という読みもあるけれど、やっぱり手札はできるだけ伏せておきたい。
蜘蛛の化け物の顔は仮面で覆われ、ぱっと見の弱点(複眼とか)は分からない。
それなら……。

「よーい、しょっと!」

一息で地面を/壁を/天井を蹴り、立体的な軌道で蜘蛛の体の上部に回る。
狙うは頭と胴体の継ぎ目。蜘蛛の構造通りならそこには脚が届かないでしょ!
勢いのまま、錫杖を継ぎ目に叩きつける。
よっし、柔らかい! 体液が飛び散り、蜘蛛が悲鳴を上げる。
……うわあ、返り体液がかかったあ!

なんてことをやりながら、あたしはちらり、とみんなの方に視線をやる。
さて、みんなはあたしが『見えてる』のかな?
0047創る名無しに見る名無し垢版2019/05/30(木) 12:21:38.17ID:jd9Oq8Yj
米軍の爆撃機がアップしてる
まだこないかな
0048ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/01(土) 06:49:02.17ID:UZYac6IU
【コール・ブレイヴ(T)】

このまま、ずっと眠っていられるならば。
何時か誰かが、あの白い光の向こう側に俺を呼んでくれるだろうか。
現実が、覚めない夢に与えられた別名であるなら、目を覚まさなければ、全ては昔のままだ。

『わしの名はソロモン。この世界にいる魔法使いの一人じゃよ』
『私はノイン。お前たちよりも随分前に、異界より呼ばれた者だ』
『橘川鐘だ。職業は……玩具屋店主兼妖精戦士と言うべきだろうか』
『あたしは大饗いとり。名前の雰囲気からして、橘川さんとは似た世界の出身になるのかな?』 

俺の名は――――わからない。俺は誰だ? 俺は何者で在れば良い?

だが、此処が何所であるのかは判る……此処は、贖罪の地だ。
審判も断罪も意味を成し得ず、冥府へと堕ちる事さえも許されてはいない。
血塗れの衣を纏った者が語る懺悔に耳を傾ける者など、此処には誰も居ないのだから。
0049Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/01(土) 06:51:00.25ID:UZYac6IU
【ブレイヴセット・システム(T)】

「ついに、此処にもネームレスが現れたか。時は、我々を待ってはくれなかった。
 だが、完成したぞ……これが第二の新型ブレイヴ・クリスタル"インフェルノ"だ」

「悪くないタイミングだよ。運命的じゃないか、父さん。
 ネームレスの奴らに復讐する機会が同時に来るなんてさ。
 これで、やっと母さんとミリヤの仇が討てるんだ、僕達の手で!
 三人分の新型が間に合えば良かったけど……残念だったね、兄さん」

「―――聞くのだイザヤ。二人目の新型ブレイヴになるのは、コウヤだ」

「……急に何を言い出すのさ、父さん。どうして僕じゃないんだい?
 魔術だって武術だって僕達に勝てないコウヤ兄さんに、どうして!」

「これは以前から考えていた事だイザヤ。私は、もうこれ以上家族を失いたくない。
 お前は魔術戦士だ。試作型のブレイヴセット・システムでも自身を守る事が出来る。
 コウヤは違う。ネームレスと対峙した時、完成されたブレイヴの力による助けが必要だ」

「もう時間が無いけど……今からでも父さんのクリスタルを、兄さん用に再調整しよう。
 魔術戦なら僕より父さんの方が得意なんだ。父さんなら、試作型でも充分に戦える」

「私の"コキュートス"は術師の魔力を乗算し、異界の魔導属性に書き換える。
 コウヤでは……いや、魔術の素養なき者では、充分な戦闘力を得る事が出来ん。
 だが、試作を経て完成した"インフェルノ"ならば、異界の力それ自体の加算が可能だ」

「だったら尚更じゃないか。僕が使えば絶対に"インフェルノ"の性能を引き出してみせるよ。
 それを兄さんに渡す? 忘れちゃったのかい? 今までの苦労を! あの日の悔しさを!
 僕達から母さんとミリヤを奪ったネームレスと、全力で戦う為のブレイヴだろう?」

俺は、イザヤの考えを理解した。いや……血を分けた双子だ。理解ではなく共有だった。
目を逸らす事の出来ない、ネームレスに対する怒りと憎しみ。だが、それだけではない。
強大な力は、それに比例する危険を呼び込む。それは、自分の方が背負うべきだと。
合わせ鏡の様だった。向き合えば、互いの心が互いに映る。親父もそうなのだろう。

故に二人は、現状で考え得た最良の選択肢を提示した。
だが、俺は思う。母さんもミリヤもきっと、そんなことは望んでいない。
彼女達が願うとすればそれは……これ以上、自分達と同じ想いをする人々が現れない事だ。

ならば――――俺は、どう答えるべきなのだろうか。
0050Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/01(土) 06:53:06.76ID:UZYac6IU
【ブレイヴセット・システム(U)】

―――俺のクリスタルは試作型で構わない。新型はイザヤに譲る。

「譲るって何だよ。兄さんは、いつもそうやって……」

―――すまないイザヤ。親父と一緒にブレイヴの力で人類を……この世界を守ってくれ。

「当たり前じゃないか。完全なブレイヴになって、僕が父さんも兄さんも守ってあげるよ」

イザヤは本気だ。その自信と決意に満ちた表情に―――俺は、遠い少年時代を思い出す。
突然の嵐に見舞われたキャンプの凍えた夜。故郷の街から住まいを移した眩しい朝。
ふとした折、家族の中で自分の役割を得た時にイザヤは、こんな顔をしていた。

「だって、そうだろう? ……僕達は、たった三人だけの家族になってしまったんだから」

沈黙が答えだった。こんな時、ミリヤが居たら何と言っただろうか。
決まっている。まるで葬式みたい、なんておどけて明るく笑って見せるのだ。
だが、俺達の真ん中で無邪気に笑っていたミリヤは、もう想い出の中にしか居ない。
美しく聡明だった母さんも、今はイザヤの整った顔立ちと長髪に、微かな面影を残すのみだ。

だが、その沈黙は幾層もの魔術防壁と共に破られた。やられたのは居住区側だ。
感知範囲内の生命体を無差別に襲撃する白き悪魔―――ネームレスの群れだ。

「時は尽きた。"インフェルノ"は……イザヤ、お前に預けるぞ。
 そうとなればコウヤ、お前は保管区の試作型を取りに急げ」

父親の顔が魔術師のソレに代わった。聖杯を抱くかの様に青のクリスタルを掲げる。

「もう後戻りは出来ん。行くぞイザヤ! コード・コキュートス! ブレイヴ・セッター!」

魔術戦士は復讐者の眼差しで、逆手に掴んだ赤のクリスタル越しに宿敵を見据えた。

「…ッ!! ネェェムレスゥゥッ!! コード・インフェルノ! ブレイヴ・セッタァァッ!」

放出された魔導粒子が、クリスタルと相似する多面体の力場を形成し、二人の術者を覆う。
漆黒の勇者の素体へと物質変換された異界からの転送情報は、表層の魔導回路を巡り、
――腕部、脚部、胸部、肩部、頭部――装甲の機能と形状を得て次々に装着されていく。
やがて、魔導装甲に全身を包み込んだ青と赤の騎士が、武神の覇気を纏って現界した。
0051ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/01(土) 06:55:30.52ID:UZYac6IU
【コール・ブレイヴ(U)】

『…――生憎と闇討ちには慣れていてな』
『危ない所だった……礼を言うぞ』
『あ、あっぶな……ありがと!』

ネームレスの奇襲と時を同じくして、ベルの浮遊魔術が効果を失った。
狸寝入りを続ける訳にも行かなくなった俺は、冷たい地下に降り立つ。
目覚めの刻を告げる妖精の鐘という訳だ。俺はソロモンの肩を掴んだ。

「見えるか……危険に晒され、戦いを余儀なくされた者達の姿が。
 貴様達の戦時判断で呼び込んだ結果が、この有様だ。
 その選択で、これまで何人の人々を殺した?
 これから何人の勇者が死ねばいい?」

肩に置いた右手に力を込め、左手を自身のジャケットに当てた。クリスタルは、無事だ。
ついでに、治療を受けた身体を確かめる。外傷は概ね塞がれているが、それだけだった。
ネームレスの魔術耐性が俺の意志とは無関係に、この世界の回復魔術を拒絶したらしい。

「確かに貴様は非道だ。貴様は非力だ。だが、この期に及んで傍観者でいられると思うな。
 覚悟しろ。そして誓え。貴様の願いの下に集った勇者達を導き、この世界を救うと。
 一時たりとも休まずに知恵を働かせ、行動し、最良の結果を出して見せろ」

神が赦したとしても、俺はソロモンの偽証を許さない。安息も許さない。逃避も許さない。

「その意志を捨てない限り、この俺が貴様の生命を……いや、貴様の叡智を守り抜く。
 一緒に地獄で裁かれてやるのは、何もかもが終わった時だけだ。理解が出来たか?」

そのまま掴んだソロモンの肩を引き、己の背後に押しやる。俺は、前線に向かい立った。
血液と異なる色の真紅に染まったジャケットが戦場の風に翻り、長い影法師を躍らせる。

「ならば喜べ、ソロモン。貴様の願いを叶えてやる――――俺は、ブレイヴだ」
0052ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/01(土) 06:58:31.29ID:UZYac6IU
【コール・ブレイヴ(V)】

『――食らえ!』

ベルが地下室の3m級に放っていた岩弾は、あの金色の媒介を通した魔術だった様だ。
ラグナロク粒子とは異なる原理で、散布した対象を制御している。
俺を此処まで搬送したのも奴の仕事らしかった。

"―――I am the brave of my brand."

投影した精霊銀の刀剣の重みに、懐かしさを覚える。
この世界に現界させたのは、初めての事であるのにも関わらずだ。
異界の魔術師は、この剣をペンやフォークよりも握り慣れていたのでは無かったか。

"Here is a blade over the gate of divergence."

だが―――その懐かしさが、今の俺には重過ぎた。
これを手にしたままでは前に進めない。彼の魔術師が、そうであった様に。
秒針の迷いを賭博師が蹴り飛ばした。ベルの足下の地面に、ミスリルブレイドが突き立つ。

「……お前には随分と世話を掛けた様だな、玩具屋。
 そいつは礼の代わりだ、追撃が必要なら使え。そして神に祈りを捧げろ。
 串刺しになった蜘蛛の中から、アシスタントのバニーガールが笑顔で出て来ます様に、だ」

イトリは自らの背に手を当て、瞑目していた。
いや、顔や関節の向きから察するに、背ではなく腹か。
身体の起伏からは全く判断が付かない為、確証は持てないが。

『I know I have the body but of a weak and feeble girl』

年頃に比して発育状況が芳しくない様に見える理由は、直ぐに推測が付いた。

『But I have the heart and stomach of a king!!』

外観に対応する"Queen"ではなく、あえて"King"をスペルに採用している。
"Body"は"Girl"だが"Heart"は"King"……つまり、ベルとは逆ベクトルのアレだ。
発動に性、数、格の整合を必要としないシンタクスで構成される魔術言語は少なくない。
異界のソレであれば尚更だが、この場合は、そういうカミングアウトだと理解するのが自然だ。

人は、自身の生まれを選択する事が出来ない。染色体も、周囲を取り巻く環境もだ。
その意味で、異界より召喚された勇者は、この世界で二度目の生を受けたに等しい。

『よーい、しょっと!』

そのコイノボリ体形は、巨人の項を狙う猟兵の如き立体軌道を蜘蛛に仕掛けている。
相手の弱い部分の柔らかさを確かめ、その継ぎ目に自身の錫杖を突き込み、
悲鳴を上げさせて嬉しそうに体液を浴びるイトリと、視線が合った。
……王は、あの手のプレイがお好みか。この世界は残酷だ。

「救われないな……生まれの哀しみを背負った勇者というわけか」

其処に幾許かの憐憫の情が滲んでしまっていた可能性は否定できない。
無意識の内に、若干かわいそうな子を見る目を向けていた恐れがある。

無論、この場で最も哀れな存在は、蜘蛛のネームレスだ。
色々な所に色々なモノを差し込まれ、だらしなく体液を垂れ流す晴れ姿は、
全年齢向けのステージに立たせた場合、倫理委員会の審理を免れない様相を呈していた。
0053ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/01(土) 06:59:25.02ID:UZYac6IU
【コール・ブレイヴ(W)】

性別に関して心身の同一性に難儀なモノを抱えていると思われる二名の勇者。
彼(彼女)らは異界から召喚された現況と、出身世界、職業、使用魔術の概要を語った。
だが、ノインは違う。勇者からの不信が最も致命的な初期段階での寡言。注目すべきは二点。

その一つが召喚時期だ。"随分前"から現在に至る過程の周辺状況が見えて来ない。
―――意図的に見せていない。これはソロモンとノインにとって不利益な選択だった。

召喚時点の戦闘に於いて、両名は敵に有効打を与えていない。
その直後に閉鎖空間への誘導。事実、其処には暗殺者が潜んでいた。
これが仮に両名の仕組んだ罠であったならば、相当な被害が生じ得た状況だ。

勇者達が彼らに信用を置く判断材料は乏しかった。
……ノインが蜘蛛の奇襲に対処して見せるまでは。

裏を返せば、斯かる状況下で誘導に応じた二名は、相応の備えが出来ていたという事になる。
不測の事態に際して、対抗可能な複数の戦闘手段を所有していると見るべきだろう。
彼(彼女)らの戦闘力は高い。切り札や隠し玉の幾つかを温存している筈だ。

もう一つは、"不敬"というキーワードだ。では本来、敬意を払うべき対象は誰であるのか?

最年長にして高位の魔術師であるソロモンに対しての敬意か。
……いや、三人称は"あの翁"だった。その可能性は消える。
それでは、世界の救世主たる異界の勇者に対する敬意か。
それも違う。他の勇者は被召喚者として後続に当たる。
呼びかけた二人称も"お前たち"だ。俺は結論を得た。

――――この青年だけが、"己が高貴な存在であるという自覚"を持っている。

「ノインと言ったな。いや……ここは黒の王子、とでも呼んでおくべきか?」

俺が猜疑の念を隠しもせずに、明確な疑問形を選択した理由は一つだ。
ブラフで揺さぶりを仕掛け、反応を観察する事で情報を引き出す為、ではない。
お前……実は女だったのか! 的な展開に備えてのコトだ。あいつも王女かもしれない。
0054ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/06/01(土) 21:01:36.76ID:T+zAP//S
ソロモンは歩きながら考えていた。
(配慮が足りない……か)
それはイトリがソロモンに、かなり控えめに表現した抗議である。
(たしかにその通りじゃろう)
一緒に歩いているノイン、ショウ、イトリには、元いた世界に友人、仲間、家族がいたことであろう。
恋人もいたかもしれない。
各々がやるべき使命もあったはずだ。
それを一切引き裂いてこの世界を救えと言うのだ。割にあわない話ではないか。
そしてベルの異能で宙に浮いているこの男にも……
(わしに一体何ができるだろうか……)

前方から足音らしき異音が聞こえてきて、ソロモンの思考は中断された。
魔法の大杖の先に灯した光を大きくして前方を照らすが、何もいない。
その刹那、抜剣の音と聞き苦しい悲鳴、そして何かがゴトリと転がる音が背後で響いた。
>「虫ケラが、不敬であろう」
振り返った先にいたのは、白く巨大な蜘蛛のナナシであった。
「蜘蛛の王か!?」
ソロモンはその生物、スカーレットスパイダーについて知っていた。
蜘蛛の王にふさわしい堂々とした姿とは裏腹に、狡猾極まりない捕食者である。

ソロモンは蜘蛛の王へ光を向けて身構えた。
が、突如何者かに肩を掴まれて驚いた。
それは先ほどニ体のナナシを斬り伏せた後、倒れてしまった謎の男だった。
>「見えるか……危険に晒され、戦いを余儀なくされた者達の姿が。
> 貴様達の戦時判断で呼び込んだ結果が、この有様だ。
> その選択で、これまで何人の人々を殺した?
> これから何人の勇者が死ねばいい?」
ソロモンは呆気にとられた。この男は突然何を言い出すのだろうか?
「今はそんなことを言っている場合では……」
>「確かに貴様は非道だ。貴様は非力だ。だが、この期に及んで傍観者でいられると思うな。
> 覚悟しろ。そして誓え。貴様の願いの下に集った勇者達を導き、この世界を救うと。
> 一時たりとも休まずに知恵を働かせ、行動し、最良の結果を出して見せろ」
「……もとより、そのつもりじゃ」
>「その意志を捨てない限り、この俺が貴様の生命を……いや、貴様の叡智を守り抜く。
> 一緒に地獄で裁かれてやるのは、何もかもが終わった時だけだ。理解が出来たか?」
「……?まさか、お主は…ぬぉっ!?」
掴まれた肩をそのまま後ろに引かれたがゆえにソロモンの言葉が途切れる。
>「ならば喜べ、ソロモン。貴様の願いを叶えてやる――――俺は、ブレイヴだ」
「ブレイヴ…!お主はもしや、こちら側の人間なのか……!?」
0055ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/06/01(土) 21:02:49.44ID:T+zAP//S
ショウは再びベルへと姿を変え、斬り落とされた蜘蛛の足に金色の粉をふりかける。
>「――食らえ!」
そしてその足を蜘蛛のナナシの口に向けてぶち込んだ。
消化器官を通して、内臓にダメージが通る。
しかしすぐさまバリバリと音を立てて、蜘蛛の王は自分の足を食べてしまった。
その勢いはさながらシュレッダーのようである。
まともに噛みつかれたならば、ただではすまないだろう。

そしてソロモンがブレイヴに気をとられていた間に、イトリはその姿を大きく変えていた。
>「よーい、しょっと!」
ソロモンはイトリを、戦うには幼いと思っていたが、
その動きは間髪を入れない電光石火の動きで蜘蛛の王の背後をとってしまった。
錫杖を胴体の関節部に叩き込み、体液が飛び散る。
そう、ソロモンにはそのイトリの姿が見えていた。
魔力の種類は違えど、ソロモンには隠されたものを見る目があるからである。
しかし、そのソロモンの目でもイトリがここまで戦えることは見抜けなかった。
(また反省する材料が増えたな)
そうソロモンは思った。

蜘蛛の王は、ひときわ甲高い悲鳴をあげると、仰向けになって倒れた。
足が虫特有の痙攣を起こし、内側に折れる。
背中から流れ出る体液が床を濡らす。死んだのだろうか?
ソロモンが皆に叫んだ。
「気をつけよ!そやつは死んだフリをするぞ!」
そのソロモンの言葉を理解しているかのように、突如蜘蛛の王は息を吹き返し、
急速に後ろに下がりながら粘着質な糸を噴出した。
続けて、足が一本足りないにもかかわらず器用に天井に貼り付き、
こちら側の頭上から糸をふりそそいでいく。
0056ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/06/09(日) 00:51:46.52ID:UMmQ9KTQ
>「危ない所だった……礼を言うぞ」

「礼は要らぬ。それよりも、疾くその虫ケラを駆除するがいい」
「ナナシは痛みに鈍感だ。それも虫型となれば尚の事……直ぐに反撃が来るであろう」

ノインの言葉の通り、蜘蛛型のナナシは既に反撃を試みんと動き出していた。
威嚇と同時に、毒液を吐き出す為に大きく口を開いている。けれど

>「――食らえ!」

奇襲の状況さえ覆えってしまえば、如何な蜘蛛の王の体を持つナナシとて勇者達には太刀打ち出来ない。
橘川鐘……その変貌した姿、ティンカー・ベル。
彼女がその異能を以って繰る、先程ノインが斬り落としたナナシ自身の脚が、大蜘蛛の口腔を深く抉り塞いだ。

(あの男、随分と戦況の判断が迅いな)

術に巻き込まれぬよう一歩後ろに下がり戦況を伺っていたノインは、
先の戦闘も含めた橘川という男の戦闘に対する『意識の切り替えの素早さ』に内心で感心する。

(確かあの男は、自身は超常者の住む隔離都市に住んでいたと言っていたな)
(……ふむ。魔術師で構成された【帝都13番地区】の様なものだと考えれば、愚鈍では生きていけぬという訳か)

この世界には存在しない国。
自身の故国の首都に存在していた流民街……所謂スラムを思い出しつつ、自身の知識の範囲内で納得をしたノインであったが、次に起きた出来事に彼にしては珍しく驚愕の色を示す事となる。

>「I know I have the body but of a weak and feeble girl……(あたしはか弱く脆い肉体の少女だ……)」
「――――っ!?」

驚愕の原因は、大饗いとり……勇者の少女の行動に寄る。
彼女が聞きなれぬ詠唱を行うと同時に、その身が黄金色の炎に包まれ――なんと、その姿が完全に消失したのである。
ノインはその出自により必要に迫られた結果、暗殺の類に対しての極めて強い知覚能力を獲得している。
そのノインをして気配を感じ取れない、知覚できない隠形は見事としか言えないが……ノインが驚愕したのはその現象自体についてではない。

「……悪魔(デモン)の契約者」

思わず言葉を漏らしてしまう失言を侵す程に驚愕したのは、いとりが引き起こした現象がノインにとって既知の物であったが故。
そう、このノインという青年は知っていた。『魔法少女』を知っていた。
0057ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/06/09(日) 00:52:17.72ID:UMmQ9KTQ
>「見えるか……危険に晒され、戦いを余儀なくされた者達の姿が。
>「その意志を捨てない限り、この俺が貴様の生命を……いや、貴様の叡智を守り抜く。
>一緒に地獄で裁かれてやるのは、何もかもが終わった時だけだ。理解が出来たか?」
>「ならば喜べ、ソロモン。貴様の願いを叶えてやる――――俺は、ブレイヴだ」

僅かの間動きを止めていたノインであったが、その耳に先程の乱入者……ブレイヴと名乗る者の声が届いた瞬間、直ぐに意識を切り替える。
彼は暫しの間、魔術師ソロモンへの弾劾の言葉を述べていたが、どうやらそれでも人間の味方である事は確からしい。
魔法金属の剣を顕現させ、ティンカー・ベルへの支援を行う姿からは、先ほど見せた狂乱の度合いは随分と薄れているように見える。
そして、暫しの後にブレイヴは戦闘をティンカー・ベルといとりに任せると、戦況を眺め見るノインへと言葉を投げかける。

>「ノインと言ったな。いや……ここは黒の王子、とでも呼んでおくべきか?」
「タルタロスの王党派に寝首を掻かれたいのであれば、好きに呼ぶが良い。権力の基盤が揺らいでる今であれば、喜んで刃を手に持つ事だろう」

だが、その言葉に対するノエルの返答は冷ややかなものであった。
ブレイヴがノインの出自に探りを入れている事を察し、僅かな糸口から正解を導き出す洞察力に感嘆を示したが、ただそれだけだ。
どうやら、ノインは己の出自を隠している訳ではなく面倒事を避ける為に口にしていないだけの様である。

と。そんな雑談の最中、地下道に甲高いナナシの絶叫が響いた。
不可視の何か――――ノインには視認できない、いとりが撃ちこんだ錫杖がナナシの関節部を深く抉り取ったのだ。
脚を内側へと巻き込み、一見して致命の傷を受けたかの様な姿と成る。が

>「気をつけよ!そやつは死んだフリをするぞ!」
「……」

ナナシは死んでいない。その事に少なくともソロモンとノインは気づいていた。
前者は魔術師としての知識と感性によって。そして後者は

「虫ケラよ。人の悪意は、息を殺しても逃れられぬと知るが良い」

悍ましい程の死を、死体を見続けてきた事に寄る経験則によって。
糸を吐き付け、石天井へと張り付かんとするナナシを前にして、ノインはただ腕を前に突き出した。
そして、渾然とした戦場に有ってあるにも関わらず良く聞こえる、凛とした声で言葉を紡ぐ。

『――――――命を捧げよ、黒き奴隷』

その直後、ノインが嵌めた指輪。その台座に嵌められた黒い宝石が昏い光を放つと同時に――――黒い炎が顕現した。
呪詛を煮詰めた様な、禍々しいという言葉では足りぬ程に悍ましい気配を纏う炎。
それは、ノインが視線を向けただけでその意を汲み、まるで忠実な家臣のようにナナシと、ナナシが吐き出した蜘蛛糸を飲み込み始める。
そう、炎上ではなく捕食だ。糸が、ナナシの体が燃えると同時に黒い炎へと姿を代えて行く。
ナナシは床を転がり、毒液を吐き、必死の抵抗を見せるが、炎は止まることなくナナシの全身を包みこみ……やがて、一欠片も残さずに蜘蛛のナナシはこの世界から姿を消した。
総量を増大させた黒炎は暫くの間何もない中空で燃え盛っていたが、やがてノインの指輪へと吸い込まれる様に戻って行った。

「……先を急ぐぞ。背後より先兵が来たのであれば、後詰めの者達は全滅したという事だ。ナナシは次々にやって来る。そう成る前に脱出し通路を埋めねばならん」

勇者の召喚時にソロモンの護衛に立っていた兵士や魔術師達。その死を淡々と告げると、何事も無かった様に一行に背を向け歩を進めるノイン。
だが、注視する余裕のある者は気付く事だろう。指輪を嵌めたノインの指が、ほんの僅かに痙攣している事に。


・・・・・・
0058ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/06/09(日) 00:54:15.96ID:UMmQ9KTQ
地下道の出口を潜ると、眩い程の太陽が一行の目を晦ませ、吹き抜ける風が肌をなぞった。
周囲を見渡せば、広がるのは青々とした草原と――――そこに取り残される様に存在する、人が生きていた時代の名残。
とても頑強とは言えぬ木製の家と、古びた井戸。雑草だらけの麦畑。
そう、此処は廃村。
帝国と王国の戦争時に滅ぼされ、打ち捨てられた村の痕であった。
常であれば人の存在しないであろうこの場所であるが、現在この廃村には複数の人影があった。
その内5つは勇者とソロモンのものであり、残りは

「おお!良く戻られたソロモン殿!それで『今回の』勇者はそ奴らという訳かね!?いやぁ、3名も手に入るとは実に結構!これで我等人間の未来も明るいというものだ!なあ、皆の者!」

2mを越える巨躯に禿げ頭。海鳥の飛び姿の様な黒髭と、赤色を基本とし、金糸や宝石の誂えられた汚れ一つ無い華美な服を纏う男。
そして、その周りに立つ美術品の様に美しい金色の全身鎧を纏った30人の騎士達であった。
彼等は暫しの間、喜色と奇異が混じった視線を勇者達へ向けていたが、やがてソロモンにしきりに話しかけていた大男が、思い出したかの様に勇者達へと向き直り口を開いた。

「む、そう言えばまだ名乗っていなかったな。拝聴するが良い勇者共よ!」
「俺は栄光有るタルタロス王国軍輝煌騎士団長 ゾルヴェイン・サンダールス・ラス・ゲィタ・ヴ・サーペンシュタイン伯爵である!此度はソロモンの召喚する勇者の回収と監督の任で部下達と共にこの地にやってきた!ああ、平伏はせずとも良いぞ。俺は寛容なのだ!」

一息でそう言い切った男は、勇者達の表情や態度など歯牙にもかける様子も無く更に言葉を続ける。

「ソロモン殿から勇者が呼ばれた理由については聞いているんだろう?これより貴様ら勇者達は王国軍の下でナナシを殲滅する栄誉有る任務に就いて貰う!」
「ナナシを倒せば倒した分だけ褒章も与えてやろう!全滅させた暁には下級貴族の位を与える事も考えている!嬉しいであろう?励むが良いぞ!はっはっは!」

傲岸不遜と言うべきか。
勇者たちの回収に来たという貴族の男の言葉は一方的で、勇者達が自分達に従うのが当然とでも思っているかの様なものであった。

「よしっ!それでは早速王都へ向かい――――」
「待たれよ、ゾルヴェイン伯」

そして、そのまま配下の騎士達に命じ勇者達を馬車へ押し込もうとした貴族であったが、その言をノインが遮る。
一瞬不機嫌そうな様子を見せた貴族であったが、発言者がノインである事を認識すると、不承不承といった様子で聞く姿勢を見せる。

「ノイン殿。如何に異界の貴人とはいえ、我々の行動指針に意を挟むのは困りますなぁ」

「非礼は謝罪しよう。だが、事は伯の身の安全にも関わるが故、話だけでも耳に入れて欲しい」
「――先程、地下通路をナナシが追ってきた。直ぐに地下道を封鎖する作業を始めねば、此処が戦場となってしまう」
「如何な精強な伯の兵でも、相手がナナシの群れでは聊か手に余る筈だ」

淡々と語られたノインの言葉。
その言葉に対して不快そうな表情を隠さない貴族であったが、それでも状況判断をする教養は有しているらしい。

「……ふん!仕方ない。では今日は通路を埋める作業を行った後に近くの村で宿を取る事にしよう」
「おお、そうだ!勇者というのは便利な技術を持っているんだろう?ならば、地下道を埋める作業を手伝うのだ!」

貴族の男はそう言うと、勇者達に背を向け、華美な馬車へと向かおうとする。
あまりにもぶしつけな勇者を便利な道具としか見ていない言動。
それを前にして、勇者達は何を思い、どう行動するのであろうか――――
0059ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/06/10(月) 06:53:07.42ID:PmM5AXtE
ブレイヴと名乗った青年が、不思議な輝きを放つ刀剣を精製し、私の足元の地面に突き立てる。

>「……お前には随分と世話を掛けた様だな、玩具屋。
 そいつは礼の代わりだ、追撃が必要なら使え。そして神に祈りを捧げろ。
 串刺しになった蜘蛛の中から、アシスタントのバニーガールが笑顔で出て来ます様に、だ」

「有難い――今後使わせてもらうとしよう」

そう言って剣を手に取る。
元いた世界では隔離都市とはいえ見るからに物騒な武器は持ち歩いていなかったが、
ここは堂々と武器を持ち歩ける世界のようだ。
後で知ったところによるとその素材はミスリル――ファンタジー世界によく登場する、私の世界では架空とされていた金属。
精霊や妖精の類と親和性が高いとされている。

>「I know I have the body but of a weak and feeble girl……(あたしはか弱く脆い肉体の少女だ……)」
>「But I have the heart and stomach of a king!!(だけど、私は王の心臓と胃を持っている!)」

いとりが魔法少女の変身なるものを披露する。
私側から見れば、隔離都市の外で魔法少女の戦いが秘密裏に行われているという可能性も無くは無いが、
彼女が隔離都市の存在を知らないということは、おそらく私とは似て非なる世界の出身なのだろう。
彼女は自らに強化魔法らしきものをかけ、大蜘蛛に格闘戦を挑む。
魔法少女といっても最近流行りの白兵戦系魔法少女の系譜らしい。

>「よーい、しょっと!」

いとりの撃ち込んだ錫杖により、大蜘蛛は戦闘不能に陥ったように見えたが――

>「気をつけよ!そやつは死んだフリをするぞ!」

その言葉のとおり、大蜘蛛は間もなく起き上がる。
蜘蛛が精製しはじめた糸を断ち切るべく剣に粉をかけて下準備をするが。

>『――――――命を捧げよ、黒き奴隷』

ノインが嵌めた指輪の力によって顕現された黒い炎が全てを焼き尽くした。
この青年、そこそこ腕の立つ剣士かと思っていたが、それだけではなかったようだ。

>「……先を急ぐぞ。背後より先兵が来たのであれば、後詰めの者達は全滅したという事だ。ナナシは次々にやって来る。そう成る前に脱出し通路を埋めねばならん」

後詰めの者達は全滅、ということはこの召喚のために命を落とした者が大勢いたということか。
それにしてもノインは時期は違えど異界から召喚された勇者という私達と同じ立場のはずなのに、こちら側の世界によく馴染んでいる。
元々ここと似たような雰囲気の世界の出身だったか、もうこちらに来てかなり長いのかもしれない。
0060橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/06/10(月) 06:55:42.34ID:PmM5AXtE
地下道を抜けると、廃村のような場所に出た。
私達を出迎えたのは、絵に描いたようなTHE☆偉そうな貴族のおっさんとその取り巻き達であった。

>「おお!良く戻られたソロモン殿!それで『今回の』勇者はそ奴らという訳かね!?いやぁ、3名も手に入るとは実に結構!これで我等人間の未来も明るいというものだ!なあ、皆の者!」

ん? なんか想像していたのと違うような……。

>「む、そう言えばまだ名乗っていなかったな。拝聴するが良い勇者共よ!」
>「俺は栄光有るタルタロス王国軍輝煌騎士団長 ゾルヴェイン・サンダールス・ラス・ゲィタ・ヴ・サーペンシュタイン伯爵である!此度はソロモンの召喚する勇者の回収と監督の任で部下達と共にこの地にやってきた!ああ、平伏はせずとも良いぞ。俺は寛容なのだ!」

「随分と長い名前だな……」

>「ソロモン殿から勇者が呼ばれた理由については聞いているんだろう?これより貴様ら勇者達は王国軍の下でナナシを殲滅する栄誉有る任務に就いて貰う!」
>「ナナシを倒せば倒した分だけ褒章も与えてやろう!全滅させた暁には下級貴族の位を与える事も考えている!嬉しいであろう?励むが良いぞ!はっはっは!」

「その……貴族の位よりも元の世界に返して欲しいんだが……」

次第に最初に感じた違和感の正体が明確になっていく。
な○う系小説とかによくあるこういう話では
どうか世界をお救いください! あなた達が最後の希望なのです!→世界救ったら元の世界に帰れるんだよね!?おk!
というのが王道だが、実際はそういうものでもないらしい。

>「よしっ!それでは早速王都へ向かい――――」
>「待たれよ、ゾルヴェイン伯」

有無を言わさず私達を馬車に押し込もうとする貴族を、ノインが止める。
私達に対するあまりの扱いに対して先輩勇者として物申してくれるのか?

>「ノイン殿。如何に異界の貴人とはいえ、我々の行動指針に意を挟むのは困りますなぁ」
>「非礼は謝罪しよう。だが、事は伯の身の安全にも関わるが故、話だけでも耳に入れて欲しい」
>「――先程、地下通路をナナシが追ってきた。直ぐに地下道を封鎖する作業を始めねば、此処が戦場となってしまう」
>「如何な精強な伯の兵でも、相手がナナシの群れでは聊か手に余る筈だ」

ノインが言ったのは、私が密かに期待したものとは違ったものの、確かに正論であった。

>「……ふん!仕方ない。では今日は通路を埋める作業を行った後に近くの村で宿を取る事にしよう」
>「おお、そうだ!勇者というのは便利な技術を持っているんだろう?ならば、地下道を埋める作業を手伝うのだ!」

通路を埋めるのは私の能力を使えば割と簡単だ。
その辺に転がっている瓦礫や岩を動かして塞いでしまえばいい。
0061ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/06/10(月) 06:59:23.59ID:PmM5AXtE
「分かった――やってみよう」

ベルに変身した私は、その辺を飛び回り、魔法の粉を振りまく。
そして宙に浮かびあがったのは――貴族の取り巻きの金ピカ鎧の騎士達であった。
通常意識がある人間はこちらの意のままに浮かせることはできないのだが――効果対象は彼らが纏っている鎧だ。
鎧なら服と違って破れることはないのでこういう事が可能なのではないかと思ってやってみたが、ビンゴだった。
元いた世界では鎧を着て歩いている人間など流石にいなかったからな。

「おい、何をやっている!」「降ろせ! 降ろして! 降ろしてくださーいッ!」

瞬く間に叫び声が響き渡り、それは次第に怒声から悲鳴にニュアンスが変わっていく。
勿体ぶって彼らが充分にビビりまくったところで、そっと地面に降ろす。

「おっと、これは済まない……! 能力のコントロールを間違えてしまった!」

ドジっ娘(?)を装いつつ、その気になればお前達など一捻りなのだぞということを身をもって示す――
こういった駆け引きは隔離都市では日常茶飯事だったのだ。
そして、先程聞く耳持たずで流されてしまった事をもう一度言う。

「無事に世界を救ったら貴族の位よりも元の世界に返してほしい。私の力を必要としている者達がいるからな……」

まあ、これはこれで良かったのかもしれない。
もし「どうか世界を救ってください!」と下手に出られていたら、私の性格だと流されるままになあなあになっていた可能性も否めない。
そんな事を思いつつ、今度こそ瓦礫を浮き上がらせ穴を埋め始める。
0062大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/06/20(木) 04:54:07.06ID:y/KsIWZq
魔法少女。
あたし達、悪魔と契約して戦う女の子たちにつけられた呼称(ネームタグ)だ。
彼女たちはその名の通り、魔法を使う事ができる。
それぞれの魔法少女の持つユニークな魔法は「固有魔法」なんて呼ばれていて、一人につき一つのオーダーメイドが基本だ。

「魔力を直接消し飛ばすエネルギー波を発射する」
「『飛行機』にまつわる物体を作り出す」
「とにかく身体能力をはね上げる」
などなど。魔法少女の数だけ魔法がある、と言っても過言ではない。

が、それとは別に、魔法少女なら誰でも使える一般的な魔法もある。
そのうちの一つが「魔装変身」……自身の纏う服装を、魔力をまとった特別なものに変換する魔法だ。
魔装は防御力が見た目より飛躍的に高く、趣味と実益を兼ねた魔法なのだけれど……一番の特徴は別にある。
「魔装変身状態の魔法少女は、魔法少女以外の者から認識されない」のだ。
冗談みたいなステルス性。魔法少女とそれ以外の者との間を遮断する、鉄壁の緞帳。
これのおかげで魔法少女たちの戦いは衆目の眼に触れず、お茶の間で日曜八時から放映されることもなかったのである。

さて。
この効果が本当に額面通り「魔法少女」でない者の知覚を遮断できるなら、あたしはこの世界でとてつもないアドバンテージを得ることができる。
が、文字通り「違う世界」でその額面がどこまで通用するか。それは試してみないと分からない。
という訳で、まずはお試しで変身してみたあたしなのだけれども。
錫杖を叩きつけた反動をバランスを取って逸らしながら見るに、

蜘蛛ナナシ→位置的に死角なので不明。
ノインさん→視線がずれてる。見えてないみたい。
ソロモンさん→めっちゃこっち見てる。
ティンカーベル→すごくこっち見てる。
白騎士の中の人→だいぶこっち見てる。

うわ……ステルス効かない人、多すぎ……?
まあ、冗談はともかく、お試しの結果は期待外れ予想通り、といったところだ。
さすがにそんなに都合よくできてないよね、世界。むしろノインさんには効いてるっぽいのが逆にびっくりではある。
重要なのが、「全員に見えてる」や「誰にも見えてない」ではなく、「見える人や見えない人が混じってる」のだ、という事。
これはつまり、「世界が変わったらステルス機能が無能になった」のではなく、
「ステルスは続いてるけど見える人が妙にいっぱいいる」のだという事だろう。
元々戦闘用のステルスではないし、完全無効でないだけまし、だと思っておこうか。
0063大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/06/20(木) 04:54:29.49ID:y/KsIWZq
視線のチェックを一瞬で終え、あたしは蜘蛛ナナシの首の上から飛び降りる。
蜘蛛ナナシは甲高い悲鳴を上げると、引っくり返ってしまった。
やったか!?

>「気をつけよ!そやつは死んだフリをするぞ!」

フラグ即回収のお知らせありがとうソロモンさん! うれしくない!
ソロモンさんのセリフが聞こえたかのように、蜘蛛ナナシは即座に死んだフリをやめ、すばやく移動を始める。
あー、結構めんどくさいやつ。あたしの所持魔法(てもち)で何とかなるかなあ……。
と、のんきに構えていたあたしの背筋に、突如つららが叩きこまれた。

……もちろんそれはただの錯覚だ。
『我が名は魔女(コールドウィッチ)』が認識した「何か」が、感覚として咀嚼されるときにそのような形になっただけだ。
理屈ではそう分かっても、背筋を走る震えが止まることはない。

「なに……あれ」

答えは、直ぐに告げられた。

>『――――――命を捧げよ、黒き奴隷』

黒色の炎。
それが蜘蛛ナナシの体躯を飲み込んでいくのを、あたしは茫然と見守るしかなかった。
……あたしは知っている。あの黒い炎を、正確にはそれと同質の存在を、知っている。

「魔法少女の魔法……それも、こんなバカみたいな魔力量……」

魔力量、というのは、あたしたちの世界での魔力の値の数値化した指標だ。
生まれたての魔法少女で100。諸々の条件で数値は上昇し、6000を超えると「エルダー級」と呼ばれるようになる。
エルダー級は大抵でたらめな強さで、俗に「一人でラスボスになれるレベル」なんて言われたりもする。
そういうあたしも、実は前の世界では下っ端とはいえエルダー級だったりした。
が……。

「……安定しないけど、瞬間最大5桁って。冗談でしょ?」

目の前の黒い炎は、そんなあたしの鼻っ柱をたたき折るのに十分な力を有している。
そんな直感が、あたしのすべての感覚から十二分に伝わってきた。
……これは、魔法少女の魔法ではない。
あえて言語化するなら、それと同根でありながらより根幹にあるものだ。
すなわち。

「……悪魔」

蜘蛛と炎が消えたところを、あたしは穴が開くように見つめ続けていた。
……目をそらしたら、その炎に取って食われる。そんな心配を、真剣に思考していた。
0064大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/06/20(木) 04:55:00.24ID:y/KsIWZq
* * *

「……なにあれ」

馬車に去っていくハゲ髭伯爵殿を見ながら、あたしは可能な限り極寒なイメージでセリフを吐いた。
先だって、あたしはソロモンさんを「あたしたちを完全に使い捨てるつもりはないだろう。今のこの人はそこまで非道には走れない」と評した事がある。
まさかフラグだったとは。ハゲ髭伯爵殿はまさに、その評で言う「あたしたちを完全に使い捨てるつもりの非道」だった。
おのれハゲ髭伯爵殿。ガタイがいいからチビハゲ髭伯爵殿とは呼べないのがちょっと悔しい。

「ソロモンさーん、配慮が足りませーん」

悔しいので、先生に言いつける生徒のようなポーズで愚痴ったりしてみた。

さて、どうしたものか。もちろん、魔法を使えば道をふさぐぐらいは簡単にできるのだけど。

「…………」

脳裏に黒い炎がよぎった。

>「おい、何をやっている!」「降ろせ! 降ろして! 降ろしてくださーいッ!」

……野太い叫び声に我に返ると、黄金鎧がいくつも空を飛んでいる。
ティンカーベルの仕業かな。意外と怒らせると怖いタイプだったのね……。
この調子なら、酪農家を恫か……道をふさぐのもやる気になってくれてると考えてよさそうだ。

さて、洞窟の封鎖はティンカーベルに任せるとして、あたしは何をしよう。
周囲を見回していると、青年とふと視線が合った。
白騎士の中の人だ。そういえば、きちんとした挨拶はしてなかったような気がする。

「やっほー。あたしの顔に何かついてるかな。
 かわいらしい目と口と鼻と眉毛とまつ毛以外は何もないと思うけど」

フランク?に挨拶をしてみる。

「自己紹介の時寝てたかもしれないからもう一回挨拶するね。あたしは大饗いとり。
 お兄さんのお名前も聞いていいかな。……何か、いろいろ大変そうだけど」

さきほど蜘蛛ナナシと戦っているとき、この人がソロモンさんに食って掛かっているのがちらりと見えた。
少しだけ聞こえたその時の内容からすると……。

「えっと。ありがと、あたし達のために怒ってくれて。
 ソロモンさん相手だとちょっと言いすぎてた気もするけど、
 あのハゲ髭伯爵殿みたいなの見た後だと、ちょっと沁みるよね。
 お近づきの印、ってわけでもないけど、これ貰ってもらえるかな」

あたしは手を数回握っては閉じすると、目を瞑って意識を少し集中し、魔法を発動させた。
『七日目の余技-トイクリエイト-』。魔法を込めた、誰でも使える道具を作れる魔法。
込めるのは共通魔法『思念通話』。
手を開けば、そこには銀色に鈍く輝く無骨なピンバッジが4つ。

「これを持ってる人同士の間で、テレパシー……って通じるかな。心と心で会話できるようになる、魔法のバッジだよ。
 とりあえず、今回一緒に来た人たち向け。
 あ、勝手に思考が漏れたりはしないから安心してね」

今後の運命が一蓮托生になる4人……ソロモンさんを入れていいなら5人
内緒話ぐらいできるようになっておきたいからね。
0065創る名無しに見る名無し垢版2019/06/21(金) 12:31:39.19ID:t21SLn6j
ゲソ天とウンコしか見えない
0066Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/29(土) 18:25:36.42ID:aEfONG6H
【ブレイヴセット・システム(V)】

大渓谷の乾いた風に流されて、絡み合うタンブルウィードが行く当ても無く転がされている。
切り立った岩壁の上に、主を失った魔導航行研究所"アルゴス・ラボ"は、静かに佇んでいた。

―――ネームレスは、自恣の無い天災とは違う。こいつらは、本能に従う獣の群れだ。

張り巡らされた魔術障壁に対して、執拗なまでの攻撃を加えていたネームレスの群れだったが、
決壊と同時に施設内部から三つの人影が飛び出すのを契機に、破壊行為を一斉に中断した。
今は建物に興味を失ったかの様に、それらを追っている。正に狩猟の為だけの破壊だった。

《やはり、奴等の行動原理は単純な様だな……私達の周囲から離れていろ、コウヤ》

青き魔導騎士が 周囲のネームレスを一瞬にして氷結させ、それらを打ち砕く。

《すごい……すごいじゃないか! これが異界の魔導粒子の力なんだね!
 堅牢な装甲なのに、むしろ身体が軽く感じる。この力さえあれば……!》

赤き魔導騎士は、広刃の双身槍と獄炎の鬣を振り乱し、風車の如く刃を振るう。

《分かっていると思うが、一度の戦闘で消費可能なラグナロク粒子の量は限られている。
 無駄遣いするな。人間と同等のサイズである私達のブレイヴがオリジナルの戦闘力に迫り、
 武神の如き力を発揮する為には、ラグナ粒子をオリジナル以上に使いこなす必要があるのだ》

《見くびらないでよ父さん。僕は研究だけじゃなく実戦でも魔力を扱って来たんだ。
 これまでだって対費用効果の計算くらいして来たさ……兄さんと違ってね。
 それに、システムが力の扱い方を教えてくれる。だから――》

ブレイヴ・インフェルノは両肘を腰に引き、仰け反る姿勢を取った。
胸部装甲が硬い音を立ててスライドし、露出したレンズが発光する。

《ラグナ・ブラスタァァッ!!》

薙ぎ払う様にして照射された大質量の魔導粒子が、射線上のネームレス十数体を蒸発させる。
それは貫通して尚、撫でるが如く岩盤を抉り地層を表出させ、崩壊の余波で大地は溶融した。

《――使い所は心得てるつもりさ。これで敵の残りは半分以下って所かな》

《無理をするなイザヤ。記録では多数のネームレスが時間差で襲来したケースもあった。
 その様な事態に陥った時、万が一にもブレイヴが奴らの侵蝕を受けるわけにはいかん》

《心配性が過ぎるよ。いくら増えたって同じさ。だってほら、この異界の力さえあれば――
 ――こんなに! ――こんなに! ――こんなに簡単に! こいつらを倒せるんだからさぁ!》

新たに切り刻まれた数体のネームレスの切断面から紅いマナが噴出し、それさえも霧散する。
蓄積されたラグナロク粒子の大半を瞬時に放出したインフェルノは、明らかに消耗していた。

《今回のネームレス襲撃は、導師にも報告する必要がある……コウヤ、お前は援護要請に飛べ。
 瘴気の森を越えた先にある廃城の地下だ。そこでは魔法儀式による勇者召喚が行われている》
0067Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/30(日) 11:13:56.24ID:8q6VndJn
【ブレイヴセット・システム(W)】

―――あの瘴気の森を越える……? 出来るのか、俺に。

《イザヤ、ネームレスの群れを出来る限り私達の側に引き付ける。
 不安定なコウヤのブレイヴが被弾すれば、どうなるか分からん》

《…ッ! 兄さんの事となると心配性を通り越して過保護なんだね、父さんは……昔からそうさ》

湧き上がる赤黒い炎の渦が、背後のネームレスへと執拗に纏わり付き、緩慢な速度で焼き尽くす。

《……早く行きなよ兄さん。
 もっとも、他の勇者を増援に連れて来る頃には――
 ――僕達だけで、ネームレスを全滅させちゃった後かもしれないけどね》

《空を行け。そうすれば瘴気の森の樹海迷路はおろか、魔獣すら障害にはならん》

そのネームレスを蒼い凍霧が包み、まるで介錯するかの様に氷の棺へと閉じ込め、砕け散らせた。

一瞬、俯いた様に思えた親父の表情が、今は分からない。
その視線の先を……何故、これまで俺は知ろうともしなかったのだろう。
昏い炎を照り返すバイザーが――コキュートスの仮面が――青騎士の真意を覆い隠している。

《この研究所の役割は終わったが、私達の戦いは、これから始まる。
 この場を切り抜けた後は――――家に、帰ろう。今後は向こうに拠点を移す。
 今日という日の祝杯の為に取って置いたボトルも、我が家のセラーにあるのだからな》

《祝杯とは気が早いね……とも言えないか。三人のブレイヴが揃えば勝ったも同然さ》

《戦勝祝いではない、誕生祝いだよ。あれは、お前達が生まれた年のワインだ》

《そうか……二十歳の誕生日、だね。僕と兄さんの。すっかり忘れていたよ。
 だけど何の意味が有るんだい? 母さんの料理を食べられない誕生日なんて!
 ミリヤが弾いてくれるピアノもだ! それもこれも全部……全部こいつらのせいで!!》

双身槍を二つに分割したインフェルノは、焦熱を宿した凶刃を左右の腕で振るう。
赫怒の魔人が乱れ舞い、乱れ突き、乱れ斬る毎に、紅色の蓮花が無残に散った。

《思えば、奴等が現れてから、ゆっくりと食事を楽しむ事も出来なかった。
 私は、父親失格なのかもしれん。お前達とは、もっと……もっと―――》

―――親父、俺は……。

《行け、コウヤ。いや……ブレイヴ・シュヴァリアー》

今になって俺は分かった。やっと思い出した。親父が仮面の下で、どんな表情をしているのか。
見えなくても、俺は知っている。子供の頃から何度も俺達を勇気づけてくれた、あの眼差しを。

―――ああ……必ず、辿り着いて見せる。

迷う事など、無かった。白き悪魔の飛び交う空の先を目指して、灰色の騎士は飛翔する。
その先に待ち受ける運命が、何れの願いを叶え、何れの祈りを棄却するのかも知らずに。
0068ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/30(日) 11:22:29.82ID:8q6VndJn
【コール・ブレイヴ(X)】

『ブレイヴ…!お主はもしや、こちら側の人間なのか……!?』

「……俺は、ネームレスの敵だ。それ以外の全てに意味は無い」

奴等を一体残らず駆逐する。他に為す者が居なければ、俺がやる。
障害となる者が現れた場合には、同様に排除する事になるだろう。

『タルタロスの王党派に寝首を掻かれたいのであれば、好きに呼ぶが良い』

「ならば、お前を今後は"のいのい"と呼ぶコトに――」

『――権力の基盤が揺らいでる今であれば、喜んで刃を手に持つ事だろう』

「どうせなら、人類同士の下らない争いを終わらせてみるか、ノイン?
 交錯する刃の数が増せば、その内の一振りが俺の首に届く可能性も下がる。
 声明文は、こうだ。"勇者の力を持つ王子を共和派の旗印に戴き、我々は決起した"」

『気をつけよ!そやつは死んだフリをするぞ!』

俺は思った。この爺さん、そんな目で俺を見てやがったのか。

『虫ケラよ。人の悪意は、息を殺しても逃れられぬと知るが良い』

俺は思った。この腹黒王子、そんな目で俺を見てやがったのか。

『……悪魔』

どちらも違った。どうやらノインは厄介なカードに魅入られているらしい。
天井に逆さになった蜘蛛の王を[皇帝]の逆位置だと解釈すれば、
―――暗示するのは、"コントロールの欠如"と言った所か。
[悪魔]の正位置は、"束縛"あるいは"負の連鎖"だ。

『……先を急ぐぞ。背後より先兵が来たのであれば、後詰めの者達は全滅したという事だ。
 ナナシは次々にやって来る。そう成る前に脱出し通路を埋めねばならん』

改めて周囲を観察する。王族専用の脱出通路と言った風情だ。
用途を考えれば出口は遠そうだ。そうでなければ意味が無い。

「お前達は先を急げ。俺は逆行して可能な限り追撃を食い止める。
 適当なタイミングで空から合流しよう。戦況を心配する必要は無い。
 ベル、俺が死ねば剣も消える……それが合図になる。ソロモンを頼む」

返事を聞かずに、俺は地下室へと向かう。
消耗を抑えて安全に移動する時間が、今は一秒でも惜しい筈だ。
邪推を排せば、それはイトリ曰く"バカみたいな魔力量"を行使したノインにも該当する。
0069Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/30(日) 11:30:25.60ID:8q6VndJn
【ツイン・ブラッド(T)】

灰色の獣が歩いている。

―――ひどく、喉が渇いていた。
腹が空いている。肉を喰いたい。

灰色の獣が立ち止った。

此処は、きっと食糧庫なのだろう。
食糧庫なのだから、周りにあるのは肉だと思う。
だからきっと、古びた木箱の中に仕舞われているのは、肉だ。

灰色の獣が回廊を歩く。

転がっているのは肉だ。起き上がって来たのも肉だ。
鎧の中に仕舞われているのは肉だ。剣を構えた肉を引き裂く。
ローブの中に仕舞われているのも肉だ。杖を握った肉を千切り飛ばす。

灰色の獣は階段を上る。

踊り場の壁に、何かに手を差し伸べている聖女の肖像を見つける。
描かれている何かが気になって、何かの前に立ち塞がっている肉を薙ぎ払う。
描かれていた筈の何かは、別の紅い何かに塗り潰されて、本当に何か判らなくなった。

灰色の獣は思い出した。

そう言えば、自分は獣だった。獣は芸術鑑賞などしない。
気が付くと、色褪せた灰色の毛皮は全て剥れ落ちていた。

ただの獣は階段を上る。

甘く蕩ける様な、仄かな血の香から逃げる様に。
上って、上って、上って。
水の昏さに怯える深海魚が、陽光を求める様に。
上って、上って、上って。
石壁で四角く切り取られた、青い空に向かって。
上って、上って、上って。
やがて獣は、辿り着いた真昼のバルコニーに吹く風の中で――――


『……ここに居たんだね、兄さん』


――――自分と同じ姿をした獣と出会う。
0070ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/30(日) 11:43:14.18ID:8q6VndJn
【コール・ブレイヴ(Y)】

日当たりの良い場所を選んで腰を下ろし、廃城の食糧庫から失敬したジャーキーを齧る。
俺は喧騒から距離を置いて、ソレを眺めた。命綱の存在しない黄金色の空中サーカスだ。

『おい、何をやっている!』『降ろせ! 降ろして! 降ろしてくださーいッ!』

勇者の記憶が俺の脳裏に過ぎらせたのは、異界のエレクトリカルパレードの情景だ。
ベルの機嫌次第では全員が二階級特進か。英霊来たりたるパレードを国費で開催だ。

―――"そろそろ、アレを止めてやれ"。この場で最も暇そうな奴に、俺は目線を送った。

『やっほー。あたしの顔に何かついてるかな』

こちらの意図が、魔法少女には伝わらない様だ。
ツイてないのは、黄金鎧の英霊候補生達だった。

「先程の蜘蛛の体液が若干、こびり付いている様に見えるが。
 お前の中で、その事実は存在しないコトになっているのか?」

『かわいらしい目と口と鼻と眉毛とまつ毛以外は何もないと思うけど』

「その申告リストと照らし合わせると、目と口と鼻と眉毛とまつ毛は揃っている。
 ――――ああ、どうやら"かわいらしい"が見当たらない様だ。付け直して来い」

『おっと、これは済まない……! 能力のコントロールを間違えてしまった!』

ベルの方には、言葉にせずとも伝わった様だった。
そうでなければ、アレが妖精美少女式の交渉術か。

『自己紹介の時寝てたかもしれないからもう一回挨拶するね。あたしは大饗いとり』

「それは、俺がソロモンと話していた時、お前は寝ていたという懺悔か。
 ……俺はブレイヴだ。言っておくが、それ以上の事を語る心算は無い」

『お兄さんのお名前も聞いていいかな』

「二秒前の言葉も聞いちゃいないお前がか?」

『……何か、いろいろ大変そうだけど』

「俺の"かわいらしいお名前"なら、ネームレスに喰われたよ。
 ネームレスに喰われた者は、ネームレスになるのが道理だ」

俺はジャーキーを半分に喰い千切り、奥歯で噛み締めた。
磨り潰す様に、幾ら噛んでも……味のしないジャーキーだ。
0071ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/06/30(日) 11:51:25.33ID:8q6VndJn
【コール・ブレイヴ(Z)】

『えっと。ありがと、あたし達のために怒ってくれて』

「勘違いするな……とでも俺に言わせたいのか。
 事実を述べる時に、余計な気遣いなど無用だ」

『ソロモンさん相手だとちょっと言いすぎてた気もするけど――』

「――俺は、他ならないソロモンが相手だから言った。
 この歪んだ世界に、あの爺さんを責める資格を持つ者など、誰も居ない。
 ただ一人、爺さん自身の他には。放っておけばアレは死ぬまで自分を責め続けるだけだ」

『あのハゲ髭伯爵殿みたいなの見た後だと、ちょっと沁みるよね』

「……その平たい胸に手を当てて、考えてみろ。
 何が、何故、そして今、お前の中の"何処に"沁みているのかを。
 その場所の疼きが人間を使命に駆り立てる―――おそらくは、奴も被害者の一人だ」

『お近づきの印、ってわけでもないけど、これ貰ってもらえるかな』

「構わないが、二つ条件がある。先ず、最初に俺に渡すのを止してくれ。
 "四つ"のものから一つ選ぶってのは、縁起が悪いんだ。それと―――」

差し出された記章を受け取らずに立ち上がり、少女を見下ろした。
その"かわいらしい"唇に人差し指を当てて、反論を封じる。
先程まで血塗れだった指先だが、今は綺麗なモノだ。
指だけでは無い。全身の傷が癒えていた。

「―――"兄さん"は、やめてくれ」

複数の自己再生能力が増幅されている。
ARL-X100の"L"は労働力のLだが、"R"は修復を意味するらしい。
異界の勇者とネームレスに"お近づき"になる度、俺は代償を支払わなければならなかった。

「イトリ……俺に向かって二度と、その呼び名を口にするな」

俺は、無防備に目蓋を閉じている少女の隣を静かに歩き過ぎる。
向かう先は馬車だ。無駄に広い座席の寝心地は悪くなさそうだ。
0072ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/07/01(月) 09:23:59.09ID:/4fWS7vW
ノインの指輪から生じた黒い炎が蜘蛛の王を焼き尽くすのを確認すると、
ソロモンはノインの肩に手を乗せて言った。
「燃やすのは良い判断じゃったな」
しかし、すぐに指輪を嵌めたノインの指が、ほんの僅かに痙攣している事に気づいたソロモンは尋ねる。
「……大丈夫か?」
>「……先を急ぐぞ。背後より先兵が来たのであれば、後詰めの者達は全滅したという事だ。ナナシは次々にやって来る。そう成る前に脱出し通路を埋めねばならん」
ソロモンはノインの言葉を聞くと、それ以上の詮索はしなかった。
ノインが使ったのは、ソロモンの見立てでは黒魔術のように見えたが、
なにぶん異世界の魔法についてはソロモンの知るところではない。
それについて追求するよりも、ノインの言う通りまずはここを脱出してしまうのが先決であった。しかし…
>「お前達は先を急げ。俺は逆行して可能な限り追撃を食い止める。
> 適当なタイミングで空から合流しよう。戦況を心配する必要は無い。
> ベル、俺が死ねば剣も消える……それが合図になる。ソロモンを頼む」
そういうとブレイヴは来た道を引き返して行ってしまう。
「待つのじゃブレイヴ、お主にはまだ聞きたい事が……ええぃ!」
ソロモンが引き止めようとしたが、もうすでにブレイヴの姿は闇に吸い込まれた後だった。
仕方なく、ソロモンは勇者一行と共に出口を目指す。

ソロモン達を出口で待っていたのはタルタロス王国軍輝煌騎士団長ゾルヴェインと彼の部下30名であった。
ゾルヴェインの方はソロモンをよく知っているようだったが、正直に言うとソロモンの方は彼の事をさほど知らなかった。
勇者を無事連れて帰ってきたことを喜んでいるようだが、ソロモンは素直に喜べる気にはなれず、ただ一言
「犠牲も大きかった」
と呟いた。
0073ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/07/01(月) 09:24:54.84ID:/4fWS7vW
さて前述の通りソロモンはゾルヴェインの事はよく知らなかったが、勇者達への口上を聞く限り、かなり傲慢な性格らしいとわかった。
ソロモンは文字通り頭を抱えた。
これでどうして勇者達が我々に協力してくれるというのだろうか。
>「ソロモンさーん、配慮が足りませーん」
そう言うイトリに(まぁ待つのじゃ)とジェスチャーをしたソロモンは馬車に戻ろうとしていたゾルヴェインに歩み寄った。
「ゾルヴェインよ」
馬車から離れた地下道の出口付近では、ショウがベルに変身して出口を塞ごうとしている。
「先ほどから聞いておったが、なにゆえ彼ら勇者が我々を助けるのが当然だと思っているのか?」
「もとはといえばわしらが崩壊聖術バベルを使ったのが原因じゃ。それは認めよう」
「じゃが、もとより彼らには無関係のこと。彼らの意志をもっと尊重するべきじゃろう」

そう言うやいなや、突然なさけない悲鳴が聞こえてきた。
見ると地下道の出口付近にいたゾルヴェインの部下である騎士達が宙に浮かんでいるではないか。
どう見ても楽しそうには見えないその光景を見てソロモンはベルがしている事をさとった。言わんこっちゃない。
ベルは騎士達を下ろしてから言った。
>「無事に世界を救ったら貴族の位よりも元の世界に返してほしい。私の力を必要としている者達がいるからな……」
「ぬん!」
ソロモンが魔法の大杖を地下道の出口へ向けると、そこで爆発が起きた。
地下道の天井が崩落し、出口が瓦礫で塞がれたのを確認するとソロモンはベルに尋ねる。
「……まだ瓦礫が必要か?」
この示威行為はソロモンからベルへの警告である。
すなわち、下手にこの世界の権力者に逆らうのはよせという意味だ。

さっきまでイトリと会話をしていたブレイヴが歩いてくる。
「ブレイヴ、無事じゃったか……」
しかし何か様子がおかしく見える。
「ブレイヴ…?」
ソロモンは身構えた。
もしもブレイヴがゾルヴェインに何かしようとしたら、すぐにそれを阻止しようとするだろう。
0074ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/07/10(水) 00:55:13.03ID:1ggOxClb
>「先ほどから聞いておったが、なにゆえ彼ら勇者が我々を助けるのが当然だと思っているのか?」
>「もとはといえばわしらが崩壊聖術バベルを使ったのが原因じゃ。それは認めよう」
>「じゃが、もとより彼らには無関係のこと。彼らの意志をもっと尊重するべきじゃろう」

「……意志?」

魔術師ソロモンから掛けられた言葉に、馬車へと向かおうとしていたゾルヴェインはピクリと肩を動かし足を止め、振り返る。
その顔に浮かぶ表情は――――紛れも無い、嫌悪。

「意志とは、あの“バベルの御業”で大戦を終わらせた英雄たるソロモン殿らしからぬ言葉ですなぁ」
「力在るモノが正義である以上、勇者が世界の覇者たる我々の為に剣を掲げるのは当然ではないか」

そして、天を仰ぐように大袈裟に息を吐くと、貴族としての仮面の様な貼り付けた笑みを湛える。

「そもそも、愚民の意志などに何の価値が有ると?奴らは感情で動く愚かな動物。故に、我々貴族が躾け、導いてやらねばならんのだ」
「慈悲を見せても、奴らはつけあがるだけだ。与えた慈悲で我々に刃を向けるからこそ、愚民なのだ」
「魔族のゴミ共よりは多少マシとはいえ、異界の勇者とて貴族でないのなら、それはやはり力だけの愚民に過ぎん」
「なれば、無関係などではなく我々に従うのが当然!むしろ世界救済の一助に成れる事を感謝するべきでしょうな!がはははは!」

……恐れるべきは、このゾルヴェインという貴族が吐いている言葉には、彼にとっての嘘偽りが一切ないという事だろう。
本気で勇者たちが自分達の為に戦う事を当然と思っている――――それは、少なくとも勇者達を待ち受けるものが、
絵巻物の英雄譚の如き輝かしき物ではない事を明確に表していた。
その二人の遣り取りを見つめるノインは、ゾルヴェインの苛烈な物言いを耳にし……けれど、目を瞑り一言も反論する事は無かった。

(……この貴族の発言は愚昧だが、しかし的外れでは無い)
(戦時において、外部戦力を主戦力に組み入れるのは愚の骨頂。それでも行うのであれば『飾るか』『磨り潰す』かを選ぶべきなのだ)
(つまり、この国が選んでいる選択は……やはり、そういう事なのだろう)

その沈黙は、少なくともこの場でゾルヴェインを刺激しない為。
そして、自身が手に入れている情報と貴族の主観をすり合わせる為のもの。
けれど――――その選択を取る事が出来るのは、ノインがこの世界についてある程度知識を得ているから。
そして、この世界に近しい文明の世界から来たが故の事。なればこそ
0075ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/07/10(水) 00:55:47.68ID:1ggOxClb
>「分かった――やってみよう」
>「おい、何をやっている!」「降ろせ! 降ろして! 降ろしてくださーいッ!」
>「おっと、これは済まない……! 能力のコントロールを間違えてしまった!」

男……否、今はティンカー・ベルと呼ぶべき少女が事を起こすのは当然の事であった。
文明の発展を経、自由、平等、博愛という三権の旗の下の独立を知り、人が人と成った。
どの様な生まれであれ、自分達の代行者としての権力者を擁立する権利を得た時代。
その歴史を識る者が、貴族と言う『職業者』による横暴を座して受ける筈が無い。

>「無事に世界を救ったら貴族の位よりも元の世界に返してほしい。私の力を必要としている者達がいるからな……」

己が異能を存分に行使し、ゾルヴェイン配下たる金鎧の騎士団を玩具の如く容易く振り回したティンカー・ベルは、彼女が持つ当然の権利として主張する。
『世界は救ってやる。だから元の世界に返せ』と。
……仮に一般的な人間がティンカー・ベルと同じ立場に置かれたのであれば、自身は関係ないと、直ぐに元の世界に返せ、と。そう喚いたことだろう。
それを考えれば、特殊な環境下に置かれていた文明人として、彼女の要求は優し過ぎるものといえる。だが

「んな――――き、き、貴様!俺の配下の者達に何をする! おのれぇ、愚民の分際で……」

この世界の貴族たるゾルヴェインにとってみれば、その言動だけでも万死に値する。
怒りのままに、何かしらの言葉を口に出そうとし

>「……まだ瓦礫が必要か?」

しかし、ゾルヴェインの怒りは突如として響いた轟音と、怜悧な言葉ににかき消される事となる。
そこに居るのは、杖を構えたソロモン。この世界の魔術を極めし翁。

「……勇者達は、召喚の影響で少々混乱しているようだ。ゾルヴェイン伯、彼女に代わり私が謝罪しよう」

内心でティンカー・ベルの行動に焦燥の色を浮かべていたノインだが、ソロモンの機転を受け、それを無駄にせぬよう言葉と共にゾルヴェインに頭を下げる。
それはまるでティンカー・ベルの行動が悪だとでもいうような言葉であり、それを受けた彼女は不快感覚えるだろうが……彼女が頭を下げるノインの方を見れば気付く事だろう。

『[今は]黙っていろ』

ノインの視線が、声を発さずに開いた口が、そう告げている事に。

「……ふん! まあ、今回は英雄たるソロモン殿の顔を立てて寛大にも許すとしよう!おい、行くぞお前たち!」

ソロモンの威圧を受けた事と、異界の貴族とされるノインに頭を垂れさせた事で溜飲を下げたのだろう。
ゾルヴェインは、未だふらつく自身の配下をゾロゾロと引き連れ、再度馬車へと向かって行く。

>「ソロモンさーん、配慮が足りませーん」

……いとりが言う通り、この世界の人間との邂逅としてみれば、ゾルヴェインとの出会いは最悪に近いものであったと言えよう。
だが、それでもこの場を乗り切る事が出来た。ノインがそう思った矢先

ゾルヴェイン達のその行く先に、先に殿を申し出た上で無事の帰還を果たしたブレイヴが存在していた。
『召喚陣ではない』何処かから現れた彼の勇者。
独自の哲学を持ち動くブレイヴと、権力を武器として振り回すゾルヴェインの相性はどう考えても良いとは思えず、再度自身が動くべきかと思案を巡らせるノインであったが

>「ブレイヴ、無事じゃったか……」

しかし、ソロモンが先んじてその動向を気にしていた為に、その心配は杞憂に終わる。
彼の翁が間に入れば、体裁を気にするゾルヴェインは少なくともあまり無体な事は出来ないだろう。

「ブレイヴ。廃村とはいえ屋根と壁が有れば雨風は凌げる。それに、寛大な伯の事だ。配下や客分の者に毛布の一つも提供してくださる筈だ」
「先を急ぐ気持ちは判るが、今は屋内で少しでも体を休めるべきであろう」

念の為、ゾルヴェインとブレイヴの両名に聞こえる様にそう言い残してから、ノイン自身は廃村へと向かって行く。
0076ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/07/10(水) 00:56:11.20ID:1ggOxClb
【 ― 夜 ― 】

生温い風が廃村を覆い始めた蔦の葉を揺らす。
天に座す「朱色」の満月が闇を照らし、囃子の中では虫と獣の声が響いている。

「……」

そんな夜。月下、ノインは村を覆う朽ちかけた柵の外側に立ち尽くしていた。
それは所謂『寝ずの番』という役割である。
本来であれば、ゾルヴェインの配下が行うべき役割であるが、プライドだけは高い貴族の子弟がその様な事を行いたがるわけは無く、
襲撃者がナナシであれば、そもそも警護として何の役にも立たない。
故に、ノインが自ら手を挙げこの役割を買って出たという訳である。
……無論、ノインとて善意からこの場に立っている訳では無い。

彼がこの場に立つ理由は2つ。
ナナシの襲撃が有った際に最も生存率が高いのが、警戒し、起床しているものであるからという事。
そして、もう一つは

(……さて、果たしてこの場に現れる酔狂な勇者は居るだろうか)

――――居るかどうか判らない待ち人来る事を願っての事。


この夜、勇者達は各々が願う通りに動く事が出来る。

この村の近くの林には魔獣が何体か生息している。それを狩りにでても良いだろう。
豪族の屋敷であったと思わしき建物で酒宴を開いているゾルヴェイン達と接触を試みる事も良いかもしれない。
自分達を気遣い、労わってくれたソロモンから情報を求める事も出来るだろう。
酔狂ではあるが、徹底して自分達に友好的な態度を見せないノインとの情報交換を図る事が出来る可能性も有る。
或いは――――それがどの様な結末を迎えるか考える事無く、逃走するというのも一つの選択肢だ。
0077ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/07/12(金) 08:44:56.26ID:XUspIf3u
>「んな――――き、き、貴様!俺の配下の者達に何をする! おのれぇ、愚民の分際で……」

怒り狂うゾルヴェイン。
ただのボンボン貴族ならならこの時点で怯え縮み上がるはず。
ということは偉そうな態度をできる程度には何らかの力を持っている……?

>「ぬん!」

私が地道に瓦礫を動かして作業するまでもなく、ソロモンの魔法一発で、出口は瓦礫で塞がれた。
飽くまでもこの世界の魔法がナナシに対して通用しないから異世界の勇者に頼っているのであって、
ソロモンは普通に戦ったら超高位魔術師なのだろう。
逆に、この世界にはこのレベルの者がうようよいるのだとしたら恐ろしすぎる。

>「……まだ瓦礫が必要か?」

「いやはや、そなたは勇者召喚までも出来る魔術師だったな。私が出るまでもなかったようだ」

ソロモンは先程貴族のおっさんことゾルヴェインをたしなめていたが、これ程の力を持ちながらいまいち強く出きれない様子。
かといって、ゾルヴェイン自身ははっきり言ってただ偉そうなだけのおっさんにしか見えない。
バックに相当ヤバい権力がついているのかもしれない。
詳しい事情までは分からないものの、私はソロモンの置かれた板挟みの複雑な立場をなんとなく察した。

>「……勇者達は、召喚の影響で少々混乱しているようだ。ゾルヴェイン伯、彼女に代わり私が謝罪しよう」

ノインの言動はやはり私達と同じ立場の異界の勇者というよりはこの世界側の者の感覚に近いように感じるが、
頭を下げて謝罪しているノインをよく見ると私を庇うための言葉であることがそれとなく伝わってきた。
いくら先に召喚された先輩勇者といっても、この世界での立ち回りを心得過ぎているような気もする。
異界から召喚した者を虫けらのようにしか思っていないゾルヴェインも、ノインの意見には一応耳を傾ける様子も見られた。
0078ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/07/12(金) 08:46:14.50ID:XUspIf3u
>「……ふん! まあ、今回は英雄たるソロモン殿の顔を立てて寛大にも許すとしよう!おい、行くぞお前たち!」

「……助けられてばかりだな。今後は軽率な行動は慎むとしよう」

と、先程までブレイヴと会話していたいとりが、魔法で作ったらしいいぶし銀なピンバッジを渡しにきた。

>「これを持ってる人同士の間で、テレパシー……って通じるかな。心と心で会話できるようになる、魔法のバッジだよ。
 とりあえず、今回一緒に来た人たち向け。
 あ、勝手に思考が漏れたりはしないから安心してね」

「君の魔法はそんなことも出来るのか! 凄いな……。有難く貰っておこう」

同時に似たような世界から召喚されいとり嬢は、一番私と感覚が近そうである。
……いとりに怒られそうだから口には出さないが、魔法少女仲間でもある。
今回みたいな偉そうな輩が現れた時に内緒で愚痴を言い合うのに丁度よさそうだ。
一方のブレイヴは、ソロモンの横を素通りし、馬車の方へ向かう。

>「ブレイヴ、無事じゃったか……」
>「ブレイヴ…?」

出発を急ごうとしていたらしきブレイヴに、ノインが声をかけて引き止める。

>「ブレイヴ。廃村とはいえ屋根と壁が有れば雨風は凌げる。それに、寛大な伯の事だ。配下や客分の者に毛布の一つも提供してくださる筈だ」
>「先を急ぐ気持ちは判るが、今は屋内で少しでも体を休めるべきであろう」
0079橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/07/12(金) 08:47:13.86ID:XUspIf3u
夜になると、ゾルヴェインとその配下達は呑気に酒宴を開きどんちゃん騒ぎをしはじめた。
一方、ノインは一人で寝ずの番をしている。
私はバッジを通じいとりに内緒話をする。

(やれやれ、お互い大変なことに巻き込まれてしまったな……。
ただソロモン殿やノイン殿は悪い人間ではないと思う。
私は彼らと共にナナシとやらと戦いながら帰る方法を模索しようと思う。
闇雲に動いたところで帰れるとも思えないしな。
ソロモン殿は召喚の術式が使えるなら送還の術式が使えても不思議はないだろう。
私はノイン殿からいろいろ聞いてみるとしよう、彼は異界から召喚された者の中でも特殊な立ち位置なのかもしれない。
そなたはソロモン殿とお喋りしてみてはどうかな)

というわけで、私は寝ずの番をしているノインに声をかける。

「ノイン殿、一人で番は大変だろう。昼間は何度も世話になったな、改めて礼を言うよ。
私達より以前に召喚された、と言っていたがこの世界に来てかなり長いのか?
いや、随分とこの世界のことに精通していると思ってな。
それにソロモン殿の信頼も厚いように見える」

もしかしたら、彼がこの世界に召喚された最初の異世界人なのかもしれない、等と思う。

「今回の儀式で召喚されたのは私といとり嬢の二人のようだが以前に召喚された勇者達も大勢いるのか?
彼らは今も各地でナナシと戦っているのだろうか。
そういえば……ブレイヴ殿は何者だのだろう。
ソロモン殿は“こちら側の人間”と言っていたがこの世界の人間でもナナシと戦える能力を持つ例外もあるのだろうか」

答えが返ってきたらもうけもの、ぐらいの気持ちでとりとめもなく疑問を口にする。
0080大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/07/22(月) 08:40:08.03ID:mYIPSjEj
「うー」

ごろごろ。丸まった毛布が転がる。

「ううー」

ごろごろごろ。毛布が部屋の反対側に転がる。

「うううー」

ごろごろごろごろ、ごろ。

「う゛ー」

毛布に包まったあたしは呻く。
ここは、今日の滞在場所である廃村の一角、小さな小屋。
何とか夜風と露をしのげる程度の屋根と壁があるのと、騎士団の皆々様がもっと大きな屋敷に行ったのを幸い、
唯一の女子であることを主張して、一人で寝る場所を確保したのはいいものの。

「……寝れない」

のんびり安眠、としゃれこむには今日はいろいろありすぎた。
例えばそれは召喚の事……もそうなんだけど、それよりもどうにも頭に引っかかる顔が二つある。
一人は、ブレイヴと名乗った青年。
もう一人は、名前を覚えたくもない、あのハゲ髭伯爵殿。

「何考えてんだかよく分からなかったわね、あいつ……」

と、言ったのは二人のうちの髪のある方について。
つまりブレイヴのことだ。

「最初は喧嘩売られてるのかと思ったけど」

人の顔がかわいくないだの胸が平たいだの……あ、思い出したら腹立ってきた。
顔はかわいいし胸はこれから未来があるんですーっ。
……こほん。

「『4つから1つを選びたくない』は、まあ縁起の問題としてわからなくもないけど……」

4は死につながる、ってこの世界でもあるのかな? 明らかに日本語の語呂だけど。

「……『兄さんと呼ぶな』、かあ」

その呼び方に、何か嫌な思い出でもあるのだろうか。妹さんと喧嘩したとか?
あるいは。

「……妹じゃない誰かに兄さんって呼ばれたくない、あたりかなあ」

その場合妹さんはどうなっているのか。あまり考えたくなかった。
0081大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/07/22(月) 08:50:57.68ID:mYIPSjEj
さて、みんな大好きハゲ髭伯爵殿への苦情のお時間です。
拍手でお迎えください。

「ノインさん、伯は客分には毛布ぐらい提供してくれるみたいな事言ってたけどさ。
 ……ほんっとーに毛布一枚しか提供しないとかどーなってんの、もう」

いやまあ、理屈ではわかるんだけどさ。
移動中にふかふかのベッドとか用意できるわけもない、とか。
何人来るかもわからない『勇者』のために余計な物資を大量に用意なんてできない、とか。
……そもそも向こうは、あたしたち『勇者』を対等な相手として見ていない、とか。

ハゲ髭伯爵殿の言葉が脳裏によみがえる。

>「そもそも、愚民の意志などに何の価値が有ると?奴らは感情で動く愚かな動物。故に、我々貴族が躾け、導いてやらねばならんのだ」
>「慈悲を見せても、奴らはつけあがるだけだ。与えた慈悲で我々に刃を向けるからこそ、愚民なのだ」
>「魔族のゴミ共よりは多少マシとはいえ、異界の勇者とて貴族でないのなら、それはやはり力だけの愚民に過ぎん」
>「なれば、無関係などではなく我々に従うのが当然!むしろ世界救済の一助に成れる事を感謝するべきでしょうな!がはははは!」

「ハァ……」

溜息物だ。

「……三流がほざいちゃって。
 そういうのを聞こえるように言っちゃうから、ダメなのよ」

眠気はすっかり覚めていた。

「……散歩でも行こ」

あたしは毛布から這い出ると、その足で村で一番大きい屋敷に向かった。
……うう、夜風が沁みる。へっくちん。
0082大饗いとり ◆YJfoeYWkts 垢版2019/07/22(月) 08:59:55.98ID:mYIPSjEj
夜風の猛烈な歓待を受けながら村の中を歩いていると、ベルさん……じゃないや、鐘さんから思念通話が入ってきた。
こちらも思考を調整してお返事する。

>(やれやれ、お互い大変なことに巻き込まれてしまったな……。

(うん。あたしも元の世界では色々やってたけど、このレベルで大変なことはさすがになかったね……)

>ただソロモン殿やノイン殿は悪い人間ではないと思う。

(そだね。ソロモンさんやノインさん「は」悪い人じゃないと思う。……あ、もちろん鐘さんもね)

>私は彼らと共にナナシとやらと戦いながら帰る方法を模索しようと思う。
>闇雲に動いたところで帰れるとも思えないしな。

(あたしもそんな感じかなー。やみくもに動いて帰れると思えない、ってのは同感だし)

>ソロモン殿は召喚の術式が使えるなら送還の術式が使えても不思議はないだろう。
>私はノイン殿からいろいろ聞いてみるとしよう、彼は異界から召喚された者の中でも特殊な立ち位置なのかもしれない。

(あー、確かに。現状唯一の帰る方法の可能性、って感じだね。
 ノインさんは……どうなんだろう。確かに色々知ってそうだし、なんか聞けたら教えてね)

>そなたはソロモン殿とお喋りしてみてはどうかな)

「……うん、ちょうどついたところ」

最後の返答を口に出して、思念通話を切る。
目の前にはソロモンさんがいた。
ちなみに、騎士団の皆さんの溜まり場からソロモンさんの寝床にたどり着くまではいとりちゃんの小冒険があったのだが……。
その辺りは省略。あんまりおもしろい話でもないし。

「夜遅くごめんねー、ソロモンさん。寝てたかな。
 ちょっと眠れなくて……女の子の夜のお話相手になってくれない?」

相手によっては事案だが、ソロモンさんは見た感じすごくお爺ちゃんだ。そういう心配はないだろう。

「……あの伯爵殿に怒ってくれて、ありがと。
 あいつだけだったらここはそういう世界なんだ、って思ってたかもしれないけど、ソロモンさんのおかげでちょっとだけ安心できた。
 まあ、ここがそういう世界だって可能性は消えてないけ……ど……」

これ、そもそもここの世界の住民のソロモンさん相手には割と失言。
あはは、という乾いた笑いでごまかすが、明らかにごまかせてない。すぐにため息が続いた。

「……ごめんね。ほんとは、あたし達の方がちょっとでもこっちの流儀に合わせるべきなんだろうけど。
 でも、ああいうのは……ちょっとね。聞いてられなくて」

空気がだいぶ重くなってきた。
ごまかす!ごまかされて!

「そ、そういえば! 勇者ってあたし達以外にもいるのかな?
 あ、あたし達っていうのはあたしと鐘さんとノインさん、あと一応ブレイヴさんの事だけど」
0083ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/07/26(金) 00:48:26.58ID:ioyX8oZJ
『ブレイヴ、無事じゃったか……』

「戦況を心配する必要は無いと言った」

『ブレイヴ…?』

「馬車のシートを寝床にする心算だったが、気が変わった。
 やはり、周辺の斥候に出よう。本隊の出発までには戻る」

『ブレイヴ。廃村とはいえ屋根と壁が有れば雨風は凌げる。それに、寛大な伯の事だ。配下や客分の者に毛布の一つも提供してくださる筈だ』

「不要だ。俺は、奴の配下でも客分でもない」

『先を急ぐ気持ちは判るが―――』

「―――俺は、嘘が嫌いだ。それ以上は言うな、のいのい」

休息を求めて廃村に入って行く部隊を背にした俺は、王都へと続く街道に向かう。

「……征くぞ、メンチ」

素知らぬ顔で移動手段の馬を一頭、失敬していた。
俺に逆らう意思を見せれば、非常食にするまでだ。
0084ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/07/28(日) 09:04:31.60ID:jiYuFExp
夜。廃村にて。
ソロモンはゾルヴェイン達の宴会への参加は拒否していた。
彼がいるのは馬小屋の中である。
パイプを吸いたいと思ったが、先客に遠慮して控えることにした。
先客とは、ゾルヴェイン達が連れてきた馬達のことである。
ソロモンはシュッ、シュッと口から鋭い空気を出すと、馬もまたシュッ、シュッと答える。
ソロモンは馬が好きだった。今でも頻繁に乗馬を嗜んでいる。
ゾルヴェイン達が連れてきた馬のたてがみを撫でながら、ソロモンは考えた。
斥候と称して行ってしまったブレイブのことである。
ブレイブは間違いなくこちら側の世界の人間だ。そして同時に勇者でもある。
何故ナナシにダメージを与えることができるのか不明だが、その秘密を共有すれば勇者召喚は必要なくなるはずだ。
しかしソロモンには、おそらくブレイブにそのつもりは無いのではないのかと思われた。
さて、どうするべきか………
天井を見上げたソロモンの瞳は、屋根を透視し星空を眺める。
今夜も星の海の中に答えは見つかりそうもない。

>「夜遅くごめんねー、ソロモンさん。寝てたかな。
> ちょっと眠れなくて……女の子の夜のお話相手になってくれない?」
「おぉ、イトリか。構わん、入りなさい」
ソロモンはちょっと意外そうな顔をしてイトリを招き入れた。
何か問題でもあったのだろうか?……と、ソロモンの悪いクセは真面目に考えすぎることである。
>「……あの伯爵殿に怒ってくれて、ありがと。
> あいつだけだったらここはそういう世界なんだ、って思ってたかもしれないけど、ソロモンさんのおかげでちょっとだけ安心できた。
> まあ、ここがそういう世界だって可能性は消えてないけ……ど……」
ああ、その件か。ソロモンはゾルヴェインの言葉を思い出して渋い顔をした。
ソロモンとしては申し訳なさを示そうとした神妙な顔つきだが、イトリには違う意味に見えたらしい。
>「……ごめんね。ほんとは、あたし達の方がちょっとでもこっちの流儀に合わせるべきなんだろうけど。
> でも、ああいうのは……ちょっとね。聞いてられなくて」
「そうじゃろうとも。本当のところ、イトリもショウと同じように元の世界に帰りたいと考えておるのじゃろう?」
「じゃが、一つ忠告しておく。元の世界に戻る方法はまだ確立されておらん」
「たしかにわしは異世界間の召喚をしておるが、今のところ元の異世界に確実に戻せたかこちら側から確認する方法がないのじゃ」
「簡単に言えばショウの世界にイトリを返してしまうことになりかねん」
「ゆえに元の世界に返してあげようなどと言う者がいたら警戒した方がよい。厄介払いをしたいだけかもしれんからのう」
そう言ったソロモンは、率直に言いすぎたなと思った。
事実、目の前のイトリは動揺しているようにも見える。
しかしハッキリ言っておいた方が良いだろう。
もしもゾルヴェインが勇者達をつれていくならば、自分はお払い箱になるのだろう。
そうなれば王立魔法協会に戻って、次の勇者召喚に備えなければならない。
一緒にいられるのは今夜が最後だ。
「イトリよ、ゾルヴェインの態度はともかく、勇者に協力するというのは本当じゃ」
「王都へ行けば、旅に必要な装備と当面の生活は王立魔法協会が保証する」
「イトリよ、改めてお願いしよう。わしのためではなく、ましてやゾルヴェインのためではなく、この世界の弱い民のために、この世界を救ってほしい」
ソロモンはそう言ってイトリの前に跪いた。

重い。空気が重い。
イトリは別の話題をふることにしたようだ。
>「そ、そういえば! 勇者ってあたし達以外にもいるのかな?
> あ、あたし達っていうのはあたしと鐘さんとノインさん、あと一応ブレイヴさんの事だけど」
「お?おぅ……」
ソロモンは立ちあがって答えた。
「今この世界の各地で魔法使い達が勇者の召喚を試みている。わし自身も以前に何度か勇者召喚をしてきた」
それはつまり、勇者はイトリ達だけではないということである。
「そういえば奇妙な男がおってのう…自分の事をサイエンティストだのシャチョウだのと言っていた男がいたが、言葉の意味がわかるか?」
ソロモンは首を傾げている。どちらも聞いたことがない言葉だ。
「その男は、自分は非戦闘員だと言ってこの世界で商売を始めてしまった。そのうち出会うかもしれんのう」
0085ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/08/04(日) 18:39:16.73ID:tW+IicbK
夜闇の中、五感を研ぎ澄まし周囲を警戒していたノイン。
その耳が一つの足音を捉える。
目線だけを音源へと動かしてみれば、そこに居たのは

「……橘川か。お前が来訪者とは、意外だな」

橘川鐘。『本』を力の根源とする異界より現れた勇者が一人。
……正直なところを言えば、ノインは橘川が自分の元へと訪れる可能性が一番低いと踏んでいた。
それは、これまでの道中に見えた彼の善性が故の事。
不条理に対し怒る事が出来、権力に容易く屈さない彼の姿勢は、ノインというこの世界寄りの判断基準を持つ存在を良く思う事は無い筈だと、身勝手にもそう推測していたのだ。
けれど、ノインの予測に反して彼はやってきた。
そして、これまでのノインの不遜な態度など気に留める様子すらみせず、気安い様子でノインへ声を掛けて来たのである。

>「ノイン殿、一人で番は大変だろう。昼間は何度も世話になったな、改めて礼を言うよ。
>私達より以前に召喚された、と言っていたがこの世界に来てかなり長いのか?
(中略)
>そういえば……ブレイヴ殿は何者だのだろう。
>ソロモン殿は“こちら側の人間”と言っていたがこの世界の人間でもナナシと戦える能力を持つ例外もあるのだろうか」

橘川の口から矢継ぎ早にぶつけられるのは、ノインへの質問。
とりとめもなく語られる質問を暫くの間目を閉じ聞いていたノインは、橘川の方へと向き直ると

「――――不敬極まりない。何時、私がお前に、会話をする許可と私を目で見る許可を与えた」

その喉元に、手刀を向けた。
不意打ちと言っても良いその攻撃は、吸い込まれる様に伸び……橘川の首に僅かに触れ、止まった。
そのまま暫しの沈黙が流れ、やがてノインが手を引き、口を開く。

「……ほんの座興だ。お前が余りに私に警戒していないようだったのでな。この世界には先の私の発言の様な思想を持っている貴族も居ると、覚えておくといい」

そう言ったノインは、ここが廃村になる前に伐採された木の切り株の一つに腰かけると、橘川にも最寄りの切り株に座るよう促す。
0086ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/08/04(日) 18:39:48.21ID:tW+IicbK
「さて……質問だったな。良いだろう。橘川、お前の問いに幾つか答えよう」

そうして、脚に肘を乗せ顔の前で手を組むとノインは滔々と語りだす――――

「まず、私がこの世界に何時から居るかについてだが――――結論から言えば、8年前からだ」

「お前達は知らぬだろうが、この世界の『勇者召喚の儀』というのは、一度遺失している技術だ」
「今でこそ、対価さえ正しく用意出来ればある程度安定して機能する様になっているが、最初期の試行ではそうでは無かった」
「不完全な伝承から再現した儀式は、何も召喚出来ないのであればまだ良い方で、人の形を成していない肉塊が召喚されることも茶飯事であったと聞く」
「何度もの試行が行われ……8年前に、私は2番目の『成功例』としてこの世界に呼び出されたのだ」

それを語るノインの声に感情の色は見えない。
突き当りに照らされた、背筋が凍る程に整った容貌は、まるで書物に描かれた文字の様に淡々と言葉を続ける。

「8年も過ごせば、権力との縁も出来る。まして私は、ナナシ討伐を果たす力を持つ。時間と技能があれが、ある程度の地位を確立するのは難しい事ではなかった」
「魔術師ソロモンと出会ったのは、その権力闘争の最中だったか……警告しておくが、奴は善人だが聖人ではない。余り信用し過ぎるな」

そこで数秒ほどの沈黙を作り出した後に、ノインは再度口を開く。

「他の勇者については、『召喚された者は複数居る』。だが、現状何処で何をしているかは知らん」
「国家に不満を持つ異邦の戦力を一ヶ所に集めれば、それは必ず反乱の火種となる。それを避けるのは常道と言える故、当然の情報統制と言えよう」
「それ以外の問いに関しては――――今は回答を控えさせて貰おう」

橘川が召喚されてから今までに見た事も無い程に饒舌に語るノイン。
彼らしくないが……しかしそれには理由が有った。それは、この会話が、この後に告げる言葉を正しく理解させる為の前振りであるから。

「さて、ここまで回答したのだ。お前には、これから私が語る言葉をその記憶に刻んで貰おう」

小さく息を吸い

「王族に気を付けろ――――この世界の勇者は、家畜だ」
「そして、家畜には得てして『首輪』が嵌められているものだ」

ノインは、そう告げた。
あまりに抽象的で、相手に伝える意図を放棄した言葉。
だが、ノインはその言葉について質問も反論も受け付ける事無く
「私は廃村の反対側を見張ろう。この場の夜警はお前に任せる」
と言い、そのまま立ち上がると、廃村の反対側へと歩を進めて行く。

夜が明ければ、馬車は旅立つ事だろう。
0087ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/08/04(日) 18:40:39.01ID:tW+IicbK
――――――

ゾルヴェイン達は酒宴を繰り広げ、今はその誰もが酔いつぶれ眠りの中に居た。
廃村の屋敷の裏庭……其処に立つ二人を除いて

――――だ、だが本当に上位貴族を紹介してくれるんだろうな? 伯にバレでもしたら、俺の様な弱小貴族は
――――そ、そうだよな。ああ、分かった。アンタの言う通りにするよ。

――――へ、へへ……そうだ。勇者共が少し減ったくらいで、戦況なんて変わりやしないさ。それなら……



不穏な語らいは夜の帳に覆い隠され、誰の耳にも届く事は無かった……。
0088橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/08/04(日) 20:06:22.54ID:uyN0sHA6
>「――――不敬極まりない。何時、私がお前に、会話をする許可と私を目で見る許可を与えた」

ノインは私の質問を黙って聞いていたかと思うと、突然こちらに向き直り、
ハゲ男爵以上に典型的な偉そうな権力者めいた台詞を言いながら手刀を放ってきた。
ベルの時ならともかく、ただのおっさん状態の私では成す術もない。

「――!?」

しかし、その手刀は私の首に僅かに触れると止まり、暫し沈黙が流れる。

「ノイン殿……?」

>「……ほんの座興だ。お前が余りに私に警戒していないようだったのでな。この世界には先の私の発言の様な思想を持っている貴族も居ると、覚えておくといい」

「この世界にはナナシの脅威以外にも色々と物騒なことがあるのだな……よく覚えておくよ」

>「さて……質問だったな。良いだろう。橘川、お前の問いに幾つか答えよう」

駄目元で言ってみた質問にいくらか答えてくれるようなので、促されるままに切り株に座る。

「まず、私がこの世界に何時から居るかについてだが――――結論から言えば、8年前からだ」

「そうか、8年も前から……」

思ったよりも前から勇者召喚は試みられているようだ。

>「お前達は知らぬだろうが、この世界の『勇者召喚の儀』というのは、一度遺失している技術だ」
>「今でこそ、対価さえ正しく用意出来ればある程度安定して機能する様になっているが、最初期の試行ではそうでは無かった」
>「不完全な伝承から再現した儀式は、何も召喚出来ないのであればまだ良い方で、人の形を成していない肉塊が召喚されることも茶飯事であったと聞く」

「なんと……」

儀式が確立されていない頃は召喚された時点で自らの死因すら認識しないまま犠牲になった者も少なくなかったのだろう。
しかし考えてみればそれは訳の分からないまま召喚されてナナシと戦って戦死した者も同じ――
むしろそれと比べれば何の恐怖もなく一瞬で死ねただけマシとすら言えるのかもしれない。

>「何度もの試行が行われ……8年前に、私は2番目の『成功例』としてこの世界に呼び出されたのだ」

「なるほど、2番目だったのか……いや、もしかしたら最初かと思っていたのだが
どちらにせよ当時の貴重な成功例だったのだな」

目の前にいる人物が2番目だったと聞くと、じゃあ最初は誰だったのだろうと気になってしまうのが人の性である。
0089橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/08/04(日) 20:07:49.03ID:uyN0sHA6
>「8年も過ごせば、権力との縁も出来る。まして私は、ナナシ討伐を果たす力を持つ。時間と技能があれが、ある程度の地位を確立するのは難しい事ではなかった」
>「魔術師ソロモンと出会ったのは、その権力闘争の最中だったか……警告しておくが、奴は善人だが聖人ではない。余り信用し過ぎるな」

「そうか……」

ソロモンとノインの間には特殊な契約があるのではないか、
あるいは互いに信頼し合う相棒同士だろうかと勝手に想像を巡らせていた私は、微妙な相槌を打つ。
二人の関係性は権力闘争の最中に出会った普通の味方同士、それ以上でもそれ以下でもないということだろう。

>「他の勇者については、『召喚された者は複数居る』。だが、現状何処で何をしているかは知らん」
>「国家に不満を持つ異邦の戦力を一ヶ所に集めれば、それは必ず反乱の火種となる。それを避けるのは常道と言える故、当然の情報統制と言えよう」
>「それ以外の問いに関しては――――今は回答を控えさせて貰おう」

もっと知っている情報があることを仄めかしつつも、今回の回答タイムはここで終わりのようだ。

「いや、今はそれで充分だ。かたじけない」

彼から見れば出会ったばかりの私が信用できるとも限らないし、
この世界の事情に通じている彼が今はまだ黙っている方がいいと判断したのなら無理に聞き出す必要も無い。
もし知る必要があれば時が来れば知る事になるのだろう。

>「さて、ここまで回答したのだ。お前には、これから私が語る言葉をその記憶に刻んで貰おう」

そこで空けられる絶妙な間に、一体どんなことを告げられるのかと身構える。

>「王族に気を付けろ――――この世界の勇者は、家畜だ」
>「そして、家畜には得てして『首輪』が嵌められているものだ」

首輪という意味深な言葉がこころなしか強調されているように感じた。
単に抽象的な意味なのか、それとも魔法的な力によって監視されているのか
監視どころではなく呪いに近いようなもっと恐ろしい魔法がかけられているのか――
0090橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/08/04(日) 20:08:42.64ID:uyN0sHA6
「首輪とは……?」

首輪の意味について具体的に聞こうとしたが、ノインには聞こえなかったようだ。
あるいは――敢えて聞こえない振りをしたのか。

>「私は廃村の反対側を見張ろう。この場の夜警はお前に任せる」

「分かった――」

一人になった私は辺りを警戒しつつ、いとりとの情報共有を開始する。
尤もいとりがこちらに彼女が得た情報を伝えるかは彼女の側が気が向けばだが。
まずは一通りこちらが得た情報の概要を伝える。

(……と、大体こんなところかな)

そして、最後に告げられた意味深な言葉をそのまま伝える。
そういえばいとりの魔法少女としての姿は王を模した姿だったな、と思いつつ。

(そういえば最後にこんなことを言われたよ。
”王族に気を付けろ――――この世界の勇者は、家畜だ”
“そして、家畜には得てして『首輪』が嵌められているものだ”
……『首輪』が嵌められているってどういうことなんだろうな。物騒な呪いでもかけられていなければいいんだが)

そんなことをしている間に夜は明け――
0091ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/08/04(日) 20:09:53.46ID:uyN0sHA6
ティンカーベルと化した私は馬車の上を飛び回り魔法の粉を振りかける。
昨夜皆の制止を振り切り一人で出発してしまったブレイヴに追いつくのは空を飛んでいくのが最短ルートだ。
ちなみにこれによってメルヘンチックな空飛ぶ馬車が顕現するのか、
馬無し馬車(もはや車?)だけが空を飛ぶシュールな光景が展開されるかは、馬の気分次第だ。

「さて、早いところブレイヴ殿に追いつかないとな。一人で化け物に襲われていなければいいのだが」
0092ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/08/16(金) 08:45:58.66ID:wqszzdY9
夜が明ける。ゾルヴェイン達と勇者一行は王都へ行くべく準備を始めた。

ベルが金色の粉を馬車へふりかけた。
狼狽する馬に、ソロモンがシュッシュッと声をかける。
「わしが御者をしよう」
馬達は徐々に落ち着きを取り戻し、馬車はゆっくりと氷の上を滑るように空を飛び始めた。

出発した直後は森や川や農村ばかり見えていたが、しばらくすると周りを城壁によって囲まれた都市が見えてきた。
あれがタルタロス王国の都だ。もう少し近づくと城壁の周りには無数のテントがあることがわかる。
「あれはゲヘナ帝国の難民達じゃよ」
ソロモンは説明した。
崩壊聖術バベルはゲヘナ帝国の領内で発動した。
そして、ナナシはバベルの発動地点から出現した。
よって、真っ先に襲われたのはゲヘナ帝国の生き残りの魔族達だったのだ。
その後彼らの一部は決死の脱出を行い、相対的に安全なタルタロス王国に逃れてきたのである。
「彼らは王都には入れない。気の毒じゃが……」

ソロモンが王都からはるか離れた彼方へ指をさした。
その方向に、白い霧に包まれた何か巨大な、あまりに巨大なものが確かにある。
「わしの目にも、あれが一体何なのかわからない。しかし、ナナシと何かしら関わりがあると考えるのが妥当じゃろう」
「何度も勇者達を含めた調査団を派遣したが、今のところ誰一人として生きて帰って来とらん」
「ケプラー観測所によれば、あれはゆっくりじゃが確実に王都へと迫っておる」
「当面の生活は王立魔法協会が保証すると言ったな?じゃが、それもあれが王都へ到達するまでの間じゃ」
0093ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/08/25(日) 21:50:21.39ID:VYgE9BW6
旅路は順調そのものであった。
出発時に橘川が馬車に能力を行使した事により、一時的に馬が錯乱するといった出来事はあったものの、ソロモンの技巧により大事には至らなかった。
また、能力行使の結果として道なき道を往く事となり、旅路は想定よりも随分と短い日数とする事が出来た。

「ノイン殿。ティンカー……なんとかという奴の、この術はどれくらいの範囲で使用できるのだ?」
「……。私は存じませんが、鱗粉のようなモノで行使しているとみえるので、軍の作戦に適用出来る程の範囲ではないでしょう」
「ふん、成程。それなら魔族共を荷馬車代わりに使い潰した方が有用か……」

そして、道中が順調であるが故に勇者としての役割は無く、結果、貴族として他の勇者達とは別の馬車に乗せられたノインは、
対面の座席に腰掛けるゾルヴェインの戯言に、適当な相槌を打つ時間を過ごす事となっていた。

そうして幾何かの時を過ごしていると、馬車の窓から見える景色が徐々に変わってきた。
木造りの村から石造りの街へ、そして、巨大な城壁へ。
他の勇者にとっては初めての。ノインにとっては嫌という程に見飽きたその都市。

タルタロス王国 王都『アガルタ』

古に伝わる英雄譚より名を取られたとされるその都市は、人類が窮地に立たされているとは思えぬ程に威風堂々と君臨している。
馬車を王都の関所の少し前に止め、地面へと足を下ろしたノインは、いとりや橘川達が健在である事を確認し、次いで都市を護る城壁の『外』へと視線を走らせる。

「……また、数が増えたか」

そこに在るのは、無数のテント―――そして、物陰に隠れ、怯える様にしてこちらの様子を見る異形の者達。
角の生えた者、眼が一つの者、薄青色の肌をした者、人に倍する体躯を持つ者。
総じて、この世界において魔族と呼ばれる存在。
一様に汚れ、痩せている彼等は、氷の様に怜悧な印象を持つノインと視線が合うと、小さく悲鳴を上げテントの中に逃げ込んでしまう。

>「あれはゲヘナ帝国の難民達じゃよ」
「フン、魔族のダニ共が。相も変わらず王都の前にたかりおって。さっさと戦地でナナシと諸共に死ねばいいものを」

どこか悲哀を感じさせるソロモンの声と、侮蔑の意が込められたゾルヴェインの言葉は耳に届いているであろう。
だが、それらに対して言い返す様子も無く、引き攣った笑みを浮かべるか、或いは俯き拳を握りしめる事しか出来ない様だ。

「……あの魔族達を救おうなどとは思うな。無意味だ」
「あれ等は、緊急時の壁として王都のシステムに組み込まれている。故に、お前達が何を言おうと状況は変わらぬ」

彼等の境遇に勇者たちが何らかの反応を起こす前に、ノインは小声で釘を刺す。
あの魔族達は、ナナシの様な外敵が王都へ攻め込んで来た際に、戦力が整うまで時間を稼ぐ為の贄なのだと。
王国がそう認識している以上、勇者達が救いの手を差し伸べた所で何も変わらないと。そう告げる。

>「わしの目にも、あれが一体何なのかわからない。しかし、ナナシと何かしら関わりがあると考えるのが妥当じゃろう」
>「何度も勇者達を含めた調査団を派遣したが、今のところ誰一人として生きて帰って来とらん」
>「ケプラー観測所によれば、あれはゆっくりじゃが確実に王都へと迫っておる」
>「当面の生活は王立魔法協会が保証すると言ったな?じゃが、それもあれが王都へ到達するまでの間じゃ」

次いで、ソロモンが語る白霧。王都に迫っているという正体不明の現象。
強力な外敵、不穏分子、怪現象。
……この世界の『人類』が如何に追い詰められているか、勇者達は、この僅かの説明を聞いただけでも体感する事だろう。
0094ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/08/25(日) 21:55:55.64ID:VYgE9BW6
と。話の最中にゾルヴェインの配下の騎士の一人が通行の手続きを終えたらしい。
騎士は、手続き完了の報告と共に、門番から受け取ったらしい黒封筒を、うやうやしくゾルヴェインへ手渡す。
受け取ったゾルヴェインは、なにやら呪文を唱えてから封筒を広げて読み始め、暫く読み進めると眉を潜める。

「……おい、この下知は確かなのか?」
「は、はい。魔法協会の上級封印紋が入れられておりましたので、確かかと」
「そうか……フン、であれば仕方ない」

部下との話を終えたゾルヴェインは、ノイン達の方へと向き直ると、自身の髭を撫でながら尊大に口を開く。

「勇者達よ、貴様達に朗報だ。この王国の宰相閣下が、貴様達と対面を望まれておる」
「明日の正午、召喚された勇者達は王城へ登城せよ」

突然の宰相からの呼び出しに、ノインも僅かに首を傾げる。
だが、権力者に呼び出された以上、たとえそれがどれだけ理不尽であろうと断る事は出来ない。

「勇者達の引率はソロモン殿にお願いする。あの男……グレイズ、だったか?奴も含め、くれぐれも一人たりとも欠けぬよう頼みますぞ」

そう言うと、ゾルヴェインは配下の騎士を引き攣れてぞろぞろと王都へと歩いていく。
騎士達の浮かれた様子を見るに、おそらくは酒に女にと、享楽に耽るつもりなのだろう。
彼等の背中が人ごみに消えるまで見送ってから、ノインは小さく息を吐いてから口を開く。

「宰相の呼び出しに着の身着のまま赴く訳にもいくまい。魔術師ソロモンよ。協会に勇者達の儀礼服の手筈を頼みたいが、頼めるか?」

そこで、勇者達へと僅かに視線を向けるノイン。

「それから……登城は明日の正午。であれば、多少なり心休める時も必要であろう」
「先に着いているであろうブレイヴを探すついでに、勇者達が王都を散策出来る時間を確保したい。その引率者として、貴殿にも同行して貰おう」
「資金は私が出す。勇者達よ。束の間の休息だが、望むように過ごすといい」

明日の正午までの短い時間であるとはいえ、ノインのこの提案は勇者達にとっても益の有るものとなるだろう。
召喚されてからこれまでの旅に次ぐ旅、十分な物資も、満足な食事も得られていない。
それらを補給する。或いは、この世界についての情報を得る為、勇者たちはどの様に時間を使うか――――それは勇者達の判断に委ねられている。
0095橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/08/27(火) 23:57:34.61ID:G9EjsKAZ
>「わしが御者をしよう」

最初は狼狽した馬たちだったが、ソロモンが難なくなだめ、空の旅が始まった。
流石は年の甲といったところだろうか。
やがてタルタロス王国の都が見えてきた。
関所の少し前で地上に降り立つと、何故か周囲には無数のテントがある。

>「……また、数が増えたか」
>「フン、魔族のダニ共が。相も変わらず王都の前にたかりおって。さっさと戦地でナナシと諸共に死ねばいいものを」

(ハゲ男爵め……魔族に親でも殺されたのか!?)

ハゲ男爵に何を言っても無駄なのは流石に学習済なので、いとりと悪口を言い合うのがせいぜいである。
魔族達は怯えるようにこちらを見ていたかと思うと、テントの中に逃げ込んでしまった。

>「あれはゲヘナ帝国の難民達じゃよ」
>「彼らは王都には入れない。気の毒じゃが……」

元いた世界のファンタジーものの創作物では、魔族の方が人間より圧倒的に強いイメージが一般的だったため、
人間が魔族を虐げているこの世界が意外に思える。

>「……あの魔族達を救おうなどとは思うな。無意味だ」
>「あれ等は、緊急時の壁として王都のシステムに組み込まれている。故に、お前達が何を言おうと状況は変わらぬ」

「緊急時の壁だって……!?」

もしも人間だったらいくら大勢いてもナナシの軍勢相手に一時しのぎの壁にもなるまい。
きっと、この世界の魔族も一般的なイメージに漏れず実際に戦ったら強いのだ。
それがこれだけ集まって叛逆を起こさないのは、彼らが叛逆の意思を持たないように
お偉いさん達が余程上手な統制?を行っていらっしゃるのだろう。
異能者であるゆえに壁の中に隔離された自分達と、魔族であるがゆえに壁の中に入れて貰えない彼らがどこか重なって思えた。
そして遥か彼方には、謎の白い霧の塊のようなものが見える。

>「わしの目にも、あれが一体何なのかわからない。しかし、ナナシと何かしら関わりがあると考えるのが妥当じゃろう」
>「何度も勇者達を含めた調査団を派遣したが、今のところ誰一人として生きて帰って来とらん」
>「ケプラー観測所によれば、あれはゆっくりじゃが確実に王都へと迫っておる」
>「当面の生活は王立魔法協会が保証すると言ったな?じゃが、それもあれが王都へ到達するまでの間じゃ」

「時間は無限ではないということか……」

すでに荒廃しきっている世界において、城壁に囲まれたこの王都が最後の砦のようなものだろう。
謎の霧が王都に到達する、それは世界滅亡を意味すると言って差し支えないのかもしれない。

>「……おい、この下知は確かなのか?」
>「は、はい。魔法協会の上級封印紋が入れられておりましたので、確かかと」
>「そうか……フン、であれば仕方ない」
>「勇者達よ、貴様達に朗報だ。この王国の宰相閣下が、貴様達と対面を望まれておる」
>「明日の正午、召喚された勇者達は王城へ登城せよ」
0096橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/08/27(火) 23:58:22.13ID:G9EjsKAZ
ゾルヴェインが門番から受け取った手紙を読み怪訝そうに再確認した後、仰々しく用件を告げる。
勇者が召喚されたら最初のイベントとして王やその側近に謁見に呼ばれるのは割と普通だと思うが、
ノインも不思議そうにしているのを見るに、この世界では異例のことらしい。

>「勇者達の引率はソロモン殿にお願いする。あの男……グレイズ、だったか?奴も含め、くれぐれも一人たりとも欠けぬよう頼みますぞ」

(流石はハゲ男爵様――間の二文字だけ正解だな)

いとりにしか聞こえない軽口を叩きつつ、ゾルヴェイン一行を見送る。

>「宰相の呼び出しに着の身着のまま赴く訳にもいくまい。魔術師ソロモンよ。協会に勇者達の儀礼服の手筈を頼みたいが、頼めるか?」
>「それから……登城は明日の正午。であれば、多少なり心休める時も必要であろう」
>「先に着いているであろうブレイヴを探すついでに、勇者達が王都を散策出来る時間を確保したい。その引率者として、貴殿にも同行して貰おう」
>「資金は私が出す。勇者達よ。束の間の休息だが、望むように過ごすといい」

「かたじけない。ではブレイヴ殿を探しつつ行くとしようか」

門から一歩出ればナナシの脅威が蔓延り謎の霧が迫っている危機的状況だというのに、
王都内はそれがどこか他人事のように賑わっており、一般的なファンタジーに出て来る王都というイメージそのものであった。
まずは道すがらの武器防具屋に寄って、ブレイヴから貰った剣を入れるための鞘を買うこととする。

「おやおや、変わった格好だねぇ」

「別の地方から来たばかりのものでな……ところでこの剣に合う鞘を探してほしいのだが」

刀身にとりあえず巻いていた適当な布をほどき、ブレイヴから貰った剣を見せる。

「魔法金属ミスリルじゃないかい! そんないいものをどこで手に入れたんだい?
お前さんそこまで腕利きの冒険者には……おっと失礼。これなんかどうかね」

「そんなにいいものだったのか……! 知り合いから貰ったものでな」

店主に勧められた鞘を買い、刀身をおさめる。
ここは堂々と武装できる世界だが、防具は鎧類は買わずにバックラー(小型の盾)を買うにとどめた。
BOOKS能力のオプションとして来ている服も変身時にどさくさに紛れて変化するが
空を飛んで機動力を武器に戦う関係上、あまり重い防具を装備するのは得策ではない。

(そういえばこの世界にはこの手の世界の定番の酒場兼宿屋のようなものはあるのかな)

この世界はほぼ定番のファンタジー世界のような雰囲気だが、時々定番どころを絶妙に外してくるので油断ならない。
そんな事を思っていると、“優しき止まり木亭”という看板が目に入った。
名前的にいかにもファンタジー世界定番の酒場兼宿屋っぽい。

「可愛らしい名前の店だな――入ってみようか」
0097ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/09/09(月) 18:05:31.95ID:vbIyQBca
久しぶりに王都へと足を踏み入れたソロモンだったが、どうにもそのまま王立魔法協会に行くのは気が進まなかった。
ブレイヴを探す必要があるし、子供のイトリをほっておくわけにもいかない気がしたからだ。
しかし、ノインから頼まれた儀礼服を用意する必要がある。
幸い、それは魔法協会に行かなくても容易に達成できる用事であった。
ソロモンが口笛を吹くと、白いフクロウがスーッと彼の目の前まで飛んできた。
ソロモンはスラスラと手紙を書き、魔法で封をしてそのフクロウに咥えさせる。
手紙の内容は儀礼服の件だ。
まもなく飛び立ったフクロウは魔法協会へ舞い降り、翌日の朝にはソロモンを見つけ出して儀礼服を届けることだろう。

さて、残る問題はブレイヴであるが、そもそも王都へ入ったのだろうか?とソロモンは考えた。
王都へ入るには当然ながら通行許可が必要であるが、彼はそんなものを持っていたのだろうか?
もしかしたら、城壁の外にある難民キャンプに紛れているのかもしれない、とソロモンは思った。
さて、そうなれば調べに行かないわけにも行かないが、イトリをどうしようかと考える。
そんな時にちょうど目にしたのは“優しき止まり木亭”に入っていったショウの姿だ。
彼にイトリを預けようか?そう思いソロモンも酒場へ入って行った。

「さて、ビールを一杯おごらせてもらえるかな?」
そういうとソロモンはショウと同じテーブルに腰をかけた。
ソロモンは率直に、さっきまで考えていたことをショウに話した。
ブレイヴを難民キャンプへ探しに行くつもりだ、と。
さて、実はこの時までイトリが通信手段を他の勇者達へ配っていることをソロモンは知らなかったのである。
0098ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/09/19(木) 00:08:13.86ID:aXJ+dPvE
勇者達とソロモンが各々の目的を果たす為に歩き去るのを見届けた後、ノインもまた歩き出す。
彼が進む先は……裏通りに在る一件の宿屋。
入口のドアは片方の取っ手が壊れたままとなっており、また一部に焦げた後がある。
また、透明度の低い窓も罅割れており、まともに掃除もされていないのであろう。窓枠には埃が積もっている。
客商売である宿屋としては、失格と言って良い店構え。
だが、ノインはそんな店の外装を気に掛ける様子も見せず、勝手知ったる様子で左手でドアを押し開け、店内へと進んでいく。

店内は外装と同じく薄汚い。
部屋を流れる空気は埃っぽく、床には空の酒瓶や食べ物のカスが転がっている。
表情こそ動かさないものの、漂う埃とアルコールの匂いに辟易としたのだろうか。
手近に有る窓に手を掛けようとして

「ちょっとちょっと、旦那。勝手に店内のモンをいじらねぇでくだせぇ。俺っちは明るいのが苦手なんでさぁ」

掛けられた声に手を止める。
振り返り視線を受付へと向けると、そこには顔色の悪い痩せぎすの男が一人。
椅子に座り、カウンターで頬杖を付くその姿は商売人にはとても見えない。
しかしノインは、男の態度に何も言う事も無くカウンターへと近づき、懐から金貨を二枚取り出すと男の前に突き出すとようやく口を開く。

「5泊だ。夕食付きを頼めるか」

ノインの言葉を聞いた男は、ほんの一瞬眉をピクリと動かすと、じとりとノインの顔をねめつけるように見てから大きく息を吐く。

『旦那、5泊で金貨二枚は貰い過ぎでさぁ』
「生憎銀貨を切らしていてな。代わりに食事の皿を増やしてくれ」
『構いやせんが、注文はありやすかい?』
「鴨肉の香草蒸しとベロニカ産のワインを」
『……。ウチで出せるのは豚肉が精いっぱいでさぁ。それと北方の町ベロニカは、とっくの昔に滅びちまいやしたよ』
「成程、それは残念だ――ならば他の店を当たろう。金貨一枚は迷惑料だ。取って置いてくれ」
『ありがてぇですが、流石に金貨は貰い過ぎでさぁ。埋め合わせに、出来立てのミートパイを食べていってくれやせんか?』
「肉は鼠肉か?」
『いんや、豚肉と鶏肉の合わせ肉ですぜ』
「ならば、折角の善意だ。いただくとしよう」

まるで、予め定められていたかのような会話のやり取りを終えると、ノインは店主から渡されたミートパイを一口齧るふりをしてから皿に戻す。
そして供え付きのハンカチで口元を拭う事を装いつつ、『ハンカチの下に隠されていた小さな紙』を自身の服の袖に仕舞うと、ハンカチを机へと戻し店を出る。
0099ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/09/19(木) 00:09:37.49ID:aXJ+dPvE
「……勇者ブレイヴが、無事に街へと辿り着いていた事は朗報だが」

裏通りの宿屋を出たノイン。
彼は目抜き通りにある喫湯店を訪れ、隅の席に腰かけて薬湯で口を濡らしつつ、小さな紙に書き込まれた文字に目を通していた。
紙には、複数の事柄が書き留めて有りその中の一部に目を通して見れば

・「優しき止まり木亭」の辺りを傷を負った見知らぬ男が歩いていた
・魔族の男達が深夜、北の教会に集められて何かしらの会合を行った
・北西部の前線を支えていた勇者が死亡した
・穀倉地帯で複数のナナシの目撃情報
・王党派の貴族であるラヴファ侯爵が突然の「病死」

他にも、ゴシップに近しい情報から、一般国民が知り得ない情報までもが雑多に記載されている。
そして……そのどれもがキナ臭いものばかり。
一頻り文章に目を通したノインは、軽く目頭を抑えてから紙を残った薬湯に溶かそうとし

「……あれは、イトリか」

喫湯店中から通りを見れば、其処には道を歩く、召喚された勇者――――大饗いとりの姿。
暫くの間何事かを考えていたノインであったが、やがて彼はすくと立ち上がると、店の前に差し掛かったいとりを呼び止める

「イトリ。この通りでお前が何をしているかに興味は無いが、ここで邂逅したのも何かの縁なのだろう」
「座興だ――この紙をお前に下賜しよう」

そうして、先程まで自身が眺めていた紙を半ば強制的に彼女へと手渡した。

「紙は好きに使うと良い。恐らく、お前ならば上手く扱えるだろう」――――お前からは、私と似た気配を感じるのでな。

後半の言葉を飲み込み口に出さず、伝えたいことだけを伝えると、ノインは再び自身の腰かけていた席へと戻っていく。

「ああ、その紙は使い終わったら燃やすか溶かすが良い。自身の身を焼かれたくないのであればな」

最後に背中越しにそう言い残して。
……この場でノインがこれ以上何かしらの情報を語る事は無い。
押し付けられた紙をどう扱うかはいとりの自由だが、立ち去るのが最も有効な時間の使い方であろう。
だが、無理矢理に話しかければ薬湯と菓子程度は御馳走する……かもしれない。
0100橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/09/20(金) 00:13:01.19ID:kwueGWu6
優しき止まり木亭に入った私達3人。ちなみにノインは別行動を取っているようだ。

>「さて、ビールを一杯おごらせてもらえるかな?」

「ではお言葉に甘えて」

ソロモンは、ブレイヴを難民キャンプに探しに行くからいとりを頼むという趣旨のことを語った。
王都へ入るには通行許可証が必要らしく、ブレイヴはそれを持っていないかもしれないという。
時刻は昼時に差し掛かり、客が増えてきた頃だ。
隣のテーブルの一団は、出所不明の噂をネタに会話に花を咲かせている。

「魔族達が深夜に北の境界で集会をしてたんですって!」
「きっと反乱の計画を立てているに違いないわ」
「きゃーこわーい!」

そこにウェイターがやってきて、注文されていたのであろう料理を置いて去っていった。

「さっきのウェイターさん、妙に傷だらけじゃなかった?」
「……皿でも割って一文無しで仕方なく働いて返してるのかしら?」

その言葉に、ウェイターの方を見る。バックヤードに戻り際に一瞬見えたその姿は―――

「あれは……ブレイヴ殿……?
ソロモン殿、もう少し待ってくれ。もう一度出て来るのを待って確かめてみよう」

見えたのは一瞬だったので、見間違えや他人の空似かもしれないが、
ソロモンが難民キャンプに行くのはそれを確認してからでも遅くは無いだろう。
0101ウェイター ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/10/03(木) 19:57:04.43ID:KaPkrgtb
【テンダー・バード・ストライク(T)】

『ウェイターさん。2名様、御来店よ』

「ランチタイムは若い女性客の数だけ報告しろ。それ以外は敵だ」

『……了解。敵影2』

「追い返せ」

『迎え撃ちなさいよ! 接客業なんだから』

几帳面なサリナは、余りがちなウェストの布地をエプロンで絞っている。
不足がちなバストサイズに合わせて制服を選択したが故の悲劇だった。

『さて、ビールを一杯おごらせてもらえるかな?』

『ではお言葉に甘えて』

大杖を携えた魔法使い風の老人は、厳格な佇まいに見えて好々爺といった風情だ。
刀剣と小盾を持つ中年は体形から察するに、おそらく戦士風のコスプレだ、アレは。

『おーい。8番席、来てるだろぉ! 何やってんだよサリナ!』

ヒルデは赤毛のツインテールを波打たせて、軽やかに奔走していた。
歌う様に喋る少女だが、発言内容はきつい。目尻の上がった視線もきつい。
サリナとは逆に身長とウェストで制服のサイズを決めている為、バストもきつそうだ。

『……ったく。聞いてんのぉ? バサシ・カルパッチョ、ハーフになってんぞ』

『5番テーブル、出すわ。ミィミィ、帰りに8番テーブル、寄って来なさい』

『ほーい。おばちゃんとこだー。ねーちゃんたちのメシは、どうすんの?』

「無論、そちらは俺が行く」

『いいけど、たくさんあるからって、つまみ食いすんなよー。もぐもぐ』

「先程から、お前が運んで行く料理の分量は減少傾向にある様だが」

『品質チェックのための"ケンショク"だよ? ぐもぐも』

『ミィミィちゃん〜?』

『……ぎくっ!』

ミィミィの喉元に、エリシャが地獄突きを炸裂させた。そのバストは豊満であった。

『もぐはっ!』

最年少のミィミィは低身長だ。
エリシャの担当であるキッチン側から見た場合、
喉はカウンター越しに狙撃可能な数少ない急所の一つだった。
0102ウェイター ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/10/03(木) 20:00:14.23ID:KaPkrgtb
【テンダー・バード・ストライク(U)】

「俺は地下へ逆行してウィスキーの品質チェックに向かう。
 適当なタイミングで後から合流しよう。戦況を心配する必要は無い。
 サリナ、俺が死ねば銀のトレーは消える……それが合図になる。フロアを頼む」

尚、死因は急性アルコール中毒だと思われる。

『許可できない。あなたが死ぬのは構わないけど、
 トレーが消えたら、その上の料理はどうなるの』

「スタッフが責任を持って、俺の墓に供えてくれ」

『それ、エリシャのラリアットで死にたいって意味?』

ミィミィが"検食"でうっかり全部食いした時のアレか。俺は天井を見上げた。
ランプ付きのシーリングファンが静粛に、かつ気怠そうに回っている。
遥か遠い星雲の二重連星に語り掛ける様にして、俺は答えた。

「……バストを使ったラリアットなら本望だ」

『ウェイターさん〜?』

エリシャの柔らかく穏やかな声で、俺の意識は星空から引き戻された。
木漏れ日の様な笑顔だ。目も笑っていたが、闘気だけは笑っていなかった。
湯気を立ち昇らせて次々に並んでいく料理を確認しつつ、オーダー票と照合する。

『愛憎たっぷり込めたお料理よ。冷めない内に、急いで持って行ってあげてね〜』

・テンダーデラックスパフェ
・冷製ジェノベーゼ
・冷製カルボナーラ
・ホースリエット(バゲット薄く切って)
・ガスパチョ
・ヴィシソワーズ
・フルーツサラダ(キウイだめ)

調理段階で込められていたと思われる形而上的な諸要素から推察するならば、
愛の冷め切った後に導出されたエレメントの具象的結実が、この推定・料理か。

『てめぇら、いい加減にしろよ! こっちは、てんやわんやだってのによぉ!』

ヒルダの担当する右舷では、4番の退席と入れ替わりで3番の着席。何れも三人組だった。
キッチンに懐疑の声を上げる機会を失った俺は、推定・料理の提供に7番へと向かう。
一次的に発声機能それ自体を失ったミィミィが、5番提供経由で8番の迎撃に出た。
0103ウェイター ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/10/03(木) 20:02:46.19ID:KaPkrgtb
【テンダー・バード・ストライク(V)】

『魔族達が深夜に北の境界で集会をしてたんですって!』
『きっと反乱の計画を立てているに違いないわ』
『きゃーこわーい!』

好都合な事に、7番は世間話に夢中な様だった。俺は気配を殺してブツを給仕する。
伝票の裏に"当店の提供料理はノークレーム・ノーリターン"の記述を仕込んで立ち去った。
8番のオーダーが通るまでの間、本来担務である調理補助という名目の食器洗浄作業を進める。

『おばちゃんとこ、おしまい! じーちゃんとおっちゃんはビールふたつ、だって』

生物学的常識を超越した回復力で、ミィミィの声帯は地獄からの帰還を果たしていた。

『おばちゃんがキャンディくれたんだー。生き返ったよー』

仮に、それが一般的に"のど飴"と呼ばれるモノだったとしても、その理屈はおかしい。

『だから、サービスでメシの量を多めで出してあげた』

食道の傷を案じて、つまみ食いの量を減らしたという意味か。自重して、あの有様か。

『でも、何でアイスコーヒー頼んでホットが出てくるの? って聞かれました。なーんでだ?』

「……その婦人は、おそらく愛の幻想に囚われた哀れな存在だ」

『わかった! ぶんなぐって目ぇ覚まさせてやる!』

ミィミィは俊敏に駆けて行く。ほどなくして優良客が一人失われた。
4番の会計を終えたサリナがキッチンに戻る。地味ながら最多の業務量だ。
手狭な空間でエリシャと並んで調理をする光景は、胸囲の格差社会の縮図だった。

『……あなた、悪い意味で場慣れしてるわね。前に飲食業でもやっていたの?』

「言った筈だ、サリナ。俺には過去の記憶が無い」

『家も仕事も無いくせに。馬車とワインの弁償、結局どうするつもり?
 アンジェラの風邪が治れば、いつまでも此処に置いておけないわ』

「良心的な出資者に心当たりがあれば、紹介して欲しい所だ」

『そう……一応、エレクトラに掛け合ってみる』

支配人のエレクトラは、そろそろドラゴンの牙と角の処分ルートを決めている頃合いだ。
仮に彼女が合法的に事を運ぶのであれば、俺に流れて来る金も合法的なモノになる。
0104ウェイター ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/10/03(木) 20:07:16.04ID:KaPkrgtb
【テンダー・バード・ストライク(W)】

『3番テーブル、"中将コース"、出るわ』

「連中の事は、来店時からマークしていた。ここは俺が――」

『――2番席、食い終わってるね』

颯爽と現れたヒルデが、コースの皿を奪い去った。
盗賊の手際で自身のトレーに乗せ、犬歯を見せる。

『どいてなよ、あの三人組は常連なんだ。あたしが行く。
 あんたはそっちでジョッキでも運んでな、気の利かねえ新人さん。
 きっちり料理のオーダー取って来なよ。ビールだけで粘られたらウザいからね』

『4番テーブル、片付いてない』

『戻りで引っ掛けるよ』

振り返ったサリナが、両手でペアの木製ジョッキを差し出している。
俺は片手で受け取った。3番では何故か、火の手が上がっていた。

『―――ちっ! 火事か! お退り下さい姫様。カナエ、対炎防護陣だ、急げ!』

『……落ち着きなさい、騒いでは皆の迷惑になりますよ。
 ルジュナは不慣れやもしれませんが、焼肉の席では、ままあること。
 これは脂の乗り過ぎた肉が勢い余って燃え盛り、火を消せなくなっただけです』

『お言葉ですがウンディーネ様。市井では、それを火事って言うんですよ』

『ふーっ。ふーっ。ほら、少々うぇるだんですが、きっと美味に違いありません』

『お言葉ですがウンディーネ様。市井では、それを炭屑って言うんですよ』

一般客に提供されるメニューは原則として、全てキッチンで調理済みだ。
常連客ともなれば、自らが卓上で調理する暴挙すら許されるというのか。

『……おい、新入り。濡れタオルと交換用の焼き網、持ってこい』

「常連の炭焼き師の対応は、気の利いた先輩に譲るとしよう。
 交換用の店舗を用意する必要が生じた場合は、呼んでくれ」

『てんめぇー! 今日のシフト上がりは、忘れられねぇ夕焼けにしてやるからなぁ!』

不憫なツインテール先輩の冗談を背中で受け流しながら、8番へとジョッキを運ぶ。
着席した老人と中年の様子は、他の客と違った。彼らは"店員"を待ってはいない。

「料理のオーダーを聞かせてもらおう。今週のランチはメンチカツ定食となっている。
 不幸な事故により当面ワインが品切れだ。焼肉は調理済みでの提供に限り承る」

―――左眼が痛む。俺は、ここ数日の経験から学習していた。
こいつは"人形師"の奴が反応しているサインだ。
奴(オレ)は、厄介事を警戒している。
0105ソロモン ◆92CEkz5Zs6 垢版2019/10/04(金) 19:00:14.11ID:s75npcB3
優しき止まり木亭でソロモンはビールが運ばれてくるのを待っている。
その時、ショウが何かに気づいてソロモンへ伝えた。
>「あれは……ブレイヴ殿……?
>ソロモン殿、もう少し待ってくれ。もう一度出て来るのを待って確かめてみよう」
「わしが厨房を透視してみよう」
ソロモンはそう言って試みてみたが、なぜか白い靄のようなものが視界を遮り、透視に失敗した。
この現象は以前にも体験したことがある。
ソロモンは神経を張り詰めた。これはナナシを透視しようとした時に生じる現象だ。
(まさか……ナナシが潜んでおるのか……!?)

その時である。
>「料理のオーダーを聞かせてもらおう。今週のランチはメンチカツ定食となっている。
> 不幸な事故により当面ワインが品切れだ。焼肉は調理済みでの提供に限り承る」
「ブレイヴ!」
ソロモンが叫ぶ。
「何をしておるんじゃ!?こんなところで!?いや、それよりナナシが……!」
そう言ってソロモンは再び厨房へ隠されたものを見抜く目を向けた。
しかし、今度は普通に厨房の様子を見ることができた。
個性的な面々がバックヤードで忙しく働いている様子だ。
「……気のせいか」
ソロモンはこめかみのあたりを指で揉んだ。
最近は気を張り詰めてばかりだったので、魔力が乱れているのかもしれない。

それより、ブレイヴである。
「ここはお主の店なのか?まぁ、よい。話すことがいろいろある」
ソロモンはそこまで言うと、ジョッキに入ったビールを一気に飲み干した。
「座るが良い。さもなければ……ビールをもう一杯頼む」
もしもブレイヴが(ビールを取りに行くかどうかはともかく)テーブルに座ったら、
ソロモンはブレイヴが不在の折にあった出来事を手短かに話すだろう。
0106橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/10/13(日) 21:19:30.26ID:KjoKTFEf
>「わしが厨房を透視してみよう」

厨房の透視を試みるソロモンだったが、上手くいかなかったらしく怪訝な顔をしている。

「どうかしたのか? まさか透視防止の結界が張ってあるとか……」

その時だった、いつの間にやら件のウェイターが料理の注文を取りに来ていた。
というかどう見てもブレイヴである。

>「料理のオーダーを聞かせてもらおう。今週のランチはメンチカツ定食となっている。
 不幸な事故により当面ワインが品切れだ。焼肉は調理済みでの提供に限り承る」

>「ブレイヴ!」
>「何をしておるんじゃ!?こんなところで!?いや、それよりナナシが……!」

「ナナシだって……!?」

>「……気のせいか」
>「ここはお主の店なのか?まぁ、よい。話すことがいろいろある」
>「座るが良い。さもなければ……ビールをもう一杯頼む」

ソロモンがブレイヴに今までの経緯を放すが、何故かは分からないがブレイヴはすっかり名も無きウェイターになりきっている。
まるで元いた世界のバラエティ番組で時々あった、『芸能人がレストランでウェイターをしていたら気が付くか』の企画みたいだ。

「ブレイヴ殿……そなた、やはり真顔で冗談を言うタイプか。
ドッキリは大成功だからそろそろ素に戻ってくれないか?
そなたは元々ここの従業員だったのか? それともまさか店主……?
まあいい、王城お呼ばれイベントが発生している」

ドッキリ大成功を告げてみるも、ブレイヴはこの客は一体何を言っているんだ、という顔をしている。
演技にしてはあまりにも上手すぎる。

「もしや……私達のことを覚えてないのか!?」

懸命に今の状況を説明してみるも、全く話が噛み合わず埒があかない。
この世界の権力者、それも宰相閣下に全員揃って王城へ登城するように命じられている以上、一人でも欠ければソロモンの立場がまずいことになりそうだ。
とりあえずは引っ張ってでも連れて行かねばなるまい。私は多少手荒な実力行使を敢行することにした。
0107ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/10/13(日) 21:20:43.11ID:KjoKTFEf
「話は後だ――行くぞ!」

ティンカー・ベルに変身した私はソロモンとブレイヴに魔法の粉をかけ、ブレイヴの手を引っ張って一目散に店から飛び出す。
厳密には私の粉をかけられた者が空を飛べるようになる条件として”空を飛べると信じる”というものがあるのだが、
元々魔法が存在するこの世界ではまず問題になることはないだろう。

「ゴルァアアアアアア! こっちは人手不足なんじゃぁあああああああ!!」
「ワインどうしてくれるんですかぁあああああああ!!」

などという怒声がしばらく後ろから聞こえていたが、いくら地べたをダッシュしたところで
飛行する逃走者に追いつけるはずもなく、程なくして難なく巻いた。
落ち着いたところで、ブレイヴから貰ったミスリルの剣を鞘から抜いて見せる。

「これを見てみてくれ――何か思い出さないか?」

あまり深い意味は無いが、記憶喪失の者から貰ったものを見せると記憶が甦るという展開は鉄板な気がするのでとりあえずやってみた。
0109ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/10/22(火) 23:40:58.83ID:X8GNJwza
いとりに情報の書かれた紙を渡したノインは、喫湯店にて6杯目の薬湯をズズと口に流し込む。
6杯。回数だけ見れば乾いた人であるかの如くだが、別段飲み過ぎという訳でも無い。
この店の薬湯は通常のティーカップよりも小さなカップで出されており、そもそもが量より種類を楽しむ趣向なのである。
少々値は張るが、どこか貴族めいた小さな贅沢を体験出来、かつ健康にも良い。
王都に住める程には資産を持っている平民達の需要を程よく満たしたサービスという訳である。

「……」

とはいえ、ここで提供される薬湯はあくまで高級「風」であって、本物の高級品には及ばない。
味に雑味や酸味が混じっている事は、舌の肥えた人間であれば判る事であり、そうであるからこそノインがこの店に長時間滞在する理由は無い。
そう、『本来であれば』。

退店が出来ない理由、それは眼前の人間に理由があった。
ノインが座る席の真正面。机の置かれた無数の甘味。それを頬張る少女。

迂遠な言い方をせずに言えば、正面の席に座る少女は勇者の一人である「いとり」である。
彼女は、ノインの渡した紙を一読し処分した後、おもむろにノインの眼前の席を確保し、この世界においては割合高価である甘味を注文し出したのである。
長い旅路と、異世界という環境の変化。それによるストレスであろうか。
それはもう思う存分に、値段の高い方から、遠慮なく。

ノインは別段金が無い訳では無い……むしろ、金銭的には余裕がある為、それ自体は構わない。
だが、この様な場所で女一人で派手な金の使い方をすれば目立つのは必定。
泥棒、強盗、人攫い。
思いつく発生しかねない問題に限りは無い。
故に、勇者に何らかのトラブルを起こさせない為に……或いは問題への対処を迅速に行う為に、薬湯を飲み続ける他無いのである。

そうして無表情の仮面の下に、辟易とした思いを募らせていたノインであるが――――そこで、何やら通りが騒がしくなっている事に気付く。

「……イトリ。間食はそこまでだ」

未知の騒動に対しての警戒、そして状況を脱する為の口実。
それらを前提として、ノインは机の上に金貨を1枚置くと、いとりの腕を引き退店を促す。

―――――
0110ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/10/22(火) 23:57:22.80ID:X8GNJwza
―――――

「お前達は一体、何をしている……?」

人形を思わせる端正な顔立ち。けれど今はその眉間に僅かに皺を寄せたノインが溜息を吐く様に声を掛ける。
その場に居るのは橘川、ソロモン……そして、恐らくはブレイヴ。
ノインが姿を見つけた時、彼等は、王都の中でも人通りの少ない地区……スラムと商業区の境界でなにやら話し込んでいた。

「飲食店の人間や、衛兵が騒いでいたぞ。『空を飛ぶ羽を持った魔物が出た』と」

どうやらノインは、店の外で起きた騒動を聞き、彼らの居場所を割り出した上で、此処までやって来たらしい。

「自由に空を飛べる人間の魔術師は希少だ。それに勇者の権能はこの世界の魔法とは異なる事は知っているな」
「ならば、余り大きな騒ぎを起こすな……誰に弱みとして握られるか判らぬ」

そこで、ノインはブレイヴへと視線を向ける

「……無事に目的地へ辿り着けていた様で何よりだ。魔術師・ソロモンから日程や事情は聞いているか?」

そうして、ブレイヴが壮健である事を確認したノインは再度全員へと視線を向け直す。

「何にせよ、意図せず全員が集合する形となってしまったが……どの道、今日は休息以外に予定も無い」
「ソロモンに何か計画が有れば別だが、とりあえずは――――」

宿でも取ってもう寝てはどうだ。そう言い掛けて、脳裏を過った飲食店の店員と、ブレイヴの現在の服装が似ている事に気付く。
そうであれば

「……何処ぞの酒場に戻るべきであろうな。役目を任されたなら果たすべきだ」
「多少愉快な話も聞いた。戻る道中で、幾つか語り聞かせるのもやぶさかではない……お前たちも、何か知った事が有れば聞かせるがいい」
0111ウェイター ◇myryGPbgIc垢版2019/11/01(金) 18:03:54.36ID:aYcTflCT
【アフター・ブレグジット(T)】


『ブレイヴ!』

爺さんが叫んだ。俺は即座に8番の空き椅子を一つ蹴り倒した。店内の視線が集まる。

『何をしておるんじゃ!?こんなところで!?』

「―――ああ、済まなかったな。注意不足だった。以後は気を付けよう」

二つのジョッキを卓上に置いて、ゆっくりと椅子を立て直す動作をして見せる。
それで周囲の耳目と興味は発散した。この程度の騒ぎならば常況の範疇だ。

「見ての通りの不慣れな給仕だ。湯冷めで風邪を引いたアンジェラの代打をしている」

『いや、それよりナナシが……!』

キッチンに視線を送った爺さんの靴元を盗み見る。少なくとも、一般の旅客では無い。
道中、ナナシの絡んだトラブルに遭遇したとすれば、その上で生還している事になる。

『ナナシだって……!?』

『……気のせいか』

あるいは、彼等の旅程自体がナナシの調査ないし討伐であるかだ。
何れにせよ、其処に俺が同行していた可能性は高い。情報が要る。

『ここはお主の店なのか?まぁ、よい。話すことがいろいろある』

「肩身の狭い居候だ。儲け話ならば、聞かせてもらいたい所だが」

『座るが良い。さもなければ……ビールをもう一杯頼む』

「今は、出来ない。交代要員の出勤は夕暮れ時だ。追加のビールは承った。
 旅人と見受けたが、宿を探しているならば当店での宿泊を勧めよう。
 社会情勢不安の煽りで、一泊より完全先払い制となっている」

『ブレイヴ殿……そなた、やはり真顔で冗談を言うタイプか。
ドッキリは大成功だからそろそろ素に戻ってくれないか?
そなたは元々ここの従業員だったのか? それともまさか店主……?
まあいい、王城お呼ばれイベントが発生している』

「少し落ち着いたらどうだ……急ぎでは無い筈だ。
 登城の直前にアルコールを入れるとも思えない」

現時点の情報は断片的だが、幾つかの推測が可能だ。
一つ、彼等は王国軍と連携した任務を帯びる実働部隊の末端だ。
一つ、彼等に任務の守秘義務は無い。有るとすれば遵守意識が著しく希薄だ。

『もしや……私達のことを覚えてないのか!?』

―――"ブレイヴ"。それが俺の呼び名だったらしい。
老人の方は、状況に対する一定程度の判断と妥当な対応が見込めそうだ。
問題は、動揺と焦燥に駆られて思考が混乱している中年の方だった。俺は覚悟を完了した。
0112ブレイヴ ◇myryGPbgIc垢版2019/11/01(金) 18:05:32.11ID:aYcTflCT
【アフター・ブレグジット(U)】


『これを見てみてくれ――何か思い出さないか?』

商業区とスラムを隔てる水路に沿う様にして、白いフェンスが長く無機質な弧を描いている。
午後の日照を浴びて熱を持った石柵に寄り掛かり、俺は対岸に紫煙を流していた。
視なくても判る。鞘から抜かれた刀剣は、"魔術師"のミスリルブレイドだ。

「俺がお前にソレを譲渡したのか、奪取されたのかも思い出せない。
 両者の居合わせた戦闘が有ったらしいという判断材料にはなった」

この連中の証言に致命的な矛盾は見当たらないが、信用を置くのは危険だ。
特に玩具屋の暴挙は、あまりに拙速にして軽率だったと評価せざるを得ない。

『お前達は一体、何をしている……?』

「反社会的行為の帰途だが、改憲論議をしているんじゃない事だけは確かだ」

『飲食店の人間や、衛兵が騒いでいたぞ。"空を飛ぶ羽を持った魔物が出た"と』

「心当たりが無いな。そいつらは、おそらく妖精でも見たんだろう」

灰の伸びたデミルーン・エコーを靴裏で揉み消し、俺は次の一本に火を点ける。
人里で出くわした妖精に語り掛けて来る様な奴は、妖精の同類に違いなかった。

『……無事に目的地へ辿り着けていた様で何よりだ』

「他人の手で運び込まれただけだ。王都にも、この場にもだ」

『魔術師・ソロモンから日程や事情は聞いているか?』

「概ねの説明は受けた。だが、短絡的犯罪者達の言葉を全て信用する気にはなれない」

この身を変えさせたのは、望まぬ力だけではない。
俺が異界の勇者達を宿す理由を、忘れるわけにはいかない。
ネームレスと戦う意志を、この力を――――誰にも、濫用させはしない。

『……何処ぞの酒場に戻るべきであろうな。役目を任されたなら果たすべきだ』

「ノインと言ったな、お前の判断は正しい。だが、正論は現実を動かしはしない。
 現実が正論を引き摺り歪ませる。それが世界の在り方だ……俺は戻らない」

"優しき止まり木亭"に俺が身を置く為に設定された唯一の条件は、すでに破綻している。
エレクトラとの契約を一方的に破棄した形になったが、互いに想定の範囲内だった筈だ。

「―――ランチタイムは終わりだ。店は清掃と仕込みの為に日暮れ時までクローズになる。
 今夜の宿探しを急ぐなら余所を当たってくれ。出窓と灰皿の付いた二階の角部屋がいい」
0113橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/11/04(月) 20:06:07.50ID:jmkylwSv
>「俺がお前にソレを譲渡したのか、奪取されたのかも思い出せない。
 両者の居合わせた戦闘が有ったらしいという判断材料にはなった」

「……だよな」

やはり現実は物語のようには上手くいかないらしい。
そこにタイミングを見計らったかのようにノインが現れた。

>「お前達は一体、何をしている……?」

「ノイン殿、大変だ。ブレイヴ殿の記憶が……」

>「飲食店の人間や、衛兵が騒いでいたぞ。『空を飛ぶ羽を持った魔物が出た』と」
>「自由に空を飛べる人間の魔術師は希少だ。それに勇者の権能はこの世界の魔法とは異なる事は知っているな」
>「ならば、余り大きな騒ぎを起こすな……誰に弱みとして握られるか判らぬ」

よく分からん超常の力をひっくるめて適当に魔法と呼んでいるようなファンタジーもあるが、この世界の魔法は体系化されているらしい。
そして空を飛ぶ魔法はあまりメジャーではないようだ。
そんなことより、ノインはブレイヴの記憶が無いことをあまり気にしていない様子である。

>「……無事に目的地へ辿り着けていた様で何よりだ。魔術師・ソロモンから日程や事情は聞いているか?」

>「概ねの説明は受けた。だが、短絡的犯罪者達の言葉を全て信用する気にはなれない」

>「何にせよ、意図せず全員が集合する形となってしまったが……どの道、今日は休息以外に予定も無い」
>「ソロモンに何か計画が有れば別だが、とりあえずは――――」
>「……何処ぞの酒場に戻るべきであろうな。役目を任されたなら果たすべきだ」
>「多少愉快な話も聞いた。戻る道中で、幾つか語り聞かせるのもやぶさかではない……お前たちも、何か知った事が有れば聞かせるがいい」

>「ノインと言ったな、お前の判断は正しい。だが、正論は現実を動かしはしない。
 現実が正論を引き摺り歪ませる。それが世界の在り方だ……俺は戻らない」

自分が記憶を失っているというのに全く動揺していないブレイヴと、同じくそれについてあまり気にしていないノイン。
二人の間で絶妙に話が進んでいく。

「もしや動揺しているのは私だけ……!?
強制的に拉致してきた私が言うのも何だが……あの店には戻らない方がいいと思う。
騒ぎがぶり返してもいけない」
0114橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/11/04(月) 20:07:48.53ID:jmkylwSv
>「―――ランチタイムは終わりだ。店は清掃と仕込みの為に日暮れ時までクローズになる。
 今夜の宿探しを急ぐなら余所を当たってくれ。出窓と灰皿の付いた二階の角部屋がいい」

ブレイヴ自身は見知らぬ人物に拉致されただけだが、絶対に戻らないという強い意思を感じる。
勤務中に拉致された以前に元々戻りたくない理由があるのかは分からないが、とにかく他の宿を探すことになった。

「他愛のない噂話のレベルだが魔族が北の教会で集会をしていた話を聞いたな。
それから……気のせいだったのだとは思うがブレイヴ殿がいた店の厨房をソロモン殿が透視したらナナシの気配を感じたそうだ」

そんな話をしながら歩いていると、美味しそうなパンの匂いが漂ってきた。
その方向を見てみると、“美味しいアンパン亭”という看板が出ている。

「ここにしようか。私の独断と偏見によると美味しいアンパンを作る者に悪い者はいない」

「今夜の宿を取りたいんだが……部屋は空いているかな?」

「空いてますよ! とりあえずすわってください!」

勧められるままに適当な席に着席するなり、一人一つずつアンパンが出された。

「来店記念のサービスです」

「これはこれは……かたじけない」

気前が良すぎて倒産しないか心配になるが、一口齧った瞬間にその心配は吹き飛んだ。

「な!? 滅茶苦茶美味しいではないか!」

これなら一つサービスすることによって客が何個も購入して利益が出るというわけだ。
そんなアンパンの話題はひとまず置いておいて、ソロモンやノインに話を振ってみる。

「王城へのお呼びがかかった時意外そうな顔をしていたが……この世界では召喚された勇者が王城に呼ばれるのは珍しいことなのか?」
0115ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/11/14(木) 20:07:47.73ID:O1SnxPP+
>「もしや動揺しているのは私だけ……!?
>強制的に拉致してきた私が言うのも何だが……あの店には戻らない方がいいと思う。
>騒ぎがぶり返してもいけない」
>「―――ランチタイムは終わりだ。店は清掃と仕込みの為に日暮れ時までクローズになる。
>今夜の宿探しを急ぐなら余所を当たってくれ。出窓と灰皿の付いた二階の角部屋がいい」

橘川とブレイヴ。語りかけた二人の応答の様子に、ノインは僅かに目を細める。
記憶喪失……狂言の類かと思い、そうでないように振る舞ってはみたが、どうにもそれは現実である様だった。
だが、そうであったからといってノインは彼に対する対応を殊更に変えるつもりはない。
元より出会った当初から、ノインはブレイヴという男に、罅割れた鎧の様な――――或いは赤錆に侵された剣の様な。
そんな歪さを感じていた。
であるからこそ、今更記憶の一つ二つで喚く必要があろうか。
否。必要はない。

(思考すべきは、この男が未だ勇者として使い物になるか、だ)

脳裏で非情な打算と思考を繰り返しながら、ノインは小さく息を吐いた。
0116ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/11/14(木) 20:18:46.26ID:O1SnxPP+
……そして、元の店には戻らぬ事が決まり、新たな宿を探す道中。

>「他愛のない噂話のレベルだが魔族が北の教会で集会をしていた話を聞いたな。
>それから……気のせいだったのだとは思うがブレイヴ殿がいた店の厨房をソロモン殿が透視したらナナシの気配を感じたそうだ」

「……ふむ」

語られた橘川の言葉を聞いたノインは、腕を組み暫し考え込む。

「魔術師ソロモンの洞察は確かだ――――しかし、市街にナナシが居ると考える事もまた難しい」

この世界に呼び出されて以来、幾度も目撃してきたソロモンの魔術。
その理外の御業を、技術の高さを、実際にその目で見たノインは理解しているつもりだ。
その彼がナナシが居たと言うのならば、そこには恐らくなんらかの異変は存在していたのだろう。
けれど、それでも

「ソロモンは魔術において天賦の才を有している。が、それでもナナシに関してだけは無力な翁に過ぎん」

魔術師としてのソロモンは万能に近い。
しかし、それはナナシという例外を除いた場合の話なのだ。
ことナナシに関してだけは、ソロモンを絶対視する訳にはいかないのである。

「真実ナナシが居たのかもしれない。或いは、ナナシに準ずる何かが在ったのかもしれない。或いは、只の勘違いであったのかもしれない」
「――――つまりは、警戒こそすれ深く考える必要は無いという事だ。少なくとも、今はな」

そんな戯言を吐いている内に、どうやら橘川は目当ての宿屋を見つけたらしい。
教会の魔族について話が流れなかった事に内心で安堵しつつ、ノインはその背に続き木製の扉を潜るのであった。
0117ノイン ◆IfUoEZpfLY 垢版2019/11/14(木) 20:51:06.08ID:O1SnxPP+
“美味しいアンパン亭”。
王族の為の白パンを焼く栄誉。それを得た一代貴族の料理人を祖とする店の歴史は、王国の興りまで遡る事が出来る。
彼の店の気風を表現するのであれば――――質実剛健。
祖となる料理人がその技術を後継者に伝え、後継者は技巧を磨き、またその技巧を後世の弟子へと伝える。
当たり前の事を当たり前に行う。そんな基本にして最難関である事を当然の様に繰り返してきたこの店は、その努力に寄って代替わりによって貴きに仕える栄誉を手放した後も、堅実な味と技術で一流店としての地位を保ってきた。
そんな店の目玉商品は、遠き昔。今の勇者とは別の、お伽噺に伝わる勇者が齎したと言う、アンパン。
円形に捏ねたパン生地にアンという豆から作り出した甘味を埋め、表面には光沢が出るように――――以下割愛。
それ程までに努力を重ねてきた店舗であるからこそ、サービスもまた一流と成る。

>「来店記念のサービスです」
>「これはこれは……かたじけない」

ノイン達が手渡されたのは、この店の名物であるアンパン。
焼き立てなのだろう。仄かに湯気を纏うソレは、見ただけで美味である事が判る程。
これ程の品物を無料で差し出す……一見すれば、赤字を出すだけの差配と感じるであろうが、実は違う。
このアンパンは呼び水なのだ。
一度、美味い物を食べれば、次も同じものが欲しくなるのが人の性。
つまり、差し出されたアンパンは今利益を出す為のものではなく、将来の利益に向けた投資なのである。
売る側も、買う側も、双方に得をする。まさしく、一流である。

「……」

だが、その一流にノインは付き合うつもりは無かった。
渡されたアンパンを半分に千切ったノインは、給仕に向かって口を開く。

「給仕。これを食せ」

王族。哀しい程に王族である。
ノインは、無警戒に飲食を行う事をしない――――いや、出来ない。
先の喫湯店ですらも、銀を漬け、毒が入っていないか確かめてから飲食を行っていたノイン。
彼は、困惑する給仕がアンパンを食する……毒味をするのを見て、ようやく僅かにパンへ口を付けたのであった。

閑話休題

>「王城へのお呼びがかかった時意外そうな顔をしていたが……この世界では召喚された勇者が王城に呼ばれるのは珍しいことなのか?」

アンパンへ舌鼓を打つ一行。その最中に投げかれられた橘川の質問に、ノインは一瞬の沈黙の後に口を開く。

「ああ、珍しいとも」

それだけ言ったが、言葉が足りなかった事に気付くとやや億劫そうに言葉を続ける

「これまでの『扱い』を見れば、勇者が王族にどの様な感情を向けるかは自明だろう」
「そして、それは王宮の人間も知る所――――故に、奴等は勇者を己の喉元に招きよせたりはせぬ」

そこで、ノインはソロモンに視線を向ける。

「魔術師ソロモン、貴様はこの召集をどう見る」

即ち、罠か、餌か。どちらと考えるか、ノインは偉大なる魔術師に問いかける。
0118ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/11/20(水) 04:42:06.49ID:Jq+XNfuF
【アンナヴォイダブル・ペイン】


『他愛のない噂話のレベルだが魔族が北の教会で集会をしていた話を聞いたな』

「そいつは大方、信心深い魔族が安息日のミサにでも参列していたんだろう。
 もしくは業の深い連中が愉快なサバトを蕭やかにエンジョイしていただけだ」

『それから……気のせいだったのだとは思うが――』

「そいつは所謂、ドリアードと呼ばれる存在だろう。もしくは木製であるが故の不具合だ」

宿探しの道中、俺の表層意識は適当かつ雑な相槌を素振りしていた。
深層では、流入する情報と自身に残された記憶の端切れを繋ぎ合わせている。
まるで完成図の見えないパッチワークだった。一針進める毎に、頭痛が運針を鈍らせる。

『――ブレイヴ殿がいた店の厨房をソロモン殿が透視したらナナシの気配を感じたそうだ』

『……ふむ』

気が付けば、厄介な話題が持ち出されていた。
これ以上の頭痛のノックは避けたい。
……どう切り抜けたモノか。

「ああ―――思い出した。実を言うと、あの店の制服は対魔術繊維で縫い上げられている。
 爺さんが彼女達へ向けた盗撮魔術が減衰した際に、何らかの誤認が生じた恐れもある」

俺は、容赦なく爺さんを売った。背に腹は代えられない。

『魔術師ソロモンの洞察は確かだ――――しかし、市街にナナシが居ると考える事もまた難しい』

"市街にナナシが居る"可能性の心当たりがソロモンに有ったとしても、確証は無いのだろう。
イトリが空気を読んで余計な過去の事実を証言しない限り、当面は追及されずに済む筈だ。

『――――つまりは、警戒こそすれ深く考える必要は無いという事だ。少なくとも、今はな』

ノインが現時点での結論を出す。
その方針の明確な適否を、この場で俺だけは知っていた。
ソロモンが察知した個体には、勇者を襲撃する理由が無いからだ―――少なくとも、今は。
0120橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/11/30(土) 22:54:16.88ID:5+YGeGX7
>「ああ―――思い出した。実を言うと、あの店の制服は対魔術繊維で縫い上げられている。
 爺さんが彼女達へ向けた盗撮魔術が減衰した際に、何らかの誤認が生じた恐れもある」

相変わらず真顔で冗談を言っているのか本気なのか分からないブレイヴ。

「盗撮魔術って……見た通りの翁だぞ?」

>「真実ナナシが居たのかもしれない。或いは、ナナシに準ずる何かが在ったのかもしれない。或いは、只の勘違いであったのかもしれない」
>「――――つまりは、警戒こそすれ深く考える必要は無いという事だ。少なくとも、今はな」

美味しいアンパン亭に入り、話題は私達を王城に呼び寄せた者達の思惑へと移る。

>「ああ、珍しいとも」
>「これまでの『扱い』を見れば、勇者が王族にどの様な感情を向けるかは自明だろう」
>「そして、それは王宮の人間も知る所――――故に、奴等は勇者を己の喉元に招きよせたりはせぬ」

そこでノインはソロモンの使い魔のフクロウに語り掛けた。

>「魔術師ソロモン、貴様はこの召集をどう見る」

しかし、返事はない。

「……儀礼服を準備すると言っていたからな、いろいろと忙しいのだろう。
行ってみるまで分からないなら今あれこれ考えても仕方ないということなのかもしれないな。
害意が無ければ何も問題無し、罠だったとしても敢えて乗ってみよう」

やがて夜の帳が降り、何が起こるか分からない登城に備えて床に就くこととする。

「ブレイヴ殿――記憶が無くて不安だろうがくれぐれも脱走など考えぬようにな」

私はブレイヴにそう念押しするのであった。
0121774 ◆2X2FcMljDo 垢版2019/12/16(月) 19:50:10.51ID:xiwh+yu/
名前:No.774
種族:人/ナナシ
年齢:製造から三ヶ月
性別:女
身長:145
体重:44
性格:従順、臆病、発作的狂気
所持品:手枷、足枷
容姿の特徴・風貌:獣の耳、白い髪、赤い蛇のような目、白い肌、背中には小さな翼。
袖のない白いワンピース、左上腕に刻まれた『No.774』の文字。
簡単なキャラ解説:キメラ製造技術の応用により誕生した、帰巣本能を有するナナシ

【属性】
製造には異世界人、現地人、両方の肉体が利用されている


【所属世界】:下天の勇者達
0122774 ◆2X2FcMljDo 垢版2019/12/16(月) 19:51:48.54ID:xiwh+yu/
王宮へ登城したソロモン達はすぐに謁見室へ案内された。
武器などの没収はなかった。
勇者達の力は必ずしも武器に依存しない。
つまり没収する必要がないのだ。
取るべき対策はもっと他にあった。

例えば玉座は四方を御簾に包まれ、その上に結界が張られていた。
御簾の奥に誰がいるのか、そもそも人がいるのか、外からは分からない。

謁見室の内外には、面布をかけた魔術師も配備されている。
勇者達が無差別な凶行に及んだ場合の対抗策だ。
とにかく認識されない。
それは異界の勇者対策の、初歩の初歩だった。

「よくぞ参られた、異界の勇者殿。そして、ソロモン殿も」

ソロモンが跪き、頭を垂れる。

「よい、楽にせよ。此度お主らを呼んだのは、褒美を取らせる為なのだからな」

王がそう言うと、ソロモン達の後方で音が聞こえた。
大理石の床を鎖が這う音だ。
振り返ればそこには少女がいた。

「その子は……」
「貴様の残していった研究の一つが、実を結んだのだ」

獣の耳、白い髪、赤い蛇のような目、白い肌、背中には小さな翼。
袖のない白いワンピース、左上腕に刻まれた『No.774』の文字。
ひと目見て作り物と分かる少女だった。

「『それ』には……平易な言い方をするなら、ナナシの血が混じっておる。であったな?」
「は……左様にございます」

ナナシは殺めた者をナナシに変える。
しかしその習性には追求の余地があった。

例えば魔族の中には一つの体に複数の命を持つ種もある。
俗に言うネコマタ、ヨウコといった存在だ。
この世界なら錬金術を用いて、そのような生物を創造する事も出来る。

そういった存在に対してナナシの習性はどのような振る舞いをするのか。
また体内への寄生、共生関係にある生物に対しては?
そのような疑問を追求、研究した果てに、その少女は製造された。
0123774 ◆2X2FcMljDo 垢版2019/12/16(月) 19:53:33.62ID:xiwh+yu/
「生物的な帰巣本能を有した、不完全な、故に制御可能なナナシの創造。
 成し遂げうる者がいましたとは、驚きを禁じ得ませぬ」

「貴様が前線に出ておらねば、もっと早くに完成していた事だろうよ。
 とにかく、『それ』を使えばナナシの巣を突き止める事が出来るであろう。
 いや、貴様が言うには入り口、であったか」

「……それは」

「そうだ。勇者達よ、お主らには『それ』を与えよう。
 『それ』を連れて、あの白霧の中へと出征するがよい」

少女は謁見室の入り口で、ずっと跪いていた。
その瞳はソロモン達を映してはいるが、見てはいない。
何もしない事に徹しているからだ。

不完全とは言えナナシであるが故に、少女には完全な従順さが求められた。
そして生物に完全な従順さを植えつける方法は明白だ。
例えば犬が無駄吠えする度に、その首輪に電流を流すような事をすればいい。

「お主らにとっても悪い話ではあるまい。
 ともすれば、元いた世界への道も見つかるやもしれぬぞ」

勇者達が逃げていったのならば、それはそれで意味のある発見だ。
その逃げ道は自分達にも使える。
その上、護衛ならばいくらでも召喚可能なのだから。
0124ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/12/23(月) 18:47:42.11ID:moXOsDbP
【シャッタード・ライツ(T)】


――――この少女の生は、先天的に幾多の死を内包している。


静かに跪き続ける"ソレ"に歩み寄り、俺は手を差し伸べた。そうせずには、いられなかった。
……また、この頭痛だ。己を侵蝕するネームレスの因子が何かに共振しているのか。
衝動的に左腕が動く。少女の白く細い首を掴み、目線の高さまで吊り上げた。
縦に長い瞳孔の奥を探ってみても、怯え以外の感情は読み取れない。

「俺は、ブレイヴ……ネームレスを滅ぼす者だ。他の勇者達と同じだと思うな。
 お前が所有物になると言うならば、この場で処分しても構わないという訳だ」

鷲掴みにした頸動脈の拍動は浅く、弱い。だが、その血流が帯びる魔性は真逆だった。
ソレは間違いなく、忌むべき簒奪者の――俺と同質の――白き悪魔の血統だ。
少女の生命には、ネームレスの因子が人工的に組み込まれている。

これが、王国魔術師の……人間の所業だと言うのか。

自己存続の為に、力を以って他者の生命と尊厳を毀損し、簒奪し、その在り方さえ歪曲させる。
人類の叡智が選択した到達点は、ネームレスの本能と全く同質の業だった。
そうであるならば、人とネームレスの違いは何処にある?
――――より罪深いのは、どちらだ。

誰か、俺に教えてくれ。

畢竟、両者の闘争は、白き姿の悪魔と紅き血の悪魔が、互いに殺し合いを演じているだけだ。
俺が断罪の執行者であろうとするならば、滅ぼすべき存在は、その一方のみである筈が無い。

ならば、俺は何の為に戦っていた?
俺が守ろうとしていたものは一体、何だったのか。
このまま少女の頸椎を砕いてしまえば、この頭痛は消えるのか。

誰でもいい、俺に教えてくれないか。

No.774のナンバリングがブラフでなければ、奴等の増殖は死を媒介とする制限から解放された。
魔術師達は、おそらく気付いていない。人類がネームレスという種を進化させた事に。
だが、俺は知っている。この本能は、人の理性が制御し得るモノでは無い。
いずれ制御を離れた人造ネームレスは、殺戮と複製を繰り返す。
オリジナルと同様に、この星の生命を喰らい尽くすまで。

「……わからないな。これだから記憶喪失というのは厄介だ」

死の連鎖を絶つ事が可能なのは、異界の力だけだ。
勇者の力を得た者は、それと同時に勇者の運命を背負う。
果たすべき使命は明確だった。そうであるのに俺は、わからない。

返事なんて、何でも構わない。もう一度、俺に声を聞かせてくれ、ミリヤ――――


「――――俺は、これから何人……お前を殺し続ければいいんだ!!」
0125ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2019/12/23(月) 18:50:59.06ID:moXOsDbP
【シャッタード・ライツ(U)】


左腕を水平に振り切って、少女を真横へと放り投げた。繋がれた鎖が大理石の床を打つ。
空になった左手が宿すのは、蒼く冷たい光輝。形成される長方形のヴィジョン。
死神は玉座を見据えたまま掌を上向け、そのアルカナを握り砕いた。

「オレは……俺は人間を救うぞ、ソロモン」

収束した極彩色の閃光が照射された。純粋な出力のみで玉座を覆う対魔術結界を貫通する。
異界の射撃魔方陣は、ダイレクトな完成形態を以って空間への投影を瞬時に終えていた。
本来あるべき描出過程の一切を、詠唱すらもキャンセルして発動する背理の外法だ。

「貴様も――」

流血する拳を正面へと突き出し、五指を開いた。新たに現界させた一枚も即座に砕く。
魔術回路を持たない肉体の限界を遥かに超越する、魔術の連続行使。
二枚目のアルカナと同時に、手首から先が爆散する。

「――貴様もだ!」

左手であった場所に限界させた三枚目のアルカナが、肘から先を吹き飛ばして激発する。

「貴様も! 貴様も! ……今、此処に居る悪魔共は一人残らず、この俺が守り抜く!!」

面布の魔術師達の背後の壁面は、それと同じだけの数の風穴を穿たれて石塊を零している。

低位の術師は、異界の術式の瞬間火力に恐怖したのだろう。
中位の術師は、術式の制御精度に驚愕したのだろう。
高位の術師は、おそらく呆れ果てたのだろう。

長年の研鑽と試行を積んだ魔術師であるほど、身動きが取れない。
術式に"任意複数の対象に決して命中しない"魔術特性を付与する難度と代償――
限りなく"必中"の魔術特性と等価に近い制約――その非合理性を彼等は識っているからだ。

「……そして、必ず償わせてやる。これまで貴様達が踏み躙って来た、全ての生命に」

色褪せて動かなくなった銀獣の左腕を垂れ下げて、俺は玉座に背を向けた。
欠損部位の再生が人のカタチを取り戻すまで進行する頃には、白霧へと辿り着く。
獣は言葉を持たない。言葉とは悪魔が目的を実現させる為の手段だ。故に、俺は言った。


「――――ついて来い、所有物。お前の血に用がある」
0126橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2019/12/26(木) 21:01:13.97ID:+Zw/9042
>「よくぞ参られた、異界の勇者殿。そして、ソロモン殿も」
>「よい、楽にせよ。此度お主らを呼んだのは、褒美を取らせる為なのだからな」

後方から鎖が這うような音が聞こえ、臨戦態勢で振り向く。

「いつの間に……!」

“褒美”と称してどんな化け物が登場するのかと思いきや、そこにいたのは動物の耳が生えた小さな少女だった。

>「その子は……」
>「貴様の残していった研究の一つが、実を結んだのだ」
>「『それ』には……平易な言い方をするなら、ナナシの血が混じっておる。であったな?」
>「は……左様にございます」

ナナシの血が混じっているということは、普通に考えれば危険だ。
鎖で繋がれているのもそのためだろう。
臨戦態勢は解除するが警戒は解かないまま、ひとまず事態を見守る。

>「生物的な帰巣本能を有した、不完全な、故に制御可能なナナシの創造。
 成し遂げうる者がいましたとは、驚きを禁じ得ませぬ」
>「貴様が前線に出ておらねば、もっと早くに完成していた事だろうよ。
 とにかく、『それ』を使えばナナシの巣を突き止める事が出来るであろう。
 いや、貴様が言うには入り口、であったか」

「ナナシの巣を突き止めるだって!?」

>「そうだ。勇者達よ、お主らには『それ』を与えよう。
 『それ』を連れて、あの白霧の中へと出征するがよい」

謎の白霧はナナシと関わりがあると考えられており、発生源である可能性が高いということだろう。
しかし、何度も調査団が派遣されたが今のところ誰一人として生きて帰って来ていないとソロモンが言っていた。
この人数で挑むにはあまりにも無謀、死ねと言っているようだものだ。

「念のため聞いてみるが私達だけでなんていうことは……」

小声で言ってみた質問は聞こえなかった振りをされ、王は言葉を続ける。

>「お主らにとっても悪い話ではあるまい。
 ともすれば、元いた世界への道も見つかるやもしれぬぞ」

“誰一人として生きて帰って来ていない”とはいっても、全員が死んだとは限らない。
元いた世界に戻っていると考えるのは都合が良すぎるにしても、どこか別の世界への抜け道を通って避難した者もいるのかもしれない。
ソロモンは、当面の生活は王立魔法協会が保証するが霧が王都へ到達するまでの間と言っていた。
どのみちこのままでは遅かれ早かれ霧が王都へ到達してこの世界は崩壊同然、
後ろ盾を失った私達異界の者は露頭に迷ってのたれ死ぬしかないのだ。
王達にとっては私達がナナシの発生源に辿り着いて根源を絶つのが一番いいに決まっているが、
元いた世界へ帰ったとしても他の世界への抜け道がみつかるわけで、それはそれでいいのかもしれない。
そこまで考えた時だった、ブレイヴ殿が少女に手を差し伸べる。
共に行く覚悟を決めたということか――と思ったその時だった。突然ブレイヴは少女の首をつかみ、目線の高さまで吊り上げる。

「!?」

>「俺は、ブレイヴ……ネームレスを滅ぼす者だ。他の勇者達と同じだと思うな。
 お前が所有物になると言うならば、この場で処分しても構わないという訳だ」
0127ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2019/12/26(木) 21:03:10.30ID:+Zw/9042
「ブレイヴ殿、やめるんだ……!」

ブレイヴの暴走を止めるべく、私はベルに変身する。
ブレイヴは記憶喪失の影響で混乱しているのかもしれない。

>「……わからないな。これだから記憶喪失というのは厄介だ」
>「――――俺は、これから何人……お前を殺し続ければいいんだ!!」

私は素早く飛び、真横へ放り投げられた少女を受け止める。

「大丈夫か!?」

ミスリル銀の刃で少女を繋ぐ鎖を断ち切る。

>「オレは……俺は人間を救うぞ、ソロモン」

ブレイヴは人間を救うと言いながら、どう見ても王達に攻撃魔法らしきものを放とうとしている。

「ぬわぁああああああ!?」

>「貴様も――」
>「――貴様もだ!」
>「貴様も! 貴様も! ……今、此処に居る悪魔共は一人残らず、この俺が守り抜く!!」

運良く外れた、と最初は思ったが、違った。
恐ろしい威力の魔法を連発しながら一発も当たらない――わざと外しているのだ。

>「……そして、必ず償わせてやる。これまで貴様達が踏み躙って来た、全ての生命に」
>「――――ついて来い、所有物。お前の血に用がある」

「し……失礼致しました!」

分からないことだらけだが、ここに長居しては碌な事にならないことだけは分かった。
王とその配下の魔術師達が唖然としている間に、穴だらけになった玉座の間を逃げるようにを跡にする。

こうして半ばどさくさのままに、私達はNo.774と共に謎の霧へ突入することになった。
ブレイヴがNo.774にいきなり攻撃したりしないか気を付けながら歩みを進める。
道中で簡単な自己紹介をし、No.774の名前の話になる。

「番号しか付いてないのか……。774と言うのも仰々しいしナナ嬢と呼んでもいいかな?」

白い霧の間近までやってきた時――前方に人影が現れた。
一瞬、以前派遣された調査団の者かと思ったが、それは人間ではなかった。
白い体に黒い仮面――限れも無くナナシだ。
敵は二体――あるいは少し前まで人間だった名残なのか、それらは人間サイズで剣と弓を構えている。

「早速お出迎えのようだ……!」

私はティンカーベルに変身し、ブレイヴとNo.774に魔法の粉をかけた。
0128774 ◆2X2FcMljDo 垢版2019/12/27(金) 21:22:18.57ID:Ue2Yh1fi
ブレイブの左手が、No.774の首筋を掴む。持ち上げる。
息が出来ない。苦しい。痛い。
それでも774は藻掻いたり、左手を解こうとはしない。
所有者に抵抗すれば更なる苦痛を与えられる。
そう学習させられているからだ。

>「俺は、ブレイヴ……ネームレスを滅ぼす者だ。他の勇者達と同じだと思うな。
 お前が所有物になると言うならば、この場で処分しても構わないという訳だ」

しかしブレイブがそう言った瞬間、774の目から恐怖の色が和らいだ。

>「……わからないな。これだから記憶喪失というのは厄介だ」

「あなたは――」

>「――――俺は、これから何人……お前を殺し続ければいいんだ!!」

「――――私を、死なせてくれるのですか?」

774が、ブレイブの頬に触れようと右手を伸ばす。
そして直後に投げ飛ばされて、辛うじてベルに受け止められた。

>「大丈夫か!?」

774は、断ち切られた拘束具の鎖を見つめていた。
その手枷と足枷は本来、装着者に苦痛を与える為の「学習装置」だった。
同時にネームレスの因子を持つ兵器に備えられた「安全装置」でもあった。

しかし、それが破壊されても774は自発的な行動を起こそうとはしない。
生まれた時から虐げられ続けてきた存在が、その仕打ちに恨みを抱く事はない。
自分のある環境と比べるべき「普通」を、知らないのだから。

>「オレは……俺は人間を救うぞ、ソロモン」
>「貴様も――」
>「――貴様もだ!」

「それが、あなたの目的。なら……良かった。私は、お役に立てます」

安堵の表情は、期待外れにならずに済んだから。
主人の期待に背けば、苦痛を与えられる。それも774が学習してきた事だ。

>「貴様も! 貴様も! ……今、此処に居る悪魔共は一人残らず、この俺が守り抜く!!」

「……ここには人間しか、いないはずです」

周囲を見回す774。
もし悪魔がいるのなら、人間を、守らなくてはならない。

>「……そして、必ず償わせてやる。これまで貴様達が踏み躙って来た、全ての生命に」

償う。生命を踏み躙る。その意味が、774には理解出来ない。
理解出来ないから疑問を抱く。

>「――――ついて来い、所有物。お前の血に用がある」

「――はい」

だが次の瞬間には、その疑問は774の頭の中から消え去っていた。
命令されて、動く。そうしなければ苦痛がもたらされる。
774はずっと、そのように学習してきた。
0129774 ◆2X2FcMljDo 垢版2019/12/27(金) 21:22:36.37ID:Ue2Yh1fi
そうして異界の勇者達は王宮からの逃亡後、使い魔越しにソロモンと通信。
馬車を手配され、白霧へと送り出された。
馬車と言っても馬は使い魔だ。
消えゆく者達に家畜をくれてやる理由はない。

774はブレイブの隣に座って、ずっとその顔を見ていた。
ついて来いという命令を、遵守する為だった。
名前を聞かれても、ベルへ振り向きもせず

「名前はありません。私はNo.774です」

そう答えるだけだった。

>「番号しか付いてないのか……。774と言うのも仰々しいしナナ嬢と呼んでもいいかな?」

「私に、私の呼称を決める権利はありません」

続く問いへの答えも、それだけだった。
0130774 ◆2X2FcMljDo 垢版2019/12/27(金) 21:23:41.31ID:Ue2Yh1fi
やがて白霧との距離が近くなると、馬車を引く使い魔が自壊した。
ソロモンの使い魔は、形こそ崩れていないが体が重そうだった。
二体のネームレスが現れると、破壊される事を恐れてかベルの肩に止まった。

>「早速お出迎えのようだ……!」

ネームレスが、774へと襲いかかる。
一体は剣で斬りつけ、もう一体は矢を射かける。

774は、一歩も動かない。
だが、その背の翼が急速に広がり、矢を弾き、ネームレスを捕らえた。

そして、774はそのままネームレスの胸に触れる。
触れて、それでも右手を前に突き出す。
指先がネームレスの胸に沈む。
右手を握り締める。
ネームレスが霧散する。

後に残った774の右手は銀毛に覆われ、爪が鋭く伸びていた。
まるで、人狼のようだった。

「――ところで、そこの三流魔術師さんよ」

ふと、774が振り返って声を発した。
ソロモンの使い魔へと。

「私は、この世界がどうなろうと知った事じゃない。
 貴様らと違って、黙って人が死ぬのを眺めている趣味はないから、
 やるだけはやってやるがな。だが――」

それは明らかに774の言葉ではなかった。
774の元となった、誰かの言葉だ。
より厳密には、774の元となった死者達が宿していた、誰かの記憶が紡ぐ言葉。

774の原材料に含まれる異界の勇者、その殆どは【偽者】だ。
自分の能力を熟知した真の勇者よりも、
力はあれど、記憶の同期が不完全な偽者の方が遥かに死にやすい。
当然の事だ。

そして774は、それらの不完全な記憶を、更に不完全に継承している。
記憶とは人格。
整合性のない記憶は、時に異常な言動や振る舞いを生むようだった。

「――あんた、何か隠してるだろ。この事態に関して……いけ好かねえな。
 テメェの絵が描きたけりゃ、テメェのキャンバスだけに描きやがれ」

返答はない。
もう一体のネームレスが774へ飛びかかる。

774の翼が左右へ広がる。
その間に、赤い魔力線と、青い稲妻が張り巡らされた。
翼が一度羽ばたくと、ネームレスはバラバラになって、霧散した。

「でないと、誰かの落書きが混じって台無しになっちゃっても、知りませんよう?」

『……心に留めておこう』

フクロウはたった一言だけ、主の言葉を代弁した。
0131774 ◆2X2FcMljDo 垢版2019/12/27(金) 21:25:25.14ID:Ue2Yh1fi
さておき、最早、異界の勇者の進行を阻むものはない。
霧の奥へ進むと、奇妙な光景が見えた。
木立や、畑。石畳に舗装された街路や、古い石造りの住居。
或いは艷やかな、SFめいた素材で構築された、直方体の建造物。
それらが全て「高いところから落とされて散らばった」ような光景が。

そして、その奥で、不意に何かが動いた。
何かは急速に、異界の勇者達へと近づいてくる。
まず脚が見えた。八本の、刃のように鋭い脚だった。
次に、おおよそ蜘蛛のようなと称して差し支えのない下半身が見えた。
下半身に対して異様に細い、ヒトのような上半身も見えた。
最後に、首が見えた。

「――縺翫?繧後♀縺ョ繧後♀縺ョ繧」

ネームレスによって完全に取って代わられた、頭部が。

「謌代′譛ォ陬斐?蛻?圀縺ァ繧医¥繧よ?縺碁ヲ悶r――」

怪物の八本脚、その内の二本が閃く。
一秒の間に、それぞれが数十回。
地面が切り刻まれ、爆風と化して、異界の勇者に襲いかかる。

怪物は、身体の制御が上手く出来ていないようだった。
ネームレスの汚染、寄生は明らかに不完全だった。
だが、にもかかわらず、それは霧の外の完全なネームレスよりも遥かに強大だった。

「――魔族」

774が、小さく呟いた。
宿した記憶の断片の中にあった、それらしき単語が無意識に声に出た。
ただそれだけの呟きだった。
0132ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/01/04(土) 09:36:40.87ID:cMdjkkr0
>「名前はありません。私はNo.774です」
>「私に、私の呼称を決める権利はありません」

No.774は、自分の意思を持たずひたすら命令に忠実に従うように仕込まれているようだった。
玉座の間で鎖に繋がれていた姿が思い返された。

「では……そなたが自分で決めるまで仮にナナ嬢と呼ばせてもらおう」

ネームレス2体との戦闘が始まる。
No.774が矢を射られるが、彼女は避ける様子が無い。

「危な……い!?」

No.774が矢を難なく弾き返すと、右手一本でネームレスを霧散させてみせた。

>「――ところで、そこの三流魔術師さんよ」

No.774が突然、私の肩に停まったソロモンの使い魔に話しかける。

>「私は、この世界がどうなろうと知った事じゃない。
 貴様らと違って、黙って人が死ぬのを眺めている趣味はないから、
 やるだけはやってやるがな。だが――」
>「――あんた、何か隠してるだろ。この事態に関して……いけ好かねえな。
 テメェの絵が描きたけりゃ、テメェのキャンバスだけに描きやがれ」

「疑問は多々あるだろうが今は……」

私はNo.774の唐突な変化に驚きつつも、もう一体のネームレスを迎撃しようとする。
元になったナナシの生前の姿であった異界の勇者の記憶の断片を受け継いでいるということか……。

>「でないと、誰かの落書きが混じって台無しになっちゃっても、知りませんよう?」

No.774が翼をはばたかせると、ネームレスは雷撃の魔法のようなもので霧散した。

「想像以上の実力だな……すっかり助けられてしまった」
0133ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/01/04(土) 09:38:42.92ID:cMdjkkr0
私達は霧の奥へと進んでいく。
そこには様々な時代のものや、私のいた世界やこの世界には存在しないような素材のものもごちゃまぜに散らばっていた。

「これは……あらゆる世界のものが混在しているのか……?」

奥に何かの気配を感じ、私は2人に魔法の粉を掛け直す。

「先程説明し忘れたがこれは空を飛べるようになる粉でな……」

>「――縺翫?繧後♀縺ョ繧後♀縺ョ繧」
>「謌代′譛ォ陬斐?蛻?圀縺ァ繧医¥繧よ?縺碁ヲ悶r――」

「飛べ!!」

二人に叫ぶと同時に、地を這うように放たれた疾風の刃を舞い上がって避ける。
敵は、蜘蛛のような下半身に人のような上半身のネームレスらしきもの――

>「――魔族」

No.774が呟く。
魔族が元となったネームレスだとすれば通常のそれよりも強力なのは想像に難くない。
ミスリル銀の剣に粉をかけ、宙を舞わせて切りつけてみるも、高速で蠢く八本脚によって巧みに阻まれる。

「固い……!」

幸い周囲には瓦礫が転がっているので、武器になり得るものはたくさんある。
私は空中を逃げ回っている振りをしながら瓦礫に魔法の粉をかけはじめた。
大量の瓦礫を一気にぶつけて動きを封じている隙に大火力を持つ二人に撃破してもらう等も可能だろう。
0134774 ◆2X2FcMljDo 垢版2020/01/18(土) 04:19:52.86ID:y4JQCc16
>「固い……!」

「バカが。この手のクソを分解(バラ)したけりゃ、頭を使いやがれ」

774の翼から、赤い魔力線が舞う。
純白の翼には何か魔術的効果が宿っているようだった。
774自身も、翼と魔法の粉、二つの推進力によって宙を舞う。
瓦礫によって動きを制限された魔族の、周囲や脚の間を、何度も行き交う。
魔力線が、魔族の脚部関節を的確に縛り上げていく。

「さあ、好きなだけ暴れるがいい」

脆い関節に、超高速斬撃の圧力が、魔力線を通して伝わる。

「藻掻けば藻掻けば糸は食い込む。蜘蛛さんにはお似合いの処刑方法だぞ」

魔族の脚部関節が、絡みつく魔力線を通じて、自身の怪力によって破壊される。
脚を失った魔族はその場に崩れ落ちる。

「……指示を、お願いします」

774がブレイブを振り返ってそう言った。
記憶の断片による暴走がなければ、彼女は自発的な判断が殆ど出来ない。

だがそうしている間に、魔族の脚部が再生を始めた。
単なる再生ではない。
白霧が収束して、ネームレスの組織を形成している。
そして魔族は再び立ち上がり、背中を見せた774に斬りかかった。
0135ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/01/25(土) 01:46:21.68ID:LAlPSBvV
【ブランク・シェル(T)】

その少女は、まるで生まれたばかりの小動物だった。
先程から健気に見上げてくる視線に応えてしまえば、懐かれる恐れがある。
近づく白霧の濃度が増す前に煙草に火を点けた。面倒事は、面倒見の良いベルに預ける構えだ。

『名前はありません。私はNo.774です』

『番号しか付いてないのか……。774と言うのも仰々しいしナナ嬢と呼んでもいいかな?』

『私に、私の呼称を決める権利はありません』

『では……そなたが自分で決めるまで仮にナナ嬢と呼ばせてもらおう』

「―――俺が、与えてやる」

この世界に拡散されたネームレスの因子は、この手で全て消し去る。
そうであるが故に、己が殺すべき少女に名を与える心算は無かった。

「お前に、お前の全てを決める権利を与えてやる。
 お前は、この世界で俺が最後から二番目に殺すネームレスだ。
 今まで誰からも与えられなかった、ただ一つの苦痛を、この俺が与えてやる」

やがて車輪が止まった。メンチ二号と三号が役割を終えて、一号の待つ場所へと旅立つ。
火が消えた。時は人を待たない。永劫を流れ行き、遍く事象を終焉へと運び去るだけだ。

『早速お出迎えのようだ……!』
0136ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/01/25(土) 01:50:20.77ID:LAlPSBvV
【ブランク・シェル(U)】

剣と弓の人型ネームレスは、此処に送り込まれた調査団だったのだろう。
今は地に伏している、No.774が魔族と呼んだ異形も、おそらくは異界の種族だ。
彼等の生命を奪ったネームレスが悪だとしても、あるいは、その所業が罪だとしても――

――ネームレスを滅ぼす事が、善なる裁きに値しない事は明白だ。

少なくとも、この場に集った者達は正義の執行者ではない。
守る為に倒す。生きる為に殺す。己の目的の為に障害を排除する。
ただ、それだけの事実と死の積み重ねの上に、生き残った者が立つだけだ。

『……指示を、お願いします』

振り下ろされる蜘蛛の斬撃と少女の背中との間に、逆手持ちの刀剣を割り込ませた。
一撃で刃鋭を欠いた剣身の裏へと、さらに投影した左刃を打ち当て、十字に受ける。

「しばらく、そこで苦痛を味わう時間を稼いでやる……自分で考え、自分で決めろ」

剣身を傾け右に流した鋼爪が精霊銀の表面を滑る様に削り、掻音と火花を撒き散らす。
前脚と共に大地に突き立った右刃の投影を解除し、裏の左刃で脚関節を斬り飛ばした。

「現時刻を以って所有物No.774を放棄する。お前は自由だ」
0137ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/01/29(水) 00:41:36.91ID:m74KbELC
>「バカが。この手のクソを分解(バラ)したけりゃ、頭を使いやがれ」
>「さあ、好きなだけ暴れるがいい」
>「藻掻けば藻掻けば糸は食い込む。蜘蛛さんにはお似合いの処刑方法だぞ」

No.774が魔力線の糸を関節に絡みつかせ、脚の破壊に成功する。
が、脚はすぐに再生をはじめ、774に襲い掛かる。

>「……指示を、お願いします」

ブレイヴが774に向けられた攻撃を防いだ。

>「しばらく、そこで苦痛を味わう時間を稼いでやる……自分で考え、自分で決めろ」
>「現時刻を以って所有物No.774を放棄する。お前は自由だ」

ブレイヴは突然、774の所有権放棄宣言をした。
“自由”こそがブレイヴが言う所の苦痛なのだろう。
しかし自由だ、と言われたところで774には帰る場所も無い。
この世界にいる限りネームレスの因子を持つ者として迫害されるかもしれない。
それに、正直774の協力が無ければこの先に進むのは難しそうというのもある。

「そなた、ナナ嬢のことを”この世界で最後から二番目に殺すネームレス”と言ったな。
ならばこの世界からいなくなれば殺す必要もなくなるということか」

瓦礫を怒涛のようにネームレスの頭部にぶつけつつ、774に持ち掛ける。

「この世界にいる限りきっと自由は手に入らないだろう。共に他の世界への抜け道を探してみないか?
もしも他の世界に行けたら、その時こそそなたは自由だ。
賛同してくれるなら……先程みたいにそいつの脚を封じておいてくれ」
0139774 ◆2X2FcMljDo 垢版2020/02/04(火) 01:06:33.22ID:L5LLTQZF
>「しばらく、そこで苦痛を味わう時間を稼いでやる……自分で考え、自分で決めろ」

「そのような事は許可されていません。私は、あなたの所有物で――」

>「現時刻を以って所有物No.774を放棄する。お前は自由だ」

「……自由?」

774は硬直した。概念としての自由なら知っている。

「自由……それは……なんですか?私は……何をすればいいんですか?」

だが自分にそれが適用された状態を、774は想像出来なかった。

「――要するに、今ここでそいつの背中を刺してもいいって事だろ」
「そうだ。そして刺さなくてもいい……てめえのしたい事を、てめえで決めるんだ」
「想像出来ないか?お前は、選んでもいいという事だ。どこへ行くか。誰を生かして誰を殺すか」
「そうそう。誰も生かさない事を選んでもいいし、誰もかもを殺してもいいんだぞ」

うわ言のように呟く774。

>「そなた、ナナ嬢のことを”この世界で最後から二番目に殺すネームレス”と言ったな。
  ならばこの世界からいなくなれば殺す必要もなくなるということか」

>「この世界にいる限りきっと自由は手に入らないだろう。共に他の世界への抜け道を探してみないか?
  もしも他の世界に行けたら、その時こそそなたは自由だ。
  賛同してくれるなら……先程みたいにそいつの脚を封じておいてくれ」

「私……は……私には……分かりません……自由……その、意味が……」

774がブレイブの背中を見上げる。

「……所有物でなくなって、自由になれ。その命令は……ごめんなさい。すぐには、実行出来ないようです」

774の翼から無数の羽が矢のように飛ぶ。

「なので――時間を、頂けますか?……その、考えて、みますので……」

羽は魔族を斬りつけながら、その全身に魔力線を絡ませる。
そして……その直後だった。
どこからともなく現れた人影が、拘束された魔族を一瞬で細切れにした。

「――何ボサっとしてんだ!逃げるぞ!こっちだ!」

そして人影――恐らくは軍服、に身を包んだ若い男は774の手を掴んで駆け出した。
その動きはとても速い。 
またいかなる理由か、その足跡はまるで切創のような形をしていた。
0140774 ◆2X2FcMljDo 垢版2020/02/04(火) 01:06:54.48ID:L5LLTQZF
「――危なかったな、あんたら」

未成年者略取の現行犯は、しばらく走った後で立ち止まると、そう言った。

「アイツ、どんなに斬り刻んでやってもすぐに再生するんだ。
 あのままじゃ、死ぬまでアイツと踊る羽目になってたぜ」

「……それで、あんたら、どっちだ?落っこちてきた方か?それとも引きずり込んでくれた方か?」

「いや、まぁ、どっちでもいいんだけどな。どちらにせよ提案は一つだ。
 手を組もうぜ。世界の裂け目を探すんだ」

落っこちてきた方なら、それは帰り道になるかもしれない。
引きずり込んでくれた方も、それを塞ぐ事でこの世界を少しマシに出来るかもしれない。

「俺は落っこちてきた方で、はぐれた仲間を探してるんだ。ついでに帰り道もな。
 あんたらがどっちであれ、戦力が多くて困る事はないだろ」

ところで、男は自己紹介をするつもりはないようだった。
忘れているのか、長い付き合いにはなるまいという考えかは分からない。

「どうせツレを探さなきゃいけないから、行動指針はあんたら優先でいいよ。
 元いた世界への帰り道を探すか、この霧の中でゴミ掃除をするかは、任せる。
 どうよ、悪い話じゃないだろ?」
0141ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/02/11(火) 23:12:12.90ID:o1OwvmhC
【フリーフォール・イン・アロングサイド(T)】

『……自由?』

少女が動きを止めた。だが、蜘蛛は違った。瞬爪の軌道で空気密度が歪む。
衝撃の輪郭が胸板を僅かに掠め、牛皮のビブ・エプロンに派手な裂傷が刻まれる。
これでもう、後戻りは出来ない――――客前はおろか、厨房にすら立てない装いになった。

『自由……それは……なんですか?私は……何をすればいいんですか?』

「……俺は哲学者じゃない。自由それ自体の定義を決めるのが、自由だ。
 フィールド・ワークの手始めに、玩具屋の生き様でも観察しておくといい」

『そなた、ナナ嬢のことを”この世界で最後から二番目に殺すネームレス”と言ったな』

「少なくともNo.774に関しては、その通りだ。俺の方が先に倒れる心算は無い」

『ならばこの世界からいなくなれば殺す必要もなくなるということか』

「おそらく今のお前と俺では、世界の認識が違っている。
 そして俺は、世界を守る為に戦っているわけではない」

刃を伏せた前傾姿勢。瓦礫の弾幕を遮蔽にして、死角から蜘蛛の旋回半径へと踏み込んだ。

『この世界にいる限りきっと自由は手に入らないだろう。共に他の世界への抜け道を探してみないか?
 もしも他の世界に行けたら、その時こそそなたは自由だ。
 賛同してくれるなら……先程みたいにそいつの脚を封じておいてくれ』

「その願いが叶う時、ソレは、自由な世界で俺が最初に殺すネームレスになるだけだ。
 障害となるならば、お前は、自由な世界で俺が最初に戦う中年玩具屋になるだろう」

『私……は……私には……分かりません……自由……その、意味が……』

横薙ぎの爪撃を受けて左刃が砕けた。追撃を再投影した右刃で打ち上げ、反動で飛び退る。
――――前脚が、二本揃っている。蜘蛛の再生速度は、剣の投影速度を上回りかけていた。

『……所有物でなくなって、自由になれ』

「そうだ。命令を即座に実行しろ」

『その命令は……ごめんなさい。すぐには、実行出来ないようです』

「それでいい。今、その迷いと答えを生み出した"何か"が、お前の中には在った筈だ」

『なので――時間を、頂けますか?……その、考えて、みますので……』

「時間は稼ぐと言った。ついでに、もう一つインストラクションを与えてやる―――」

背後を見なくても判った。今は未だ名も無き翼が、その羽根を広げようとしている。
ならば、俺の役割は一つだ。魔術師は振り向きもせず、己の両掌に白銀を投影した。

「―――考えるんじゃない。感じるんだ」
0142ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/02/11(火) 23:13:23.78ID:o1OwvmhC
【フリーフォール・イン・アロングサイド(U)】

『――危なかったな、あんたら』

「承知の上だ。奴を放置しておけば、いずれ霧の外の人類が同様の危機に晒される」

『アイツ、どんなに斬り刻んでやってもすぐに再生するんだ。
 あのままじゃ、死ぬまでアイツと踊る羽目になってたぜ』

「構わない。死の舞踏であれば、多少の心得はある」

『……それで、あんたら、どっちだ?落っこちてきた方か?それとも引きずり込んでくれた方か?』

「俺は、そのどちらでもない。ネームレスを消滅させる為だけに存在するブレイヴだ。
 そこの玩具屋は掴み落とされ、引きずり込まれた手合いだ……そうだな、ベル?」

―――この男、軍属か。敵意は見せていないが、現時点で信用を置く事は出来ない。
異世界からの来訪者であるという点に於いて、奴と境遇が等しいベルの反応を探る。

『いや、まぁ、どっちでもいいんだけどな』

「……どっちでもいいらしいぞ、ベル」

『どちらにせよ提案は一つだ。手を組もうぜ。世界の裂け目を探すんだ』

「目的を聞かせろ。場合によっては、互いの利害を喰い合う事になる」

『俺は落っこちてきた方で、はぐれた仲間を探してるんだ。ついでに帰り道もな。
 あんたらがどっちであれ、戦力が多くて困る事はないだろ』

「こちらと行動原理の異なる戦力など、俺にとっては敵対勢力と大差が無い」

『どうせツレを探さなきゃいけないから、行動指針はあんたら優先でいいよ。
 元いた世界への帰り道を探すか、この霧の中でゴミ掃除をするかは、任せる。
 どうよ、悪い話じゃないだろ?』

無作為抽出した異界の玩具箱をファンタスティックに打ち撒いたかの如き光景。
転がる瓦落芥の中から、前のめりに倒れていたハイバック・ソファを蹴り起こす。

「ならば、一時的なアライアンスと割り切った上で、条件が二つある。
 一つ、お前達の身上、この世界で得た経験と情報を可能な範囲で全て話せ。
 一つ、そちらに名乗る心算が無いのならば、今後は"フォール"とでも呼ばせてもらう」

俺は、上張りが破れた埃まみれのソファに腰を下ろし、少女を膝に乗せた。

「こいつは、不確定名称"ナナ"……今は未だ俺の所有物だ」
0143ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/02/15(土) 06:22:40.15ID:fxMf85Qd
>「おそらく今のお前と俺では、世界の認識が違っている。
 そして俺は、世界を守る為に戦っているわけではない」

私は元の世界に帰るための手段として他に宛てもないので結果的に召喚者側に協力しているような形になっているだけで、別に世界を守るために戦っているわけではない。
ブレイヴの方こそ世界を守るために戦っているようにも見えるが……。

>「その願いが叶う時、ソレは、自由な世界で俺が最初に殺すネームレスになるだけだ。
 障害となるならば、お前は、自由な世界で俺が最初に戦う中年玩具屋になるだろう」

「どうして……そこまで……」

ここで私は一つの仮説に思い至った。
ブレイヴがネームレスというネームレスを殺すことを定義付けられた存在だとしたら、辻褄が合う。
そうだとすれば、ナナが”この世界で最後から二番目に殺すネームレス”ということは、優先順位としてはかなり最後の方となるわけで。
そしてブレイヴの言う所の”世界”からネームレスがいなくなる可能性は絶望的に低いように思える。
つまり、実質あまり心配する必要はないのかもしれない。
待てよ? ナナが最後から二番目ということは、世界で最後に殺すネームレスは――誰だ?
先程ブレイヴは“俺の方が先に倒れる心算は無い”と言った。
そして、その時は気のせいで流したが、ソロモンがブレイヴがいる厨房を透視したとき、ネームレスがいるような状態に見えたという。
ブレイヴが世界で最後に殺すネームレスは、まさか――

>『私……は……私には……分かりません……自由……その、意味が……』
>『……所有物でなくなって、自由になれ』
>「そうだ。命令を即座に実行しろ」
>『その命令は……ごめんなさい。すぐには、実行出来ないようです』
>「それでいい。今、その迷いと答えを生み出した"何か"が、お前の中には在った筈だ」
>『なので――時間を、頂けますか?……その、考えて、みますので……』
>「時間は稼ぐと言った。ついでに、もう一つインストラクションを与えてやる―――」
>「―――考えるんじゃない。感じるんだ」

二人のやりとりを見ていると、突如として現れた何者かによって魔族は一瞬にして細切れになった。

>「――何ボサっとしてんだ!逃げるぞ!こっちだ!」

ナナの手を掴んで走り去る男。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

慌てて男を追う。

>「――危なかったな、あんたら」
>「アイツ、どんなに斬り刻んでやってもすぐに再生するんだ。
 あのままじゃ、死ぬまでアイツと踊る羽目になってたぜ」
0144ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/02/15(土) 06:23:39.18ID:fxMf85Qd
>「構わない。死の舞踏であれば、多少の心得はある」

「いや……私は構うぞ。とりあえず助けてくれて礼を言う」

>「……それで、あんたら、どっちだ?落っこちてきた方か?それとも引きずり込んでくれた方か?」

>「俺は、そのどちらでもない。ネームレスを消滅させる為だけに存在するブレイヴだ。
 そこの玩具屋は掴み落とされ、引きずり込まれた手合いだ……そうだな、ベル?」

「その通りだ。引きずり込んだ側とも一応面識はあるが元の世界に帰す手段は持って無さそうだ。
あるいは多大なコストがかかるか成功率が低くて実質無理といったところか」

>「いや、まぁ、どっちでもいいんだけどな。どちらにせよ提案は一つだ。
 手を組もうぜ。世界の裂け目を探すんだ」

>「目的を聞かせろ。場合によっては、互いの利害を喰い合う事になる」

>「俺は落っこちてきた方で、はぐれた仲間を探してるんだ。ついでに帰り道もな。
 あんたらがどっちであれ、戦力が多くて困る事はないだろ」

>「こちらと行動原理の異なる戦力など、俺にとっては敵対勢力と大差が無い」

>「どうせツレを探さなきゃいけないから、行動指針はあんたら優先でいいよ。
 元いた世界への帰り道を探すか、この霧の中でゴミ掃除をするかは、任せる。
 どうよ、悪い話じゃないだろ?」

「確かに……ネームレスを消滅させるにしてもどこに発生源があるのかも分からない。
帰り道を探すにしてもどこにあるのか分からない。
つまりこの中を虱潰しに探索しなければならず、道中で出くわしたどのみちネームレスは倒さなければならない。
行動原理は異なっても当面やる事自体は対立はしないように思うな」

ブレイヴは何故かソファを蹴り起しながら、条件を提示した。

>「ならば、一時的なアライアンスと割り切った上で、条件が二つある。
 一つ、お前達の身上、この世界で得た経験と情報を可能な範囲で全て話せ。
 一つ、そちらに名乗る心算が無いのならば、今後は"フォール"とでも呼ばせてもらう」

「私は橘川鐘、またの名をティンカーベル。いきなりこの世界に召喚されてそれから……」

私は自分の素性と今までの経緯をかいつまんで正直に話した。
仮に相手が悪意を持っていたとしても、情報開示したところで悪用できるほどの大した情報も持っていない。
私に続いて、ブレイヴがナナを紹介する。それはいいのだがブレイヴの方を見ると……
ブレイヴは何故かソファに座ってナナを膝に乗せていた。

>「こいつは、不確定名称"ナナ"……今は未だ俺の所有物だ」

「誤解を生みかねない表現はやめないか!?」

私はブレイブにとりあえずツッコむと、謎の男に慌てて言い訳を始める。

「あ、あれは別にそういう意味ではない! 膝の上に乗せてるのも多分深い意味はない!」
0145774 ◆2X2FcMljDo 垢版2020/02/21(金) 00:52:54.03ID:Xu2iuhYH
>「ならば、一時的なアライアンスと割り切った上で、条件が二つある。
  一つ、お前達の身上、この世界で得た経験と情報を可能な範囲で全て話せ。
  一つ、そちらに名乗る心算が無いのならば、今後は"フォール"とでも呼ばせてもらう」

「ああ、そういや自己紹介がまだだったか……でも、フォールか。
 いいな、それ。響きがかなりカッコいいじゃん、気に入ったぜ。
 俺の事は是非、『フォール』と呼んでくれ」

>「私は橘川鐘、またの名をティンカーベル。いきなりこの世界に召喚されてそれから……」

「またの名を?どっちでも呼んでもいいって事か?」

>「こいつは、不確定名称"ナナ"……今は未だ俺の所有物だ」
>「誤解を生みかねない表現はやめないか!?」

ブレイブの膝に乗せられた774はブレイブの胸に体を預けて寄り添っている。
彼女の素体には従順性と帰巣本能を植えつける為に、犬が使われている。
触れ合いに安堵を覚え、また目を合わせるように主を見上げているのはその為だった。

「あー……オーケイ。キッカワは言いにくいし、ベルって呼ばせてもらうよ。構わないよな?」

>「あ、あれは別にそういう意味ではない! 膝の上に乗せてるのも多分深い意味はない!」

「深い意味がないってそれ直球で『膝の上に乗せてる』って意味だろ!?
 なおさらこえーよ!いいよいいよ!変に取り繕わなくても!」

『――時に、ブレイブ。それにベルよ』

突然、ベルの肩に留まったフクロウが声を発する。

『協力者が得られた事も、目的の優先順位を譲ってもらえる事も良い事だが……
 ……ならば、君達の行動原理を説明しない事には行動が取れないのではないか?』

「うお、なんだそれ……念信器か?随分デカいな」

フォールの呟き――彼の故郷における魔導技術の水準は、この世界よりも高いらしい。

「ていうか、オペレーターがいるのか。だったら丁度いいや。
 そっちの事情について、言える範囲でいいから教えてくれよ。
 この二人は――まぁ、人には得手不得手があるもんな、うん」

暫しの時間が説明に費やされた。

「……なるほど。そこのナナちゃんが世界の穴みてーなモンを探せるから、
 とりあえず行き当たりばったりで人を送り込んでみたって事か」

フォールの理解は状況を完全に把握していると言えた。
0146774 ◆2X2FcMljDo 垢版2020/02/21(金) 00:53:54.19ID:Xu2iuhYH
「……いや、どーせろくでもない感じなんだろうなとは思ってたけど、ひどいな!
 一から十まで自業自得じゃねえか!そりゃ世界も滅ぶ……っと、まだ滅んじゃいないか」

「多分、時間の問題だけどな」とフォールはぼやいた。

「まぁ、いいや。とりあえず……その子を頼って世界の穴を探す。
 出会った、あの……この世界じゃネームレスか。
 アイツらは見つけ次第殺す。ただし戦略的撤退はアリ……って感じでいいか?」

ところで、とフォールがフクロウを見た。

「ネームレスとこの霧の正体とか、なんでこの世界に流れ込んできたのかとか。あんたは何も分かってないのか?」

『……うむ、残念だが』

「……そうかい。ん、お?どうした?」

不意に774がブレイブの膝から降りて歩き出した。

「なんだ?世界の穴がどこか分かったのか?」

フォールが尋ねるも答えはない。
ただふらふらと彷徨うように歩いていく。
その後を追っていくと程なくして、またネームレスが現れた。
厳密にはネームレスに汚染された何かが。
流線型の、両手が刃で出来た、殺人以外に用途などない――それは、機械だった。
それは元いた世界では『ハイランダー』と呼ばれていた。

フォールが腰のサーベルを抜く。
ハイランダーは恐らく774を攻撃する。それを防ぐ為だった。
だがそうはならなかった。ハイランダーは、

「……消えた?」

本来有していたステルス能力。その存在に染み付いていた、隠れ潜み殺める者という概念。
それがネームレスによって魔術的な形で再現された結果だった。

そしてその直後には、ハイランダーはブレイブの背後にいた。
ヒートブレード、無形の刃が閃光と化して「ブレイブとベルを」襲った。

ハイランダーは隠れ潜み殺める者。
最初に見つけた一体目とは別に、もう一体が隠れていたとしても何もおかしな事はない。
0147Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/03/01(日) 13:54:08.92ID:KaxvnB1R
【メタル・ブレイク・ドライバー(V)】

[□]―――[打て]のマーカーだ。予想以上の衝撃で、俺は身体のバランスを崩した。
適当に狙いを付けて打ち込んだシリンダーが、"サンプル"の表面に弾かれている。

「なん…だと?」

《打突時の反動に対する身構え、気構え、面構えが充分ではありませんでしたね。
 負傷までには至らなかった模様ですが、これは貴方の幸運度のテストではありません。
 どうですか? 痛いですか? 痛覚を残された状態で再出荷された事を後悔していますか?》

「何も知らされないで、構えられるものかよ……選んでないコトなら、後悔だって出来ない」

《事前告知はしています。"身体に覚えてもらいます"、と。"痛くなければ覚えません"とも》

[□]―――マーカーに変化は無い。正確な位置を打突するまで続けろ、ってコトか。

「だったら……痛みが足りてなかったんだろうな、その事前告知とやらは!」

怒りに任せた一打が、初めて"サンプル"の表面に密着した状態で停止した。
[○]―――[回せ]だ。連続する指示に従い、今度は集中して精神のトリガーを引く。
打ち付けたシリンダーが高速回転し、先端部分のカッタービットで試験標本を削り始めた。

《なるほど……先程の支援機さんは優しすぎたのですね? 今後は方針を修正しましょう》

「……っ! こいつ硬いぞ!!」

《高硬度であるのは当然です……いいえ、そうでなくては貴方の存在意義はありません。
 私たち【小川のせせらぎの音】が持つ【小鳥のさえずりの音】技術を甘く見ないことです》

「今の環境音は? 支援機が実は、森に棲んでる妖精か何かだったんなら、そう言ってくれ」

《特定の部署名および任務内容を伏せる為の【修正音】です。それらの情報を貴方が――》

「――知る必要ない、だろ? わかってるって……ああもう、耳にタコが出来そうだ」

《ミニスカートに興味が? マスラオタイプのゲノムには深い業が刻まれていたものですね》

「……耳にタコスでも詰まってるのか? 道理で辛酸を極めた人生を送ってそうじゃないか」

《実に快適な環境ですよ? 頭蓋骨にナチョスが詰め込まれてしまっている貴方と比べれば》
0148Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/03/01(日) 13:57:46.74ID:KaxvnB1R
【メタル・ブレイク・ドライバー(W)】

[■>◇]―――やってやる。シリンダーを格納し、俺は右腕を引き絞って改めて狙いを定めた。
脳裏に電流の様な――不可視のレティクルがターゲットと噛み合った――感覚が走る。
撃ち出せ! そう思った時には、すでに鋼柱が台座ごとサンプルを貫通していた。

《なるほど……かなり意外なデータが取れましたね。これは、予想外の不出来です》

「そこは上出来って言うのが正解なんじゃないのか」

《不出来で正解です。と言いますか……あまり、いい気にならないでください。
 今のは、サンプル四天王の中でも最弱の小物。次以降から順次、手強くなります。
 毎回、形状・硬度・質量の異なる第二、第三のサンプルが供給されますから、そのつもりで》

[▲>■]―――シリンダーが引き抜かれたサンプルは、まるで現れた時の逆戻しの様に消えた。
唯一、現れた時と違っているのは、マーカーがあった位置に丸い風穴が開いたという事だけだ。

「小鳥の巣箱の玄関でも作らされてるのか、俺は? ……いや、今の質問は無しでいい」

《……それは残念です。私たちが協力して成し遂げた、初の共同作業を終えての感想は?》

「協力とか共同とか支援って言葉の意味を考えさせられる事件だったよ。それと、腹が減った」

《今回の貴方は、空腹感や消化機能を試験実装されていたのでしたね。
 ですが、喜んでください。食事のことでしたら当分、気にする必要はありません。
 味付けが雑なテクス・メクスの代わりに次のサンプルがすぐに……来たようです、準備を》

――――その後の事は、良く覚えていない。
つまるところ、この単純作業の反復が俺の生活の全てだった。
不意に再生されるひどく断片的な記憶の例外は、支援機の無機質な"声"だけだ。
幾度となく繰り返される"昨日と全く同じ今日"の中で、ただ真っ白な空間に破壊音が響き続けた。
0149Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/03/01(日) 14:00:38.42ID:KaxvnB1R
【ロスト・ロジスティクス】

ARL-X100、実務稼働から一年、冬。
己の肉体はともかく技術と知能に限界を感じる。
悩む頭脳すら持たない結果、俺が辿り着いた境地は"無我"だった。
支援対象に対して特に支援を行わないタイプの支援機への限りなく大きな疑念。
自分なりに少しでも忘れようと思い立ったのが、一日一万回、基準作業量(ノルマ)の杭撃ち!!

マーカーを読み取り、構えて、杭を撃つ。
一連の動作を一回こなすのに当初は五秒から六秒。
一万回を打ち終えるまでに、初日は十八時間以上を費やした。

《何をしているのですか貴方は。このまま試験効率の改善が無ければ光源(ごはん)抜きです》

撃ち終えれば倒れるように寝る。
起きてまた撃つを繰り返す日々。
二年が過ぎた頃、異変に気付く。

《悪くありません。私の方から管理官に追加(おかわり)を申請しておきますね。サンプルの》

一万回打ち終えても、日が暮れていない。
稼働期間五年を超えて完全に羽化する。
ノルマの杭撃ち一万回、三時間を切る!
代わりに――――

《貴方を、上出来です。これなら【修正音】に出向しての【修正音】も兼任できそうですね》

――――労働時間が増えた。ついでに職場が二ヵ所になった。
"代わりに"の用法は、限りなく正しかった。
そのうち俺は考えるのをやめた。
0150ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/03/01(日) 14:03:47.82ID:KaxvnB1R
【インフラックス・インフェクション】

『ネームレスとこの霧の正体とか、なんでこの世界に流れ込んできたのかとか。あんたは何も分かってないのか?』

『……うむ、残念だが』

「俺は、この霧そのものがネームレスの正体である可能性を考えていた。
 魔術的な呪霧だと解釈しても構わないが、厳密には微細な魔導ゴーレムの群体――
 ――端的に表現するならば、ナノマシン・ウィルスを想定する事で、現状の理解が容易になる」

過去の報告事例からは、増殖には死の媒介を必要とする性質が確認されていた。
即ち、ウィルス本体の環境中に於ける生存能力ないし拡散能力自体は低く、脆弱な筈だ。
だが、汚染対象を他生体の殺傷手段へと変貌させる特性により、事実上の"感染力"は著しく高い。

「一度、宿主となった対象の変質が始まれば、その影響範囲は有機物・無機物を問わない。
 魔導技術の産物すら侵蝕された事例を、俺は少なくとも三人……いや、三つ知っている」

『……そうかい。ん、お?どうした?』

言葉を発する事も無く、ナナが夢遊病の足取りでソファから離れて行く。
察するに、余程、俺の膝の上の座り心地が良くなかったのだろう。
……あるいは、煙草を取り出そうとした気配を読まれたか。

『なんだ?世界の穴がどこか分かったのか?』

スラックスの埃を払って立ち上がり、歩き煙草で後を追う。これが賭博師の臨戦態勢だった。
紫煙と白霧の向こう側に、オレと同業者のシルエットが浮かび上がる。2m級のネームレスだ。

「コード・レッドを発令しろ……死神のお通りだ」

この状況には僅かな、だが、確かな違和感があった……何かが違っている。
死線を越える度に増幅されている"魔術師"の観測能力では無い。"賭博師"の直感でも無い。
それらとは別の、汚染され荒廃した異界の勇者の記憶と意志が、俺に一瞬先の未来を直観させていた。

『……消えた?』
「……避けろ!」

――――"奴"が獲物を狙う時に、姿を現している筈が無い。
0151ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/03/05(木) 00:31:53.34ID:bwoL5uzD
謎の男は暫定フォール、私は謎の男からベルと呼ばれることになった。
(私の能力についてと、橘川が元の姿、ベルは変身した姿の名であることを軽く説明しておいた。
敢えて元の姿を見せてはいないが、単にここではいつ敵が襲い掛かってくるか分からないから常に変身しているだけで他意は無い)

>「ネームレスとこの霧の正体とか、なんでこの世界に流れ込んできたのかとか。あんたは何も分かってないのか?」
>『……うむ、残念だが』
>「俺は、この霧そのものがネームレスの正体である可能性を考えていた。
 魔術的な呪霧だと解釈しても構わないが、厳密には微細な魔導ゴーレムの群体――
 ――端的に表現するならば、ナノマシン・ウィルスを想定する事で、現状の理解が容易になる」

「そうだとすれば我々が”ネームレス”と呼んでいる物は”霧”に乗っ取られた生物の死骸、ということか……。
我々がこうして霧の中を動き回れている、ということは乗っ取るには対象が死亡する必要がある、
そして“霧”そのものは殺傷能力を持たない、というところかな。
最初の”ネームレス”はこの霧の中で野垂れ死んだ者だったのかもしれないな」

>「一度、宿主となった対象の変質が始まれば、その影響範囲は有機物・無機物を問わない。
 魔導技術の産物すら侵蝕された事例を、俺は少なくとも三人……いや、三つ知っている」

「無機物だって!?」

>「……そうかい。ん、お?どうした?」

ナナがおもむろにブレイヴの膝から降りて歩き始め、会話が中断する。

>「なんだ?世界の穴がどこか分かったのか?」

「世界の穴かは分からないが何かを感知したのかもしれない」

>「コード・レッドを発令しろ……死神のお通りだ」

ナナの後を追っていくと、2m級の”ネームレス”が姿を現した。
奇しくも、つき先刻“ネームレス”になるのは有機物無機物問わないと言ったブレイヴの言葉が立証されることになった。
それは見るからに機械だった。それも、この世界の系統の中世ファンタジーではなく未来風世界かSFを彷彿とさせるようなデザインだ。

>「……消えた?」

一番後方にいた私は、機械型ネームレスがブレイヴの背後に瞬間移動したのが見えた。
0152ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/03/05(木) 00:33:06.98ID:bwoL5uzD
「危な……」

>「……避けろ!」

ブレイヴが発したのは、まるで自分が狙われているのは大前提としているような、他の者への警告。
ナナやフォールに危険が迫っている様子はない、ということは……私しかいない!
奇跡的に一瞬でその結論に行き着いた私は、反射的に飛び上がった。
下を見ると、閃光の刃が一瞬前まで私がいた空間を切り裂いていた。
ネームレスは二体――最初に姿を現した方が陽動だったようだ。

「少しの間相手を頼めるか? 試してみたい事がある!」

地上にいる者達に声をかけ、私は戦闘域一帯に粉を撒いた。
私の魔法の粉の効果の一つは、“物体にかけた場合は、その物を念動力のように操れる”。
もしもブレイヴの予想通り、霧の正体が概念的なものではなく形があるもので
且つ生物よりはナノマシン等の物体に近い物だった場合、私の能力で操れるかもしれない。
思い返せば、霧の外で遭遇したネームレスは私達異界の者の力を使えば比較的すぐに倒されていたが、
この霧の中に突入して最初に戦った魔族のネームレスは並外れた再生能力を持っていた。
そして、それから私達を助けた時、フォールはこう言った。

>『――何ボサっとしてんだ!逃げるぞ!こっちだ!』

鮮やかに倒したように見えたが、その時は深くは考えなかったが本当に倒したなら急いで逃げる必要は無かったはず。
この霧の中にいる限り、ネームレスは無尽蔵の再生能力を持つのだとしたら――

「動け……!」

霧は私の意思に応え戦闘域から排除され、局地的に霧が晴れた地帯が出来た。

「霧が再生能力を与えているのだとしたら……霧の供給を排除してやればそなた達の力なら容易に倒せる……!」

眼下で激しい戦いが繰り広げられている中、戦闘域への霧の流入を阻止し続ける。
対象に粉を撒く必要がある関係上、広域の霧を操ることなどは出来ず、戦闘域から霧を排除するのがせいぜいだが、
それでもこの予想が当たっていた場合、今後の探索において大いに役立つだろう。
0153774 ◆2X2FcMljDo 垢版2020/03/13(金) 10:16:15.87ID:1LqW3t6s
>「……避けろ!」

ブレイブとベルに襲いかかるハイランダー。
774は翼を広げ、しかし動かない。
どう動いたものか決めかねているのだ。
ブレイブは避けろと言った。だが自分はハイランダーに狙われなかった。
なら、どうするか。ブレイブとベル、どちらを援護するべきなのか。

>「少しの間相手を頼めるか? 試してみたい事がある!」

ベルの援護要請。だが774は動かない。
774の主はブレイブだ。そして敵戦力は未知数。
主が危険に晒される可能性は否定出来ない。
ならば自分がまず無力化するべきは、ブレイブに襲いかかる敵性存在なのではないか。
それとも、そうではないのか。774には分からない。

>「動け……!」

能力行使の為に動きを止めたベルに、ハイランダーが襲いかかる。
774は、気づけばベルに駆け寄っていた。
そして迫るヒートブレードを翼で受け止める。

「…………私は、何を」

続けざまに繰り出される斬撃を、今度は翼から舞い散った羽が食い止めた。
宙に舞う魔力の羽は、なんらかの技法によって空中に固定されていた。

「――ああ、ごめんなさい。私があなたの体をお借りしてしまいました」

774の口から意図しない言葉が紡がれる。
774が宿した異界の勇者の記憶、人格の断片によるもの。

「ですが今の行動に、あなたの意思がまったく存在しなかった訳ではありません。
 何故なら……私は、あなたの一部だから。あなたは私の記憶の断片を宿している。
 それはつまり……私と価値観の一部を、共有しているという事です」

774は自分の口から勝手に言葉が紡がれている事に。
また言葉そのものに、首を傾げている。

「大丈夫。私はただの、あなたの一部……すぐに、ただのあなたになる」

その眼前からハイランダーが消える。ステルス能力だ。
そして再び、それがベルの背後へ現れる。
閃くヒートブレードを、774が再び、翼で受け止めた。

今度は、774自身が咄嗟にその行動を取っていた。

「ほら、ね?」

微笑みを伴う、一言。
それきり、774の口は独りでに言葉を紡ぐ事をやめた。
0154774 ◆2X2FcMljDo 垢版2020/03/13(金) 10:16:28.81ID:1LqW3t6s
ハイランダーは、774から距離を取るように飛び退いた。
相性が悪いと判断したのだ。
『エナジー・ソリディフィ』。エネルギーを固体化し、固定するテクノロジー。
翼と羽によって全方位を防御可能な774は、あくまでも刀剣のようにしか熱エネルギーを利用出来ないハイランダーでは攻めあぐねる。

故に、狙いを変えた。
既に一体のハイランダーを相手取っているブレイブへと。
2対1の形に持ち込んで、畳み掛ける算段だ。
フォールは、どうやら更に追加で現れたハイランダーと戦っているようで、援護は期待出来ない。

とは言え、それでもハイランダーはブレイブを仕留める事は出来ないだろう。
また仕留められない以上、いつかは逆に仕留められる。

二体のハイランダーの内、一体が破壊された時だった。

残されたもう一体のハイランダーがブレイブから大きく距離を取った。
そしてその背後、白霧の奥に、体高10メートルほどの影が現れた。
影には、大きな翼が生えていた。その頭部の上には、光輪が浮遊していた。
端的に述べるなら、それは天使のシルエットだった。

影が大きく右手を伸ばし、ハイランダーを掴む。
霧の向こうから見えた右腕は、汚染された機械で出来ていた。

「……武神」

774が呟く。
天使型の武神はハイランダーを己の胸部へと押し付けた。
ハイランダーは天使の胸部へと埋まり、飲み込まれた。

たちまち、天使の右腕が光刃へと変化する。
左手には巨大な散弾銃。
加えて、天使の周囲では霧の流れが奇妙だった。
球体を描くような軌道。重力隔壁による現象だ。

「……おいおい、なんだよこのドデカいゴーレム。逃げた方がいいんじゃねえのか」

フォールがぼやく。

「――やめといた方がいいんじゃない?だって逃げるって、アイツを視界から外すって事だぜ」

だが、撤退は下策だ。
天使型はネームレスの力によってハイランダーと同化した。
そしてヒートブレードを得た。ならば同様に、ハイランダーの他の機能も吸収していると考えるべきだ
つまりステルス能力と、高感度のセンサー類だ。
ここで逃げれば後で巨大なヒートブレードか、散弾銃による暗殺を受ける事になる。

「ここで始末しといた方が、後々のためだと思うけどね」

774が魔力線をより合わせ、固め、槍を作り出す。
天使型の散弾銃がブレイブ達へと、砲弾のようなペレットを発射したのは、それと全く同時だった。
0155ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/03/25(水) 00:51:18.94ID:VdiGP0kc
>「…………私は、何を」

私に迫るヒートブレードを翼で受け止めてから、不思議そうにするナナ。
ナナ自身、正確にはナナの中の一部がその疑問に答える。

>「――ああ、ごめんなさい。私があなたの体をお借りしてしまいました」
>「ですが今の行動に、あなたの意思がまったく存在しなかった訳ではありません。
 何故なら……私は、あなたの一部だから。あなたは私の記憶の断片を宿している。
 それはつまり……私と価値観の一部を、共有しているという事です」
>「大丈夫。私はただの、あなたの一部……すぐに、ただのあなたになる」

機械型ネームレスが眼前から消え、背後に気配を感じるが、私は能力の行使をやめない。
先程の挙動を見るに、ナナなら確実に敵の攻撃を防げると思ったからだ。

>「ほら、ね?」

「ナナ嬢、かたじけない。そなたは自由なるものを獲得しつつあるのかもしれないな」

ナナを相手取るのは不利と判断したのか、ネームレスはブレイヴに狙いを定め二体一の攻防が続く。
霧を排除しておけば倒せるという私の予測が当たっていたのか――やがて二体のうちの一体が破壊された。

「よし! このままいけば……何だ!?」

残った機械型ネームレスが突然ブレイヴから距離を取る。
それは自分の意思で退いたというよりも何かに引き寄せられたような……
背後から巨大な何者かが現れた。
頭上には光輪を頂き大きな翼をもつ、天使のシルエットをした――しかしこれまた機械。

>「……武神」

機械型ネームレスは、武神というらしい天使型ネームレスに吸収されてしまった。
すると機械型ネームレスの能力を取り込んだのか、その両腕が変化する。
0156ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/03/25(水) 00:52:22.10ID:VdiGP0kc
>「……おいおい、なんだよこのドデカいゴーレム。逃げた方がいいんじゃねえのか」
>「――やめといた方がいいんじゃない?だって逃げるって、アイツを視界から外すって事だぜ」
>「ここで始末しといた方が、後々のためだと思うけどね」

ナナは魔力で槍を作り出し、迎撃の構えだ。
と、天使型ネームレスが散弾銃を撃ってきた。
散弾銃といっても巨大なので、弾の一個一個が砲弾のような大きさだ。
が、いかに謎の存在が放つ散弾銃といえど、その弾はいったん発射されてしまえば慣性に従い飛んでくる物体……のはず。

「止まれええええええええええ!!」

砲弾はすぐには止まらないが、幸い私の能力は通用し、ギリギリ対処できる程度に速度が落ちた。
砲弾を足場にするように蹴落としつつ、上空に舞い上がる。
霧を排除する作戦のために一帯に常時魔法の粉を撒いていたのが幸いした。
それがなければどうなっていたか分からない。

「距離を取っても散弾銃で攻撃されるなら……一気に畳み掛けるしかないようだ……!」

私は、蹴落とされたり慣性を失って地面に落ちた弾達を浮かび上がらせる。一斉攻撃の準備だ。
なんのことはない相手が撃ってきたものを撃ち返すといういつもの手口だが、今回は一個一個が巨大だ。
それ自体は大きなダメージには至らなくても、ナナやブレイヴが攻撃する際の目くらましには充分効果を発揮するだろう。
0157ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/04/27(月) 22:01:35.99ID:nQ8trCJi
【インフラックス・インフェクション(U)】

『危な……』

攻撃を垂直方向に回避するベルを背にして、俺は水平方向に動く。
即ち、最初に一機目が出現した正面側に向かって飛び出していた。

『少しの間相手を頼めるか?』

「―――断る。持ち堪えて見せろ!」

ベルが上方への退避を選択した時点で、追撃から空中での防衛戦になると踏んだ。
敵機は二体。この戦局で最も警戒すべきは外側からの挟撃だった。
陸戦で足止めが出来れば、数的優位を保てる筈だ。

「俺が、道案内をしてやる。此処は貴様が……俺達が居るべき世界じゃない」
0158Interlude ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/04/27(月) 22:04:23.30ID:nQ8trCJi
【ツイン・ブラッド(U)】

『そんなくだらない理由で、追いかけっこを始めたのかい? 勝手に僕を鬼にしてさ。
 それとも隠れん坊をやってる心算だったのかな……探すのに随分と苦労したよ』

「イザヤ……何をしに来た」

『そんなに警戒しないでくれよ、傷付くじゃないか。僕は兄さんを迎えに来たんだ』

廃城のバルコニーを吹き抜ける風に梳かされた俺と同じ色の長髪が、空に流されている。
イザヤが髪を伸ばし始めたのは、何時からだったのか。そんな事も、もう思い出せない。

「親父は、どうした」

『あれからずっと、母さんとミリヤを探し回ってるよ。手掛かりは無いけどね。
 二人が見つかった時に、兄さんが居なかったら、きっと悲しむ。
 特に、ミリヤは寂しがり屋だったから――』

「――黙れ!」

『城の中、酷い有様だったね。あれを一人で全部やったんだとしたら、見直したよ。
 すごい才能じゃないか。そして今は、僕の事まで殺そうとしてる……違うかい?』

「俺は、お前達とは違う。俺は……人間だ」

『嘘だね。力の強き者が、殺して、支配して、増殖する。
 それが僕達の本能だ。この世界の、たった一つのルールだ。
 ただ、人類よりもネームレスの方が強く純粋な存在だっただけの事さ』

鮮血の色をしたクリスタルを手の中で弄ぶイザヤの眼差しに、迷いは無い。空虚だ。
発展でも繁栄でも無い機械的な増殖は、単なる結果だ。それは目的ですらなかった。

「もう止めろ。それ以上、この力を使えば……引き返せなくなる」

『引き返す? そうか……兄さんは、まだ引き返す場所がある心算でいたんだね。
 それって、この城の地下を移動してる生体反応の事かな? 一つ、二つ、三つ』

「―――イザヤ!!」

『……四つ。ああ、子供も居るね、可哀想に。兄さんを入れても、たった五つか。
 これじゃあ、僕の鬼の番は直ぐに終わりそうだ。ブレイヴ・セッター……!!』

陽光に翳された血晶の紅い影が周囲の大気を染め上げ、風圧にイザヤの髪が逆立つ。
俺の胸部に癒着したクリスタルが共鳴し、ジャケットの襟口からラグナ粒子を吹き出す。

「うおおおおおおっ! ブレイヴ・セッター!!」
0159ブレイヴ ◆u0tKBm6XaGtQ 垢版2020/04/27(月) 22:07:51.98ID:nQ8trCJi
【インフラックス・インフェクション(V)】

現界した灰色の魔導騎士が白霧の前線を突き破り、ハイランダーを強襲する。

《メタル・ブレイク・ドライバー――――》

動力部の位置は、右腕が知っていた。

《――――イグニッション!!》

心臓を串刺しにされても尚、凶刃を振るう狩人の腕/末端関節部を騎士の左手が抑え込む。
ハイランダーの修復能力とMBDの掘削性能/トルクと魔導粒子の干渉が回転軸で拮抗する。

『試してみたい事がある!』

ベルとナナの周囲では、霧の消えた空間が形成されていた。あの領域を広げる算段らしい。
やがて、二名と交戦していた二機目が目標を変更する。こちらの膠着状況を察知されたか。

『動け……!』

スラスターを焚き、旋回をかけながら敵機を白いヴェールの向こう側へと押し込んで行く。
刺し貫いたままで霧の"台風の目"の中へと叩き込み、接近中の二機目へと激突させた。

《……貴様は其処で永遠に停止していろ、ハイランダー》

修復能力を失った一機目が沈黙。MBDを引き抜く動作で奇襲地点を振り返った。
オーバーヒートした鋼柱は歪み、白霧とは異なる燻んだ蒸気を立ち昇らせている。

『よし! このままいけば……何だ!?』

『……武神』

『……おいおい、なんだよこのドデカいゴーレム。逃げた方がいいんじゃねえのか』

衝突で弾き飛ばされた二機目は、新たに出現した10m級と融合を果たしていた。
フォールは、やや位置が遠いか。三機目の増援となるハイランダーと交戦中だ。

『止まれええええええええええ!!』

天使型の掃射に対応して、ベルは展開中の能力で減衰を掛けた。
その弾道を、さらにラグナ・フィールドの斥力が歪曲、散逸させる。

『距離を取っても散弾銃で攻撃されるなら……一気に畳み掛けるしかないようだ……!』

《―――ベル、直ぐに撃ち返して距離を取れ!》

散弾銃からの射出体が、通常の運動エネルギー弾であるとは限らない。
それらが彼我の間で浮遊状態にある戦術的リスクは、滞空時間と共に増大する。
対象の性質が不明である以上、少なくとも第二射による包囲を受ける事態は避けるべきだ。
0160ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/04(月) 22:10:10.87ID:VxaUrVxk
>《―――ベル、直ぐに撃ち返して距離を取れ!》

ブレイヴの何か危険を予知したかのような言葉――彼の戦闘に関する感覚は確かだ。
私は言われた通りに、制御下にある砲弾を一斉にぶつけつつ距離を取る。
重力操作の能力だろうか、大半の砲弾が不自然に軌道が逸れていくが、
逸らし切れなかったのであろう何割かが当たり、ついにバランスを崩し転倒する。
その隙に接近したナナの持つ魔力の槍が、天使型ネームレスの胸部を貫いた。

「やったか……先に進もう」

歩き始めた途端、突然ナナに突き飛ばされる。
直後、私とナナのすぐ横を、巨大な魔力弾らしきものが通り過ぎていった。

「……また助けられたようだな」

天使型ネームレスが起き上がりつつこちらに散弾銃を向けている。

「まだ生きていたのか。しかも今度は魔力の弾だと……!?」

物理的な砲弾では撃ち返されることを学習したのか……!
いったん排除していた霧が、まるで引き寄せられるかのように周囲に集まってきていた。
その時だった。

「チェストぉおおおおおおおおおおおおお!!」

奇声と共に赤い閃光(※ガ〇ダム的な意味ではない)が閃いた。
突如として現れたその謎の物体は天使型ネームレスに札を貼りつけ、ドヤ顔で三点着地をキメていた。
球体に顔と手足がついたような、漫画に出てきそうな謎生物だ。
見れば変な札が天使型ネームレスの額に貼り付いている。

「狙いが外れてしまったか……。まあいい、どこに貼ろうが効果に影響はない。
本来ならすでにオーバーキル状態、ならば名を与えてやれば容易く自壊する!」

謎の生物が何か言っている。
狙いが外れたのではなくわざとじゃないだろうか。程なくして天使型ネームレスはド派手に爆発した。

「もう逃がさないぜシェアワールドの1! 貴様がこの世界に逃げ込んだのは分かっている……!」

「えーと……かたじけない、そなたは……?」

謎の生物が指パッチンすると、天麩羅定食が現れた。何かの手品だろうか。

「いただきます!」

「あ、自分で食べるのか……別に構わないが」

「食べないと皿の底の文字が見えないからな」

言われてみれば定食の皿の底に、何か書いてある。
0161ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/04(月) 22:13:26.78ID:VxaUrVxk
【天麩羅プレート】

名前:首領パッチ
種族:アルプス山脈の純粋な水にのみ生息する妖精(自称)
年齢:?
性別:男?
身長:可変。人間の腰ぐらいまでの大きさに描かれていることが多い
体重:可変
性格: ハジケリスト(直訳するとバカ)
所持品:首領パッチソード(長ネギ)、彼氏の”やっくん”(変な顔の人形)
容姿の特徴・風貌:トゲトゲと手足と顔がついた赤い球体
簡単なキャラ解説:NPCにつき操作自由なんだぜ!

【属性】
真か偽かなど愚問、何故なら首領パッチとは一にして全、全にして一なる存在だからだ……!

【所属世界】:
なんでもいいからここをTRPGスレにしろ ttps://w.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/345.html
東方TRPG ttps://w.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/162.html
0162ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/04(月) 22:16:51.59ID:VxaUrVxk
私が皿の底を読んでいる間に、謎の生物は爆心地に残っていた札を回収した。
札には「とっとこハム次郎」と書いてある。

「その札は……?」

謎の生物は、とっとこハム次郎の文字をこすって消しながら応える。(何回も書いたり消したり出来るらしい)

「この札は“ネームプレート”――彷徨える魂に名を与えることにより世の理に引き戻しその不死性を絶つ。
”ナナシ””ネームレス”とはあらゆる生命が持つ”名”の枷から解き放たれることにより世界の理から外れた存在……」

書く名前は真名を書かないと効果を発揮しないとかではなく別に適当でいいんだ……
と思った私であった。

「よく分からないが貼ったらネームレスを倒せるアイテムだということは分かった。
先程口走ったシェアワールドの1というのは何だ?」

「オレ達はそう呼んでいるが他の呼び名もあるかもしれないな。
分かりやすく言えば大魔王とか悪の帝王とかラスボス候補とかネームレスの王とかいうやつだ。
最近の流行に乗っ取って例えると鬼〇辻無惨ポジション的な!?」

「その例えいるか!?」

「奴はこの世界を拠点として多元世界征服を目論んでいる!
全ての生命をネームレスとして自らの手中におさめた暁にはそれを走狗とし他の世界に侵略する算段だ……!
というわけでここで会ったのも何かの縁、力を貸してくれ! 共にシェアワールドの1を倒そう!」

半信半疑、というより適当言ってそうな要素しかないが、
ネームレスの無限の再生力を封じるアイテムを持っているというのは大きすぎる。
謎の生物は長ネギを地面に立てて手を離し、長ネギが倒れた方向を指さしながら自信満々に言った。

「こっちだ……! 濃厚な奴の気配を感じるぜ!」

「今棒倒ししたように見えたのは気のせいだろうか」

なし崩し的に付いていった先には、いかにもなデザインの重厚っぽい扉があった。
0163ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:16:07.14ID:eFzRhlik
ゴゴゴゴゴゴ……

まるで我々を歓迎しているかのように、重々しい音を立てながら扉が開いた。
尚、ブレイヴは霧の中に潜んでいるネームレスを駆逐すると言って単独行動に移ってしまった。

「これ、入っていいのか……? 明らかに罠じゃないのか!?」

「えいやっさー!」

入っていいものか躊躇っていると、首領パッチに後ろから突き飛ばされて強制的に入れられた。
部屋の中には、濃霧が立ち込めていた。

「フハハハハ!! よく来たな―― 我こそは名も知られぬ混沌の神……この”霧”を作り出した元凶よ!」

ファンタジー悪役あるあるの銀髪長髪の超絶美青年が、これまたありがちな悪役笑いをしながら出迎える。
ただ、ケモミミキャラが被ったら丁度耳を出すのに良さそうなデザインの変な帽子を被っているところだけがあるあるでは無かった。

名前:名も知られぬ混沌の神
種族:邪神
年齢:少なくとも1億と2、3歳以上
性別:可変
身長:可変
体重:可変
性格: 常に世界を混沌に陥れようとする(意訳するとバカ)
所持品:いかにも邪神っぽい仰々しいデザインの杖
容姿の特徴・風貌:銀の長髪の超絶美青年の姿を取っているが変な帽子を被っている
簡単なキャラ解説:闇黒波動を自在に操り混沌の異名を持つ高貴なる神
         世界征服を目論む帝国の幼女皇帝の側近

【属性】
真か偽かなど愚問、何故なら我は原初の混沌だからだ……!

【所属世界】:
闇黒神話TRPG  ttps://w.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/576.html

「ここまで来れたことは誉めてやろう! だがッ! 飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ!
貴様らはまんまと我が罠にかかったのだ。
間もなくあらゆる世界が交差する“クロスワールドの刻(とき)”が訪れる……。
それを皮切りに私は多次元への侵略を開始するッ!
喜べ、貴様らは最強のネームレスの素体となり我が幼女皇帝陛下の悲願達成の礎となるのだ……!」

「幼女皇帝のパシリめー! やーいロリコン!」

「ロリコンちゃうわ! この1.5頭身が!」

首領パッチと混沌の神がののしりあっているところに、知らない人が乱入。

「そうよ、幼女を馬鹿にしちゃ駄目!
唐突に思い出したけどそういえば昔の仲間に幼女が好きな神官がいた気がするわ」
0164ティンカー・ベ ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:19:16.93ID:eFzRhlik
名前:アイラ・フォーチュン
種族:古代エルフの末裔のハーフエルフ
年齢:少なくともアラ240歳以上
性別:女
身長:元スレで明記無し・少し高めと思われる
体重:元スレで明記無し・少し軽めと思われる
性格: ツッコミ属性と見せかけて天然ボケ・お宝好きで儲け話好きで貧乏性
所持品:王道なデザインの魔導士の杖
容姿の特徴・風貌:公式設定で決まっているのは少し尖った耳程度
簡単なキャラ解説:かつて真性幼女勇者(オリキャラRPG)とか見た目幼女ドワーフ(オリキャラRPG2)と共に世界を救った魔法使い

【属性】


【所属世界】:
オリキャラRPG ttps://w.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/417.html
オリキャラRPG2 ttps://w.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/38.html

「そなた、いつの間にいた……?」

「さっきからいたわよ?」

よく見ると彼女の後ろにも扉がある。
どうやらこの部屋に私達が入ってきた扉以外にも色々と別ルートがあったらしい。
更に、もう一人――いや、一人と一匹が登場した。夏っぽいイメージの人型生物が小さい犬を肩に乗せている。

「名前忘れたけど週一ペースで現れる有象無象の魔王や邪神の一人め! よくも我を異次元に飛ばしてくれたな……!
おかげでうっかり記憶喪失になって南国の島で店舗経営をしていて遅くなってしまった!」

「覚悟しいや!」

名前:アクエリアス・シラート
種族:半妖(母親が水の大精霊)
年齢:?
性別:女
身長:可変
体重:可変
性格: 夏休みを全力で楽しむ中学生のような性格
所持品:精霊魔導銃“ツインマーキュリー”
精霊魔導器“タイタン”
容姿の特徴・風貌:装備は上からゴーグル/タンキニにパーカー/ショートパンツ/サンダル
簡単なキャラ解説:神木によって多数の異次元と連結して週一ペースで魔王や邪神が攻め込んでくる世界の公務員
しょっちゅう任務中に他の世界に飛ばされては行方不明になるらしい

【属性】


【所属世界】:
こちら"ミルダンティア王都立市街魔術迷宮捜査局"!
ttps://w.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/398.html
南国の楽園バハラマルラTRPG
ttps://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1475651973/l50
0165ティンカー・ ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:23:16.69ID:eFzRhlik
名前:紅蓮再帰(ブラッディマルス)チャロ
種族:犬
年齢:元スレでは0歳だったが今は不明
性別:漢
身長:犬サイズ
体重:犬サイズ
性格: 関西弁で喋る犬
所持品:赤い星のペンダント
容姿の特徴・風貌:右耳が白、左耳が茶色の犬。マッパに首輪に赤い星のペンダント。
簡単なキャラ解説:元々はN〇Kの英語の勉強用ラジオ番組のキャラだがほぼ面影が無い
         当時のPLが何を思って”紅蓮再帰(ブラッディマルス)”の枕詞を付けたのか、今となっては誰にも分からない

【属性】


【所属世界】
古代神聖チャロッゼン帝国の憂鬱 ttps://w.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/396.html
こちら"ミルダンティア王都立市街魔術迷宮捜査局"!
ttps://w.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/398.html

「自己紹介は済んだか――そろそろ行くぞ! いでよ、混沌の魔獣――闇黒灼熱地獄《ダークインフェルノ》!」

混沌の神がいかにもな技名を叫ぶと、仰々しい演出と共に空間が歪み、混沌の魔獣が召喚される。
両手にバチを持った褌一丁の筋骨隆々の暑苦しい漢達(※混沌の魔獣)の集団が突撃してきた。

「あの集団、久しぶりに見た気がする……いや、何を言っているんだ私は。あんなのを見たことがあってたまるか」

「キャー! 変態! こっち来ないで――! マ〇カンタ!」

アイラがわざとらしい悲鳴をあげながら魔法を跳ね返すバリアーを張る。
アイラの出身世界は、魔法とかがしれっとド〇クエに準拠している世界らしい。
魔法の障壁が展開され、混沌の魔獣達が障壁にぶちあたってUターンし、混沌の神に突撃していく。

「なかなかやるな――だがッ! マジックリフレクション!」

混沌の神も魔法反射の障壁を展開する。
混沌の魔獣(※見た目はマッチョ軍団)が二つの障壁の間をエンドレスで往復するシャトルラン状態となった。

「うぎゃあああああああ!! 開幕早々絵面が酷い!!」

あまりの暑苦しさに、首領パッチが床を転げ回っている。

「マッチョ軍団は放っといてこっちからいくぞ!」

アクエリアスの略でエアリス……じゃなかった、
エリアス(とチャロ)が精霊魔導器“タイタン”(空飛ぶキックスクーター)に乗って突撃する。
最近リメイクが発売されたせいかつい間違えてしまった。
噂によると単語って最初の文字と最後の文字が一緒だと同じに見えるらしい。

「アクアカッター!」

「ダークスラッシャー!」
0166ティンカー ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:30:29.34ID:eFzRhlik
エリアスは、二丁一組の精霊魔導銃“ツインマーキュリー”を操り、超高圧の水の刃を矢継ぎ早に放つ。
闇の波動を放つオーソドックスな闇魔法みたいなやつで対抗する混沌の神。

「普通にバトルしている……だと!?」

さりげなく背景で驚き役になろうとしていた私だったが、首領パッチが息も絶え絶えにネームプレートを差し出してきた。

「オレはもう駄目だ……。アイツにこれを貼りつけろ……!」

「分かった!」

「えっ、心配するリアクションとか全く無し!?」

「省略した!」

私は躊躇いなくネームプレートを受け取り、混沌の神の背後に向かって飛ぶ。
アイラは背景で解説役と化していた。

「闇黒灼熱地獄《ダークインフェルノ》……
あまりの暑苦しさにより気温を上昇させ敵を熱中症で死に至らしめる恐ろしい技だったのね……!」

「貰ったぁああああああ!!」

混沌の神がエリアスとの戦闘に気を取られている隙にあっさり背中にネームプレートを貼りつける事に成功した。
よく見るとネームプレートには「ラスボス」と書いてあった。

「き、貴様―っ、何を貼った!?」

辺りに濃霧が立ち込め、何も見えなくなる。

「この機材ここでいいんすかね!?」「ばっきゃろー! それはこっちだ!」「電飾が付きません!」

混沌の魔獣達が忙しそうに走り回っているのは気のせいだろうか。
その間にエリアスは首領パッチに青いジュースをぶっかけていた。

「ふぅ、生き返ったぜ!」

「運が良かったな、我はステータス異常:熱中症に対しては無類の強さを誇る……!」
0167ティンカ ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:32:20.99ID:eFzRhlik
そうしているうちに霧が晴れ、形態変化した混沌の神の巨大な姿が目の前に現れた。
俗に言うところのラスボス第二形態だ!
巨大な舞台装置のようなものの上に人が乗っているようなデザインの、ありがちなラスボス第二形態である。

「少々見くび」

キィイイイイン! とマイクのハウリングのような雑音が響く。

「音響、何やってる!」

「サーセーン!」

「あーあー、マイクテストマイクテスト。少々見くびっていたようだな、まさか貴様らがネームプレートを持っていたとは……。
お遊びはここまでだ……本気でいくとしよう!」

「いわゆる小林〇子系ラスボスだな!」

首領パッチが、皆が思っているけど言っていいものか迷っていることを容赦なく言ってしまった。
ネームプレートに”ラスボス”と書いたからラスボス(小〇幸子)になったのかもしれない。

「小林〇子ちゃうわ!! 必殺、千本桜!!」

「やっぱ小〇幸子じゃん!」

ラスボス(小林〇子系)は千体ぐらいに増殖した。桜は桜でも囮的な意味のサクラだったらしい。

「どうだ、どれが本物か分かるまい!」

「くっ、流石に本物だけが喋っていて丸わかりなんていうご都合展開ではなかった……! 」

「ワイに任しいや! これでも幻術を解くのは得意なんや!」

チャロが赤い星のペンダントを頭に乗せてヒゲダンスを踊りながら英語教材の宣伝を始めた。

「リトルチャロ完全版発売中! 1枚1000万円のところを今だけ800万円!
更に一枚買えばもう一枚ついてくる! 今から30分間オペレーターを増員して受け付けるでー!」

「きゃーすごーい!」「とってもお買い得ね!」

「貴様らァ! そんな悪徳商法に騙されるんじゃない!」

サクラだけあって、サクラ達はチャロの前に一斉に行列を作った!
首領パッチが皆を鼓舞する。
0168ティン ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:36:30.00ID:eFzRhlik
「でかしたチャロ! よーし、ティン! 一気にたたみかけるぞ!」

「ティン?」

「ティン……名前が言えない……!」

「……気付かれてしまっては仕方がない。
その通り、この空間では徐々に名前が消えていき最終的にはネームレスと化すのだ!
もう少し行数……じゃなくて時間を稼げばお前達は完全に名を無くしネームレスと化す!」

「くっ、ラスボスの割に超強力な攻撃を仕掛けてこないと思っていたら
このグダグダの全ては行数稼ぎ……じゃなくて時間稼ぎだったのか…!」

どうせならティンではなくベルの方を残して欲しかった! などと思っている場合ではない。

「やっとみつけたぞー! 今日こそは我が王国の秘宝、”名前が一文字ずつ消えていく呪いのサルマタ”を返してもらう!」

名前:ハロキティア・ギャグファンタジー
種族:何か知らんけど白い猫耳と猫尻尾が生えてる
年齢:元スレでは25歳だったがギャグ仕様につき可変
性別:基本女だがギャグ仕様につき可変
身長:ギャグ仕様につき可変
体重:ギャグ仕様につき可変
性格:直球のバカ
所持品:笑いの金メダル略してワラキン
容姿の特徴・風貌:猫耳猫尻尾、金髪ショート
簡単なキャラ解説:元々トロの勇者の末裔たるギャグファンタジア王国の王女で、
従兄弟で隣国サルマタ―リ王国の王子の二足歩行の白猫と世界を救う冒険の果てにコンビ結成。
ギャグファンタジア=サルマターリ連合王国の女王となった。

【属性】


【所属世界】
ギャグファンタジーTRPG ttps://w.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/204.html

「どうでもいいわよ!」
「ゴルゥアアアアア!! クソみたいな自己紹介で尺を取るんじゃねぇ!!」

哀れ、最悪のタイミングで登場してしまったハロキティアは罵倒の集中砲火を受けた!

「えっ、何この風当たり!?」

「まぁ……タイミングが悪かったと思って気にしないでくれ」
0169ティ ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:39:02.48ID:eFzRhlik
ハロキティアは、混沌の神がかぶっている変な帽子を指さして言った。

「あれが我が王国の秘宝たる呪いのサルマタ! あれを奪えば名前が消えていくのが止まるはずだ!」

「あれサルマタだったのか! 変な帽子かと思っていたが確かに言われてみればサルマタだな!」

「え、これ……サルマタだったのか……? 帽子じゃなくて!?」

「どう見てもサルマタっしょ!」

「かっこいい帽子だと思って被っていたのに……私は今までサルマタを被ってドヤ顔をしていたというのか……!
ぬわ―――――――――――――――ッ!!」

サルマタを被って意気揚々としていたのが余程ショックだったのか、断末魔の絶叫をあげて悶え苦しむ混沌の神。隙だらけだ。

「今よ! 極大消滅呪文、メ〇ローア!」

アイラの放った極大消滅呪文が舞台装置部分を消し飛ばし、混沌の神を地面に引きずり下ろす。
混沌の神は手に持つ杖を柄に、闇の魔力で鎌を作り出して襲い掛かってきた。ありがちな最後の悪あがきだ。

「よくもこの私をコケにしてくれたなぁ! 皆殺しだぁああああああああ!!」

「ブレイヴ殿、私に力を貸してくれ……!」

ブレイヴから貰ったミスリル銀の剣を宙に舞わせ、応戦する。

「うりゃっ」

背後から忍び寄ったハロキティアがワラキン(見た目はおもちゃの金メダルっぽい)で後頭部を殴り、昏倒させた。

「とどめだ! 首領パッチエキス注入!」

首領パッチがすかさず自らのトゲを引っこ抜いてそれをぶっ刺し、首領パッチエキスを注入。

「安心しろ、首領パッチエキスを注入されても死にはしない。オレと同じ思考回路になるだけだ……!」

「そうか、それなら安心だな!」

サルマタを頭から引っこ抜いて奪還しながらハロキティアは同意した。
0170ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:41:08.79ID:eFzRhlik
「……はっ、私は何をしていたのだ……!?」

「きっと呪いのサルマタをかぶって混乱していたのさ」

その時、混沌の神のケータイ(ちなみにガラケー)が鳴った。

「あっ、皇帝様! どこで道草くってるのかって……!? 滅相も無い!
うっかり帽子を被ったら呪われてしまったようで……言い訳無用!? は、はい! すぐ帰ります!」

混沌の神はケータイ(ガラケー)をしまい、気を取り直して口上をする。

「今思い出したんだけど我は通称カオス、皇帝様にはかーくんって呼ばれてるんだったわ!
よくぞ私を倒したな! だがっ、この世界が続く限り我は何度でも」

口上を言い終わる前に容赦なく強制送還っぽいエフェクトが発動する。

「あ、ちょっと待って! 台詞を言い終わるまで強制送還ちょっと待って! ウボァ!」

混沌の神もといかーくんが消えた空間を見つめながら、首領パッチが感慨深げに呟いた。

「終わった……のか」

「世界征服を目論む幼女の帝国の側近の混沌の神が名前を消す力を持つ呪いのサルマタをかぶって自らの名を忘れ
ネームレスの本体たる霧をまき散らしていた……という解釈で合っているのか?」

「何も考えるな、考えたらいけない気がする……! ほら、帰りのゲートが開いたぜ!」

「そうだな――帰り道が開いたということはこれで良かったのだろう」

首領パッチに諭され、私は考えるのをやめることにした。
ゲートは、扉のような形をしている物もあれば、渦巻のようなものもある。
各々の出身世界に対応しているようだ。
フォールが、ゲートのうちの一つの先に、仲間の世界を感じるという。今すぐくぐる気満々だ。
どうやら即くぐるのが正解らしく、ソロモンによると、このゲートは非常に不安定なもので、いつ消えてしまうか分からないらしい。

「そうか、ゆっくり話している時間は無さそうだな。
ノイン殿、イトリ嬢、フォール殿――そなたらも自分の世界に帰るのだろう? ここまで世話になった」

途中から妙に影が薄かったって? 多分背景にいたのだ。
ラスボス戦でいきなり出現した者達も、彼らと同様に元の世界に帰るのだろう。
0171ティンカー・ベル ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:46:27.94ID:eFzRhlik
「ソロモン殿、ブレイヴ殿を連れてこなければ……」

ソロモン(の使い魔)はかぶりを振り、ブレイヴには自分が伝えるから私は早くゲートをくぐるように促した。
続けておそらく新規のネームレスは発生しないことを告げ、私達に礼を言う。
そして、所在無さげに立っているナナの方に目をやり、彼女を連れて帰るようにと。

「分かった――。ソロモン殿、世話になったな。ナナ嬢――私で良ければ共に来るか?」

ソロモン(の使い魔)は話もそこそこに、ブレイヴや他の勇者達に伝えるべく飛び去った。
私はナナの手を引き、共にゲートをくぐる。潜った直後――大変なことに気付いてしまった。
”しまった、ナナ嬢は私の変身していない姿を知らなかった――!”
次の瞬間には、ナナ嬢と手をつないだまま私の経営する玩具屋ネバーランドの店内に佇んでいた。
後ろを振り返ってみると、ゲートはすでに跡形もなく消えていた。後の祭りである。

「……店長!?」

いきなり現れた私達を見て、住み込みバイトの安半(やすなか)くんが腰を抜かしていた。
私は今までの経緯をかいつまんで説明する。

「いきなり行方不明になっていきなり帰ってきたと思ったら
異世界でいろんな世界から集った人達と一緒に名を無くした化け物と戦っていたと……
夢でも見てたんじゃないですか!?
……と言いたいところですけどその子連れて帰ってきちゃいましたもんねぇ
ところでその子、店長の普段の姿は知ってるんですか……? 知った上で着いてきたんですよね?」

「その、実は……まだ知らない」

「ファッ!?」
0172橘川 鐘 ◆.YI5dIT7To 垢版2020/05/13(水) 23:50:28.04ID:eFzRhlik
そして少し時は流れた。
安半くんは異世界での出来事に興味津々のようなので、私は聞かれる都度答えている。

「ああ、そういえば美味しいアンパンが売りの冒険者の店があってな――
そこのアンパンは君の作るアンパンにそっくりだったよ」

「そうなんですか!」

ナナは安半くんが作ったアンパンをむしゃむしゃ食べている。
幸い彼女は、私の普段の姿を知っても大して気にする様子もなく、そのまま私の店に住むことになった。
(ちなみに安半くんは寸止めパンチでアンパンを作り出す能略者だ。そしてそのアンパンは超美味しい)
その時私のスマホが鳴った。

「過激派勢力が暴れていると!? 分かったすぐ行く!」

私は仲間達の方に向き直ると、出動を告げた。

「安半くん、ナナ嬢、出動だ!」

ブレイヴから貰ったミスリル銀の剣を携え、街の平和を守るために美少女妖精戦士ティンカー・ベルは今日も戦う。
ブレイヴがあれからどうしたのか――結局分からず終いだ。
だが、一つだけ分かる事がある。ブレイヴは、自分が死んだらこのミスリルの剣も消えると言っていた。
裏を返せば、この剣が存在している限り、ブレイヴ殿はどこかで生きているということ。
その剣に向かって、有耶無耶のうちに別れて結局言えずじまいだった礼を告げた。

「ブレイヴ殿、かたじけない。機会があればまた……いつかどこかで――」

【TRPG】下天の勇者達【クロスオーバー】 ベル編完! ご愛読ありがとうございました!
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