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ロスト・スペラー 20
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0001創る名無しに見る名無し垢版2018/12/07(金) 18:09:05.48ID:81QT8mxd
未だ終わらない


過去スレ

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0410創る名無しに見る名無し垢版2019/05/06(月) 21:02:11.22ID:P0miyObd
フィッグはバニェスには解らない物が解っていた。
それがバニェスには気に入らないので、何とか理解しようとする。

 「愛とは存在価値を認める事ならば……。
  結局、貴様はマクナク公を愛していたのか、いなかったのか?
  どちらなのだ?」

 「愛される為に愛していた……と言うべきだろうか?
  しかし、それは真実の愛では無い。
  恐らく、嘗ての私はマクナク公を超える物が現れれば、そちらに靡いた事だろう。
  それこそ下等な連中と同様に。
  愛と言っても、その程度の物だったのだ」

 「……今は違うのか?」

 「どうかな……?
  マクナク公を敬愛する気持ちは変わらない。
  だが、昔の様に絶対的な物を仰ぐ気持ちでは無い」

 「新たな『絶対的な物』を探しているのか?
  今度こそ揺るがぬ物を」

 「そうかも知れんし、そうでは無いかも知れん。
  一つ言える事は、能力の強弱は本質では無いと思っている」

 「貴様の言う事は解らん……。
  丸で掴み所の無い、幻の様だ」

 「……私は未だ真に愛すべき物を見付けていない。
  それは愛を知らないのと、同じ事なのかも知れん……」

 「何だ、真面目に聞いて損したぞ。
  結局、貴様にも解らんのだな」

時間の無駄だったなと、バニェスは全身の羽毛を寝かせて落胆した。
フィッグは申し訳無さそうに言う。

 「気を持たせる様な事を言って悪かったな」
0411創る名無しに見る名無し垢版2019/05/06(月) 21:03:00.26ID:P0miyObd
余りにフィッグが素直だったので、バニェスは気味悪がった。

 「謝るな、気色悪い。
  何時も貴様は強気だったではないか……」

 「能力を失ってしまえば、私の実態とは、この程度の物だと言う事だ」

 「能力を取り戻せる様に、サティに進言してやろうか?」

 「……否、恐らく能力を取り戻しても変わらない。
  もし能力が戻っても……。
  そうなったらエティーを離れて、私は旅に出るよ」

 「どこへ行くんだ?」

 「どこへでも無い。
  愛を探しに行く」

愛とは何なのか、バニェスは恐ろしくなった。
フィッグは確実にバニェスより愛を知っていて、愛に近付きたいと思い、愛を求めている。
自分もフィッグの様になるのかと思うと、愛を知らない儘の方が、良いのではと思い始めた。
フィッグはバニェスに言う。

 「愛を見付けたら、貴様にも教えるよ。
  これが私の愛だと、胸を張って言える物を」

バニェスは何も答えられなかった。
普通なら、楽しみにしているとか、或いは、見付かる訳が無いとか、皮肉を交えて揶揄う所だが、
そんな気にはなれなかった。
同じ世界に、同程度の能力を持って生まれた物が、ここまで変わってしまったのだ。
バニェスはフィッグの事を全くの無関係と切り捨てられない。

 「……結局の所、貴様も愛を知らぬのならば、他に知っている物を探す事にしよう」

そう言ってバニェスはフィッグの元を去った。
0412創る名無しに見る名無し垢版2019/05/07(火) 18:38:03.24ID:GAFDSEpx
それからバニェスはエティーの果ての一であるレトの果てに赴いて、そこに置かれている、
アイフの飛び地バーティ侯爵領の別荘を訪ねた。
そこでバニェスは直接バーティに面会しようとしたが、アイフの物に阻まれる。

 「お待ち下さい、バニェス様。
  侯爵閣下は只今、お休み中です」

この別荘はエティーでは無くアイフなので、バニェスも横暴な真似は出来ない。
ここでは領主バーティが至上の存在なのだ。

 「お休み中とは?」

バニェスは平時に休むと言う概念を持たないので、不思議がって問う。
バーティの従僕は答えた。

 「心身の働きを抑え、回復に努めている最中と言う事です」

 「傷付いたのか?
  どこかで戦いでも?」

 「いえ、そうでは無く……。
  侯爵閣下が人間であられた頃の習慣でして……」

バニェスは余り理解出来なかったが、そう言う物だと受け流して、バーティの従僕に告げる。

 「では、伝えてくれ。
  バニェスが訪問に来たと」

 「御用件の方は?」

 「愛の話をしたい」

 「承りました」

従僕が畏まって礼をすると、別荘の上階から、蜉蝣の様な翅を持った淡紅色の女性型の物が、
浮わ浮わと翅を羽搏かせて降りて来る。

 「待て、待てぃ!
  バニェス、今何と言った?」

これがバーティ侯爵だ。
0413創る名無しに見る名無し垢版2019/05/07(火) 18:39:13.92ID:GAFDSEpx
行き成りの事にバニェスは少し驚いて問う。

 「お休み中では無かったのか?」

 「この領地で起きた全ての事象は、我が内の事。
  愛と聞いては黙っておれぬ」

 「何故だ?」

 「何故も何も、私は愛の専門家だからな。
  さて、バニェスよ、愛の話とは何だ?」

妙に張り切っているバーティに、バニェスは気圧されながらも尋ねた。

 「……愛とは何かを知りたいのだ」

 「何の為に?」

 「バーティよ、サティは貴方の子を抱いている。
  それを見て、私もサティとの子を作りたくなった。
  しかし、サティは愛を知らなければならぬと言うのだ」

それを聞いたバーティは大きく頷き、嬉しそうな顔をする。

 「ハハハ、そなたも色気付いたか?」

 「……色気とは何だ?」

 「ウム、ウム、そなたにとっては知らぬ事ばかりであろう。
  熟(じっく)り教えてやるぞ」

上機嫌のバーティにバニェスは不安になった。
0414創る名無しに見る名無し垢版2019/05/07(火) 18:39:55.11ID:GAFDSEpx
何か誤解や行き違いがあっては行けないと、バニェスは冷静にバーティに説明する。

 「私は愛を知らない。
  だから、サティは私とは子を作れないと言う。
  しかし、貴方と子を作ったと言う事は、貴方は愛を知っていると言う事になる」

 「そうだな」

 「子とは愛無くして生んでは行けない物なのか?」

 「この世界で、そこまで拘る必要は無いと思うが……。
  あの子は中々純情だからな。
  我が子を生むとなれば、相手に相応の物を求めるのは仕方あるまい」

 「それで……愛とは何なのだ?」

バーティは深く頷いて、端的に答えた。

 「それは燃え上がる様な熱情であるよ。
  求め求め、焦がれ焦がれて、堪らぬ物だ」

 「そうなのか?
  私は愛と言う物を知らないから判らない」

 「違うね。
  バニェスよ、そなたは既に愛を持っておる。
  そなたはサティを愛しておるのだ」

 「……そうなのか?」

今一よく解らないバニェスは、迷いながら問う。

 「大体だな、愛してもおらぬ物の子を生もう等とは、中々考えぬ物だよ。
  何故、サティとの子が欲しいのだ?」

 「特に理由は無い。
  本当に何と無く、欲しいと思った」

バニェスが素直に答えると、バーティは一層嬉しそうに大きな笑みを浮かべる。
0415創る名無しに見る名無し垢版2019/05/08(水) 18:37:14.06ID:vOey7H8J
彼女はバニェスの目鼻口の無い顔を見詰めて、こう言った。

 「唯、子が欲しいだけならば、その辺の物とでも良かろう。
  私が子を呉れてやっても良いぞ」

バニェスは少し考えて、丁重に断る。

 「……否、貴方の子が欲しい訳では無い……」

バーティは得意になって笑う。

 「ホホホ、サティでなくては駄目なのだろう?
  解っておる、解っておるよ」

彼女の訳知り顔に驚きながらも、バニェスは何故自分はサティでなくては駄目だと思うのか、
その理由を考えてみた。
しかし、直ぐには答が出そうに無い。

 「……解らない。
  何故、私はサティが良いと思うのか?
  これが愛なのか?」

バーティは今度は打って変わって真剣に、バニェスに言う。

 「そうだよ、それが愛だ。
  詰まり、そなたはサティを価値のある存在として認めている」

 「……それは否定しない。
  奴と共にして来た旅は、それなりに楽しかった。
  奴の言う『感情』とやらは、未だ理解し切れていないが……」
0416創る名無しに見る名無し垢版2019/05/08(水) 18:38:03.65ID:vOey7H8J
バニェスの反応にバーティは感慨深気に頷く。

 「初心だな。
  良い、良い。
  幼子を見守る心境であるよ」

 「初心とは何だ?
  私が幼子だと?」

 「初心とは物事を知らぬ様だ。
  初めて愛を知るのだから、それは当然の事。
  何等、恥じる事は無い」

 「別に恥じてはいないが……」

困惑するバニェスに、バーティは告げた。

 「とにかく『一緒に居たい』と思う気持ちが大事だ。
  一緒に居て、楽しいだとか、嬉しいだとか、喜ばしいだとか、そう言う気持ちになるか?」

 「ウーム……。
  少なくとも不快では無いかな……」

バーティはバニェスを凝(じっ)と観察している。
それに気付いたバニェスは、不快感を声に表して言った。

 「何なのだ?」

 「いや、そなたは本当にサティとの子が欲しいのかと思ってな……」

彼女の疑問が、バニェスは解らない。

 「何故、そう思うのだ?」
0417創る名無しに見る名無し垢版2019/05/08(水) 18:39:11.78ID:vOey7H8J
バーティは真面目にバニェスに尋ねた。

 「どうして彼女との子が欲しいと思ったのか、その経緯を教えてくれ」

 「経緯と言われてもな……。
  サティが日の見塔の一室に篭もり切りだったので、どうしたのかと思って訪ねに行ったのだ。
  そうしたら、子を抱いているから離れられないと言う。
  私は子を知らなかったので、子とは何かと聞けば、配下の様な物だと。
  だから、私とサティとの子を配下に持とうと考えたのだ」

 「配下に持って、どうする気だったのだ?」

 「否、深い意味は無い。
  どんな子が生まれるのか興味があった」

バーティは何度も頷きながら、バニェスの内心を推し量る。

 「詰まり、子自体に然して興味は無かったのだな。
  それではサティが頷かないのも解るよ」

 「どう言う事だ?」

 「そなたは本気で子が欲しかった訳では無いと言う事だ。
  頑是無いかな、丸で愛玩物を欲しがる様だよ。
  本気で子が欲しいと思うならば、子をも愛さなければならぬ。
  何と無くでは駄目だ。
  猛烈に欲して堪らぬと言う位でなくてはな」

 「……そこまで強くは思っておらぬ……」

 「では、諦め給え」

バニェスは子に対して、そこまでの熱情を持っていない。
バーティは冷淡に打ち捨て、呆れた様に溜め息を吐く。
0418創る名無しに見る名無し垢版2019/05/09(木) 19:29:52.23ID:pAprScca
しかし、諦めろと言われて素直に頷けるなら、態々他人に愛を尋ねて回らない。
バニェスは低く唸って考え込む。

 「それでは、これまで愛を尋ねて回った苦労が無駄では無いか?」

 「我々の時間は無限だ。
  偶には無駄足も良かろう。
  高位の貴族であれば、その位の余裕は欲しい物よな」

 「……いや、諦め切れぬよ。
  私は今まで、欲しい物は大概手に入れて来た」

頑迷なバニェスにバーティは、小さく息を吐いて呆れる。

 「やれやれ、では教えてやろう。
  そなたはサティの子が欲しいのでは無いよ。
  欲しいのはサティその物なのだ」

 「……どう言う事だ?
  私が奴を欲していると?」

 「そうだ」

行き成りの事に困惑するバニェスに、バーティは頷いて見せた。

 「そなたはサティを愛しておると言ったであろう。
  端的に言うとだな、そなたはサティと遊べなくて詰まらぬと感じておったのだよ」

確かに最初バニェスはサティの様子を見に来ただけで、その時は子が欲しいとは思っていなかった。

 「……それは事実かも知れない。
  だが、それと奴を欲している事と、子を欲しかった訳では無い事が、どう繋がるのだ?」
0419創る名無しに見る名無し垢版2019/05/09(木) 19:30:45.51ID:pAprScca
察しの悪いバニェスをバーティは小さく笑う。

 「そなたはサティの気を惹こうとしたのだ。
  サティが我が子に手を取られているのが気に食わず、自分も子が欲しいと言ってな。
  可愛い物よ。
  丸で幼子の様だ」

バニェスは彼女の言う事が中々信じられず、沈黙した儘で考え込んだ。
本当に、バーティの言う通りなのか?
何か誤解されているのでは無いか?
色々と疑問はあるが、バニェスは自分の心が解らない。
バーティは妖艶な笑みを浮かべて、バニェスに提案した。

 「違うと言うなら、サティとの子でなくとも構わない筈だ。
  私の子を呉れてやろうか?
  私は愛だの何だのと面倒な事は言わぬよ」

 「いや、結構。
  貴方の言う通りかは分からないが、誰の子でも良いと言う訳では無い」

バニェスは迷いながら言う。
バーティは意地の悪い笑みを浮かべた。

 「そなたに愛の話は早かったのかも知れぬな。
  それでも未だサティとの子が欲しいと思うなら、サティ本人に己の心を正直に打ち明けよ。
  彼女も話の分からぬ女では無い。
  誠心誠意からの訴えであれば、聞くと思うよ」

彼女は訳知り顔で言うと、再び静かに飛んで別荘に戻って行った。
バニェスは靄々した心で日の見塔に帰る。
0420創る名無しに見る名無し垢版2019/05/09(木) 19:33:32.78ID:pAprScca
それからバニェスはサティの元を訪ねて、バーティに言われた通りに、正直な気持ちを打ち明けた。

 「サティ」

 「バニェス、愛は解った?」

 「ウ、ウム……その話なのだが……」

 「どうしたの?」

 「愛の事は、よく解らなかった。
  方々で聞いて回ったのだが、中々な……。
  愛にも色々あるらしい」

正直に解らなかったと言うだけなのに、バニェスは妙に口が重かった。
その理由をバニェスは考えてみた所、それは高位の貴族に理解出来ない物があると言う事が、
認め難いのだろうと解釈した。
バニェスは多くの者に聞いて回った事を話す。

 「先ず、ウェイルに聞いてみたのだが、親子愛だの家族愛だのと言われても、私には解らない。
  同胞愛と言うのも中々理解し難い。
  グランキ共にも聞いてみたが、連中は愛が無くても子を生めると言う。
  それは子が自分の分身だからなのだと思うのだが……。
  命短い物の知恵と言うのかな?
  詰まり、配下を求めるのとは違う様だ。
  ええ、だから、その……。
  サティ、お前が求める愛とは、どの様な愛なのだ?」

それを聞いたサティは困った声で言った。

 「私と貴方との間に生まれた子供を愛する事」

 「未だ生まれてもいない物を愛せよと言うのか?
  そこに存在しない物を?」

 「ええ、その通り」

存在しない物を愛せよと言うのは、バニェスには理解し難い事だった。
0421創る名無しに見る名無し垢版2019/05/10(金) 18:39:10.65ID:0FnPa1Gn
故にバニェスは首を横に振る。

 「愛するか愛さないか、その位は自分で決めたい」

それに対し、サティは途端に冷たい声になって言う。

 「では、貴方に子は預けられない」

彼女に断られても、バニェスは余り落胆しなかった。
どちらかと言うと、子を愛すると言う義務を押し付けられるよりは良いと、安心していた。
所詮その程度の物だったのだと、バニェスは自分を納得させる。
元より、この世界で己より大切な物がある訳が無いのだと。

 「仕方が無い。
  所でサティよ、その子は何時生まれるのだ?」

 「私が十分に魔力を注ぎ終えたら」

 「それは何時頃になるのかと聞いている」

 「……もう20日程」

 「長いな。
  その間、私は退屈だ」

バニェスは今になって、バーティの言っていた事が少しだけ解った。

 「……サティ、どうやら私は、お前を愛しているらしい」

 「そうなの?
  どう愛しているの?」

サティの問にバニェスは答え倦ねる。
0422創る名無しに見る名無し垢版2019/05/10(金) 18:39:35.22ID:0FnPa1Gn
彼女を愛していると言うのは、決して嘘や冗談では無い。
だが、どう愛していると聞かれても、それは中々答え難い。

 「……お前が居ないと、私は退屈だ」

 「それが愛?」

 「私は愛を尋ねて回った。
  そうして得た情報を総合すると、やはり私は、お前の事を愛しているのだと思う」

 「どの位?」

 「どの位だと……!?」

サティの問にバニェスは真剣に考え込んだ。

 「そ、そうだな……。
  私は、やはり我が身が可愛いと思う。
  しかし、お前は……。
  ウーム、我が身より可愛いかと言うと、それは判らん。
  しかし、しかし、そこらの有象無象共よりは確実に……」

 「そう……」

少し残念そうな声の彼女に、バニェスは慌てる。

 「な、何なのだ!?
  何が不満なのだ!
  私が1番ならば、お前は2番だ。
  ……多分、恐らくな?
  この大伯爵にとって、我が身に次いで大事だと言うのだぞ!」
0423創る名無しに見る名無し垢版2019/05/10(金) 18:40:30.96ID:0FnPa1Gn
サティは箱舟の中で小さく笑った。
バニェスは立腹して言う。

 「何が可笑しい!!」

 「いえ、貴方から、そんな言葉が聞けるとは思っていなくて……」

 「ああ、そうだろう。
  貴様は私より下位の存在だからな。
  高位の物の寵愛を受けるのは、望外であろう!」

堂々と威張るバニェスが、サティには微笑ましく映っていた。

 「でも、1番じゃないんだね……」

 「それは貴様とて、そうであろう!
  貴様は己の命より、大事な物があるのか!?」

 「ある」

 「それは何だ!?」

 「魂の故郷である、このエティー。
  そして私が生まれ育ったファイセアルスも」

 「その為なら死ねると言うのか?」

 「今まで、そうだった筈だよ。
  だから、貴方とも戦った」

 「そ、そうなのか……」

サティの淡々とした物言いに、バニェスは己が卑小な存在に思えた。
0424創る名無しに見る名無し垢版2019/05/11(土) 18:23:09.34ID:CYlFr8c1
サティはバニェスの心境の変化を、それと無く察していた。
バニェスはサティに負けて後、3度目のエティー訪問では、エティーの慣習に合わせる柔軟さを、
見せていた。
バニェスは他の高位貴族とは違うのだ。
自分の領地を持ちたいと言う独立心も、より大きな力を得る方法を探ろうとするのも、凡そ、
このデーモテールの物とは思えない。
これまでバニェスはサティと共に旅をして、彼女に理解を示したり、諭そうとしたりした。
バニェスが自分を愛していると言うのも、嘘では無いのだろうとサティは思う。

 「本当に、本当に私の子供が欲しい?」

サティの問い掛けに、バニェスは自信の無い声で答える。

 「欲しい。
  嫌だと言うなら、無理を言う積もりは無いが……」

 「今の私が、こうして大事に抱えている様に、貴方も私との子を大事にしてくれる?」

 「ああ。
  愛する事が出来るかは分からないが、どの様な子が生まれるか見届けたい」

 「そうじゃないの、バニェス。
  貴方が愛を注げば、生まれて来る子は、その愛の形に沿った物になる。
  それが、この世界なの」

 「愛を注ぐ?」

 「貴方は、どんな子が欲しいの?」

サティに問われたバニェスは、一所懸命に考えた。
0425創る名無しに見る名無し垢版2019/05/11(土) 18:24:32.39ID:CYlFr8c1
もし生まれるとしたら、どんな子が良いか等、バニェスは考えていなかった。

 「分からない……。
  但、従順な従僕を欲していた訳では無い事だけは確かだ……」

 「そうなの?」

 「私は純粋に、お前と私の性質を併せ持った子を望む。
  力の大きさは問題にしない。
  それが、どうやって生きるのか、どの様な生を選ぶのか、唯それを知りたい」

それを聞いたサティは、自分が目的を持って子を生もうとしている事が、悪い事の様に思えて来た。
望む儘の性質の子が生まれるからこそ、バニェスの態度の方が、真に子の為を思う親としては、
正しいのでは無いかと。
そもそもサティはデーモテールの混沌の海を渡れるだけの、能力を持った存在を生みたかった。
彼女は我が子を、エティーを他の世界と結ぶ、定期便にしたかった。
その為には、余計な心は持たない方が良く、使命に忠実であるべきだと思っていた。

 「……バニェス、もし今抱いている子が無事に生まれたら……。
  私は貴方に新しい命を託そうと思う。
  私の分身となる命を」

 「良いのか?
  私は生まれて来た子を愛せるかも分からないのに?」

 「屹度、大丈夫。
  そう信じてる。
  私と貴方の子だから」

サティの信じると言う台詞に、バニェスは弱かった。
0426創る名無しに見る名無し垢版2019/05/11(土) 18:24:58.26ID:CYlFr8c1
バニェスは小声で唸り、心変わりした理由を問う。

 「何故、急に考えを変えたのだ?」

 「貴方は私を愛していると言ってくれた」

 「それだけの事で?

 「どうしたの?
  怖くなった?
  取り消すなら良いよ。
  少し残念だけど」

何の気無しにサティが言った事を、バニェスは挑発と受け取って意地を張った。

 「何が怖い物か!
  見縊ってくれるな!
  約束だぞ、違えるなよ!
  お前は私に子を預けるのだ!!」

 「ええ、私達の子をお願いね」

サティは優しく言ったが、本当はバニェスは不安だった。
自分が真面に子を生めるのか、失敗したらサティに失望されるのでは無いか……。
勢いでも何でも受けると言った以上は、止めたいとは言えない。
サティはバニェスに助言する。

 「どんな子にするか、どんな子が良いのか、今から考えておいて。
  中々決められないとか、不安な事があるなら、ウェイルさんとかバーティに聞くと良いよ。
  私も良い子が生まれる様に協力する」

正直な所、バニェスには彼女の助言が有り難かった。
しかし、高位貴族の自尊心が邪魔をして、素直に礼を言えない。

 「心配は無用だ。
  この大伯爵の子なのだから、立派な子になるに決まっていよう!」

バニェスは強がって見栄を張る。
それをサティは微笑ましく思うのだった。
0428創る名無しに見る名無し垢版2019/05/12(日) 19:07:23.73ID:Ka0hIPAV
助手フェレトリ


第一魔法都市グラマー タラバーラ地区にて


事象の魔法使いマハナ・ヴァイデャ・グルートに敗れた、吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカは、
彼の助手として地下の診療所で働かされていた。
ヴァイデャの魔法によって人間にされたフェレトリには、彼に逆らう術が無い。
彼女は屈辱に耐えながら、ヴァイデャへの復讐心を積み上げて、何時の日か逆襲せんと企んでいた。
しかし……。

 「フェレトリ、話がある」

 「気安く我が名を呼ぶでない!」

 「何だ、カトーとかプラーカが良いのか?」

 「違うわっ!
  貴様如き下級の者が高位悪魔貴族である、この私に……」

フェレトリには腹芸が出来る度量が無かった。
ヴァイデャとしては殺してしまうより良いと思って、自分の所で匿うと言う決断をしたのだが、
それをフェレトリは屈辱、侮蔑としか捉えていない。
一層の事、殺してくれた方が有り難いとまで思っている。
そんなだから両者の思いは擦れ違う。
更に悪い事に、ヴァイデャには人の心が無かったが、フェレトリは人間に近い感情を持っていた。
ヴァイデャは悪意を持っておらず、人の話は聞く物の、行動には容赦が無い。
フェレトリは悪意を持っていて、人の話にも耳を貸さず、行動には容赦が無い。
どちらが良いとは言わないが、フェレトリには相手を見下す心があり、それも人間らしさの内なのだ。
対してヴァイデャは人間らしい感情を余り表に出さない。
それが益々フェレトリを怒らせる。
人間なら人間らしく愛情を見せる、悪魔なら悪魔らしく高位の者には遜る。
どちらも無理なら、敵に対する様に怒りや憎しみを見せたり、見下して虐げる。
そうされない事はフェレトリにとっては、軽んじられている様だった。
詰まり、フェレトリと言う高位の悪魔貴族を、ヴァイデャは降す価値も認めていないのだと。
0429創る名無しに見る名無し垢版2019/05/12(日) 19:08:40.78ID:Ka0hIPAV
ヴァイデャは深い溜め息を吐いて、フェレトリに言う。

 「どうして、そう敵愾心を剥き出しにするのか?
  私は貴方を不当に貶める積もりも無ければ、虐げる積もりも無い」

 「それが気に入らぬのであるよ!
  貴様っ、この私に対して敬意を払え!」

 「十分に敬意を持っている積もりだが……」

ヴァイデャにとっては、本当にフェレトリが解らないのだ。
魔導師会に捕らえられて処分されるのは忍び無いと、態々引き取って、生きて行くのに苦労が無い様、
面倒を見てやろうとしているのに、彼女は拒むばかり。
当のフェレトリは小間使いの様な真似をさせられるのも屈辱だと思っているのだが……。

 「敵意を取り除いてやろうか?
  そうすれば、少しは素直になるかも知れん」

ヴァイデャが何気無く零した一言に、フェレトリは恐怖を感じた。

 「き、貴様、寄るなっ!
  よくも、よくも、その様な恐ろしい事が言えた物であるなっ!!」

事象の魔法を使えば人格を変える事も容易だ。
勝手に人格を改造されては堪らないと、フェレトリは猛烈な勢いで否定する。
それを見てヴァイデャは益々そうした方が良いのでは無いかと思う。

 「物は試しにやってみよう。
  何、都合が悪ければ元に戻してやる」

彼はフェレトリに近付くと、彼女の頭を手の平でトンと叩いた。
0430創る名無しに見る名無し垢版2019/05/12(日) 19:09:40.54ID:Ka0hIPAV
フェレトリは防御しようとしたが、人間になったばかりで体を動かす事に慣れていない彼女は、
真面に防御出来ずに叩かれる。
それと同時に、彼女の体から押し出される様に、白い物体がポンと飛び出した。
拳大の小さな玉の様な、その白い物体は、徐々に大きくなって人の形を取る。
フェレトリと全く同じ形に……。

 「こ、これは!?」

フェレトリは慌てて白い物体から距離を取った。

 「これが私の敵意であるか!?」

そう彼女は予想したが、ヴァイデャは呆れた声で言う。

 「いや、敵意では無い。
  その逆だ。
  敵意を取り出そうと思ったが、余りに大き過ぎて、逆に従順な部分だけが飛び出したのだ」

 「おおっ、何と!?」

白いフェレトリは無口で大人しく、唯その場に立ち尽くして、フェレトリとヴァイデャを見ている。
ヴァイデャは低く唸りながら言った。

 「ウーム、これは駄目かも知れんな。
  自発的な行動も出来ない位に、意思が弱い」

これを聞いたフェレトリは高笑い。

 「ファハハハハ!!
  私こそが真のフェレトリなのであるよ!」

 「根本から精神が捻じ曲がっている、それが本性と言う事だな」

ヴァイデャに皮肉を言われても気にしていない。
0431創る名無しに見る名無し垢版2019/05/13(月) 18:32:52.34ID:VRBqx9sS
そこへ客人が訪ねて来た。

 「済みません、お医者様は御在宅でしょうか……?」

ヴァイデャと2人のフェレトリは振り返る。
客人は気弱そうな痩せた中年の夫婦と、嫌に太った男の子の家族だった。

 「どうなさいました?」

 「この子を診て貰いたいのです」

母親は嫌そうな顔をしている男の子を、ヴァイデャの前に押し出す。
子供の時分は誰でも見知らぬ大人は怖い物だ。
ヴァイデャは男の子を真面真面と見詰めて、小さく首を捻った。

 「健康そうですが?」

それに男の子の父親が反論する。

 「確かに、健康に見えるかも知れません。
  よく食べ、よく眠ります。
  しかし、よく食べ過ぎるのです」

 「成る程、過食ですか……。
  只の過食では無い訳ですな?」

ヴァイデャの問に両親は何度も頷いた。

 「そうです!
  他の医者に診せても、どこが悪いとは言ってくれないのです!」

 「どんなに検査しても、数値上は至って健康であると!
  でも、そんな筈はありません!
  何しろ、家中の物を食らい尽くす勢いで、この儘では私達が飢えてしまいます!」

父親と母親の必死の訴えに、ヴァイデャは取り敢えず頷いて見せた。
0432創る名無しに見る名無し垢版2019/05/13(月) 18:33:29.23ID:VRBqx9sS
そして彼はフェレトリに向かって依頼する。

 「フェレトリ、倉庫から空瓶を持って来てくれ」

これに対して、彼女は当然の様に反抗した。

 「誰が貴様の命令なぞ聞くか!」

それとは対照的に、白いフェレトリは素直に頷いて、倉庫に向かう。
その間にヴァイデャは子供を診察台に寝かせて、体に異変が無いか魔力で調べ始めた。

 「ウーム、特に奇怪しい所は無さそうです」

約1針の診察の結果、そう彼は結論付ける。
傍で診察の様子を見守っていた両親は、信じ難いと言う顔で言う。

 「そんな筈は……」

最後まで言い切る前に、ヴァイデャは私見を述べた。

 「大体、魔法的な何かであれば、魔導師会で判明しているでしょう。
  そうで無いと言う事は、詰まり、呪いや悪魔と言った、魔法的な物とは無関係と思って宜しい。
  もしかしたら、精神的な物なのかも知れません。
  それでも魔導師会は精神的な療法も心得ていますから、治せないと言う事は中々無いと、
  思いますが……」

父親は困り顔で結論を急かした。

 「では、原因は何なのですか?」

 「焦る気持ちは解りますが、一寸待って下さい。
  その前に彼の話を聞いてみましょう」

ヴァイデャは最終的な結論を出す前に、男の子に話し掛ける。
0433創る名無しに見る名無し垢版2019/05/13(月) 18:33:54.79ID:VRBqx9sS
 「何故そんなに食べてしまうんだ?」

男の子は困惑した。

 「お、お腹が空くから……」

 「食べたい訳じゃないのかな?」

その問に彼は小さく無言で頷いた。
食べたい訳では無いが、お腹が空くので食べずには居られないのだ。
ヴァイデャは一度両親に振り向いて尋ねる。

 「過食が始まったのは、何時からですか?
  最初は普通だったんでしょう?」

 「ええ。
  去年からです。
  1年間、多くの病院を回ったのですが……」

母親の答を聞いて、ヴァイデャは少し考え込んだ。
その内に、白いフェレトリが空瓶を持って戻って来る。

 「お持ちしました」

 「ああ、そこに置いて」

自分と同じ姿をした物が扱き使われているのを見て、フェレトリは不快感を露にした。

 「これヴァイデャ!
  私の分身を勝手に使うで無いぞ!」

 「黙っていろ、今は診療中だ。
  文句は後で聞く」

力を失っているフェレトリは、それ以上は強気に出られない。
彼女は沈黙してヴァイデャに屈した。
0434創る名無しに見る名無し垢版2019/05/14(火) 18:41:09.65ID:JjWtqJW+
ヴァイデャは男の子に向き直って、再度尋ねる。

 「今は、お腹は空いてないのか?」

男の子が小さく頷いたので、ヴァイデャは言う。

 「少し入院……と言うか、私の所で預かりましょう。
  御心配でしたら、何時でも様子を見に来て構いませんので。
  勿論、付き添って頂いても結構です。
  異常食欲が発生するまで待ちましょう。
  実際に症状を見れば、何か判るかも知れません」

両親は彼の話に納得して、子供と一緒に診療所に泊まる事にした。
ヴァイデャはフェレトリに釘を刺す。

 「フェレトリ、妙な事はしてくれるなよ」

 「安心せよ、今の私には何の力も無い」

彼女は拗ねた様に言って、その場から去る。
男の子は診療所の中の狭い病室に寝泊まりし、両親は付き添って病室で寝泊まりする事になった。
その晩、フェレトリは診療所の研究室で瞑想しているヴァイデャに尋ねる。

 「ヴァイデャよ、貴様は何が面白くて、医者の真似事等しておるのか?」

 「何も面白い事は無い。
  旧暦から私は長らく人と関わって来た。
  私は何の為に生まれたのか、今となっては思い出せないが……。
  もしかしたら、旧い民族の祀る神だったのかも知れない」

彼の語りにフェレトリは興味を持つ。

 「何故、そう思う?」
0435創る名無しに見る名無し垢版2019/05/14(火) 18:41:52.53ID:JjWtqJW+
ヴァイデャは話を逸らす様に、フェレトリに言う。

 「それよりフェレトリ、眠くならないのか?
  今の貴方は人の身だ。
  休息を必要とするだろう」

 「生憎、何もする事が無くて退屈であるから、昼間から寝ておる。
  お蔭で夜も眠くならぬよ」

 「夜更かしは体に悪いぞ。
  日の出と共に起床し、日の入りと共に就寝するのが、真面な人間の生き方だ。
  夜まで明るい今の世の中は、不健康過ぎる。
  病人が絶えない訳だ」

フェレトリは話に流されず、改めてヴァイデャに問うた。

 「何故、貴様は自分を神等と思うのか?」

彼は漸く観念した様に答える。

 「神と言っても、全知全能の神では無い。
  医療の神と言う奴だ。
  医療を司る天使や精霊と言い換えても良い」

 「その様な事は承知しておる。
  私は何故そう思うのかと理由を問うておる」

ヴァイデャは暫し沈黙し、それから緩りと自らの考えを述べた。

 「私の最初の記憶は、放浪者だ。
  私は自らの魔法を使い、行く先々で人々の困り事を解決していた。
  否、本当に解決になっていたのかは解らない。
  その場凌ぎにしかなっていなかったのかも知れない」
0436創る名無しに見る名無し垢版2019/05/14(火) 18:42:39.45ID:JjWtqJW+
静寂の中、壁掛け時計が時を刻む音がする。
フェレトリは先を促した。

 「それで?」

 「やがて私は人に請われ、一所に留まる様になった。
  人々は私に病を取り除く様に願った。
  しかし、最終的には失敗した。
  当時の私は一時凌ぎの方法しか考え付かなかった。
  痛みに苦しむ者から痛みを取り除いてやっても、根治した訳では無いから、苦しみは続く。
  私は人々に恨まれる様になり、再び放浪した」

 「仕様も無い」

フェレトリに鼻で笑われ、ヴァイデャは自嘲する。

 「ああ、全く。
  私は無知だった。
  それから長い時を掛けて、私は少しずつ知識を蓄えて行った。
  これまでの私の何が不味かったのかも、理解出来る様になった」

 「その内に自分が神だったと気付いたと?」

フェレトリの問に彼は頷いた。

 「人は自分の中に悪い物があると、それは外から来た物だと思いたがる。
  だから、病を『取り除こう』とする。
  悪い物を切り離せば、再び良くなるに違い無いと。
  愚かな考えだ。
  しかし、私の魔法は、その愚かしさ、その儘では無いか?」

 「考え過ぎでは無いかな?
  貴様の魔法は、それだけの物ではあるまい」

小さな類似点を大きく解釈し過ぎだろうと彼女は思うも、ヴァイデャは頑なだった。
0437創る名無しに見る名無し垢版2019/05/15(水) 18:43:44.83ID:PuPranKd
彼は小さな溜め息を吐いて続ける。

 「私の魔法は観念を実体化させる。
  数多の魔法使いの中でも、そんな事が出来る物は限られている。
  何故なら、それは人間の想像力が生み出した物だから。
  悪魔、妖怪、幽霊、神……姿無き物に容を与え、一つの存在として切り離す。
  私は生まれた時から、この魔法を使えた。
  それは何故なのか……」

 「自分は人によって生み出された物に違い無いと?
  そんな理由で医者の真似事をしているのか?」

フェレトリの問にヴァイデャは至極真面目に頷いた。

 「私達、旧い魔法使いは役割に従うのみ。
  それは貴方とて同じだった筈だ。
  吸血鬼」

 「フン、下らぬ。
  私は貴様等の様な下等な悪魔とは違う。
  高位悪魔貴族は自らの在り方を、自ら定める事が可能なのであるよ」

フェレトリの高慢な口振りにヴァイデャは苦笑する。

 「それで吸血鬼か?
  難儀な生き方を選んだ物だな」

本当は誰も自分の生き方を選ぶ事等、出来ないのでは無いかとヴァイデャは思っていた。
魔法使いは一度定めた生き方を中々変えられない。
それは人とは違い、こうすべきだと言う指針が無い為だ。
無限の命を持つが故、この為に生きていると定めた後は、それを究めるまで突き進む。
0438創る名無しに見る名無し垢版2019/05/15(水) 18:44:08.53ID:PuPranKd
 「何故、吸血鬼になろう等と考えた?」

ヴァイデャの問にフェレトリは高笑いして答える。

 「人が最も尊ぶ物が、『血』なのであるよ。
  血を流し、血を奪い、血を継ぎ、血を捧げ、人は血の為に生きていると言っても過言では無い。
  人は血を特別な物と信じている。
  所詮は体内を巡るだけの液体に過ぎぬと言うのにな。
  虫の体液や植物の汁と何が違うのか……。
  血を失い、血を見、血が絶える事を極端に恐れる。
  吸血鬼は人の最も尊ぶ、血を奪う。
  人に恐れられる存在には相応しかろう。
  恐れられると言う事は、力ある者の証明……」

極端な話、魔法使いの役割は人に必要とされるか、人に恐れられるかの2択だ。
対等と言う概念を持たない悪魔の多くは、後者になろうとする。
人に必要とされると言う事は、人に媚びると言う事。
それは弱者のする事だと思っている。
人に畏れ敬われ、人より優位に立つ事が、己の力の証明だと信じて疑わない。
異空でも、その様な生き方をして来たのだ。
だから、自分が優位に立つ夢を見る。
その夢を実現する場が、この『地上<ファイセアルス>』……。
ヴァイデャはフェレトリを憐れんだ。

 「私は異空を知らないので、そう言う感覚は解らない。
  向こうでは辛い生き方をして来たのだな」

 「何だと?」

 「態々『ここ』でも『向こう』と同じ生き方をするのだから。
  貴方は悪夢に囚われ、呪われているのだろう。
  無限の命と遥かなる力を持っても、やる事は結局同じ……」

フェレトリはヴァイデャに掴み掛かる。

 「貴様ッ!!」
0439創る名無しに見る名無し垢版2019/05/15(水) 18:46:31.61ID:PuPranKd
それを彼は事も無気に振り払い、一層憐れんだ。

 「貴方は私に負けた。
  それが何故なのか、考えた事はあるか?
  その理由は貴方が私に勝とうとしたからに他ならない。
  勝つだの負けるだの、優れているだの劣っているだの、何も彼も下らない。
  力への執着、支配する欲求、全ては表裏一体。
  執着に振り回され、欲求に支配される貴方は不自由だ。
  檻も鎖も無いのに、牢獄の中で過ごし続け、草原を駆け回る事も知らない哀れな獅子」

フェレトリは侮辱されたと感じ、羞恥と怒りで気が狂いそうになる。
人間らしく顔を真っ赤にして、ヴァイデャに掴み掛かり、吠える。

 「貴様っ、貴様ーーーーッ!!」

しかし、涙を流す事は出来ない。
真面な人間では無いから、怒りや悔しさで涙を流す事が出来ないのだ。
ヴァイデャは敢えて抵抗せず、彼女に対して訴え続けた。

 「気の済むまで殴れ。
  力無き今の貴方の暴力は、児戯に等しい。
  存分に怒りを打付けたら、もう一度考えるが良い。
  貴方は地上で何をしたかったのか……」

 「私は悪魔伯爵であるぞ!
  貴族は貴族らしく、人より優位に立ち、人を従える!
  貴族には領地と領民が要る!」

フェレトリは駄々っ子の様にヴァイデャを殴る。

 「それは人間の真似事では無いのか?
  貴族とは何だ?
  そんな事をして嬉しいのか?」

 「黙れっ、これ以上私を貶めるな!
  私を幻惑して惨めにさせるな!!」

 「貴方が悪魔の本性に逆らえず、貴族に執着する限り、私は何度でも問う」

やがて彼女は暴行を止め、その場に崩れ落ちた。
0440創る名無しに見る名無し垢版2019/05/16(木) 19:23:05.51ID:cK9Jz9xi
それから間も無く、男の子の父親がヴァイデャの研究室に駆け込んで来る。

 「お医者様、大変です!」

 「症状が出ましたか?」

 「はい!!」

ヴァイデャはフェレトリを放置して、男の子が居る病室に向かった。
男の子は病室の中で、そこら中の物を手当たり次第に、口に入れている。
食べ物が何も無いので、何か食べられる物が無いか、探しているのだ。
それを母親が懸命に止めている。

 「止めなさい!!
  止めて頂戴!!」

その悲痛な訴えにも拘らず、男の子はベッドのシーツを噛み千切ろうとする。
彼の目は、この世の全てを憎むかの様に、大きく見開かれており、正気では無い。
ヴァイデャは急いで男の子に駆け寄り、軽く頭を叩いた。

 「悪霊退散!」

彼の魔法が発動して、男の子から霊体がポンと飛び出る。
霊体は黒い靄に覆われており、真面な物には見えない。

 「貴様は何者だ!」

ヴァイデャが問うも悪霊は逃走しようとする。
霊体には物質的な特性が通じず、物体を擦り抜ける。
だから、どこにも侵入可能だし、どこからでも脱出可能。
0441創る名無しに見る名無し垢版2019/05/16(木) 19:23:44.95ID:cK9Jz9xi
それを許さないのがヴァイデャの魔法だ。
彼は霊体に物質的な特性を与えて、男の子の体から分離させた。
悪霊は病室内から逃れられない。
病室の壁に当たって跳ね返され、当惑する。

 「逃げようとしても無駄だぞ」

ヴァイデャは黒い靄に近付いた。

 「……人語を解さないのか?
  寄生霊体か?」

霊体は彼の問に答えず、狭い病室内を忙しなく移動して、必死に脱出方法を探している。
それは丸で狭い部屋に閉じ込められた猫の様だ。

 「動物霊?
  妖獣か霊獣が霊体化した物か?」

ヴァイデャは余裕を持って、霊体を歩いて追う。
物質的特性を持った霊体は、生物と同じく「疲労」する。
緩りでも追い回していれば、疲れて動けなくなるのだ。
やがて黒い靄は病室の角で動きを止めた。
それをヴァイデャは拾い上げ、黒い靄を晴らす。
そこに現れた物は……。

 「これが異常食欲の正体だった様ですな」

猫と見紛うばかりの巨大な鼠の霊だった。
ヴァイデャは男の子と両親に、それを見せ付ける。
父親と母親は近付けないでくれと怯えるが、男の子は不思議そうな目で唯見詰めていた。
0442創る名無しに見る名無し垢版2019/05/16(木) 19:25:35.43ID:cK9Jz9xi
ヴァイデャは解説する。

 「妖獣や霊獣の死後に、その霊体が分離して他の物に取り憑くと言う事は、間々あるのです。
  特に、死の直後に傍に居た者に取り憑き易い。
  大きな鼠の死体を見た事はありませんか?」

彼の問い掛けに、母親と男の子は首を横に振ったが、父親だけは心当たりのある顔をしていた。

 「ああ、もしかしたら……」

父親は母親に視線を送る。

 「えっ、何の事?」

 「言ってたじゃないか?
  御近所の噂で、大きな鼠が出て困ってるって」

 「ええ、でも、それは……」

 「それで毒餌を買って、家の周りで鼠が出そうな所に撒いて……」

 「嫌だ!
  家の中の、どこかで死んでるの?」

 「そうかも知れない」

2人の話を聞いていたヴァイデャは、小さく頷いた。

 「恐らく、それでしょうな」

ヴァイデャは大人しくなった鼠の霊の首を掴んで、病室の外に出る。
男の子の父親が彼に尋ねた。

 「それは、どうなさるんですか?」

 「取り敢えずは保管して、然る後に適切な形で処分します。
  所詮は魔力の塊に生前の本能が宿った物。
  分解してしまえば、唯の魔力です」

『この世界<ファイセアルス>』の霊体とは、そう言う物だ。
0443創る名無しに見る名無し垢版2019/05/17(金) 19:08:14.42ID:ktaraGyG
保管倉庫に大鼠の霊を瓶詰にして封印したヴァイデャは、改めて病室に戻った。
そこで男の子の父親はヴァイデャに尋ねる。

 「どうして魔導師会では、この霊が見付けられなかったんでしょうか?」

 「それは簡単な話です。
  鼠の霊は何時も取り憑いていた訳では無いのですよ。
  だから、取り憑いていない間は、一時的な寛解状態となっていた訳です。
  寛解と言う表現は正確ではありませんが……。
  鼠の霊にとって、息子さんは飽くまで仮の体。
  本体は、どこかに眠っている死体なのでしょう」

母親はヴァイデャに確認を求めた。

 「それで、これで本当に息子は治ったんですか?」

 「ええ、心配無いでしょう」

それを聞いて、両親は安堵する。

 「有り難う御座いました!
  貴方をお頼りして本当に良かった!
  お金の話ですが、治療費は幾らになるでしょうか?」

父親の問い掛けに、ヴァイデャは深く頷いて答える。

 「30万MGです」

 「そんなに」

 「民間療法なので、保険適用外ですから」

そう言う物なのかと父親は納得した様なしていない様な、微妙な表情で治療費を支払った。
0444創る名無しに見る名無し垢版2019/05/17(金) 19:10:18.13ID:ktaraGyG
そこでヴァイデャは男の子の姿が無い事に気付く。
もしやと思った彼は保管倉庫に向かった。
男の子は薄暗い保管倉庫の中で、鼠が封じられた瓶を興味深く見ていた。

 「気になるのか?」

ヴァイデャの問い掛けに、男の子は小さく頷く。

 「こいつが僕の中に居たの?」

 「そうだぞ。
  ……鼠の死体を見たか?」

その問い掛けに、男の子は少し躊躇いを見せた後、再び小さく頷いた。

 「未だ生きてたけど……」

ヴァイデャは呆れた風に溜め息を吐く。

 「子供だからな。
  何にでも興味を持つ年頃か……」

男の子は瀕死の鼠を発見し、興味本位で近付いたのだ。
そして憑依された。

 「御免なさい」

 「謝る必要は無い。
  少なくとも、私に対してはな。
  別に悪い事をした訳では無いのだから。
  本の少し、用心深さが足りなかっただけだ。
  今後は気を付けなさい」

男の子は三度小さく頷いた。
0445創る名無しに見る名無し垢版2019/05/17(金) 19:10:38.76ID:ktaraGyG
それから男の子と彼の両親は一泊して、翌早朝に退院した。
フェレトリは……と言うと、疲れて朝まで眠っていた。
彼女は吸血鬼では無くなったのだ。
だから、直ぐ疲労するし、眠たくもなる。
一方で、白いフェレトリは起きていた。
ヴァイデャは白いフェレトリを気遣う。

 「眠らなくて平気なのか?」

白いフェレトリは小さく頷いた。

 「何故であろうな、余り眠たくない」

真面な反応が返って来たので、ヴァイデャは驚く。

 「喋れるのか?」

 「私を何であると思っていたのか?」

 「侮っていた事は詫びるが、しかし……」

 「私もフェレトリなのであるよ」

白いフェレトリは意思が薄弱で、自発的な事は何も出来ないと思っていたヴァイデャだったが、
そうでは無かった事が意外だった。

 「自我があるのか?」

 「あるから、こうして話せている」

質問に素直に答える辺り、従順な性質は変わっていない様子だが、フェレトリの尊大さが、
少しだけ感じられる。
元は同一人物なのだから、当然と言えば当然。
0446創る名無しに見る名無し垢版2019/05/18(土) 17:15:36.85ID:pTD25BHA
白いフェレトリが、どうして自分に従っているのか、ヴァイデャには不思議だった。
彼は自分で従順な性質を分離させたのだが、それとフェレトリの性格が合致しない。
自我と性質と性格は一体の物で、分離させられないのだ。
強引に分離させれば、人格が変容する。
だからこそ、フェレトリは本体と白いフェレトリに分かれた。
先の鼠の霊と男の子は元々別の存在だったので、分離させても影響は無い。

 「貴女は私に従う事に不服は無いのか?」

藪蛇を承知で、ヴァイデャは白いフェレトリに自分に従う理由を訊いた。
白いフェレトリは妖艶に笑って答える。

 「ホホホ、従順にしたのは、貴様では無いか!」

 「それは、そうなのだが……」

不可解に思う彼に対して、白いフェレトリは尋ねた。

 「どうして、その様な事を知りたがる?
  私の心等、どうでも良いのでは無いか?」

 「一つ、私は貴女の従順さが偽りの物では無いかと疑っている。
  寝首を掻かれたくない。
  今一つは、もし偽りで無いのなら、どう言う心理なのか知りたい」

 「随分、正直であるな。
  いや、しかし、貴様は人間では無かったな。
  己を『偽る』と言う事は考えも付かぬのか?」

 「嘘は好かない。
  何に対しても、互いに真摯で誠実である事を望む」

ヴァイデャの回答に白いフェレトリは馬鹿にした様な笑みを浮かべた。
0447創る名無しに見る名無し垢版2019/05/18(土) 17:16:05.61ID:pTD25BHA
眉を顰める彼にフェレトリは言う。

 「いやいや、貴様は面白い奴であるよ。
  真摯で誠実!
  成る程な、物は言い様か……。
  遠慮の無い口振りも、己に正直であるが為と」

 「それで私の質問には答えて貰えないのか?」

淡々と再度尋ねるヴァイデャに、フェレトリは半笑いで言った。

 「貴様に言っても解らぬかも知れぬがな……。
  嗜虐心と被虐心の関係は知っておるか?」

問い返されたヴァイデャは至極真面目に答える。

 「支配する欲求と支配される欲求だ。
  異空に生まれた悪魔も本能として、それを持っている。
  ……詰まり、貴女の正体は……」

フェレトリは大きく頷いた。

 「そう、察しが良いな。
  私はフェレトリの中の被支配欲求が顕現した物」

ヴァイデャは感心して深い溜め息を吐く。

 「ははぁ、成る程、成る程。
  異空の悪魔なら誰でも持つ、2つの欲求か……」
0448創る名無しに見る名無し垢版2019/05/18(土) 17:16:26.12ID:pTD25BHA
白いフェレトリの正体は、彼女の中の被虐心だったのだ。
格上の者に弄ばれ、虐められる事を受け入れる心が、悪魔にはある。
同時に格下の者を弄び、虐める心もある。
その2つが分離して、支配するフェレトリと支配されるフェレトリが生まれた。
白いフェレトリは端的に言うと変態である。
自分がフェレトリから分離した存在であり、もう1人のフェレトリこそが自分本来の性格に、
より近い事も承知している。
本来の自分は絶対に屈辱に塗れる事を望まないと言う事も。
しかし、フェレトリは屈辱を回避して行きて来た中で、何時か自分を完全に支配する存在が、
現れるのでは無いかと恐れていた。
それは悪魔なら誰でも同じだ。
支配する者だからこそ、支配される事を恐れ、それを鮮明にイメージしてしまう。
そうしてフェレトリは自分の中で小さな被虐心を育てていた。
それが今、ヴァイデャの助けを借りて芽吹いたのだ。
白いフェレトリは虐げられて喜び、同一の存在である、もう1人のフェレトリの屈辱を見ても喜ぶ、
真性の異常性癖者。
彼女は格下であるヴァイデャに従う事で、自らの欲求を満たす。
そして、もう1人のフェレトリに屈辱を感じさせる事で、自らの存在をより強く認めさせる。
これが彼女の喜び。
こうしてヴァイデャに2人の奇妙な「助手」が誕生した。
0451創る名無しに見る名無し垢版2019/05/18(土) 22:34:10.74ID:pTD25BHA
落ちないみたいですね。
大体この位の容量で毎回書き込めなくなっていたのですが……。
仕様が変わったのかな?
どこまで書き込めるのか判らないのが困り物です。
中途半端な所で話が切れると気持ち悪いですし。
0453創る名無しに見る名無し垢版2019/05/18(土) 23:58:47.23ID:OIviImrx
乙です

ところで、サティの服装は異空でもグラマー風のぞろっとした格好なのでしょうか……
0454創る名無しに見る名無し垢版2019/05/19(日) 18:09:38.49ID:FP+s3Fin
>>453
基本的には同じです。
混沌の海でも自分の形を保てるなら、外見を変える事も難しくはありません。
そもそも魂だけの異空では服の概念が無いので、ローブっぽい物を着ている様に見えるだけです。
生前に好んで着ていたとか習慣になっている服装があれば、その姿で現れます。
幽霊が何で服を着ているのかとか、そう言う話と同じです。
自分の姿を制御出来れば、服を着る事や着替える事も出来ますし、裸になろうと思えばなれます。
0455創る名無しに見る名無し垢版2019/05/19(日) 18:23:54.12ID:FP+s3Fin
熟達した者や力の強い者であれば、箱舟形態の様に「空間を身に纏う」事も可能です。
そして、その応用で身に纏った空間を外装として着用する事も出来ます。
服の一枚が空間の鎧と言う事もあり得るでしょう。
0456創る名無しに見る名無し垢版2019/05/19(日) 18:30:32.15ID:FP+s3Fin
サティ個人の話では、地上(ファイセアルス)に居た頃よりは、幾らか開放的になっています。
流石に裸には抵抗がある物の、顔や手を見せる位は平気になっています。
異空では肉体が無いので、異性も同性もありませんから。
彼女は外見を変えられるので、本当は体形も自由なのですが……。
生前の自分に愛着があるので、敢えて姿を変えようとは思っていません。
当人としては姿を変える事に「偽る」と言う感覚もあります。
0457創る名無しに見る名無し垢版2019/05/20(月) 18:44:04.66ID:wMqw42qn
24時間経過しても落ちませんね……。
明らかに容量はオーバーしてるんですけど。
1週間ぐらい放置してみます。
それでも落ちなければ、続きを書きましょう。
0458創る名無しに見る名無し垢版2019/05/30(木) 18:25:42.12ID:AklzHemh
放って置いても落ちませんね……。
容量の上限が上がったのかな?
取り敢えず続きを書いてみます。
0459創る名無しに見る名無し垢版2019/05/30(木) 18:27:42.31ID:AklzHemh
恐怖! 女性絶滅計画


反逆同盟の拠点にて


反逆同盟の一員、石の魔法使いバレネス・リタは、新しい拠点でも闇の子を育てていた。
闇の子の成長は早く、何箇月も経たない内に3歳児程度の大きさと知能を得る。
バレネス・リタは石の子を抱く事は無くなり、彼女の母性本能は闇の子を愛(あや)す事で、
完全に満たされていた。
それまでは世間を恨んでいた彼女だが、そんな気持ちも失せていた。
同盟の長ルヴィエラ事マトラは闇の子を、共通魔法社会を破壊する為の兵器だと考えているが、
バレネス・リタは全く考えずに、純粋に愛情を注いだ。
しかし、彼女の満ち足りた生活は長く続かなかった。
愈々マトラが闇の子を対共通魔法社会兵器として、投入する事を決意したのである。
マトラはバレネス・リタに通告した。

 「そろそろ闇の子を実戦に投入しようと思う。
  幼児の泣き声で人を誘い、殺して行くのだ。
  名付けて、ベイビー・クライ作戦」

 「……未だ早いのではありませんか?
  物の分別も付かない子を戦わせる等……」

 「これは幼児を使うからこそ、意味があるのだ。
  安心しろ、使い捨てる様な真似はしない。
  面倒な事をしてまで、手に入れた人の子なのだからな」

リタはマトラの行動に逆らえなかった。
しかし、彼女は自分が面倒を見た子が、どの様に使われるかを見届けなければならないと思い、
マトラに対して依願した。
0460創る名無しに見る名無し垢版2019/05/30(木) 18:29:29.48ID:AklzHemh
 「解りました。
  では、どの様な作戦を行うのか、作戦の様子を観察させて下さい」

マトラは邪悪な笑みを浮かべて、大きく頷く。

 「ホホホ、そなたも中々悪趣味だな。
  いや、構わぬよ?
  子だけを行かせるのは心配なのであろう?
  良い、良い、私と共に観戦しよう」

彼女の回答はリタを益々不安にさせた。
悪魔の考え付く事なのだから、碌でも無い事に決まっている。
どれだけ残虐で残酷な事を、子供にさせる気なのか……。
リタは内心を隠して、不満を表に出さない様にした。
マトラに叛意があると疑われては、何も彼も台無しだ。
もしもの時に闇の子を守れるのは、自分しか居ないと、リタは固く心に決めていた。
そんな彼女の決意も知らずに、マトラは浮かれている。

 「しかし、楽しみだな。
  どれだけの戦果を上げてくれるか……」

 「余り大きな期待を掛け過ぎないで下さい。
  未だ物を知らぬ子供故に、大きな失敗をする事も有り得ます」

事が上手く運ばなければ、マトラは怒って闇の子を処分するのでは無いかと、リタは怯えた。
そんな彼女を見て、マトラは意地の悪い笑みを浮かべる。

 「失敗したら、そなたの教育が悪かったと言う事かな?」

 「……ええ、私が責任を取ります。
  如何なる責めも甘んじて受け容れましょう」
0461創る名無しに見る名無し垢版2019/05/30(木) 18:30:14.34ID:AklzHemh
真面目に答えたリタに対して、マトラは大笑いした。

 「ハハハ、冗談だよ、冗談。
  子供に、そこまでの期待は持っておらぬ。
  そなたは私を何だと思っておるのか?」

 「……失礼しました」

 「全くだよ。
  私とて人並みの温情は持っている積もりだ」

今度は一転、マトラは不機嫌な顔になる。

 「申し訳御座いません」

只管に平謝りするリタに、彼女は怪訝な顔をした。

 「……いや、本気で怒ってはおらぬよ?
  そなたは本当に、私を何だと思っておるのだ?
  もっと気を楽にして良いのだぞ」

そうは言われても、やはりマトラの能力は絶大だ。
闇の子もマトラ無くしては生きられない存在。
どうしても、機嫌を損ねない様に、気を遣ってしまう。
マトラは深い溜め息を吐いた。

 「……そなたは哀れな女よな。
  丸で今の様は、そなたの人生の顕れの様であるよ」

それは酷い侮辱だったが、リタは反論しなかった。
彼女の人生が惨めな物だった事は、否定できないのだ。
こうして黙っている事さえも、彼女の惨めな人生の象徴の様な物。
0462創る名無しに見る名無し垢版2019/05/31(金) 19:07:50.47ID:LCF4alRF
第四魔法都市ティナーにて


最近、ティナー市内では行方不明事件が相次いでいた。
行方不明者は主に女性だが、男性も少数含まれている。
何れも行方不明になる直前に、「子供の泣き声がする」と言って駆け出し、その後に姿を消している。
「子供の泣き声」は聞こえる者と聞こえない者が居り、更に、その中でも強く引き付けられる者と、
唯の泣き声としか聞こえない者が居る。
そして子供の泣き声を聞いて、強く引き付けられる者が行方不明となる。
この行方不明になる者には、性格上の共通点があった。
それは他者から「世話好き」だとか「面倒見が良い」、「心根が優しい」と言われる人。
都市警察や魔導師会は、反逆同盟が絡んでいると見て、子供の泣き声が聞こえても、近付かない、
直ぐに通報して放って置く様にと警告して回った。
しかしながら、それでも行方不明者は出続ける。
警告していた都市警察や執行者からも、行方不明になる者が出た。
奇妙な事に、「子供の泣き声」を聞いた者は居ても、肝心の子供を見た者は居なかった。
姿を見た時点で、何かが起こると言うのか……。
ティナー市民は恐怖と不安の中で、怯える日々を過ごしていた。
0463創る名無しに見る名無し垢版2019/05/31(金) 19:08:43.09ID:LCF4alRF
反逆同盟と戦う者達、リベラ、コバルトゥス、ラントロック、ヘルザの4人は、ティナー市内で、
行方不明事件が相次いでいると聞き、解決の為に駆け付けた。
一行は4人で固まって行動し、決して単独行動しない様にと約束する。
そしてティナー市内のホテルで一泊していた時だった。
真夜中にヘルザは子供の泣き声を聞いて目を覚ます。

 「……どこから?
  ホテルの廊下?」

ヘルザは奇妙に思いながら、リベラに声を掛けた。

 「リベラさん、起きてますか?」

リベラも直ぐに起きて、ヘルザを見詰める。

 「起きてる」

 「聞こえますか?」

 「聞こえる」

 「どうしましょう……」

 「取り敢えず、コバルトゥスさんに連絡を」

リベラは精霊石をバックパックから取り出して、コバルトゥスを呼ぶ。
ホテルはプライバシー保護の為に、魔力を遮断する様に造られているので、廊下や他の部屋からの、
テレパシーは通じないが、精霊石を介すれば何とか連絡が取れる。

 「コバルトゥスさん、起きて下さい。
  コバルトゥスさん」
0464創る名無しに見る名無し垢版2019/05/31(金) 19:09:21.99ID:LCF4alRF
彼女の呼び声に応えて、コバルトゥスは精霊石を取った。
彼は真剣な声音でリベラに尋ねる。

 「どうしたんだい、リベラちゃん?」

 「子供の泣き声が聞こえます」

 「……どこから?」

 「多分、廊下……。
  コバルトゥスさんには聞こえないんですか?」

 「ああ、俺には全然聞こえない」

 「全然?」

 「全然、全く」

コバルトゥスとラントロックは、リベラとヘルザが居る部屋の、隣の部屋に泊まっている。
聞こえない筈は無いのだが、どうやらコバルトゥスは「聞こえない者」の様。
彼はリベラに問う。

 「どんな声なんだ?」

 「結構、大きな声です。
  ワーって泣き喚く感じの。
  眠れない位」

 「……とにかく、そっちに行くよ」

 「気を付けて下さい」

コバルトゥスとリベラは通信を終えた。
泣き声の正体とは……?
0465創る名無しに見る名無し垢版2019/06/01(土) 20:04:34.84ID:voV9dwM7
コバルトゥスは隣で寝ているラントロックを起こす。

 「ラント、起きろ」

 「起きてるよ、小父さん」

 「小父さんは止せよ。
  お兄さんって言え」

 「だって、小父さん40――」

 「未だ30代だっての。
  そんな事は、どうでも良い。
  ラント、子供の泣き声が聞こえるか?」

仕様も無い言い合いをコバルトゥスは途中で止めて、真剣に話し始めた。
ラントロックも真剣な表情で答える。

 「……聞こえるよ。
  小父さん、よく眠れるなって思ってた」

 「寝付けない程、大きな声なのか?」

 「そうじゃないけど……。
  子供の泣き声って耳障りと言うか、放って置けない気がしない?」

 「そうかな……」

彼に同意を求められて、コバルトゥスは困った顔をした。
子供の泣き声は鬱陶しいと思うが、放って置けないとまでは思わない。
寧ろ、一々構うから甘え癖が付いて、泣き虫になるのだと考えているから、放置すべきだと思う。
0466創る名無しに見る名無し垢版2019/06/01(土) 20:05:10.41ID:voV9dwM7
コバルトゥスは改めて、ラントロックに言った。

 「とにかく様子を見に行くぞ」

 「大丈夫なの?」

 「大丈夫なのか、大丈夫じゃないのか、それを確かめに行くんだよ」

そう言うと、コバルトゥスはラントロックに鞘に収められた鋭利な短剣を1本渡す。

 「自分の身は、自分で守るんだぞ」

ラントロックは緊張した面持ちで、両手で短剣を受け取り、無言で小さく頷いた。
2人は部屋から廊下に出て、周囲の様子を窺う。
コバルトゥスはラントロックに尋ねる。

 「未だ泣き声が聞こえるか?」

その問をラントロックは不審がった。

 「聞こえるけど……。
  もしかして、小父さん……、聞こえないの?」

怪訝な顔で、そう問われた物だから、コバルトゥスは少し気不味くなる。

 「ああ、俺には全く聞こえない。
  どの方角から聞こえるんだ?」

 「何で聞こえないの?
  耳が遠くなった?」

率直な疑問を打付けるラントロックに、彼は向きになって言い返す。
0467創る名無しに見る名無し垢版2019/06/01(土) 20:07:01.46ID:voV9dwM7
 「言っておくがな、俺は耳の良さには自信があるぞ。
  大体、精霊魔法も使えるんだから、音を拾う位は簡単に出来るんだ。
  その俺が、精霊魔法を使える俺がだぞ?
  子供の泣き声を聞き逃すってのが、どう言う事なのか、少しは考えてみろよ」

そう言われてラントロックは自分なりに考え、答を出した。

 「詰まり、今聞こえてる泣き声は魔法か何かって事?」

コバルトゥスは頷く。

 「普通に考えればな。
  特定の者にしか聞こえない様にして、誘き出そうとしてるんだ。
  ……それで泣き声は、どの方向から聞こえて来る?」

 「あっちだよ。
  少し遠い……かな」

彼の問い掛けに、ラントロックは廊下の左側を指した。
ホテルの廊下は夜中でも、弱い明かりが点いている。
真っ暗と言う事は無い。
しかし、少なくとも廊下には誰も居ない。
本当に何も聞こえないコバルトゥスは、改めてラントロックに尋ねた。

 「本当に聞こえるんだろうな?」

 「こんな時に、嘘は言わないよ」

コバルトゥスとラントロックは、泣き声のする方に向かう前に、リベラとヘルザの部屋を訪れる。
彼女等の部屋はコバルトゥスとラントロックの部屋の左隣だ。
コバルトゥスは戸を叩いて、呼び掛ける。

 「リベラちゃん、開けてくれ」
0468創る名無しに見る名無し垢版2019/06/02(日) 18:35:22.05ID:WC9sUPys
合流した4人は、互いの顔を見合って、無事を確認した。
リベラとヘルザは不安気な顔で、時々廊下を見詰めている。
それを不審に思ったコバルトゥスは、2人に問う。

 「どうしたんだい?」

それにリベラが答えた。

 「……子供の泣き声が煩くて」

 「我慢出来ない位?」

コバルトゥスが尋ねると、リベラとヘルザは同時に頷く。
彼はラントロックにも尋ねた。

 「ラントもか?」

 「いや、俺は正直そこまでは……。
  煩いとは思うけど」

人によって聞こえ方が違うのかと、4人は考える。
リベラとヘルザ、そしてラントロック、コバルトゥスの順に、子供の泣き声に誘われ易いのだろう。
そこでコバルトゥスは皆に提案した。

 「俺が様子を見に行こう」

3人は心配そうな顔をして彼を見る。

 「大丈夫だって。
  俺には子供の泣き声は聞こえない。
  詰まり、俺は誘いたい対象じゃない筈だ」
0469創る名無しに見る名無し垢版2019/06/02(日) 18:36:32.99ID:WC9sUPys
そう言う彼に、ラントロックが率直な疑問を打付けた。

 「そうじゃなくて……。
  小父さん、泣き声が聞こえないんだろう?
  それじゃ子供を探せないじゃん」

 「……そうかもな」

 「そうかもじゃなくてさぁ」

ラントロックは呆れる。
コバルトゥスは改めて、全員を見ながら相談した。

 「だったら、どうすれば良いと思う?」

そこでヘルザが怖ず怖ずと手を上げて発言する。

 「……皆で行って見れば良いんじゃないでしょうか?」

 「でも、もし操られでもしたら……」

コバルトゥスが懸念しているのは、そこだった。
特定の者にだけ聞こえる音は、催眠や誘導に利用される事が多い。
もし3人が同時に操られると、コバルトゥスだけでは守り切れない。
しかし、誰かを置いて行くのも心配だ。
残された者が操られたり、誘拐されたりする事も有り得る。
難しい顔をするコバルトゥスに、ラントロックが言った。

 「ヘルザの言う通り、皆で行ってみよう。
  義姉さんとヘルザが影響を受け易いなら、2人に何か異変が起きた時点で引き返す。
  それで良いじゃないか?」
0470創る名無しに見る名無し垢版2019/06/02(日) 18:37:51.17ID:WC9sUPys
ラントロックの考えに、コバルトゥスは頷いた。

 「そうだな、そうしよう」

話し合いの結果、4人は纏まって行動し、子供の泣き声の元に向かう。
コバルトゥスが先頭を歩き、リベラとヘルザは手を繋いで、ラントロックが殿を務める。
部屋を出たコバルトゥスは、左側を見て言う。

 「泣き声は、こっちで合ってるんだよな?」

 「はい」

リベラとヘルザは同時に答えた。
コバルトゥスは魔力の流れを読みながら、慎重に廊下の左端を進む。
彼の魔法資質には、特に反応は無い。

 「誰も居ないみたいだが……」

コバルトゥスは一度後ろを振り返った。
怯えた様な緊張した顔のヘルザとは違い、リベラは真っ直ぐ暗闇の先を見詰めている。
丸で、他の何も見えていないかの様に。

 「リベラちゃん?」

コバルトゥスが心配して声を掛けても、彼女は反応しない。

 「どうしたの?
  もしもし?」

彼はリベラの目の前で手を振った。
リベラは吃驚して身を引く。
0471創る名無しに見る名無し垢版2019/06/03(月) 18:53:17.70ID:j9zrTzQY
彼女は慌ててコバルトゥスを見た。

 「あっ、はい、何でしょう?」

 「いや、何って……。
  大丈夫かい?」

 「えっ、ええ。
  一寸、呆っとしてました……」

コバルトゥスは足を止めて、リベラを怪しむ。

 「眠いの?」

 「そんな事は……あるかも知れませんけど……」

彼はリベラが最も惑わされ易いのではと心配した。

 「止めとこうか?
  態々こんな夜中に行かなくても……。
  もっと準備が出来てからでも良い」

リベラは足手纏いになりたくないと、彼の提案を拒否する。

 「だ、大丈夫です」

 「大丈夫には見えないから言ってるんだぜ」

コバルトゥスは呆れて小さく溜め息を吐いた。
0472創る名無しに見る名無し垢版2019/06/03(月) 18:54:18.36ID:j9zrTzQY
彼の考えにラントロックも賛成する。

 「義姉さん、小父さんの言う通りだよ。
  体調が良くないなら、日を改めよう。
  何も今絶対に仕留めないと行けない訳じゃないんだ」

ラントロックもリベラを危険な目には遭わせたくなかった。
ヘルザも同調する。

 「止めておきましょう、リベラさん。
  私も怖いですし……」

3対1では無理を言って通す事は出来ない。
リベラは大人しく引き下がる。

 「解りました……。
  そうですね、確り準備を整えてからの方が良いですね」

それで一行は元の部屋に戻る。
子供の泣き声は気になるが、全員気にしない様にした。
勿論、誰も抜け駆けは禁止だ。
独りで泣き声の正体を探ろう等と考えてはならない。
コバルトゥスは全員が一旦部屋に戻ったのを見届け、最後に入室してラントロックに言う。

 「ラント、これから寝ずの番を立てるぞ」

もう休む物だと思っていたラントロックは、少し不安そうな顔をした。

 「夜中に敵が襲って来るかも知れないって?」
0473創る名無しに見る名無し垢版2019/06/03(月) 18:56:11.14ID:j9zrTzQY
彼の問にコバルトゥスは小さく頷く。

 「それもあるが、何より女の子2人が心配だ。
  窃(こっそ)り部屋を抜け出さないとも限らない」

 「そんな危険な事はしないと思うけど……」

 「自分の意思でするとは限らないぞ。
  君は、お姉さんの異変に気付かなかったのか?」

 「異変?」

 「一寸、様子が奇怪しかっただろう?」

コバルトゥスに言われて、ラントロックはリベラの様子を思い返すが、彼は殿だったので、
表情までは見られなかった。

 「どう言う事?
  義姉さんに何か変な所が?」

 「俺の推測だが、子供の泣き声には人を誘う効果がある。
  それも意識を奪って、催眠術に掛ける様に」

 「マジで?」

 「だから、見張りが必要だと言うんだ。
  これから俺と君と2人で、隣の部屋の前で番をする。
  どちらか片方が眠ったら、片方を起こす。
  俺は眠らないと思うけど、念の為な」

 「わ、解った」

コバルトゥスとラントロックは頷き合い、無人の廊下に出て、リベラとヘルザが居る部屋の前で、
寝ずの番をする。
0474創る名無しに見る名無し垢版2019/06/04(火) 19:39:02.01ID:hWAu8Dv6
それから数点後に、ラントロックは壁に縋って座り込み、空(うつ)ら空(うつ)らし始めた。
コバルトゥスは肩を叩いて彼を起こす。

 「おい、ラント、寝るな。
  お姉さんが、どうなっても良いのか?」

 「よ、良くない……」

ラントロックは眠気を堪えて起きていようとするが、限界の様で、返事に気力が無い。

 「小父さんは眠くならないの……?」

 「精霊魔法があるからな。
  眠気は心身の疲労から来る物だ。
  活力の魔法で、体力を維持し続ければ、問題無い」

 「ムー……、狡いぃ……」

 「こら、起こしてやるから確りしろ」

コバルトゥスはラントロックの頭を鷲掴みにすると、精霊魔法で彼に活力を与えた。
眠気が引いて、目が冴える感覚に、ラントロックは驚く。

 「あっ……。
  凄いね、小父さん。
  こんな事も出来るんだ」

 「大した事は無い。
  この位なら、君の親父さんにだって出来るぞ。
  寧ろ、余り魔力を使わない、こう言う魔法なら、俺より得意なんじゃないかな」

 「親父が?」

父親は魔法に関しては無能だとばかり思っていたラントロックは、コバルトゥスの言葉に、
意外そうな顔をする。
0475創る名無しに見る名無し垢版2019/06/04(火) 19:39:36.37ID:hWAu8Dv6
コバルトゥスは逆に意外そうな顔をして問うた。

 「あの人が魔法を全く使わないって事は、考えられないけどな……。
  お父さんに寝かし付けて貰った事とか、起こして貰った事とか無いのか?」

ラントロックは過去を回想したが、そもそも彼は父親が嫌いだったので、何時も母と一緒だった。
寝るのも父よりは母の側の方が良かったし、母が起きれば自分も起きた。

 「無いよ、そんなの」

 「へー、意外だな。
  あの人の事だから、結構な子煩悩だと思ってたのに」

 「……親父は余り家に居なかったし」

彼の父ワーロックは母カローディアの病を治す為に、方々を訪ねて回っていた。
もし母が健康だったら、どうだったのだろうとラントロックは思う。

 (いや、でも俺は親父が嫌いだったし、そう変わらないかも)

彼は小さく溜め息を吐いて、昔の事は考えない様にした。
そんな彼をコバルトゥスは横目で見遣り、複雑な家庭事情なんだなとワーロックの心労を思う。
その時、部屋のドアが内側から開けられた。
コバルトゥスとラントロックが、何だろうと振り向くと、リベラが出て来る。

 「リベラちゃん?」

 「義姉さん、どうしたの?」

2人は呼び掛けたが、リベラは反応せずに廊下に出て、左側に向かおうとする。
0476創る名無しに見る名無し垢版2019/06/04(火) 19:40:52.59ID:hWAu8Dv6
コバルトゥスは体を張って、彼女の行く手を塞いだ。

 「待った!
  リベラちゃん、正気じゃないな!?
  目を覚ますんだ!」

彼はリベラの両肩を掴み、体を揺する。
その後にヘルザも部屋から出て来た。
ラントロックは目を剥いて、ヘルザの片手を引っ張って、引き留める。

 「ヘルザ!!
  どこに行くんだ!?」

リベラとヘルザは虚ろな目をして、正気に戻る気配が無い。
ラントロックはヘルザを魅了する事にした。

 「ヘルザ、俺の声を聞くんだ!」

彼はヘルザを抱き留めて、どうにか彼女から反応を引き出そうとする。

 「俺を見ろ!」

ラントロックはヘルザを振り向かせて、瞳を正面から見詰めた。
しかし、彼女の目は虚ろな儘だ。
ペタペタと軽く頬を叩いても、反応が無い。
困ったラントロックはコバルトゥスに助言を求めた。

 「お、小父さん、どうすれば良い!?
  何かに操られてるみたいだ!」

 「そんなの俺が知りたい位だ!
  ラント、2人を操っている物は何だと思う!?」
0477創る名無しに見る名無し垢版2019/06/05(水) 18:57:39.96ID:rBhOqhYw
コバルトゥスに尋ねられて、ラントロックは思い至った。
恐らく2人を操っている物は、子供の泣き声だ。
それは実際の音では無くて、魔法的な物だとコバルトゥスは言っていた。

 「小父さん、音だ!
  子供の泣き声が2人を操ってるんだよ、多分!」

 「良し、ラント、何とかしろ!」

 「えっ、俺がっ!?」

何とかしろと言われて、ラントロックは大いに困惑した。
精霊の力を借りて、多くの魔法を使えるコバルトゥスの方が、こうした事の対処は得意だと、
ラントロックは思っていただけに、自分に任せようとするとは思わなかった。
コバルトゥスは理由を話して、ラントロックを急かす。

 「君にしか出来ない!!
  俺には子供の泣き声は聞こえないんだ!
  聞こえない物に対処する事は難しい!」

自分にしか出来ないと言われて、ラントロックは困ったが、とにかく何とかしなければならないと、
懸命に対処方法を考えた。

 (ど、どうすれば良い……?
  俺には音を操る事なんて出来ない……。
  でも、この泣き声は音じゃないのか?
  人によって聞こえる、聞こえないがあるなら、テレパシーみたいな物?
  それなら……!)

数極思案した後に、ラントロックは覚悟を決めて自分の考えを試す。
0478創る名無しに見る名無し垢版2019/06/05(水) 18:58:36.66ID:rBhOqhYw
彼は泣き声から魔力の波長を探り、同調しようとする。

 (屹度、小父さんでも判らない位の、幽かな魔力の流れがあるんだ。
  それでも俺達には確り届く位の、絶妙な調整が為されている)

ラントロックは自分の子供の頃を思い返した。
大声で泣いて誰かの気を惹こうをする気持ちを。

 (誰を呼んでいるんだ?
  寂しくて泣いているのか?
  それとも怖くて泣いているのか?)

魔力の同調は精神に影響する。
余り深く探ろうとすると、リベラやヘルザの様に洗脳される可能性がある。
それでもラントロックは気にしなかった。
彼は魅了の魔法使い。
魅了の能力は常に自分を中心に置くが、相手を惹き付ける事は、自分も惹き付けられる事。
それを知っている彼は、魅了されない。

 (来い。
  俺は、ここに居る)

ラントロックは相手を呼び寄せた。
廊下の魔法の明かりが突如消えて、真っ暗になる。

 「な、何が起こった!?」

驚くコバルトゥスにラントロックは冷静に告げる。

 「小父さん、来るよ」

2人は廊下の端を睨んで、迫り来る物を待ち構えた。
0479創る名無しに見る名無し垢版2019/06/05(水) 18:59:59.06ID:rBhOqhYw
それは真っ黒な巨人だった。
高さと幅が1身半のホテルの廊下一杯に、その巨体を押し詰める様に、緩りと歩いて姿を現す。
その異様さにラントロックは恐怖した。
一方でコバルトゥスは不敵に笑う。

 「ラント、よくやった!
  姿さえ見えれば、何と言う事は無いぞ」

彼は魔法剣で巨人の体を横一文字に切り裂く。
……だが、切断面は直ぐに癒着してしまう。
適当に体を傷付けるだけでは、この真っ黒な巨人は倒せないのだ。
その程度は想定していたコバルトゥスは、然程驚愕も落胆もせずに、ラントロックに尋ねた。

 「『核<コア>』を叩かないと駄目か……。
  ラント、核の位置までは判らないか?」

 「判るよ」

ラントロックは巨人の体内に、泣き声を発している本体を見ていた。
彼は巨人の腹を指差して示す。

 「あれだ。
  巨体の中に、小さな子供が居る」

 「子供?」

 「……ああ、子供だ。
  人間の子供に似ている……けど、人間じゃない。
  魔法使いの子供?
  子供の魔法使い?」

コバルトゥスは一刀両断して良い物か、少し迷った。
0480創る名無しに見る名無し垢版2019/06/06(木) 19:08:35.91ID:dFGv/OMP
しかし、リベラとヘルザをこの儘にしては置けない。
どちらにしろ、ここで止めを刺す以外の選択は無いと、コバルトゥスは思い切った。

 (恨んでくれるなよ)

彼はラントロックの指差した先を睨んで、魔法剣を振るう。
だが、黒い巨体は倒れないし、崩れ落ちもしない。
再び切断面が癒着して、何事も無かったかの様に歩き出す。

 「攻撃が効かない!?」

驚愕するコバルトゥスに、ラントロックは嫌に冷静に言った。

 「そうみたいだ」

この手の敵を倒すには、魂を切り捨てなければ行けないが、コバルトゥスには子供の正体が判らない。
黒い巨体の中に紛れて、正体が上手く掴めないのだ。
ラントロックは判っている様だが、残念ながら2人は意識を共有する技を持っていない。

 「小父さん、どうする?」

 「どうするって……。
  何だ、妙に冷静だな?」

 「もう泣き声は聞こえないよ」

子供はラントロックの姿を認めて、泣き止んでいた。
リベラとヘルザも正気には戻っていない物の、謎の黒い巨体に向かって進もうとはしていない。
その場に立ち尽くしているだけだ。

 「どうなってるんだ?」

 「寂しくて泣いてたみたいだ。
  でも、俺達を見付けて、少し安心してる」
0481創る名無しに見る名無し垢版2019/06/06(木) 19:09:30.45ID:dFGv/OMP
ラントロックの説明を聞いたコバルトゥスは、眉を顰める。

 「止めてくれよ、攻撃し難くなるだろう……」

 「この子の気配はマトラと似ている。
  マトラが生んだ物なのかも知れない」

 「マトラって、ルヴィエラの事だったな」

 「マトラが近くに居るかも知れない」

ラントロックの発言に、コバルトゥスは吃驚して、周囲を見回した。
それらしい気配は感じられないが、とにかくルヴィエラは強大な敵だ。
こんな所で戦う訳には行かない。

 「ルヴィエラの眷属なら、明かりに弱い筈だ。
  A17!!」

そう考えたコバルトゥスは、精霊魔法で闇の巨人を明るく照らし出した。
闇の巨人は少し怯み、数極後に再び泣き始める。
今度はコバルトゥスにも確り聞こえた。

 「ギャーーーー!!」

丸で、全てを絞り出すかの様な、大きな泣き声に、コバルトゥスもラントロックも怯む。

 「お、小父さん、明かりを消して!」

 「いや、こいつを倒すには……」

2人が、そんな事を言い合っている内に、闇の巨人は見る見る萎んで行き、ホテルの廊下の床に、
滲み込む様に姿を消した。
0482創る名無しに見る名無し垢版2019/06/06(木) 19:12:02.89ID:dFGv/OMP
それと同時に廊下の明かりが戻り、リベラとヘルザが正気に返る。

 「あ、あれ……?
  コバルトゥスさん?」

リベラはコバルトゥスが目の前に居る事に驚き、次いで、ここが廊下だと言う事実に驚く。

 「えっ、私……廊下に……?」

ヘルザはラントロックに抱き締められて、赤い顔で俯ている。
コバルトゥスは苦笑いしながら、リベラに事情を説明した。

 「大変だったんだぜ。
  君とヘルザが急に廊下に出てさ。
  危うく、2人まで行方不明になる所だった」

 「そうだったんですか……」

リベラは彼の説明と、子供の泣き声が聞こえなくなっている事から、状況を理解して安堵する。
一方、ラントロックはヘルザに話し掛けた。

 「ヘルザは大丈夫?
  気分が悪いとか、そう言う事は無い?」

 「も、もう大丈夫だから……」

彼女は消え入りそうな声で答える。

 「本当に?」

どうしてヘルザの様子が奇怪しいのか気付かない、鈍感なラントロックに対して、リベラが指摘する。

 「ラント、何時まで抱き付いてるの?」

 「あっ、御免、そう言う積もりじゃなくて」

ラントロックは慌ててヘルザから離れた。
0483創る名無しに見る名無し垢版2019/06/07(金) 18:38:09.90ID:emkR2SP2
それから改めて、リベラとヘルザは部屋に戻る。
コバルトゥスとラントロックは引き続き、2人して部屋の前で番をした。

 「安心して眠ってて良いぜ。
  もう奴は出て来ないだろう」

コバルトゥスはラントロックに、そう勧めたが、ラントロックは首を横に振る。

 「未だ起きてるよ。
  何だか心配だし」

欠伸しながら言うラントロックを見て、コバルトゥスは微笑ましく思った。
ラントロックは若くても男子なのだ。
恐らくは、リベラやヘルザを守れる事を、名誉に感じているのだろうと。
しかしながら、眠気には勝てずに、数点後には船を漕ぎ始める。
コバルトゥスは彼を起こす事はしなかった。
4角後に空が白み始め、朝が訪れる……。
朝の陽射しを受けて、ラントロックは漸く目を覚ます。

 「おう、お疲れだったな」

コバルトゥスが声を掛けると、彼は気不味そうな顔をした。

 「小父さん……。
  義姉さん達は?」

 「大丈夫、何も無かった」

コバルトゥスの言葉に、ラントロックは安堵する。
0484創る名無しに見る名無し垢版2019/06/07(金) 18:39:17.10ID:emkR2SP2
それから一行はホテルから出て、魔導師会との接触を図った。
行方不明事件の犯人は、反逆同盟の謎の魔法使いだと言う事を報せる為に……。
ティナー魔導師会の支部を訪れた一行は、親衛隊を呼んで貰い、これまでの経緯を説明する。

 「――と言う訳だ」

 「成る程、お話は解りました」

男性の親衛隊員は、コバルトゥスの説明に納得したが、その表情は険しかった。
彼の反応にリベラやラントロックは、一体何が不足しているのかと不満そうな顔をしていたが、
コバルトゥスには何と無く解る。
コバルトゥスは敢えて、否定的な言葉を掛けた。

 「余り役に立たない情報だったかな?」

 「いえ、決して、その様な事は……」

取り繕った様な親衛隊員の態度を、リベラもラントロックも不審に思う。
コバルトゥスは親衛隊員を擁護する様に、独り語りを始めた。

 「本音は判ってるんだ。
  そう格好付けなくて良いぜ」

 「どう言う事ですか、コバルトゥスさん?」

リベラはコバルトゥスに質問した。
彼は咳払いを一つして、解説する。

 「敵が誰とか判った所で、手の打ち様が無ければ同じって事さ。
  相手は神出鬼没。
  夜中に現れて、特定の者だけを誘い出す。
  そんな奴から、どうやって皆を守れば良いんだ?
  都市警察と執行者を総動員させても、市民を一人一人警護するなんて出来ないのに」
0485創る名無しに見る名無し垢版2019/06/07(金) 18:41:43.23ID:emkR2SP2
リベラもラントロックも魔導師会側の事情を理解して、難しい顔になる。
親衛隊員は慌てて弁解した。

 「いえ、我々にも考えはあります。
  貴方々の御報告は無駄ではありません。
  謎の泣き声は、子供の魔法使いが発している物。
  それには真面な攻撃は効かないけれど、明かりには弱いと言う事。
  そして、泣き声が聞こえる者は、思考を操られる可能性がある事。
  これ等の情報は貴重で、有効に活用出来ると思います。
  御協力、感謝致します」

深い礼をする彼に、リベラとラントロック、それとヘルザも否々(いえいえ)と謙遜する。
そして魔導師会の支部を後にした一行は、改めて行方不明事件をどう解決すべきかを相談した。
場所は市内の喫茶店。
4人で1つの『卓<テーブル>』を囲み、ああでも無い、こうでも無いと駄弁る。

 「どうやって犯人を捕まえましょう?」

リベラの問に、コバルトゥスは気の無い様子で答える。

 「別に俺達が本気になる必要は無いと思うけどな。
  必要な情報は提供したし、後は魔導師会に任せて良いと思う」

 「コバルトゥスさん、真面目に考えて下さい!」

 「いや、慈善事業ってのは、どうも性に合わなくて。
  何か褒美とか褒賞とか、見返りが無いとさ」

ラントロックはコバルトゥスを弁護した。

 「でも、義姉さん、俺達だけだと危険だと思う。
  義姉さんもヘルザも、子供の泣き声に正気を失ってたじゃないか……」

 「それは……」

そう言われるとリベラは弱い。
事に対して無力な自分は、解決とは逆に足を引っ張り兼ねないのは事実だ。
0486創る名無しに見る名無し垢版2019/06/08(土) 18:13:46.26ID:ufbRe92z
コバルトゥスは涼しい顔で言う。

 「何でも自分の手で何とかしようって思うのは、傲慢だよ。
  出来る事は出来る、出来ない事は出来ない。
  それは仕方の無い事さ。
  犯人を捕まえる事に拘るより、今の自分に出来る事を考えた方が良い」

それに対してリベラは確り言い返した。

 「だったら、出来る事を考えましょうよ」

だが、誰も妙案がある訳では無い。
困った困ったと唸るばかりで、一向に答は出ない。
コバルトゥスは、それでも良いと思っていた。
何の計画も無い儘、下手に動き回って危険な目に遭うよりは、現状の方が増しと言う考えである。
そんな彼に、リベラは強く言う。

 「コバルトゥスさんも!
  真剣になって下さい!」

 「俺を真剣にさせたいなら、御褒美をくれよ」

軽薄な態度のコバルトゥスに、リベラは嫌な顔をした。
それでも彼は動じない。
そうする事が彼女の安全に繋がると信じているから、嫌われても構わないのだ。
少し心は痛むが、彼は大人だった。
徒に時だけが過ぎ、リベラの心には焦りばかりが募る。
ヘルザもリベラと概ね同じ気持ちだったが、彼女は自分の無力をより強く自覚しているので、
積極的に何かをしようとまでは考えてない。
そしてラントロックはコバルトゥスと同じ気持ちだ。
実質リベラ独りで考えている様な物なので、妙案が浮かぶ可能性は低い。
0487創る名無しに見る名無し垢版2019/06/08(土) 18:14:37.32ID:ufbRe92z
その頃、ティナー市には旅商の男ワーロック・アイスロンも到着していた。
彼も又、行方不明事件の事を聞き付けて、この街に来たのである。

 (懐かしいな……)

若き頃の亡き妻との思い出が残るティナー市で、ワーロックは物思いに耽りながら、市内を散策する。

 (やっぱり都会だけあって、景色の移り変わりが激しい。
  昔の思い出を探すには、少し寂しい所だ)

十数年も経てば、古い店は潰れて、新しい店が出来ている。
余程の老舗か大企業でも無い限り、長生きは出来ない。
それを彼は寂しく思っていた。
嘗てを懐かしむ心を置き去りにして、人も街も変わって行く。
良くも悪くも、それが大都会ティナーなのである。
ワーロックは魔導師会の支部に立ち寄って、ここで起きている事件の詳細を尋ねた。
そこで男性の親衛隊員に、この街には彼の子供達も訪れている事を教えられる。

 「リベラ達が、この街に?」

 「そうです。
  皆さん、噂を聞き付けて集まられたと言う事は、他の地方とかでも結構大きなニュースに、
  なっているんでしょうか?」

 「いえ、扱い自体は、そこまで大きくはありませんが……。
  色々と大変だと言う事は聞いています」

 「ウーム、他地方からの客足も遠退いているらしいですからね」

 「どこでも同じですよ。
  他だって、反逆同盟の襲撃を受けていますから。
  田舎に疎開すれば大丈夫って訳でもありませんし……。
  どこも外出や遠出は控えています」

2人は世間話をしながら、現状を憂う。
0488創る名無しに見る名無し垢版2019/06/08(土) 18:15:27.88ID:ufbRe92z
反逆同盟の活動が活発になるのに反比例して、唯一大陸の経済活動は縮小して行っている。
この状況が続くのは好ましくないと誰もが思っている。
それに対する不満は魔導師会に向けられる。
多くの利益を独占し、様々な規制を掛けているのに、何時までも事態を解決出来ないのは何事か、
こんな時の為の魔導師会では無いのかと……。

 「それで事態解決の目処は立っているんでしょうか?」

 「いえ、それが……」

 「ああ、簡単に解決出来るなら、こんな事にはなっていませんよね……」

ワーロックと男性親衛隊員は、同時に視線を落とした。
反逆同盟は手強い。
どれだけの規模を持っているのかも、定かでは無い。
何しろ、悪魔公爵のルヴィエラが長なのだ。
彼女が果たして、どこまで本気なのかと言う事も関係して来る。

 「取り敢えず、私も独自に調べてみます。
  何か判った事や、新しい発見があったら、報告します」

 「お願いします。
  しかし、1つ忠告が……」

 「何でしょう?」

 「子供の泣き声が聞こえても、安易に近付いて、正体を確かめようとしないで下さい。
  どうも洗脳されるか、意識を乗っ取られるかされるみたいで……」

 「解りました」

こうしてワーロックはティナー市内の調査に乗り出した。
0489創る名無しに見る名無し垢版2019/06/09(日) 20:04:54.71ID:6a9rigG9
調査と言っても、特に何か当てのある訳でも無いワーロックは、その辺を彷徨(うろつ)いて、
怪しい者が現れないか見張る事位しか出来ない。
こんな時には音の魔法使いレノックを頼りにしたい所だが、彼はルヴィエラに囚われてしまった。

 (今まではレノックさんが各方面で調整をしていた。
  これからは『音石<サウンド・ストーン>』君が、その役割を代行する事になるだろう。
  だが、音石君はノレックさんの分身で、同等の知識を持っていても、やはり能力では劣る。
  ササンカさんが付いているとは言え、中々以前の様にとは行かない。
  私も何か役割を果たすべきだろうか……)

これまでワーロックは魔導師会とは少し距離を置いて来たが、そうも言っていられない状況なのかと、
考える様になっていた。
しかし、魔導師会は良くも悪くも杓子定規で融通が利かない。
反逆同盟の者が相手ならば、生死を問わず止め様とするだろう。
もう少し魔導師会側に余裕があれば違ったかも知れないが……。
そんな難しい事を考えながら、ワーロックが街を歩いていると、偶然にもリベラ等を見掛けた。
一行は彼には気付いていない。

 (……魔法資質が低いから、気付かれないのかな?
  こちらから声を掛けて、皆と協力して調査を進めるべきだろうか?
  しかし、巻き込む事になってしまっては行けない。
  それに確か、私は独りで家に帰っている事になっているんじゃなかったか……?
  ウーム、こんな所で浮ら浮らしている姿を見られる訳には行かないな)

ワーロックは忍び足で、リベラ等から距離を取る。
そうこうしている内に徒に時は過ぎ、日が暮れようとしていた。
執行者や都市警察は市内を巡回して、市民に早く帰宅する様に呼び掛けている。
そこで素直に呼び掛けに応じる市民ばかりでは無い。
逆に執行者や都市警察に食って掛かり、お前達が守れば良いじゃないかと反論する者も居る。
0490創る名無しに見る名無し垢版2019/06/09(日) 20:05:44.91ID:6a9rigG9
ワーロック自身も都市警察に呼び掛けられた。

 「貴方も早く家に帰って下さい。
  最近、行方不明事件が起きているんです。
  夜の独り歩きは危険ですよ」

 「家に帰れと言われても、私は旅行者なので……」

 「旅行?」

旅行者と聞いて、警官は怪しんだ。
反逆同盟の暗躍で、大陸各地で大きな事件が起きている現状、他地方に旅行しようと言う者は、
中々現れない。
それも現在進行形で事件発生中のティナー市に……。
ワーロックは直ぐに弁解する。

 「ああっと、旅の商人です」

 「商人?
  行商の許可証は?」

 「あります、あります」

彼は警官に許可証を見せた。
それが本物である事を確認した警官は、怪しみながらも礼を言う。

 「有り難う御座いました。
  しかし、何故このティナー市に?」

 「何故と言われても……。
  私も商売ですから」

警官は呆れた顔をして溜め息を吐く。
0491創る名無しに見る名無し垢版2019/06/09(日) 20:07:15.72ID:6a9rigG9
ワーロックは気不味い思いをしたが、取り敢えず、この警官と話をしてみる事にした。

 「どんな状況なんですか?」

 「状況って?」

 「事件の解決とか」

 「分かりません。
  私は下っ端ですから。
  市民に安全を呼び掛ける以上の事は何も」

市街地で市民に早い時間での帰宅を促す様な、現場で小さな事をする警官に、全体の事は解らない。
それは仕方の無い事だ。
ワーロックは気にせず、続けて問い掛けた。

 「夜になると何が起こるんですか?」

 「子供の泣き声が聞こえるらしいんです」

 「男の子、女の子?」

 「……判りません。
  私は未だ聞いた事が無いので。
  そもそも男の子と女の子で、そんなに泣き声が違いますか?」

 「ウーーーーム、そんなに変わらないですかね、小さい子なら。
  その子供の泣き声が、どうかしたんですか?」

彼の疑問に警官は素直に答える。

 「子供の泣き声が聞こえても、無視して下さい。
  泣き声の正体を確かめようとして、行方不明になった人が多いので」
0492創る名無しに見る名無し垢版2019/06/10(月) 19:21:52.94ID:X+OvmoKc
ワーロックは少し思案した後に頷いた。

 「解りました。
  子供の泣き声ですか……」

その様子に不安を覚えた警官は、再び警告する。

 「絶対に無視して下さいよ」

 「え、ええ、はい」

 「もう宿は決まっていますか?」

 「はい、ああ、いえ、未だです」

 「この辺には当日宿泊を受け付ける所は少ないので、気を付けて下さい。
  あっ、でも、今なら大丈夫かも知れませんね。
  とにかく、早い所、宿を決めて下さい」

 「解りました、有り難う御座います」

ワーロックは自分から話を打ち切って、警官と別れた。
警官は去って行く彼を不安気な目で見送る。
執行者と都市警察の面子に懸けて、これ以上の犠牲者を出す事は許せないのだ。
それからワーロックは適当な安いホテルの部屋を取って、夜の街を徘徊する事にした。
警官の忠告を忘れた訳では無いが、怖い怖いと言っていては、敵の正体は掴めない。
温い風が吹く不気味な夜、彼は人気の無い街を歩く。
眠らない街と言われるティナー市も、最近の事件を受けて、街明かりは抑え目だ。
深夜まで営業している店もある事はあるのだが、例日の4分の1か、5分の1程度。
何時もは通りを埋め尽くす程の、夜中の出店や屋台は全く見られない。
年の暮れの終末週宛らである。
0493創る名無しに見る名無し垢版2019/06/10(月) 19:22:12.48ID:X+OvmoKc
そんな状況でも、夜中に街を歩く者は少なくない。
寧ろ、こうした風情を楽しむ不謹慎さが、ティナー市民の証明の様な物だ。
1人や2人では心細いから、集団で街に繰り出す。
都市警察や執行者の巡回も居るので、何を恐れる事があろうかと、変に大胆になっていたりする。
流石に未成年の姿は見られないが、質の悪い酔っ払いの集団は、相変わらずである。
ワーロックは昔馴染みの店に寄ろうと考えていたが、やたら人の入りが多くなって混雑していたので、
そこを避けた。
寂れた雰囲気が気に入っていたのだが、他所の店が閉まっていれば、開いている店に雪崩れ込むのは、
極普通の事。
店側としては、予想外の客入りに喜んでいる事だろう。
ワーロックは空いている店を探したが、中々そう言う所は無い。
客に対して店が少ないのだ。
仕方無く、出来るだけ人気のある通りを、ワーロックは選んで歩く。
単独で事態に対処しようと考える程、彼は無謀では無かった。
時間は過ぎて、北の時が近付く。
彼は子供の泣き声を聞いた。

 (誰だ、子供を連れて歩いている奴は……)

常識知らずの者が子供を連れて夜歩きしていると、最初ワーロックは思った。
しかし、直後に親衛隊員や警官の言っていた事を思い出す。

――子供の泣き声が聞こえても……。

ワーロックは周囲を見回し、声の出所を探った。
それは、どうやら真っ暗な裏通りから聞こえている様だった。

 (これは絶対に罠だぞ……)

彼は確信する。
もし子供の泣き声が聞こえるなら、普通は人の多い店の中か、大きな通りの筈だ。
0494創る名無しに見る名無し垢版2019/06/10(月) 19:22:59.15ID:X+OvmoKc
ワーロックは落ち着かない様子で、周囲の人々の反応を探った。
しかし、通り過ぎる人々は、余り子供の泣き声を気にしていない様だ。

 (聞こえていないのか?
  それとも、敢えて無視しているのか?)

気になった彼は、偶々近くを通り掛かった若者の集団に声を掛ける。

 「済みません」

 「……何ですか?」

若者達は急に声を掛けて来たワーロックに驚き、真面真面(まじまじ)と彼を観察する。
ワーロックは勢いに任せて、怯まず問い掛けた。

 「子供の泣き声が聞こえませんか?」

 「えっ、泣き声……」

若者達は互いに顔を見合わせて、蒼褪める。

 「い、いや、聞こえませんよ。
  何言ってるんですか……」

気の狂(ふ)れた者を見る様な目で、若者達はワーロックから距離を取る。
その儘、若者達は去って行った。

 (聞こえていない……?
  私にだけ聞こえているのか?
  誘う標的を絞っている?)

自分だけが狙われているのでは無いかとワーロックは考えて、独り恐々とする。
0495創る名無しに見る名無し垢版2019/06/11(火) 19:08:31.16ID:VdvLqwiG
子供の泣き声は益々大きくなる様だ。
ワーロックは段々不安を掻き立てられる。
それは恐怖とは別の感情。

 (この泣き声は本当に敵の罠なのか?
  もしかしたら、本当に子供が泣いているだけと言う事も……)

これを無視する事はワーロックには出来そうに無かった。
そう思ってしまう時点で、軽い洗脳状態にあるのだが……。

 (とにかく様子を見てみよう)

ワーロックは魔法の蘭燈を持って、泣き声の元に向かう。
好奇心と言うよりは善意からの行動だ。
万に一つの可能性を排除し切れないのだから。
ワーロックは真っ暗な細い脇道に入り、裏通りへと出る。
蘭燈は明るいが、精々3身先までしか照らし出せない。
それに曲がり角の先も照らせない。
寧ろ、明暗の差で暗い部分は一層見え難くなっている。

 (泣き声は、こっちの方向で合ってる筈……。
  未だ姿が見えないな)

ワーロックは周囲を気にしながら、慎重に足を進めた。
しかし、一向に子供の姿が見えないので怪しむ。

 (これは……遠ざかっている?
  誘われているのか)

暗闇が怖くて泣いている子供なら、明かりを見付ければ、そちらに向かう筈である。
それが逆に明かりから逃げているかの様なので、ワーロックは敵の罠だと確信した。
0496創る名無しに見る名無し垢版2019/06/11(火) 19:09:40.94ID:VdvLqwiG
 (ああ、馬鹿な事をしたな。
  罠だって判り切っていたのに……。
  でも、仕方が無い。
  本当に、そうだと確かめるまでは心が落ち着かなかっただろうからな)

踵を返そうとしていた彼は、今度は泣き声が近付いていると察した。

 (……出て来るか?)

その正体を見極めようと、ワーロックは足を止めて蘭燈を掲げ、暗闇の向こうを凝視する。
片手にはロッドを握り締めて、迎撃態勢は万全。
だが、泣き声は目と鼻の先から聞こえて来るのに、子供は姿を見せない。
そこに人が居ると言う気配があるだけだ。

 (正体を見られる事を恐れているのか?)

ワーロックは緩りとロッドを振り回し、三角形の魔法陣を描いた。
火属性、明かりの魔法だ。
彼は魔法陣を完成させると、ロッドを地面に叩き付けて、発動詩を唱える。

 「A17!!」

眩い閃光が奔って、暗闇の向こうに居る者の正体を照らし出した。
『輪郭<シルエット>』しか見えなかったが、それは小さな子供だった。
身長は半身と少し。
公学校に入るか入らないかと言う頃の背丈。

 「ギャアッ!!」

子供は閃光に怯んで、両手で顔を覆い、後退る。
泣き声は完全に止んだ。
0497創る名無しに見る名無し垢版2019/06/11(火) 19:11:28.94ID:VdvLqwiG
ワーロックは眉を顰める。

 (嘘泣き……だったのか?
  嘘泣きに釣られるとは……)

人の親でありながら、子供の泣き声の真偽も見極められなかった事に、彼は反省した。
彼はリベラとラントロックを育てた経験から、子供が吐く嘘を簡単に見破る位の観察眼は、
持っていた積もりだった。
実際には、そんな物は無くて、本当に「積もり」だっただけ。
ワーロックは落ち込んだ溜め息を吐いて、改めて暗闇の向こうを見る。
もう人の気配はしない。

 (逃げられたのかな?
  ……仕留め損なったと言うべきか、それとも逃げてくれて助かったと言うべきか)

今度こそ引き返そうと彼が踵を返すと、その先に白い『法衣<ローブ>』を着た人物が立っていた。
ワーロックは目を見張って足を止める。
何時の間に現れたのか、気配を丸で感じなかった。
緊張している彼に、白い法衣の人物は声を掛ける。

 「何者だ?」

 「えっ、何者って……。
  それは、こっちの台詞だ!」

低い女性の声にワーロックは驚いて逆に問う。
行き成り現れて、何者も何も無いだろうと。
一体どう言う立場の積もりで、白い法衣の女性が、そんな事を言うのか、全く理解不能だった。

 「お前は一般人では無いな?」

 「えぇ……?
  いや、一般人だけど……。
  他に何に見えるって言うんだ」

女性の問い掛けに、ワーロックは困惑する。
0498創る名無しに見る名無し垢版2019/06/12(水) 18:28:20.09ID:8LAItr7g
彼女は魔導師会の人間には見えない。
勿論、一般人にも見えない。
そうなると反逆同盟の者か、或いは反逆同盟と戦う側の者か、どちらかだ。
ワーロックは身構える。
彼の反応に、白い法衣の女性は静かに言う。

 「それが一般人では無い証拠だ。
  私を見て、逃げるでも無く、静かに戦闘の決意をしている」

 「貴女は何者なのか?」

ワーロックの問に、彼女は答えない。

 「人の質問に、同じ質問をし返すな。
  お前が何者か答えてくれたら、答えよう」

ワーロックは数極の思案の後、彼女の要求に応じた。

 「私は反逆同盟と戦う者」

 「やはり一般人では無かったか……」

 「いや、一般人だ。
  魔導師では無い」

彼の言い分を白い法衣の女性は本気にしない。

 「魔導師では無いだけで、一般人でも無いのだろう?」

 「いや、一般人だ。
  共通魔法社会で暮らす、1人の共通魔法使いだ」

そうワーロックが言い切ると、白い法衣の女性は、困惑した様に沈黙した。
0499創る名無しに見る名無し垢版2019/06/12(水) 18:28:58.86ID:8LAItr7g
彼女は自信の無さそうな声で、ワーロックの正体に関する考察を披露する。

 「詰まり……。
  詰まり、こう言う事か?
  お前は魔導師でも無いのに、独自の判断で反逆同盟と戦おうとしているのか?
  そんな事を魔導師会が許す訳が無いと、知っていながら?」

 「いや、魔導師会と連絡は取っている。
  しかし、私は一般人と言うだけだ」

 「民間の掃除屋か何か?
  そんな物があるか知らないが……」

 「それも違う。
  仕事ではない。
  どちらかと言うと、ボランティアだ」

 「魔導師会は人手不足なのか……。
  それとも……」

 「確かに、魔導師会は人手不足だ。
  特に外道魔法に関する知識が豊富な人材に関しては」

 「お前は民間の研究者か?
  外道魔法の?」

 「違う。
  少し外道魔法使いと交流があるだけの者だ」

散々推理を外した白い法衣の女性は、ワーロックの答に興味を持った。

 「お前は共通魔法使いでありながら、外道魔法使いとも知り合いなのか……。
  それでは私の話を聞いた事はあるか?」
0500創る名無しに見る名無し垢版2019/06/12(水) 18:30:39.19ID:8LAItr7g
そう言いながら彼女はローブのフードを剥いで、目元を覆う『仮面<マスク>』を着けた顔を晒す。
ワーロックは彼女に見覚えが無い。
仮面の女の怪談や昔話は幾つか知っているが、どんな外道魔法使いだとかは聞いた事も無い。

 「……貴女は誰なんだ?
  全然話を聞いた事も無い」

 「未だ何も言うとらんがぞね」

 「あ、はい」

仮面の女性は昔話をする様に語り始める。

 「石女(うまずめ)の魔法使いの話だ。
  呪詛の瞳で見る物を全て石に変える」

 「石化の魔眼とか、石化能力を持つ魔物の伝説なら知っているが……」

 「言ってみろ」

 「『待ち石』の伝説の中に、人に裏切られて魔物になった存在の話がある。
  女性の嫉妬だったと記憶している。
  彼女は旅人と関係を持って彼を待ち続けていたが、何時まで経っても彼は帰らなかった。
  待ち疲れて石になった彼女の前に、旅人が別の女を連れて現れる。
  彼は彼女の事を覚えておらず、待ち石になった彼女を他人の様に言う。
  その事に怒った彼女は、石の儘で動く怪物となった。
  その姿は風雨に晒されて、最早人の姿をしていなかった。
  重い石の体を引き摺る、その様は蛇の如く……。
  彼女の恐ろしい姿を見た者は、恐怖に駆られて逃げ出した。
  その事を彼女は益々恨んで、あらゆる物を石化させる能力を得た。
  石になった物は逃れられない」

ワーロックの話を聞いた仮面の女性は、深く頷いて付け加えた。

 「『石化<ペトリファイ>』の能力を持つ怪物は、英雄に倒されて大岩に姿を変えた。
  その大岩は呪いの能力を持ち続け、女の恨みに応え、恨み持つ女に能力を与えた」
0501創る名無しに見る名無し垢版2019/06/13(木) 19:28:40.08ID:P7V47BWV
その言葉をワーロックは少し考えて、彼女の正体を予想する。

 「石化の能力を得た魔法使いが、貴女だと……?」

 「そうだ」

 「……それで、貴女は反逆同盟の者?
  それとも反逆同盟と戦う側の者?」

仮面の女性は小さく笑った。

 「もし反逆同盟の者だったら、どうする?」

ワーロックは静かにロッドを構える。
それが答えだ。
仮面の女性は笑みを消して、緩りと自分の仮面を外そうとする。
彼女の言葉が本当なら、石化能力を使う積もりだ。
その目に睨まれたら石化して動けなくなる。
ワーロックは彼女の目を直視しない様に、ロッドで防御した。
次の瞬間、ロッドが石化して重たくなる。
彼女の石化能力は生き物以外にも作用するのだ。
詰まりは、瞳を直視せずとも石化すると言う事である。
重たくて振り回し難くなったロッドを、ワーロックは石女の魔法使いに向けて投げ付ける。

 「あっ、ブヘッ……!」

石化したロッドは見事に彼女の頭に当たった。
リタは石の体だけあって、余り動きが俊敏では無い。

 「貴様ーーっ!!」

彼女は激昂してワーロックを睨むが、そのワーロックは彼女の目を見ない様に蘭燈の灯を消して、
暗闇に紛れる。
0502創る名無しに見る名無し垢版2019/06/13(木) 19:29:53.49ID:P7V47BWV
石化したロッドを脳天に食らった筈だが、石女の魔法使いに然程のダメージは見られない。
石の体は頑丈さも石その儘で、堅固なのだ。

 「えぇい、暗闇に紛れよったか!」

それでも、どうやら知覚や運動神経は人並みの様で、その事実にワーロックは安堵する。
厄介なのは石化能力と頑丈さのみだ。
ここで戦い続けるより、逃げた方が良いと思い、ワーロックは忍び足で裏通りを駆け抜け、
大回りして表通りに戻る。
人の多い場所に出て、彼は安堵の息を吐いた。

 (子供の泣き声だけじゃないみたいだな……。
  石化の能力を持った魔法使いまで居るとは。
  やはり反逆同盟の策略か)

謎の子供だけなら未だしも、石化能力は厄介だ。
しかし、これまで石化したと言う話は聞かなかった。
それは今まで仮面の女性に関わった者が全滅していたか、或いは、彼女が新しく派遣されたか、
どちらかと言う事。

 (一度、魔導師会に報告する必要があるだろう)

そう決めたワーロックは、今日の所は宿に帰って休む事にした。
ロッドも失っているので、戦いは控えたい。
彼は大きな溜め息を吐いて、今後の事にも考えを巡らせる。
敵が複数居ると判明した以上、単独行動は危険だ。
一緒に行動出来る仲間が欲しい。
だが、魔導師会が手を貸してくれるとは思えない。
魔導師会は自分達だけで解決したがるだろう。

 (コバギを頼るか……?)

一時的にコバルトゥスの力を借りる事も、彼は視野に入れた。
0503創る名無しに見る名無し垢版2019/06/13(木) 19:30:26.64ID:P7V47BWV
翌朝、ワーロックは魔導師会支部を尋ねて、親衛隊員に昨夜の出来事を報告する。

 「実は昨夜――」

彼の話を聞いた親衛隊員は驚いた。

 「子供の泣き声の正体を探ろうとしたんですか!?」

 「あっ、はい……」

 「しかも、お1人で?」

 「はい」

 「危険だって言ったじゃないですか!!」

 「はい……。
  しかし……」

 「しかしも何もありませんよ!」

親衛隊員はワーロックの話を聞き終える前に、彼の無謀な行動を非難する。
警告を聞かなかった非は、ワーロック自身も認めているので、反論はしない。
それでも過ぎた事より、これからの事を話したかった。

 「ま、先ずは私の話を聞いて下さい。
  子供の泣き声を聞いた時に、私は放って置けないと言う気持ちになりました。
  貴方にも都市警察にも、危険だと言われていたにも拘らず。
  これは私が不注意だっただけかも知れませんが、もう1つ可能性があります。
  詰まり、泣き声が聞こえた時点で、軽い洗脳状態にあるのではと言う事です」

彼の推測に親衛隊員は興味を持つ。

 「聞こえた時点で危ないと言う訳ですか?」
0504創る名無しに見る名無し垢版2019/06/14(金) 18:31:09.96ID:gcXZ4aV2
ワーロックは深く頷いた。

 「私の場合は意識がありましたが、無性に心配になったのです。
  深夜に子供の泣き声が聞こえて、それを放って置いて良いのかと……。
  いや、冷静に考えると怪しい事この上無いんですけど」

 「そう言う人間の心理を利用している?」

 「或いは、そう言う心理の働く人間だけを、狙っているのかも知れません」

親衛隊員は両腕を組んで低く唸る。

 「……所謂、良い人、優しい人を狙って?
  いや、確証の無い事を幾ら考えても仕方ありません。
  お話と言うのは、それだけでしょうか?」

 「いえ、未だ未だあります」

ワーロックは「未だ」を2度繰り返したので、親衛隊員は驚いた顔をした。

 「取り敢えず、全部話して下さい」

 「ええ。
  子供の泣き声の正体は、よく分からない黒い影の様な物でした」

彼の矛盾した説明に、親衛隊員は困惑する。

 「……結局、正体は分からなかったんですか?」

 「いやいや、確かに見たんです。
  身長が半身と少し位の、子供みたいな……」

 「子供?」

 「ええ、子供みたいな黒い影でした」

やはりワーロックの説明が理解出来ず、親衛隊員は苦笑いした。
0505創る名無しに見る名無し垢版2019/06/14(金) 18:32:01.28ID:gcXZ4aV2
ワーロックは何とか理解して貰おうと、言葉を尽くす。

 「黒い影と言っても、立体なんですよ。
  全身が真っ黒な子供です。
  色黒とか、そう言うんじゃなくて、本当に真っ黒の。
  それで、明かりで照らされると逃げて行きました」

 「明かりに弱い?」

 「恐らく」

黒い影は明かりに弱いと聞いて、親衛隊員は先に聞いていたコバルトゥス等からの報告を思い出した。

 「影の魔物……でしょうか?
  反逆同盟の長であるルヴィエラは、闇を操ると聞きます。
  子供の姿をした魔物が、何体居るかは判りませんが、それが全てルヴィエラの配下なら……」

 「その可能性は高いでしょう」

人を誘う子供の泣き声を発する物の正体は、ルヴィエラの配下の影の魔物。
それならば、対策も立てられるかも知れないと、親衛隊員は深く頷く。

 「では、強い明かりを持っていれば大丈夫と言う事ですね」

これで子供の泣き声を恐れなくて良いと思った彼に、ワーロックは待ったを掛けた。

 「いえ、待って下さい。
  明かりを持っていても、洗脳状態が弱まる訳じゃないんです。
  それに敵は子供の姿をした奴だけではありません」

 「他にも……?
  もしかしてルヴィエラ自身が!?」

親衛隊員は目を剥いて驚く。
0506創る名無しに見る名無し垢版2019/06/14(金) 18:32:37.69ID:gcXZ4aV2
ワーロックは首を横に振った。

 「いいえ、ルヴィエラではありませんでしたが……。
  女性の魔法使いでした。
  石化の能力を持った、石女の魔法使いだと、本人は名乗っていました」

 「石化!?
  反逆同盟で、石化で、女性――と言うと、バレネス・リタでしょうか?」

 「いや、名前までは聞かなかったので、そこまでは……。
  そのバレネス・リタとは一体どんな魔法使いなんですか?」

親衛隊員はワーロックの問に淀み無く答える。

 「バレネス・リタは石の魔法使いだと聞いています。
  石化の魔眼を持ち、見た者を石に変えると……。
  反逆同盟の砦で、魔導師会はバレネス・リタとも戦いました。
  その時に執行者の何人かが石に変えられてしまった訳ですが……」

 「その人達は、どうなったんです?」

石化とは即ち絶命と同義では無いかと、ワーロックは心配した。
親衛隊員は感情を抑えた平静な声で言う。

 「象牙の塔に送られて、解呪を試されている所です」

 「元に戻るんですか?」

 「……何とも言えません。
  研究者達の話では、見込みが無い訳では無いとの事でしたが……」

ワーロックはコバルトゥス達の事を心配した。
0507創る名無しに見る名無し垢版2019/06/15(土) 17:36:50.21ID:UwQ0TMAP
昨夜の内に何かあったと言う事は無かろうが、石化の魔法使いが共に居るとは知らないだろう。

 「取り敢えず、石化の魔法を使う者が、この街に居る事は周知した方が良いと思います。
  その……石の魔法使いバレネス・リタでしたか?
  彼女は白い法衣を着て、目を隠す仮面を着けていました」

 「ええ、分かりました。
  白い法衣に仮面……。
  そこまで明から様に怪しい容姿であれば、迂闊に近付く者は、そうそう居ないでしょうが、
  一応は警戒を呼び掛けておきます」

ワーロックと親衛隊員は頷き合う。
それから魔導師会支部を後にしたワーロックは、コバルトゥス達を探しに街に出た。
今まで嘘を吐いていた事を認めなければならないのは苦しいが、一刻も早くバレネス・リタの情報を、
教えなければならないと彼は思っていた。
しかし、こう言う時に限って、中々会おうと思っても会えない物だ。
偶々街中で見掛けたのが奇跡の様な物で、その後は闇雲に歩き回っても会えない。
ティナー市は広いし、人口も多い。

 (皆、どこに行ったんだろう?
  もう街を離れたなら良いんだが……。
  夜中に街を歩いていたりはしないよな?
  その辺はコバギが付いているから大丈夫な筈……)

もう日が暮れると言う頃になっても、ワーロックはコバルトゥス等を探して歩き続けた。
途中、彼は都市警察に出会い、声を掛けられる。

 「あっ、貴方!
  そろそろ暗くなりますよ」

 「あっ、はい……」
0508創る名無しに見る名無し垢版2019/06/15(土) 17:37:13.17ID:UwQ0TMAP
ワーロックが露骨に嫌な顔をしたので、警官も態度を厳しくする。

 「何ですか、その顔は?
  私達も何も嫌味で言ってる訳じゃないんですよ。
  市民の安全を守るのは、私達の務めですから」

警官の言葉を受けて、ワーロックは彼に尋ねてみた。

 「石の魔法使いの話は知っていますか?」

 「石?
  何ですか、それは?」

 「この街での行方不明事件には、子供の泣き声が関係しているって話でしたよね?」

 「いや、直接の関係は判っていませんが……。
  何等かの関係はあるだろうとは言われています」

ワーロックは頷いて、昨日得たばかりの新情報を伝える。

 「それが子供の泣き声だけじゃなかったんです。
  石の魔法使いも居たんですよ」

 「……何なんですか、それは?」

 「何って言われても、女性の外道魔法使いです。
  石化の魔法を使うんですよ」

 「そんなのが居るんですか?」

 「聞いていないんですか?」

ワーロックと警官は、お互いに疑問の眼差しを向け合う。
0509創る名無しに見る名無し垢版2019/06/15(土) 17:37:37.85ID:UwQ0TMAP
中々1日だけで末端まで情報は行き渡らないのかなと、ワーロックは思った。
そもそも親衛隊員がワーロックの話を信用したとして、その儘、彼を情報源として他の全員に、
新たな情報を伝えると言う事が可能なのかと言う問題がある。

 (私独りでは情報源としては弱いのかな……?
  裏を取ろうにも時間が無いし。
  相手が石化の魔法を使うなら、尚の事、難しいだろうしな)

ワーロックは悩ましい顔で低く唸る。
そして警官の怪訝な顔に気付いて、弁明した。

 「あ、いや、本当なんですよ。
  未だ話が行き渡ってないんですかね?」

 「行き渡るも何も、貴方は何なんですか?
  その話が本当だとして、どうして知ってるんです?」

ワーロックは覚悟を決めて、真面目な顔で答える。

 「私は魔導師会の協力者です。
  独自に外道魔法使いを追って、各地の事件を解決しているんです」

警官は暫く沈黙して彼を見詰めていたが、直ぐに我に返った。

 「ハハハ、何を馬鹿な事を。
  余り巫山戯ていると逮捕しますよ」

 「いや、別に巫山戯てなんか……」

 「未だ続けるんですか、その話?
  これ以上は署で聞かせて貰いますけど」

ワーロックは両腕を組んで低く唸る。

 (行き成り信じろって方が無理だよなぁ……。
  こりゃ参った)
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